第三話 金髪の少年
第三話 金髪の少年
一人の少女がベッドの端に座り、繊細な懐中時計を指先で撫でながら、遠い目をしていた。深い思索に耽っているようだ。
―――
(全然事件が起きない……)机に伏せて憔悴している(何もしてないのに)。
僕は薄田辰也。ごく普通の男子高校生だ。全ては、喋る懐中時計を拾ったことから始まった。
数日前、僕は一人の少年を救った。正直、特別な感慨はない。
(事前に防げたのが理想的な状況だったけど……)腕の間に顔を埋める。
(この……微妙な感じは何だ?)
英雄がいつも事件発生後に現れる理由がわかる。そうすれば人々は感謝するんだ。
こっそり手に握った時計を覗き見る。
蓋を開け、針の動きを確認。
「もう授業か……」
今では普通の時計代わりに使っている。見た目は古いが、驚くほど正確だ。
(あの日から三日……)今日で四日目。
「授業開始! 教科書を出しなさい!」教師の声が響く。
(事件がないのは良いことだけど……)無理やり体を起こす。
(この世界で一日も事件がないなんてあり得ない)
ニュースでは相変わらず事件が報道されている。未来人が過去に干渉できるなら、なぜ防げない?
(それにあの金髪のやつ……)
腰に銀色の時計を下げていた少年を思い出す。
(もしかして、未来人と通話できる時計は一つじゃない……?)
時計を机の中にしまう。
特別な人間じゃない僕が唯一の持ち主なわけがない。
―――
放課後。
「辰也君~」教室の入り口に三人組のチンピラが立っている。
「もう帰りました……」クラスメイトが震え声で答える。
「また逃げやがった!」
「わざとかよ」
「次こそ捕まえてやる!」
罵声を残して去っていく。
帰り道。
「このままじゃまずい……」独り言をつぶやく。
手に握った時計から冷たさが伝わる。
「未来人も少しは助けてくれよ……」
彼らは僕の全てを知っているはずなのに。
でも「知っているのは君が教えたことだけ」とも言っていた。
(つまり……この件は話してない?)
恥ずかしくて言えなかったのか? 追い詰められてるのに、助けを求められないなんて……
(でも、言ったところで何が変わる?)
未来人とは会えない。物理的支援もできないと言っていた。
(意味ないか……)
ポケットに時計を押し込む。
(転校も無理だ)
母が学費や通学の問題……そして『理由』を問い詰めてくる。
(時計は「教えたことしか知らない」……)思考が深まる。
(どう伝える? どうやって?)
あの日以来、時計は完全に沈黙している。壊れたのか?
ただ待つしかないのか?
ふと視線が引き寄せられる。
「ありがとうね、坊や」老婆が金髪の高校生に感謝している。
「どういたしまして」少年は微笑み、去ろうとする。
ちょうど視線が合った。
(あの時の……)腰の銀色の時計を認識する。
無視されてしまいそうになった瞬間、彼の時計が振動した。
足を止め、時計を確認する。
(え!? 振動するの?)ポケットの時計を触るが無反応。
彼を見上げると、
『XXスーパー、対象特徴……』時計が発声。
「了解、すぐに対処する」
冷静な声で蓋を閉じる。
「あの……」思わず声をかける。
振り返った彼の目は冷たい。
「今は忙しい」
それだけ言って立ち去る。
「なんだよ……」
(でもあれは間違いなく……)事件だ!
聞き覚えのある単語を思い出す。
―――
XXスーパーに到着。
(スーパーで何が?)主婦たちが買い物をしているだけだ。
「対象は女性だったよな……」
情報が少なすぎる。未来人が違うのか?
辺りを見回しながら歩く。
突然、はしごにぶつかる。
「あっ……」
上の作業員がバランスを崩し、落下しそうになる。
「大丈夫ですか?」
金髪の少年が瞬時に現れ、彼女をキャッチ。
優しく地面に下ろす。
「わ、私……大丈夫です」顔を赤らめる女性。
「よかった」
先ほどとは別人のような柔らかな笑顔。
そして鋭い視線を僕に向ける。
「その……」
時計を確認した彼は、僕を外に引っ張り出した。
―――
スーパー外で対峙。
「お前の時計」冷たい口調。
「拾ったんだろ?」不快感をにじませる。
「そうだけど……」
互いの時計を見比べる。
「君も――」
「捨てろ」
「え……?」
「その時計を捨てるんだ」
指差す先には僕の時計。
「お前に持ち主の資格はない」
(持ち主? 彼も拾ったんじゃ?)
「ゴミ箱が嫌なら、適当に置いていけ」
「次の持ち主が見つかる」
そう言い残して去っていく。
「待て! 何か知ってるんだろ!?」
呼び止めるが、振り向きもしない。
―――
時計を握りしめ、一人で帰路につく。
「次の持ち主……?」
蓋を開けるも、相変わらずの沈黙。
「拾った時、未来人は……」
『君は運命を信じるかい!』
(そして……英雄になれと言われた)
時計を拾ったのも運命なのか?
これは僕の英雄物語じゃないのか?
(でも……諦めてもいいのか?)
時計を見つめ、思考が渦巻く。
(あの事件は単なるテストだったのか?)
新しい任務がないのは――
僕の役目は終わり、未来人は次の人間を待っている……
これで終わり?
これが……「英雄」なのか?
強く時計を握り締める。