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Flame,Plus  作者: 鉄箱
1/42

第一話 出逢い

この小説のジャンルは、熱血学園友情ファンタジー……を、目指しています。


2010/8/19 現在、改訂中です。

――それは、普段と何一つ変わらない、日常の光景だった。


額にかいた汗を拭うのは、滑らかな黒い髪を銀のバレッタで止めた少女だった。


少女は、夕焼けの小道を早歩きで帰る。

肩にのしかかる真っ赤なランドセルを、一息をついて持ち上げる。

すると、少しだけ楽になったような感触を覚えて、少女は小さく息を吐いた。


学校へ行く前に、今日の夕飯はカレーライスだと少女は母親から告げられていた。

この年頃の子供は、カレーライスが夕飯だと聞くと、胸を高鳴らせるものだ。


小道を歩く少女もその例に漏れず、夕飯を楽しみにしていた。


「えへへ、かれーらいす♪」


口元を拳で隠して、小さく笑う。

だらしのない笑顔を見るのは、茜空に浮かぶ太陽ぐらいなものだ。

なのになんだか気恥ずかしくなり、少女は頬を赤らめて笑みを隠した。


普段と変わらない、日常のワンシーン。

――それは、砕ける前の最後の光景だった。


「あ、れ?」


胸騒ぎと共に、大きく息を吐くように呟いた。

その一言が意図するところは、自分でも理解することが出来ずにいた。


「っ」


真紅の空に昇る漆黒。

舞い上がる紅蓮と、空気を焼く灼熱。


ぱちぱちと音を立てて――少女の“日常”は炎に包まれていた。


「おとうさん、おかあさん」


身を竦ませるほどの紅。

その痛いほどの熱を前に、少女の口から感情がこぼれ落ちた。

それは、心を軋ませる憔悴の声だった。


「おとうさん!おかあさん!」


冷静な思考なんか、働かない。

ただ無我夢中になって、その炎に飛び込んだ。


倒壊する前の家屋。

それは、いつ倒壊するか解らないという意味だ。

この危険な空間に駆け込んで、何が出来るか解らない。

むしろ、何も出来ないだろう。


それでも、駆け込まずにはいられなかった。


重いランドセルを投げ捨てて、見慣れた――観たことのない――空間を駆ける。

爆ぜる火花に身体を小さく焼かれながら、倒れ込むように前へ走る。


「おとうさん!」


居間。

――割れたビール瓶。


「おかあさん!」


台所。

――切り分けられた野菜。


「ねぇ!どこ?!」


書斎。

――燃え上がる本棚。


「ねぇってばっ!」


寝室。

――フレームの歪んだ、家族写真。


「へんじ、してよぉっ!?」


走る、走る、走る。

もしかしたらとっくに避難をしていて、自分のしていることは無駄足かも知れない。

玄関に靴があったかどうかなど確認はしなかったし、もう家にいないかも知れない。


――それでも止まらない、大きな“胸騒ぎ”が少女を突き動かした。


足をもつれさせて、身体を煤で黒く汚して、お気に入りのワンピースを焦がして。


母親に見つかったら、怒られて。

苦笑する父親に、慰めて貰って。

三人で、食卓を囲むのだ。


「おとうさん……おかあさん……っ」


涙を拭うと、手についた煤が少しだけ落ちる。

その色が切なくて、少女は視界を歪ませた。


最後に訪れたのは、自分の部屋。

両親に強請って手に入れた、六畳の広い部屋。

そのドアノブを握ると、金属製のノブから走る熱が、少女に鋭い痛みを与えた。


――それでも、少女はドアノブを回す。

――胸騒ぎの末にある“確信”を抱いて。


「おとうさん、おかあさん?」


小さく声を漏らしながら、ドアを開く。

その視線の先には、黒い塊があった。

大きな塊が二つ転がっていて、奇妙な形の塊がもぞもぞと動いていた。


『あ、あ、あ』


この世のものとは思えない、甲高く淀んだ声。

黒い翼と三頭の頭。それが炎の中で黒い塊を貪っていた。

炭化した表面が崩れ落ち、その中から見えるのは――赤。


その色を見る度に、少女の胸が軋み、悲鳴を上げていた。


『兄者、兄者、残ってル』

『うるサい、食事中だ、弟よ』


何かをむさぼることに夢中な右の頭に、左の頭が声をかける。

すると、真ん中の頭が何かを呑み込んで左の頭の、視線の先――立ちすくむ、少女を見た。


「ぁ――」


声が漏れたことを、少女は自分でも気がつくことが出来なかった。

