第八話 応龍祭編⑤ 開幕
空は快晴。
雲一つ無く、風が心地よい。
一片の曇り無く地上を照らす太陽が、パンツスタイルの体操服を着る少女達を、淀みなく応援していた。
今日は、待ちに待った体育祭。
楼城館女学院名物――――応龍祭の、開幕である。
Flame,Plus
――パンッ パンッ パパパンッ パンッ
魔力により作られた特製花火が打ち上がる。
煙は発生せず、昼間なのに鮮やかな色彩を観客に魅せる、魔法演出研究会お手製の花火だ。
整列した生徒達。
その正面の高台に立つのは、楼城館女学院学院長――楼城館蓮だ。
所々に黒のメッシュが入った白い髪と黒い目の男性の姿をしている。
姿をしている、というのは、それが真実かどうか解らないからだ。
姿を現す度に違う姿をしている。それは、容姿年齢性別と、毎回色々な姿で現われる。
そのため、蓮の本性は学院七不思議の一つに数えられていた。
三年生の生徒が、学院長の前で右手をあげる。
応龍祭は運動会。これは、生徒による“宣誓”だ。
『宣誓!私たちは――――清く気高く美しく、優雅に煌びやかに清楚に真剣に正々堂々と戦うことを、ここに誓います!』
まるでこの宣誓の言葉が常識であるかのように聞き入る周囲を見て、椿は戸惑いはしたがすぐに諦めた。人間は、慣れる生き物だ。
宣誓の言葉が終わると、音楽と共に一時退場する。
各競技の準備が行われる中、校舎の屋上に設置された特殊な観客席から声が響く。
司会、実況、解説、ゲストの四人だ。
司会は、きっちりと進めてくれる几帳面な人が良いということで、数学教師の女性が選ばれた。邪霊に操られた、あの教師である。
解説には学院長が居て、その隣には黒い髪を姫カットにした、清楚な雰囲気の女性が座っていた。その女性が、実況である。
『さぁーって!……いよいよ始まりました!応龍祭!』
見た目に似合わず、テンションの高い雰囲気で話し始める。
投射魔法を用いたモニターが宙に浮かび上がり、実況席と会場の様子を映し出す。
グラウンドの上空に、大きなモニターが四方に四つ、展開されていた。
『司会は数学担当の明津莉子先生ですっ……はいっ拍手ぅっ――ぱちぱちぱちっと!』
『よろしくお願いします』
ハイテンションを見事にスルーする様子からは、卓越したスルー技術を見せていた。
普段から割と巻き込まれるのだろう。
『実況は、楼城館の歌姫と名高い、音楽教師にして生徒指導員の梓川マリアが担当しま~すっ!――みんなっヨロシクっ!』
よほどのお祭り好きなのだろう。
普段からこのテンションではないことを願って、一部の常識的な一年生達は、そう自分を納得させていた。その姿を、上級生は遠い目で見ていた。過去を尊く思う目だ。
『解説は、我らが楼城館学院の奇人変人の代名詞!楼城館蓮学院長だよ~っ!』
『ふははは……よろしく頼むよ』
入学式の時よりも年をとって見えるのは、気のせいではない。
入学式の時にはなかった“渋み”が、蓮から感じられた。
『ゲストは、ななな、なんと!現騎士団の副団長――“白銀の城塞”フィーリ・インスエルさんですっ!』
『今日はよろしくお願いします』
白銀の髪と青い目。レベルと騎士団を象徴する銀のマント。
毛先に軽いウェーブのかかったロングヘアは、画面越しでも解る程滑らかだ。
騎士団とはこれほどのものなのかと観客を呻らせる程の風格を持つ、絶世の美女だった。
『さーてっ……まずはプログラムの確認を、莉子先生にお願いしちゃうよ~っ!』
『午前はAグラウンド、Bグラウンド、Cグラウンドで個人競技を行います』
モニターで同時観戦が可能なため、三種目が同時に行われる。
録画も学校側で行われるため、見られないということもない。
情報漏洩については、これだけ大規模な行事なので隠すだけ無駄だが、個人による撮影は念のため禁止されていた。
