第八話 応龍祭編② 狙われた少女
短めです。
応龍祭が近づいて、出場競技も決まる。
そうなると、生徒の関心は応龍祭に向く。それは、仕方がないことだった。
授業を開始するために教室に入った雅人は、そんな生徒達の様子に苦笑した。
これでは授業などろくに聞きはしないだろうが、それでも授業をしないわけにはいかない。
お仕事なのだから、それでもなんとか聞いて貰おうと、雅人は意識を切り替えた。
「そ、それでは、は、はじめます」
本題に入る前は、何度もどもる。
そんな自分の口調に、雅人はそっと苦笑した。
「今日は、邪霊と人間の関係、その二をお教えしましょう」
良く通る声。
生徒達は、なぜ雅人が普段からこの声が出せないのかと疑問に思いながらも、その声に耳を傾ける。
「何度かお話ししましたが、邪霊は、人間にとっても精霊にとっても天敵です。――ここまでは、いいですね?」
返事は聞こえない。
だが、何割かの生徒は頷いた。
「精霊の中にも、悪魔という種族は人に甘言を囁き、人の心を堕とします。けれど、彼らは魔法使いが契約を交すことで対等な関係になることが出来ます」
契約に代償を求められたりもするが、知恵比べで勝つことが出来れば、彼らは魔力を支払うだけで力を貸してくれる。
「少々特殊ですが、身近で悪魔と契約を交しているのは、セルエイラ先生ですね」
ミファエルの名が上がったことを、生徒達は驚いていた。
名前や雰囲気からして、天使と契約したのだろうと考えていたのだ。
「これと同じようで、全く違うのが、邪霊との契約です」
相互に天敵と称される関係。
今しがたそう説明をしたのは雅人だというのに、雅人はそんな矛盾した言葉を放った。
「高い知性を持つ邪霊は、人間と契約をする能力を持ちます。ただし、これは相互に利益のあるものではありません」
雅人は、そう言い切ると、厳しい目で説明を続ける。
「最初に邪霊と契約を交した人間が見つかったのは、七十年前でした」
圧倒的な力を以て人間を襲う人間。
魔法を悪事に使うものなど今までいくらでも居たが、それとは毛色が違っていた。
装霊器も詠唱を用いらずに脅威を振るう、人間だったのだ。
「邪霊は、人間に甘言を囁き、耳を傾けた人間を自らの駒にします。人間は、願いを叶えて貰ったが最後、永遠に人を襲う化け物になります」
それは、後の調査で解ったこと。
だから、その当時、その人間は人々にとって“未知なる脅威”だった。
「邪霊と契約した人間は、死後、輪廻の輪に加わる事無く消滅する」
雅人はここで大きく切ると、生徒達が決して聞き漏らさないように、少しだけ声を大きくした。
「こうして邪霊の傘下に加わった人間は、左目に、契約を交した邪霊の紋章が現われます」
黒板に大きめに書かれた二文字。
「そんな彼らのことを、我々は“魔人|≪ダークアウト≫”と呼びます。皆さん、覚えておいてくださいね。――そ、それでは、これで終わります」
そういって退出する雅人を見送ると、生徒達は大きく息を吐いて気持ちを元に戻した。
Flame,Plus
午後からはまた、指定された時間に演習場へ集まる。
今日は、競技用装霊器の借し出しが始まる日だった。
HR終了後に、そのまま四人で演習場に来たのだ。話をしたことがなかった昨日までならともかく、ある程度打ち解けてしまえば、わざわざ演習場で合流するような遠回りをする必要もなくなる。
まずは時間までの間に、装霊器の施設で競技用装霊器を受け取ることになった。
「うーん……種類はどんなのがあるの?」
椿がそう問いかけると、左に並んでいたルナミネスが答えた。
ちなみに、左からルナミネス、椿、フランチェリカ、明里という順番だ。
「剣・短剣・槍・斧・槌・弓・銃・ガントレット・グリーブ・盾・棒。この十一種類から一つ選べるわ。私は棒よ」
「わたしはハンマーだよ~……特殊型だから、一番近いのがそれなんだよねー」