その淀んだ目に見られて、身体が竦み口が渇く。

炎の熱さとは違う、恐怖からの汗が、少女の背筋を冷やしていた。


声に反応して、夢中だった右の頭も少女を視界に納めた。


『予想以上の、ご馳走だ』

「ひっ」


両端をつり上げられて歪んだ口から覗くのは、いっそ鮮やかすぎる赤だった。

その強烈な色合いは、現実から意識を飛ばしていた少女の心を冷静にさせた。


――いや、冷静になったのではない。

現実から目を背けようとした結果、避けられない現実を見てしまったのだ。


三つの頭の怪物が両手に持っていたのは、奇しくも同じ形の“部品”だった。

その部品の先端に嵌められた銀色のリングには、ひどく見覚えがあった。


少女が毎日見ていたもの。

大切な人の指に嵌められていた、大切な人の宝物。


『こういう時は、ナんとイウんだ?兄者』

『ふむ、なんダったカな?弟よ』


怪物の言葉が、頭に入らない。

そんなこと――そう、“そんなこと”よりも、横たわる塊が、少女の心を蝕む。


「――――」


声は出ない。

出ないはずなのに、音が出る。

恐怖心を飛び越えて、悲しみを食らいつくし、深淵の魔物が顔を出す。

そのプレッシャーは、僅か九歳の少女には、重すぎた。


『兄者、弟……こウいう時ハ――いたダキまスというんダ』


空を切り跳躍する怪物。

その九つの視線に呑み込まれながら――少女の意識は、闇に落ちた。




どこかで誰かが――ぱたん、と本を閉じる、音がした。














Flame,Plus














――桜が舞う、始まりの季節。


魔法学校の名門、楼城館女学院。

その寮の一室で、一人の少女が姿見の前に立っていた。


腰まで伸びる髪は、鴉の濡れ羽色。

その滑らかな黒髪を、銀のバレッタで留めていた。

細い眉の下から見えるのは、大きな瞳。

光を反射して輝く、黒曜石のような黒い双眸だ。


「制服、よし」


透き通るような声が、小さく言葉を紡ぐ。

白い制服に身を包んだ自分の姿が新鮮で、少女は小さくはにかんだ。


「って、これじゃあ危ない人だよ」


鏡の前で、一人で笑う。

そんな自分を客観視してみると、気恥ずかしくなって頬を抑えた。

この少女は、どこか抜けているとことがあるようだ。


「さて、行ってきます」


姿見から立ち去り、写真立てに頭を下げる。

そして、フレームの歪んだ写真立ての下に置いてあった、ネックレスを手に取った。


銀のリングが二つ並んだ、ネックレス。

大切な人の、大切な形見だ。


ネックレスを首にかけると、扉を開けて前を向く。

振り返ってばかりいれば、両親に心配をかけてしまう。

そう思っているから、少女は前を向いて、歩くのだ。


来る学院生活に胸を躍らせて、少女――神崎椿(かんざきつばき)は、大きく一歩を踏み出した。















私立楼城館女学院は、魔法学校である。

世界に存在する魔法は、人々の生活を潤わせるためのものではない。

できないことはないが、だったら科学を用いた方がずっと早く、低コストだ。


ならば、魔法は何のためにあるのか?

それは――戦うためである。


人間同士の戦いではない。

人間に仇成す存在――邪霊と戦うために、魔法は用いられる。

そんな魔法を学ぶために開設されたのが、人の街から離れた場所に位置する“魔法学校”である。


楼城館女学院は、そんな魔法学校の中でも“名門”にカテゴライズされている。


広大な敷地面積と充実した施設を持つ、学院都市。

それが、楼城館女学院という魔法学校の姿だ。


細やかな調度品に囲まれた廊下は、上品な細工が施されている。

あまり煌びやかに過ぎず目に優しいのは嬉しいが、庶民に過ぎない椿にとっては肩身が狭かった。


手を置けば壊してしまいそうで、絢爛豪華な生活に慣れていない身としては、気後れしてしまうのだ。


「かといって、真ん中を歩くのもなぁ」


場違いな感覚が否めない。

だからこそ、端を歩きたい。

けれど、真ん中を歩くのは気後れする。

そんな、ありがちなジレンマに、椿は身を竦ませていた。


「慎重に、慎重に」


今から慣れておかないと、この先の学院生活は厳しいだろう。

自分を笑顔で送り出してくれた祖父母のためにも、ここで挫ける訳にはいかない。

握り拳をつくって前を向けば、クラスを割り当てる掲示板まで、目と鼻の先だ。


「頑張れ、椿(わたし)