『正午に昼食休憩を挟み、夕方まで団体競技を行い、その後夕食休憩が入ります』
きびきびとした丁寧な口調で、莉子が説明していく。
こういった時は、さすがのマリアも大人しくしていた。ここで騒ぐと、後で莉子に怒られるのだ。
『夕方から夜間の時間帯に、ドームにて応龍杯が行われます。閉会式は、その後です』
ドームは空間の広さとある程度までの時間の引き伸ばしが設定できるため、複数の試合を同時に行うことが出来る。これにより、選手の他の試合の情報は、外部からのもののみに頼らなくてはならないようになっているのだ。いかに信用できる友人を外に作っておくことが出来るか、という意味合いと、情報の取拾選択の大切さを学ばせるという意味合いがあった。
椿が参加するのは、団体競技と応龍杯。
つまり、全て午後からのプログラムなのだ。
そのため、午前中は友人達の応援をして過ごすことになる。
予定の書かれたしおりを見て、誰がどんな競技をするのか確認し、一番最初に行われるグラウンドへ行く。午前中に競技がないのは応龍杯のメンバーだけなので、奈津達はそれぞれ競技の準備へいっていた。
フランチェリカたちも、それぞれクラスの仲のいい人の応援へいったため、椿は結果的に一人で移動することになった。最初の競技はAグラウンド――移動する必要のない、校舎前のグラウンドだ。
これから行われるのは、借り物競走。
出場するのは、最近仲良くなったばかりの、委員長ことミアだ。
グラウンドの周囲に備え付けられた石のベンチは、大地の魔法が使える生徒が共同で配置したものだ。これも、実習授業の一つだった。
『Aグラウンド個人競技、借り物競走が始まりました!この“借り物”は、どういった基準で選ばれているんですか?解説の学院長先生』
生徒達が合図と共に走り出す。
まずは誰よりも早くお題に辿り着かなくてはならない。
『全て私が決めています。独断と偏見と遊び心が詰まっています』
『なるほどー……それは楽しみですねっ!』
マリアと蓮は感性が似通っているらしく、モニターの中で頷き合っている。
その横で微笑ましそうに見ているフィーリと、嫌そうな顔で見ている莉子の姿が印象的だ。
ミアは一番にお題に着くと、封筒から小さな紙を取り出す。
目元は髪で隠れていて見えないが、真剣さは見学している椿たちにも伝わっていた。
忙しなく周囲を見渡すミア。
その様子に椿が、目的のものが見つからないのだろうかと心配していると、肩を叩かれて振り向いた。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
灰色のスーツを着て、白髪をなでつけた初老の紳士。
鋭い目は空色で、怜悧で美しい。高い身長と綺麗な姿勢のおかげか、年齢を感じさせない若々しさがある。
「おじいちゃん――ごめんね、事前にどこに行っているか、伝えた方が良かったね」
表情が全く変わらないため、厳しい人間のように見える。
だが、身に纏う雰囲気は、孫を気遣う老人のそれである。
彼の名前は“神崎宗一”――椿の祖父である。
「あれ?おばあちゃんは?」
「観客席の方へ行っている。昼に合流する予定だ」
ほとんどは観客席へ行くが、グラウンドで観戦できない訳ではない。
ただ、危険はないとはいえ魔法が飛び交うため、レベル六以上でなければ生徒が居るところまで入ることが出来ないのだ。
宗一は魔法使いとして引退しているため、レベルの序列からは外れている。
だが、魔法使いだった頃の功績があったので、こうしてグラウンドに入ることが出来るのだ。夫婦揃って騎士団出身は、伊達ではない。
「誰の応援をしているんだ?」
「ん?……今丁度悩んでる、金髪の――あれ?」
ミアは、きょろきょろと見回した後、椿を目にとめて駆け寄った。