「あたしはガントレットだ」
棒、ハンマー、ガントレット。
見事に接近戦主体のチームなようだった。まだ戦法を聞いていないので判断は出来ないが、バランスを考えるのなら椿は弓や銃にしたほうがいいだろう。
そう考えていたことが顔に出たのか、ルナミネスがそっと思考に割り込む。
「私は遠距離主体の魔法使いだから、妙な気は遣わなくてもいいわよ」
「あ――うん、ありがとう。ルナ」
そう気を遣ってくれたルナミネスに、椿はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「むー……昨日から妙に仲いーよね、あの二人」
「あっはっはっ、何かあったんだろうなー。仲良くなりたいのなら、チェリカも輪に加わればいいじゃないか!」
「あいたっ」
笑いながらバシバシと背中を叩く明里に、フランチェリカは眉をしかめながらも、そんなに嫌がっていなかった。構われるのは、嫌いではないのだ。
「ねぇねぇ!わたしも入れてー!」
フランチェリカは、軽く飛び上がって椿の首に巻き付いた。
椿はその勢いに負けて身体が傾いたが、すぐに隣にやってきた明里が支えた。
フランチェリカを負ぶさる形で、椿たちは施設に到着した。
そこで競技用装霊器と、インストールデータが入ったディスクと、その他の周辺機器を受け取ると、体操着に着替えて演習場に入った。
「このインストールデータに入っている魔法を、小型モニターを見ながら配線を使って、競技用装霊器にインストールすることで登録することが出来る。登録できるのは三つまで。うち一つまでならば固有魔法を登録することが出来るが、あまり高位の魔法は登録することが出来ない」
説明書を見ながら、ルナミネスが内容を要約しながら説明した。
一度で納得するのが椿、頷いてから納得するのがフランチェリカで、明里はかみ砕いて納得した。ルナミネスは、そんなに難しいことは話していないのに、とため息をついた。
「それじゃあ、みんなで役割分担をしながら登録しようか」
椿が選んだのは、剣の競技用装霊器だった。
ガントレットはどうみても格闘戦専用で、ガントレットから剣真を伸ばすくらいだったら、始めから剣を持ったほうが扱いやすそうだったのだ。
応龍杯は、リーダーのヒットポイントがゼロになった方が負けとなる。
だが、当然リーダーだけが生き残ってもだめだ。リーダー以外にも最低一人は生き残る必要がある。
「定石としては、リーダーが探索、結界系統で指示をだして、私たちが指示に従って敵リーダーを倒す。そんなところかしら」
指を立てながら説明するルナミネスに、椿は真剣な表情で頷いた。
「サポートと司令塔、何より生き残ることを優先にする――だよね?」
「うん。それから、リーダーが二人倒せば仲間を一人復活させられるのだけれど……これはあまり現実的ではないわね」
「なんでー?椿ちゃんが二人倒せばいいんでしょ?」
「そんなことをするくらいなら、作戦を練り直して残りのメンバーで戦った方が効率的よ」
リスクを冒した場合は、リターンが無かった場合減点評価になる。
時間切れにより、評価得点での決着になった際に、不利になるのだ。
危険を冒して失敗すれば、大きな損害になるということを教えるためのシステムだった。
だからといって、冒険しなければいいという訳ではなく、乗り越えられる手札を揃えて乗り越えてみせれば、リターンはもちろん大きな得点になる。
この得点は、戦績として内申書に書かれるのだ。
「うーん……三つしか登録できないんだよね?」
「そうね。サポート系は私に任せて」
「それならわたしは前衛かなー?」
「あたしも前衛が得意だが……オールラウンダーも出来ないことはないぞ!」
話を統合して、椿は考えを話す。
「それなら、私が攻撃、支援で、ルナがサポート。明里が中衛、チェリカが前衛でいいかな?」
