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恒星間天体、3I/ATLASが観測されたのは2025年の7月はじめのことだった。小惑星地球衝突最終警報システムATLASによって発見されたことから、3I/ATLASとそれは呼ばれた。史上3例目の恒星間天体である3I/ATLASは、時速21万kmという高速で太陽系に進入し、10月のちょいうど終わり頃に太陽へ最接近し、再び宇宙の彼方へと飛び去っていった。

恒星間天体とは、恒星などの天体の重力に束縛されていない恒星や亜恒星天体以外の天体のことだ。現在の観測技術では、太陽系内を通過したもののみが検出可能である。

3I/ATLASは宇宙の放浪者だった。はじめに飛来した恒星間天体、オウムアムアが謎を残したように3I/ATLASも大きな謎を残していった。

3I/ATLASは小惑星ではなく、活動的な彗星であった。そのため、太陽に接近して十分に温められると、核に含まれる氷が昇華し、尾が形成された。そして、太陽へ最接近する近日点では、核の一部が剥離した。剥離した核は何らかの理由で本体と同じ軌道に乗らず、太陽系に置いていかれることになった。これは、3I/ATLAS-stardustと呼ばれた。3I/ATLAS-stardustはその後も何らかの理由で同じ空間に留まり続けていた。

これを回収するため、3I/ATLAS-stardustプロジェクトが始まるのはそれから程なくしてのことだった。

それから31年後の2056年にNASAにより3I/ATLAS-stardustの一部が回収され、地球に持ちかえらえることになる。しかし、それは宇宙の放浪者の忘れ形見というには異常なものだった。

3I/ATLAS-stardustは何かを変えることはなかった、私の生きるこの世界の認識を書き換えてしまった。

私は天文学について詳しくないのでどこかに間違いがあるかもしれないが、許してほしい。


放課後の図書館で私はいつものように本を読んでいると、いつものように夕陽ちゃんが声をかけてきた。

「紫澄ちゃん、聞いた?アトラスの欠片、いしの話」

「聞いたよ、周辺環境を走査して周囲にある秩序的構造を最大化する構造体とかって言ってたような?」

「そうそう、意味分かんないよね。

しかも、過去には地球に飛来してきたかもしれないってね。なんか、調べてみると遺伝子にその痕跡があるんだって。」

「生命の始まりの頃と人間がアフリカから世界に拡散してた時期の2つに地球に飛来してたかもって話だよね。秩序化して自律した世界そのものに同化して溶けてなくなるって、SFすぎるよね。」

「私達みんなの始まりに関わってて、この身体の一部になってるってことでしょ?ほんとにわけわかんないよね。」

「そう言えば、結局、アトラスの欠片は減速して太陽系に残ったのかはなぞのままなんだってね。」

「アトラスが異星の播種船で、生命の可能性のある地点においていったって話もあるけどね。宇宙船かー。でも、宇宙船説を取らないなら、アトラスかアトラスの欠片がそのものがなんらかの操作を行ったってことで、そっちのほうがあり得ないかも」

「でも、そもそも、いし自体いみわかないもんね。なんでもありか。」

アトラスの欠片は秩序促進機構とも呼ばれる構造体で、周囲の環境と相互に影響を与え合い、そこにある秩序を自律的に展開させ、その内に自己展開した環境に溶け込み同化し、消え去っていくものらしい。それは見た目が石ころのようであることと意志を媒介するものという意味を込めて「いし」と呼ばれた。

それ自体はなにか意志のような方向性を与えることはなく、ただそこにあり秩序を広げ、蓄積し、促進するものだ。実験ではウイルスや半導体といったものには反応を示したが現在の地球に存在する生命にはほとんど反応を示さなかった。そして、人類には全く反応を示すことがなかった。「いし」には最初に出現した地点によってなんらかの差異うまれるのかもしれないし、一定以上の秩序だった存在には影響を持たないものなのかもしれない。自己を定義し自己を拡大することができる私達と「いし」とには隔絶された溝があってもう繋がることは出来ないのかもしれない。