なぜ自分の方へ来るのかわからず、椿は首をかしげた。
「椿、丁度良かった」
ミアはそういって息を吐くと、宗一に頭を下げてから再び椿に向き直る。
「どうしたの?ミア」
「お題だ」
そういって椿に差し出された紙には、お題が一行で綴られていた。
椿はそれを、読み上げる。
「えーと……“友達の家族”?」
グラウンドにまで出てくる家族はそう多くない。
それを考えると、中々厳しいお題だった。
「それで、椿のお祖父さんをお借りしたい」
「私は構わんぞ。椿」
「あ、うん。おじいちゃんがいいなら、いってらっしゃい」
「うむ、恩に着る」
椿と宗一が快く頷くと、ミアは薄く笑って頭を下げた。
まだ周囲の選手は、いまだ見つかっていないのか、おそらく一番だ。
「む?この紙、裏にも書いてあるぞ」
お茶目と噂の学院長、蓮は、ただ借り物を指定するだけでは終わっていなかった。
宗一はそれを見つけて、読み上げる。
「“ただし、自分の足で向かうことを禁ずる”……つまり」
読み上げて、さすがのミアも戸惑った。
女学院で進み続けてきたのだ。年配とはいえ男性と触れ合う機会など無い。
椿も、戸惑うミアを見て苦笑いをしていた。自分だって、同じ立場なら戸惑うだろう。
「う……すみません、椿のお祖父さん。背負っていただいても――」
「――こうすれば良いんだな」
ミアが言い切る前に、宗一はミアを横抱きに抱き上げた。
そう――――お姫様だっこである。
「なっ?!」
「ゴールはあそこか……行ってくる」
「はぁ……いってらっしゃい、おじいちゃん」
暴れることなく大人しくなる。
突然のことにどうしたらいいか解らず、顔を赤くして固まってしまったのだ。
――――ちなみに、宗一は決して“鈍い”タイプではない。ただ、お茶目なのである。
『おーっと!?オウクストード選手が男性に抱き上げられています。あれはなんのお題でしょうか?』
『おそらく、友人の家族に抱えられてゴール、ですね』
実況が入る。
どこからか二宮金次郎像を持ってきて、リヤカーで走り出す生徒。
大玉転がしで使う大玉を、モップで突いてビリヤードのように運ぶ生徒。
会話をしている内に、だいぶ追い越されてしまっていた。とくに、もの凄い形相でニンジンを咥えて走る生徒が異様に早く、普通に考えたら追いつけないスピードを出していた。
『さーて、オウクストード選手も漸く出発するようで……って速っ!?』
宗一は、普通では考えられないようなスピードを出して走った。
両手がふさがり、人を一人抱えているとは思えない高スピードだ。
『あれは……』
『心当たりがあるんですか!?フィーリさん!』
『間違いありません。あれは、師匠ですっ』
その言葉に驚いたのは、なにも実況席だけではない。
観戦していた椿も、目を丸くして驚いていた。
現副団長の師匠が、自分の祖父だというのだから。
『おおーっと!ついに安西選手を抜かして……ゴーッル!』
ニンジンを咥えた選手がうなだれて、宗一は見事一位でテープを切った。
観客の異様な熱狂ぶりに、椿は身内として顔を赤くすることになった。
†
観客席に向かった宗一と、後始末を手伝うミアの元を離れて、椿はCグラウンドに向かった。場所は戦鎧の施設の前。今度は、ラミネージュのパン食い競争だ。
五百メートルのレーンを使って行われる競技で、魔法で浮かされたパンを食べるというものだ。つり下げるのは、教師監修の元作られた、不正のない手作りパン。選手達の力作である。
料理が苦手な生徒のパンは、やや形が悪いし、極端に大きかったりする。
毎年この微笑ましいパンを見て和むのが、年配の教員達の楽しみだったりする。
だが、今年はひと味もふた味も違った。
宙に浮くパンの中で、異彩を放つメタリックブルー。