気合いは充分。

上品に集まる人垣から、一歩下がって覗き込む。

席は窓側、それも一番後ろだった。


「うぅ、春にこの位置は眠いよ」


周囲に聞こえないように、小さく独り言を零す。

友達も作りにくい上に、授業で眠くなる。

避けることの出来ない壁に、椿は大きくため息をついた。


「でも、負けていられないよね」


そう言うと、踵を返して前に進む。

教室に入って教科書を用意してしまえば、緊張なんか吹き飛ぶのだ。


「うん、頑張ろうっ」


気合いを入れる、一言を呟く。

だが独り言が異様に多いのは、緊張しすぎているためだということに、椿は気がつくことなく慎重に進んでいった。


――当然、歩くのは廊下の端である。














初日から授業というのは、この学院では当たり前のことだった。

本格的な授業にこそ入らないが、これからの授業の基盤を作る必要があるのだ。


そして、記念すべき楼城館女学院での初授業は、待ちに待った“魔法”の時間だった。


魔法の授業名は、精霊魔法学という。

精霊魔法学の教師は、金の髪に眼鏡をかけた女性だった。

どこか抜けている雰囲気はあるが、これでもレッドクラウンの高レベル魔法使いである。


「さてさて~……はじめまして、新入生の皆さん。私が皆さんに魔法の手ほどきをすることになったミファエル・セルエイラです。よろしくお願いしますね~」


のんびりとした話し方の女性は、そう言いながら教室を見渡した。

ミファエルは、十一段階の称号の中でも上から四番目の実力者だった。

努力と才能の二つがなければ、この位には立てないという事実が、彼女に内包された力を示していた。


「それでは今日は、精霊魔法の基礎からお勉強しましょうね~」


そう言うと。ミファエルは説明を始めた。


「精霊魔法とは、私たちが存在する現実世界とは別の位相にある“幻想世界”に存在する精霊と契約を結ぶことで行使することが可能になる、特殊な術のことです」


精霊には沢山の種類がいる。

風の精霊や火の精霊と言った四大元素だけでなく、天使や悪魔、鬼や妖怪も全部まとめて“精霊”と呼ぶ。


「精霊と契約することを、“精霊契約|≪コントラクトエレメンタリー≫”といいます」


精霊契約は、精霊との契約だけではなくその儀式そのものも、その言葉で指す。

現実世界と幻想世界を一時的に結ぶことの出来るアイテム、“境界鏡|≪ラインゲート≫”を用いて一時的に門を開き、声と魔力を投げかけて契約を結ぶのだ。


そこまで説明して、ミファエルは堅くなっていた口調を柔らかいものに戻した。


「相性の良い精霊さんを呼び出して、無事に契約をすることが出来れば、精霊さんから“精霊石|≪エレメントストーン≫”というアイテムを貰うことが出来ます」


精霊石は指令との契約の証である。

これを持っていれば、境界鏡を用いらずとも精霊を呼び出すことができる。


「そして、呼び出した精霊さんから力をお借りするには、長い儀式によって意思の伝達と魔力の譲渡を行わなければなりません。この時間を短縮し、言語詠唱による現象の発現と魔力の譲渡をサポートするのが、“装霊器|≪エレメントローダー≫”です」