私が夕陽に問いかける。

「秩序ってなんだと思う?」

「誰かがこんな事を言ってた。ちょっとまってね、探してくる。あーこれこれ。小松左京の結晶星団の一文だ。」


>――そもそも「生命」というものが、「普遍世界」をバックグラウンドにし、

>宇宙的資源である「普遍」と「無限を」をいわば質に入れる事によって「個体性」「有限生」を獲得しつつ出現したものであって、

>したがって「生命知性」は、それ自体の個別生・個体性、有限性を前提としなければ、「普遍」も「無限」も認識できない、という性質を持っている……。

>

>結晶星団 / 小松左京


「紫澄ちゃん、私が思うに秩序というのは、この世界の原理・原則にそれら全てと同じく縛られながらも他と区別され、継続する、固有の意味なんだと思うんだ。

だから、それは自己を定義し、自己を組織化し、自己を展開する、他としての世界に抗うものでなければいけない。無限と永遠とを自らの意志で拒否し、自己として存立するものを私は秩序と考える。」

夕陽の顔がまっすぐ私を見つめている。私もまっすぐ見つめ返しながら、さらに問いかける。

「夕陽ちゃんは、エントロピーの低い状態を秩序とする訳じゃないんだね。ちょっと意外かも。それは、シュレーディンガーが生命とは何かの中で唱えたネゲントロピーを摂取してエントロピーを低い状態に維持する、自己組織化された散逸構造、それだけでは秩序じゃないってことだよね?」

「うん、私はそれだけでは秩序とは思わない。だから、「いし」そのものも秩序ではないと思う。「いし」が媒介するのは、自己を定義し、それ故に世界を定義づける境界線として生じた意志なんだと思う。」

「うん、いいね、素敵。」


窓から夕陽が差し込んで、夕陽ちゃんの顔をほんのりと朱くする。俯きかげんに顔を傾げて小さく笑いながら、夕陽は問い返す。

「紫澄ちゃんは、どう思ってるの?」

「それは、物語だと思ってるよ。」

「物語?」

「そう、物語に必要なものは、起点となる著者とそこに描かれる存在、そしてそれを読み解く読者。秩序は自発的に生まれるものじゃないと私は思うんだ。そこに引かれる境界線はひとりで引けるものじゃないと思うんだ。物語はひとりでに進むことはないから。そこに意味が宿り、物語として駆動するのは、意志が重なり合うからだと思うんだ。自己を展開しようとする意志と、それを見つけ起動させようとする意志と、それを異質なものとする世界という意志が境界線を引くと私は思うんだ。そして、それが物語だと私は思うんだ。」

と、ちょうどそのとき、下校のチャイムが鳴った。私と夕陽は顔を見合わせて帰り支度を始める。席を立ち上がろうとしたとき、図書室の扉が開き、ひょっこりと秋華が顔を出した。

「ふたりとも、もう、下校時間だよ、さあ、帰った帰った。」

そう言うと、秋華は強引に私達を連れて行く。もう、なすがままだ。


3人の家は同じ方向にある。今日みたいに3人揃った日はどうでもいい話をしながら一緒に帰る。秋華が道に転がっている石ころをぽーんと蹴った。石ころは水溜まりに落ちて波紋を広げて消えていった。それをみて、秋華が呟く。

「あの石ころはどうして水溜まりに落ちていったと思う?」

夕陽がゆっくりと口を開く。

「それを蹴った誰かがいて、石がそういう形をしていて、物理法則があって、そこに水溜まりがあったから。それを選んだのは誰でもない、それらが重ね合わさった結果。でも、意志が水溜りに落ちて波紋を広げたのはそれらすべてを把握して、そうなるように方向付けた、最初の何かがあったから。」

私がその先を続ける。

「無限に後退することはできない、そこには、はじまりがある。そのはじまりである最初の意志がすべてを決定付けた。地球に落ちた「いし」もまたどこまでも続いていく流れの中のひとひらの波紋に過ぎない。広がった波紋はのみ込まれて大きな流れに繋がっていく。「いし」も大きな流れの一部なのだろうか?「いし」の流れ着く先は用意されているのだろうか?」

秋華が目をパチパチとしながら言った。

「え、こわ、ふたりともなに言ってるの?そんな深い話してたっけ?」

私は夕陽と笑い合う。それをみた秋華が、なんだお前らと言いながら私達の横腹を小突いてきた。私は秋華の攻撃を必死に躱しながら帰路についた。


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