着色料でも使ったのではないかと思わせるような、鮮やかな青だった。
その青いパンに挟まれているのは、いっそ清々しい程緑色な焼きそばだった。
ラミネージュに焼きそばパンをリクエストした奈津は、出場選手と義務として味見をした教員に、泣いて謝るべきだろう。
実況は、現在Bグラウンドの様子を見ているため、まだこの様子には気がついていない。
だが、モニターを通して全てのグラウンドを実況するのだから、時間の問題だった。
――パンッ
スタートの合図が鳴った瞬間、パンに認識妨害の魔法がかかった。
魔法で浮いている上に、ランダムで位置を入れ替えられる。直前まで知らされていなかった情報に、選手達は目の色を変えた。
ラミネージュのパンと味見をして倒れた教師の姿を見ていた選手達は、動揺した。
その動揺した隙を突いてスピードを上げたのは、他ならぬラミネージュだった。
食べても死にはしないという経験と、自分で作ったパンは食べたくないという意志。
選択肢が多い方が、気が楽だ。
他の選手達も、その様子を見て速度を上げる。
だが、ラミネージュは異様に速く、一直線にパンに向かって飛翔した。
手は後ろに組み、斜め上に飛ぶ華麗なフォーム。蝶のごとき優雅さでパンを咥えると、認識障害が解けて、かりかりふわふわのクロワッサンが現われた。
着地すると同時に、もう迫ってきた特別足の速い選手が、ラミネージュの隣でパンを咥えた。この速度で追いついたのなら、すぐに追い抜かされてしまうだろう。
『さてさてCグラウンドはー?……あれ?認識障害?』
実況であるマリアが首をかしげた。
どうやら、知らなかったようだ。
『あぁ、今年はおもしろいパンがあったので、急遽付け加えました。毎年楽しみにしている競技ですよ。あっはははっ』
『なるほどなるほど~。さて、トップはオールアクセン選手。その隣りに北条選手がパンを咥えて並んだーッ!オールアクセン選手はクロワッサンですね~。北条選手は、え?』
認識障害が解けると、そこには青と緑のパンが淡く極彩色に光っていた。
時間が経って変色するならまだしも、光るパンなど聞いたことがなかった。
『北条選手、怪しいパンにもめげずに走っ――倒れたーっ!?』
『今年のパン食い競争は例年より楽しそうですね、学院長』
『オウクストード副団長もそう思われますか?いや、実に楽しそうです』
莉子のため息が聞こえる実況ルーム。
そんな中、クロワッサンを咥えたラミネージュが、華麗にゴールした。
後方では、北条選手が奇声を上げている。観客席も騒然としているが、ラミネージュは気にした様子もなくクロワッサンを食べながら、一位の旗をとった。
†
後始末で残るラミネージュに手を振って別れると、再びAグラウンドに走った。
今度は、奈津とレイアのクラス対抗リレーだ。
各クラスから一人ずつ、学年ごとにABCグラウンドで同時に行われる。
クラス対抗なのに一人ずつというのも奇妙な話だが、ここらあたりは一般の学校との認識の違いだろう。
この競技は、競技用装霊器を用いた妨害や肉体強化が許可された、目玉競技の一つだ。
椿は、Aグラウンドに到着すると、始まる前に来られたことに安堵した。
全八クラスで、走るレーンはくじ引きで決められる。くじ運が良いのか、奈津は内側の一番端っこだ。それに対してレイアは外側の一番端だった。
妙にライバル意識を持っているこの二人に挟まれるのは、真ん中の選手達にとって不運なことだろう。
レベルが上がるには、実戦が必要だ。
実戦が行われるのは、二学期から。一学期は、心構えと基礎に集中する。
だから、入学早々実戦を経験し、乗り越えてきたためすでにレベル3になっている奈津とレイアは、他の生徒達よりも経験面で圧倒的に有利だ。
「ふふふふふ」
「ははははは」
両端で、俯きながら笑っていた。