三人がこくりと頷いたのを見ると、椿は安心したように息を吐いた。
すごく的外れなことだったらどうしようかと、頭を捻らせていたのだ。
「それじゃあまずはインストールをして、実際に感覚を掴んでみようか」
「うんっ!」
フランチェリカが元気よく返事をすると、椿は顔をほころばせた。
†
登録を済ませると、まずは実践してみることにする。
椿と明里、フランチェリカとルナミネスで、まずは組んでみる。
組み方は、椿の提案で、ジャンケンで決めた。
ヒットポイントなどは、網膜投影をさせることが出来る特殊な魔法のアイテムを身につけることで、応龍祭中は常に情報を表示しておくことが出来る。
種類は、ネックレス、ピアス、指輪のどれか一つで、椿は指輪を選んだ。
すると、数値化された情報が目の前に浮かび、椿は驚いて少しだけ後ずさった。
――HP1000 MP1000 T:00:00:00
HPはヒットポイントでMPはマジックポイント。Tは競技の残り時間を表していった。
椿は、手元の説明書を開くと、詳細を見ていく。
「えーと……魔法によっては、情報が追加されることがあります?」
「ま、やって見れば解るって!」
朗らかに笑う明里を見ていると、椿は細かいことを考えていたことがばからしくなった。
「うん――そうだね。実践あるのみ、だよね?」
「解っているじゃないか!あっはっはっ!」
両手を腰に当てて胸を張る。
大きく口を開けて笑うその姿は、妙に様になっていた。
「それじゃあ始めよう。――行くぞっ!【肉体・強化】」
「そうだね、始めよう。――行くよっ!【弾丸・射出】」
明里が腰を落として、走り出す。
白い光が競技用装霊器に入ると、明里の精霊石に反応する。
だが、無属性なのか、光は白いままだ。
肉体に魔力が回り、飛躍された身体能力で、一足飛びに近づこうと身体を加速させる。
椿は、そんな明里を打ち落とそうと、魔力弾を発射した。
「疾ッ」
明里は、椿の放った弾丸を、淡く輝く拳で迎撃した。
魔力が霧散する反応で、淡い虹が生まれる。
その虹に隠れるように、二発目が明里に迫っていた。
「ははっ――甘い!」
明里は、その二発目を左手で掴み、握りつぶした。
「【固有魔法・炎刃】」
競技用装霊器は、固有魔法を一つだけ登録できる。
そして、登録した魔法は競技用装霊器で使う場合のみ、詠唱を短縮できるのだ。
椿の白い剣型競技用装霊器が、はめ込まれたアレクの精霊石に反応して赤く光る。
そして、剣真が炎を纏い、大きく伸びた。
右手を振りかぶる明里に、炎刃を振り下ろす。
鋭く早い一撃だが、明里はその一撃を、右手の甲を使って弾きながらそらした。
「っ!?」
威力が流されて体勢を崩す椿。
そんな椿に、明里は逸らすことに使った右手を後ろに引きながら、左の正拳突きを放った。
「はあぁっ!」
身体を半身にしながら、明里の拳に背を向けるように無理矢理前に進んだ。
炎刃を振り上げる形で明里を斬りにかかるが、明里もここで負けはしない。
「でぇ、りゃあっ!」
振り上げを、右手を犠牲にすることで受け止める。
そして、左足を用いた鋭い蹴りを、椿に放った。
「つぅっ!?」
互いに衝撃から三歩下がり、そこで漸く椿は自分の数値を確認した。
――HP900 MP800 T:00:00
一撃で百も減ってしまった。
さらに、MPは二百も減っている。
「長期戦でもなんとかなる戦法を考えないと……」
ほんの数十秒で、この有様だ。
これでは、本番の一試合十五分の競技を考えるのなら、もっと効率のいい魔力運用を考えなければいけなかった。
まだ続いている、ルナミネスとフランチェリカを置いて、椿は二人の光景を見ながら休憩を取ることにした。その間に仲良くなろうと、椿は明里に一歩踏み込んだ。
「いや、椿は強いなっ!」
「明里も、すっごく強いよ。体術が得意なの?」
自分を真っ向から気持ちよく評価した明里に、椿は照れながらもそれを返した。