装霊器に精霊石を装填し、魔力を流しながら言語詠唱をする。

これによって、かつては最低でも半日かかる長い儀式を最短で一声まで短縮させたのだ。

もちろん、強力な術を使いたいのなら更に時間をかける必要はあるが。


「今回は早速、境界鏡を使って召喚をしてみましょう。精霊石は、契約が成功したら精霊さんがくれますから、安心してくださいね」


配られた境界鏡は、小さなリングだった。

これを右手の中指に嵌めて、詠唱をするのだ。

教室には特殊な結界を張ってあるため、少々“事故”が起こっても問題はない。


椿は深呼吸をして意気込みすると、右手を眼前に掲げて覚えたての詠唱を始めた。


「【世界を結ぶ・境界の円環よ】」


青白い光が、椿の周りに浮かび上がる。

その光は円環を象り、椿の右手を囲む。


「【幻想を喚ぶ・誓いの輪廻よ】」


椿の右手の先にある空間に、緩やかに回転する輪が生まれた。

その輪の中は、色がないのにもかかわらず向こう側を映していなかった。


「【我が声と血と魔力に応え・その姿を我が前に顕現せん】」


椿の双眸は、風が凪いだ水面のように揺らぐ円環の中を、じっと見据えていた。

瞬きすらせずに見つめるその瞳には、揺らぎない強い意志が宿っていた。


「【来たれ・我が友よ・来たれ・我が右腕よ・来たれ・我が道を共に歩むものよ】」


その瞳に宿る光と同様に、その声には万難排する力強い決意が乗せられていた。


「【顕れ出でよ・幻想の住人よ・神崎椿が・ここに望む】」


最後に区切られた言葉と共に、円環が強く輝いた。

やがてそれは炎となり、陽炎のように揺らめく。

そして、椿の前に精霊が舞い降りた。


赤い身体と金色の目。

長い胴体と短い手足。


たまに小さく火を吐くトカゲが、椿の前に浮いていた。

一瞬面食らった椿も、すぐに気を取り直した。


「【我は汝と契約を望む・我を認めるならば・証をここに】」


トカゲはくりくりとした目で椿を見上げた。

手のひらサイズと言うこともあって、妙に可愛い。


トカゲは、こくりと頷くと、真紅の宝石を残して幻想世界へ戻っていった。

その炎のような色の精霊石を手にとって、椿は漸く一息ついた。


そして、精霊石をのぞき込むと“刻印”が刻まれていた。

これは、精霊が契約者に与える自身を喚ぶための名前だ。


「あれく……アレク、か」


椿は、その“赤”を、愛おしげに胸に抱いた。















装霊器は、個人の希望に合わせてオーダーメイドで発注することが出来る。

だが、そのためにはまず精霊と契約しておく必要があるので、初日の授業以降でしか発注をすることができない。


名家出身の中でも特に伝統と格式を持つ家は、すでにオーダーメイドで装霊器をつくって持ってきている人もいる。だが、楼城館女学院の装霊器職人は腕が良いので、装霊器に関わる秘伝でもないかぎり、学校で作ってもらっている場合が多い。


初日の授業を終えると、装霊器の発注のために生徒達には二日間の休日が与えられる。

この間に精霊から得意な事を聞くなり、自分との相性を検討するなりして装霊器のデザインを決めて専用の窓口で発注するのだ。


寮から西へ十五分程歩くと、装霊器作成に携わる施設が見える。

この施設は、精霊魔法の練習場やトレーニングルーム、資料室などもある精霊魔法のための建物だ。


「えーと、三番窓口はっと」


係員に指定された窓口で、希望を書いた紙を提出する。

そこで、窓口にいる職員がアドバイスや指摘をすることでより現実的に作成できるように調整していくのだ。


そのためには、係員にまずどういったタイプの装霊器が欲しいのか相談する必要がある。

そのタイプによって職人が変わるため、この相談後に窓口を指定される形だ。


三番窓口を見つけると。椿はその列に並んだ。

新入生は今日と明日の二日間の内に発注しなければならないのだ。


「ねぇねぇ、君も新入生でしょ?」


椿は、後ろから声をかけられて振り向いた。

ダークブラウンのショートヘア、ボーイッシュな女の子が朗らかな笑顔を浮かべて立っていた。


「はい……と、ここにいるということは、貴女も?」

「うん。僕は佐倉奈津、一年B組所属の新入生だよ」


奈津は、腰に手を当てながらウィンクをして、自己紹介をした。

気さくなタイプの同級生に会えたことで、椿もある程度ここに来た不安を払拭することが出来た。


「私は神崎椿。クラスは……あ、同じだ」

「え?そうなの?……よかったぁ、話せる人いなくてどうしようかと思ってたんだよ」


そう、大きく息を吐いて奈津は安心したそぶりを見せた。


「三番窓口って事は、佐倉さんも装着型?」

「うん……っていうか、奈津で良いよ。僕も椿って呼ぶから」


ぐっと真剣なまなざしで身を乗り出す奈津に、椿は嬉しそうに頷いた。

この三番窓口にくる人は、みんな装着型と呼ばれる装霊器を求める生徒だ。

ようは、鎧やガントレット|(手甲)ということだ。


一番窓口は剣や盾と言った武器型。二番窓口は銃や弓と言った射出型。四番窓口はそれ以外の特殊型と呼ばれるものだった。特殊型は他の者と分類が難しいということもあり、そういった意味でまずは係員に相談することが義務づけられていた。