実に不気味である。そのせいで、中間の選手は怯えている。
「今日こそぎゃふんと言わせてあげますわ」
「相変わらず発想と語彙が古いねぇ」
これが二人のスキンシップの取り方だ。
二人とも、いがみ合える相手が居ると言うことが、楽しくて仕方がないのだ。
それを解ってはいるが、あえて一触即発の雰囲気を出す二人の様子に、椿は頭を抱えた。
審判がつくと、選手達がクラウチングスタートの形をとる。
みんな、フォームがしっかりとしていて綺麗だ。
――パンッ
合図と共に走り出す。
奈津は早速肉体強化をかけて、さらにその上からヒットポイントをマジックポイントに変換させる魔法をかけた。完全に、防御は捨てている。
トップは奈津だ。実戦を含めて足腰を鍛えている奈津は、他の者では出せない速度で差を広げる。必死に追いつこうとする選手の中で、レイアだけはわざと一番後ろに甘んじていた。そのことに、椿は首をかしげた。
「――――【固有魔法・水流】」
小さく呟かれた、詠唱。
その意味するところに感づいた奈津は、半ば嫌々振り向いた。
遅れていた選手達をやすやすと呑み込む、津波。この競技でしかマジックポイントを使う予定がないのなら、と全ての魔力をつぎ込んだ固有魔法。
リレーで使うには反則的だが、高レベルの魔法ではないため、登録できてしまったのだ。
「おーっほっほっほっ!」
「うわ、なんか久しぶりに聞いたなぁ、その奇声」
もう一ヶ月以上前に、一度聞いたことがある。
その程度だったが、出逢いにも繋がっているので印象深かったのだ。
「さぁ、貴女も呑み込まれてしまいなさい!」
「はっ!ごめんだね!――――【固有魔法・旋風】」
肉体強化は別の魔法で補うことが出来る。
そこで奈津が登録したのは、防御に重視した魔法だった。
大気の妖精エアリエルは、如何なる場所でも移動することが出来る。
その特性を生かしたこの魔法は、障害を受けないという用途のもの。つまり、他者の妨害を気にせずにゴールするためのものだった。
『Aグラウンドの佐倉選手とエルストル選手が、非常に熱い戦いを魅せています!』
『将来が楽しみですね。実に優雅です』
フィーリのややずれたコメントを、レイア達は褒め言葉だと受け取って張り切っていた。
褒め言葉ではあるが、微妙に違う。その事実に、観戦していた椿はため息を吐いた。
レイアは、剣型装霊器の上に乗り、直立不動でサーフィンをしていた。
どうやってバランスをとっているのか、椿はそんなことを気にして首をかしげた。
「えぇいっ!大人しく呑み込まれなさいなっ!」
「だ・れ・が!」
インコースを駆け抜ける奈津と、アウトコースで波に乗るレイア。
ゴールは、あと僅かだ。
「一番は――」
「――僕のものだ!」
残像がその場に残る。そんな錯覚をさせる程のスピードで、奈津とレイアが走り抜けた。
テープカットが切られて、審判が流される。そのまま進行上の全てを水流が押し流し、跡には魔力が切れて呑み込まれた奈津と、止まることを考えなかったせいで、魔法を中断したとたん慣性の法則で放り出されて、顔面スライディングをしたレイア。その二人が仲良く地面で眠る姿だけが残された。
『映像判定は――――同時です!』
『素晴らしい試合でしたね。学院長』
『そうですね。来年も楽しみです』
既に過去のこととして流そうとしていた蓮とフィーリの姿に、椿とモニターの向こうにいた莉子は、ほぼ同時にため息を吐いた。
†
個人競技が終わると、昼食休憩を挟む。
椿は、お弁当をもってやってきた奈津と、一緒に食べる予定だった宗一達と昼食を食べる。
「あー、お邪魔だった、かな?」
「なんで?」
家族との昼食に入ってしまったことを気にする奈津に、椿は首をかしげた。
その様子から疎まれていなかったことを知り、奈津は安心しながらなんでもないと返した。