「ああ。あたしの家は、代々体術を操るんだ。強いものは血が濃くて、血が濃い程、鮮やかなオレンジ色の髪を持っているんだよ。太陽のように、ね」
そういって、明里は少しだけ顔を伏せた。
明里の髪は橙がかった茶色――くすんだ、オレンジ色だった。
その色から、明里は、心ない親類縁者から“混じりもの”と呼ばれ、笑われていた。
そんなことから、明里は自分の髪の色が、あまり好きではなかった。
「それじゃあ、明里の色は――――」
「……うん」
くすんでいる。
濁っている。
そんな言葉をかけられるのは、もう慣れっこで。
明里は勤めて明るく笑おうと、自分“らしく”笑おうと、頬の筋肉に力を入れた。
だが、その力はすぐに霧散することになった。
「――――温かい、大地の色だね」
「よく、いわれ…………へ?」
笑おうと、笑い飛ばそうとしたが、思わず言葉を詰まらせる。
ポカンとした表情を見せる明里に気がつかず、椿は言葉を続けた。
「お日様の光をいーっぱい吸い込んで、みんなに元気をくれる――――命の色だ」
椿はそういうと、朗らかな笑顔で明里を見た。
その笑顔には、それが正解だと信じて疑わない、優しい光が宿っていた。
「ぷっ――――はははっ」
「え?あ、あれ?なにか、おかしなこと言ったかな?」
明里は、おなかを抱えて笑いだした。
そんな笑顔でそんなことを言われたら、悩んできた自分がバカみたいだ、と。
笑いすぎてはいない。だというのに、明里の目尻には喜びの雫が輝いていた。
「いや――――そんなことを言われたのは、初めてだったんだ。ありがとう、椿」
普段のように声を張り上げることなく、明里は穏やかな笑顔で感謝の言葉を述べた。
椿はその笑顔にきょとんと首をかしげたが、すぐに明るい笑顔で頷いた。
「どういたしまして――明里」
和やかで温かい空気が、二人の間に流れた。
その空気を壊すものが、丁度二人、必然的に割り込むのだが。
「いい加減、自分が子供だって自覚なさい!」
「ふん!かっこつけ眼鏡には言われたくないよ!」
演習場に魔力を走らせながら、試合をする二人。
その様子がどうにもおかしくなって、明里と椿は顔を見合わせて笑い合った。
†
貸し切り時間を終えて、片付けをする。
フランチェリカはルナミネスと目を合わせる度にいがみ合っていたが、子供のケンカのようにも見えて、微笑ましい空気になっていた。
その空気に気がついたフランチェリカとルナミネスは、盛大に眉をしかめた後、互いに顔を見合わせてため息を吐くのだった。そこまで相性が悪い訳ではないのだろう。二人は、互いを傷つけるようなケンカには、進展していなかった。
演習場から出る際は、リーダーである椿が演習場の確認をして、最後に出る。
忘れ物のチェックなどを済ませて、演習場を出ようとした。
「椿ちゃん!」
のんびりと歩いていた椿はフランチェリカの声で反射的に前へ――フランチェリカ達の方に――飛んだ。そして、伸ばされた手を明里とルナミネスが掴んで、引き寄せた。
――ガシャンッ
大きな音に、椿は明里に抱き寄せられたまま振り返った。
その先では、椿が先ほどまで立っていた場所に、シャッターが落ちていた。
これは、災害時に演習場の出入り口を隔離するためのシャッターなのだが、本来の速度よりも遙かに速く落ちてきたせいか、シャッターは見事にひしゃげていた。その姿が、シャッターの威力を物語っていた。
「なに、これ?」
冷静に考えずとも、事故だと言うことは解る。
だが、椿の胸には、いいようのない“不安”が渦巻いて、消えなかった。
そう――まだ、始まったばかり。
なんとか投稿。
第八話は、まだ続きます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回も、よろしくお願いします。
2010/09/25 誤字修正