相談を終えた後に合流する、と奈津と約束を交し、椿は自分の装霊器の相談を開始した。














相談を終えて施設の外にあるベンチで待っていると、十五分ほど立った頃に奈津が来た。


「お待たせ~」

「結構かかったみたいだね」


椿が立ち上がりながら言うと、奈津は困ったように笑った。


「いやー、フルアーマーにしようかと思ったんだけど、慣れない内からそれは無理があるって言われちゃってさ」

「フルアーマーって、全身鎧って事だよね?」

「うん、そう」


それは無理があるだろうと、椿は苦笑いしながら頷いた。

重量もさることながら、精霊魔法を習い始めたばかりでは上手く使いこなすまで授業についていけないだろうと呆れられた、と奈津は肩を竦めながら零した。


「それでさ、これからだけど……“戦鎧|≪ウィッチコード≫”を見に行かない?」

「あー……うん、行こうかな」


戦鎧とは、魔法使いが着る戦闘服のことだ。

防寒防熱防弾防刃、おまけに対魔法や対呪詛までかかっているもので、邪霊と戦う際に絶対必要となる魔法使い達の基本装備だ。


「もうこなったら、戦鎧で全身鎧を作らないと」

「あはは……どうしてそんなにこだわるの?」


やけに全身鎧にこだわる奈津に、椿は首をかしげて訊ねた。

奈津は、その質問に胸を張りながら自信満々に答えた。


「装着、変身――ヒーローの基本じゃないか」


悪の組織に改造された身体を、正義のために使うヒーロー。

弱者を護り、強者をくじく。勧善懲悪の正義の味方|≪ヒーロー≫……それが、奈津が目指す“魔法使い”の姿だった。


「おお……カッコイイ、かも」


熱意を持ってヒーローを語る奈津に、椿は感心したように呟いた。

それをしっかりと聞き取っていた奈津は、目を輝かせて椿の手を取った。


「そうだよね!カッコイイよね!……なのに、誰も僕の夢を真面目に聞いてくれないんだ」


親としては、夢見がちな娘をなんとか更正させたかったのだろう。

だが、奈津は夢見がちなどではなく、常に本気だったのだ。


「椿はどんな戦鎧にするの?」

「うーん、色は紅で……あとは、もう改造制服で良いかも」


特にこだわりがないのか、椿は悩んだあげくそう言った。

戦鎧は、特定のアイテムに収納することが出来る。そのため、どこでも持ち歩いてすぐに身に纏うことが出来るようになっているのだ。


装霊器のほど丈夫ではないし、強い邪霊の攻撃を防げる訳でもないが、集団戦における味方からの“不慮の事故”を防ぐためには必須の装備だった。当然、弱い邪霊相手では、あるとないとでは大きく違う。


戦鎧の施設は、精霊魔法に関わりがあるため先ほどまでいた建物のすぐ裏側にある。

そこで、オーダーメイドの戦鎧を発注する。


戦鎧担当の係員に椿が希望を言っていると、横で熱い討論が聞こえてきた。

一緒にいた、奈津だ。


「ベルトに収納して、かけ声と共に装着……これが変身の醍醐味だよ!」

「何言ってやがる!ヒーローと言ったら胸に光るカラータイマーだろうが!」

「それはヒーローじゃない!超人だ!」

「なんだとォっ?!」


厳つい中年男性と奈津が、ともすれば口づけでもしてしまうのではないのだろうかという距離で怒鳴り合っていた。椿はその様子に苦笑いしながら、ここが公共の施設だと気がついて慌てて二人を止めに走った。