そんなことで嫌われはしないだろうという信頼はあるが、うざがられるのは嫌だった。
「奈津は、今日はお弁当どうしたの?」
宗一が作ってくると言うので、椿は作っていなかった。
奈津も家族が持ってくると思ったのだが、一応聞いては見た。すると奈津は必要ないといったので作らなかったのだ。
「うん?家族が、まぁ、作らせてきたみたい」
ひっかかりのある言い方ではあるが、椿はそれ以上追求しなかった。
誰にでも色々あって、それは話せないことが多い。できれば打ち明けて欲しいが、それは少なくとも“今”ではない。
「こっちが、おじいちゃんで、こっちがおばあちゃん」
「さ、佐倉奈津です!」
自己紹介へ話をシフトさせると、まだ名乗っていなかったことを恥ずかしく思いながら、奈津は慌てて名乗った。
「私は神崎宗一。こっちは、妻の牡丹だ」
「よろしくね、奈津さん」
髪をお団子にして纏めた、穏やかそうな老女だ。
和やかな雰囲気は、そばにいたものを安心させる。
「椿のお弁当、お祖父さんが?」
「うん。食べてみる?」
椿がお弁当を差し出すと、奈津はおそるおそる箸をつけた。
そして、煮物をとって口に運び、咀嚼する。
「なにこれ、ものすごく美味しい」
「うんうん。私もまだまだ、おじいちゃんには敵わないなぁ」
「お祖父さんが作ったの?!」
奈津は驚きながらも、箸をつけていく。
妙に量があるので、椿としても食べるのを手伝ってくれるのは、ありがたかった。
奈津がなぜ気まずそうにこちらに来たのかは、わからない。
だが、こうして元気になってくれるのなら、奈津が元気でいてくれるように微笑み続けよう。そう思って、椿は淡く、笑った。
†
午後からは団体競技。
まずはじめに行われるのは、ずばり、綱引きだ。
魔法による肉体強化も、妨害も全てなし。
ただ、己の力のみを試すという競技だ。
この綱引きの最大の特徴は、広い敷地を利用した、その規模にある。
全学年の紅組と蒼組が、ぴったりと東西に別れて綱引きをするのだ。
『さぁーって!午後の団体競技一番は、綱引きです!』
わき上がる観客席。
だが、よく見ればほとんどがサクラだった。
「よしっ!頑張るぞっ!椿!」
隣りに立つ明里に意気込みを入れられて、椿は俄然やる気が出てきた。
フランチェリカは、身長の問題から一番前だった、補佐するように奈津とルナミネスが後ろについているが、これはラミネージュがこっそり手を回したからだ。
当のラミネージュは、椿の正面で和んでいた。
『それでは、東西綱引き、よーい……始め!』
モニターから、マリアが開始の号令を送る。
椿たちも、縄に力を込める。
団体競技の一種目。
この綱引きが、午後の競技の始まりだった――。
†
大玉転がし、玉入れ、騎馬戦などの競技を終えて、ついに組み体操がやってきた。
蓮が、この競技はじっくり見るべきだ、という主張をしたため、各グラウンドで一組ずつ行う。ちなみに、生徒からせめて一年生だけで終わらせてくれと苦情が来たため、この競技に二年生と三年生は参加しない。
椿は、ミア達と最後の打ち合わせをした後、ライバル選手達の演技を見た。
『一年A組は……こ、これはッ』
三十人が互いの身体を持って、自分の身体を青い光で包み込む。
作った形は、蒼組を連想させる龍だった。
『素晴らしい――なんという芸術美だ』
学院長の感嘆の声。
その声に、他の選手達が悔しそうに唇を噛んだ。
ミアも、苛立たしげに手を組んでその演技を睨み付けていた。
椿はそんなミアの隣りに立つと、自信の満ちた顔で笑いかける。
そこまで余裕がある訳ではないが、それでもこんな気持ちで臨みたくはなかった。
その顔を見て、ミアは一瞬惚けたが、すぐによく似合った不敵な笑みを浮かべた。
振り向けば、不安な顔をしたものなど一人もいない、自慢のクラスメートたちがいた。
「ふっ……ありがとう。椿――さて、みんな!私たちのクラスの“絆”を、見せつけてやろう!」
『おーっ!』
士気を高めて、椿たちはグラウンドに乗り込む。
その足取りは、軽やかだ。
『いやー、素晴らしい演技でしたね~。……さーて次は』
『一年B組の演目“扇deピラミッド”です』
マリアのセリフに、莉子が続ける。
入場した椿たちは、まず七列に並んだ。
一列目が八人、二列目が七人、三列目から五人、四人、三人、二人、一人と続く。
一列ずつは大きく幅が空いていて、列の一人一人の間は、逆に密着していた。
『これは一体なんでしょうか?学院長』
『ふむ……いやはや、合図を待った方が良さそうですね』
フィーリの質問に、蓮は楽しそうに答えた。
参加自体後からだったこともあり、椿の位置は一列目の一番左端だった。
右端は、明里で、七列目はフランチェリカだ。
『それではー……始めっ!!』
――パンッ
合図の破裂音が鳴ると同時に、生徒達が直立不動で横の人と手を結ぶ。
そして、一歩ずつ遅らせる形で、後ろの列が七列目に向かって走った。
『おおっ、これは……!』
手を結んだまま、息のあった完璧なタイミングで肩に飛び乗る。
身体能力強化により高く飛び上がり、ついにフランチェリカが一番上に飛び乗った。
そして、組んでいた手を、横に開く。
『なんと……これは』
すると、同時に全員が手を伸ばし、扇のように開いた。
瞬間、背後で複数の属性を混ぜた、大きな爆発が起こった。
そう、虹色の爆発である。
『なんという、機能美。なんという、芸術性。……私は、こんな素晴らしい演技は見たことがない』
『歴史に名が乗る、か。この日に呼ばれた私は、なんと幸運なのだろうか』
『これはすごい!大・絶・賛です!かくゆうわたしも興奮しております!』
その光景は、まさしく虹だった。
まるで青空が祝福して浮かび上がらせたような、虹の七列。
その日、応龍祭の歴史に、大きく刻まれた競技が生まれた。
その名は――“ドラゴン・ピラミッド”と、正式に名付けられたのだった。
†
夕方になると、夕食休憩が挟まれる。
夕食は、楼城館女学院が誇る大食堂で、学食をアレンジしたフルコースが出される。
親は親同士で社交的なお話をするため、この時間はクラスで固まってディナーを食べる。
「素晴らしかったな。私たちも、一生の思い出になりそうだ」
「うん。すっごく、楽しかった」
夕食を食べながら、ミア達と組み体操の祝勝会をする。
そう、椿たちは見事に一位をもぎ取ったのだ。
「チェリカも、すっごく綺麗だったよ!」
「えへへ、ありがとう、つーちゃん」
照れるフランチェリカの様子は可愛らしく、周囲のクラスメート達はその様子に和んでいた。
「次は、いよいよ応龍杯だ。応援しているよ、椿、フランチェリカ、明里、ルナミネス」
ミアとクラスメート達の、激励。
その言葉に、椿たちは顔を見合わせてから、力強く頷いた。
「うん……目指すは優勝、だよね」
そう言い切った椿をみると、フランチェリカは胸の内側から不安が消えていることに気がついた。この不思議な魅力に支えられてきた人は、まだ少ない。だが、彼女の内側の何かに惹かれる人は、確実に増えていた。
「さて、ほどほどに食べて、椿たちを送りだそう!」
『おぉーっ!』
夜からは、いよいよ応龍杯。
応龍祭の注目行事が、ついに始まろうとしていた――。
お待たせしました。
漸く書く時間がとれたので、書き上げました。
今回、次回とかなり長いです。
次回は、今回よりもだいぶ長くなります。
それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回も、よろしくお願いします。