「ま、周りのお客さん迷惑してるからっ!」

「ベルトなんて飾りだろうが!胸に輝く魂一つあれば、全身タイツでも問題ない!」

「はっ!飾りの良さも解らないなんて、おじさんホントにヒーローがなんだか解ってる?」

「二人とも、ダメだってばっ」


止まる様子の見えない二人の間になんとか割り込もうと頑張るが、椿では熱意の固まりのような二人を止めることは叶わなかった。


「もうっ人様に迷惑をかけることが、ヒーローのすることっ!?」


だからだろう、思わずそう言ったのは。

密かにヒーローに憧れていた、ピントのずれた乙女回路。

そう――彼女も、中学生が一度はかかる病気にかかったことがあるという、黒歴史の所有者だったのだ。


そんなことを口走ってしまい、椿は目に見えて顔を赤くした。

椿にとっても、できれば忘れ去りたい過去だったのだ。


だが、ヒーローに対する並々ならぬ熱意をもつ二人には、色々な思惑を通り越して壁面どおりに伝わっていた。


「なんて、ことだ」

「僕としたことが……一番大切なことを忘れていたよ」


両膝を付いてうなだれる、可憐な少女と厳つい中年。

その二人の前で息を切らせながら顔を真っ赤に染めている美少女。カオスである。


「椿、僕は君に大切なことを教えられたよ……ありがとう、親友」

「椿って言うのか、お嬢ちゃん。俺の名前は柿沼荘厳。嬢ちゃんの戦鎧は、俺が全身全霊を込めて作らせて貰うぜ」

「おっちゃん、僕は?」

「あ?」


再びにらみ合いを始めた二人に、椿は大きく息を吐いた。


「ヒーローは仲間割れしない」

「っ!?――椿」

「っ!?――嬢ちゃん」


異口同音に反応を返されて、椿は指で額を揉んだ。

早くも開き直ろうとしていた。きっとそれは、彼女の強さだ。


「心を入れ替えたぜ、俺は。坊主、アンタの分も作らせて貰う」

「僕は女の子だよ?……今、どこを見てため息をついたっ!?――まぁ、いい。よろしく頼むよ、世界最高峰の戦鎧職人の実力……見せて貰うよ?」


割と重要なワードが呟かれたのだが、疲労から係員のお姉さんに慰めて貰っていた椿は、それに気がつかなかった。















戦鎧を作る際のごたごたを漸く終えた椿は、妙に満足した雰囲気の奈津を連れて寮に帰るところだった。奈津は、目に見えて嬉しそうである。その様子を見ていたら、椿はいつの間にか憔悴していたことも忘れて微笑んでいた。


奈津は椿の笑みを見て、恥ずかしそうに顔を逸らした。

その様子がおかしかったのか、椿は口元に手を当てて小さく笑った。


夕暮れの空は、炎のように赤い。

その赤に溶け込むように奈津が走り、少し前で足を止めた。


「僕、さ」

「奈津?」


絞り出すように紡がれた言葉に、椿は首をかしげた。

その様子からは、先ほどまでの天真爛漫といって差し支えのない雰囲気が、なりを潜めていた。


「自分で言うのもアレだけど、へんな趣味だしさ、馴れ馴れしいって、中々友達が出来なかったんだ―」


背を見せているため、表情は見えない。

だが、その背中は、どこか泣いているように見えた。


「ヒーローになりたいって夢を、笑わないで聞いてくれたのは、椿が初めてだった」


真剣に語れば語る程、現実を見ろと失笑される。

他の名家との社交場に出たとき、奈津に向けられる視線は、嘲笑か侮蔑だった。

いつまでもくだらない夢を見ている、子供。それが奈津への、周囲からの評価だった。


「だから、ね……その、良ければ何だけど……僕の、友達になってくれると、その」


上手く言葉が紡げずに困る奈津を、椿は無言で追い抜かした。

奈津は一瞬驚愕に目を見開き、そして自嘲するように俯いた。

だが、奈津の目の前には、自分を追い越した椿の手があった。


「え?あれ?」


困惑しながらも、差し出された手と振り向いて奈津を見る椿を見比べた。

中々手を取らない奈津に、椿は大きくため息をついた。


「はぁ……私はもう、奈津の親友だって聞いたんだけど?」


名家に転がり込んだような形である椿も、この名門校で友人が出来るか不安だった。

そんな時に一番最初に声をかけてくれたのは奈津で、友達になってくれたのも、奈津だ。

だから椿は、顔が見えなかった奈津の前に回り込んで、手を差し出したのだ。


「椿……うん……うんっ……うんっ!」


奈津は差し出された手を取ると、椿に並んで歩き始めた。


すれ違う人の顔も解らない、昼と夜の狭間。

黄昏時に繋がれたその手は、寮につくまで片時も離れることがなかった――。


処女作という訳ではありませんが、どこかに公開するのは三~四年ぶりになります。

また、三人称小説は初めてですので、至らぬ点がありましたら、是非教えてください。


追記 2010/08/19


前半部分を大幅改訂。

他の部分も少しずつ直していきたいと思います。

とりあえず、後の話と意味が通じるように、と。


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