第二十三話 おやつの時間
第二十三話 おやつの時間
「これはこれは……」緑色の瞳をした少年・佐藤卯人が、茶髪の少女・鬼塚の腿の後ろ側にあるひどい火傷に顔を近づけ、探究心に満ちたまなざしを輝かせている。
「どうやってこんなことに?」彼は呟くように言い、赤く腫れ上がった皮膚の縁に鼻先が触れそうになる。医学を志す者特有の探求欲がにじむ声だ。
「燃えさかる丸太が当たっての火傷です」傍らで黒髪の少女――驚くべき財力と気品を備えた彼女が、淡々と代わりに答える。室内の柔らかな照明が、絹のような黒髪に艶やかな光を添える。
「ですが、本人が水疱を破ってしまいました」処理不足でさらに悪化した皮膚組織を見やり、やや非難がましく付け加える。
「この壊死した表皮組織は除去した方が良いですね……」佐藤の指先が傷口の数センチ上で止まり、慎重に評価する。
「その後の治癒に役立つでしょう」真剣に説明する彼の求知慾に満ちた顔が、また無意識に近づく。
鬼塚は眉をひそめ、自分の「おやつタイム」を邪魔する二人を不機嫌そうに見つめる。
突然手を伸ばし、佐藤の額を押しのける。
「おい!タダのケーキ目当てでついて来たんだぞ……」不満と、豪華車に無理やり押し込まれた諦めが半々の声。
「で、こいつは何なの?」黒髪の少女を向き、明らかな不快感を浮かべて尋ねる。
「どうしても病院に行かないですから」黒髪の少女は優雅にボーンチャイナのカップを取り、紅茶を一口。
「誰か他の人に処置をお願いするしかありませんでした」カップを置き、陶器がかすかな音を立てる。
「明日、改めて専門医を手配して詳しく診てもらいましょう~」国外から招いた一流医師の予約が電話一本の小事であるかのような軽い口調。
「いらない!」鬼塚は即座にかん高い声で反論する。
「余計な世話焼くなって言ってるだろ!」
「治療期間中は~」鬼塚の抗議を無視したように、黒髪の少女は口元に微笑みを浮かべ、繊細な指先で卓上の精美なデザートメニューをそっと指す。
「ここのデザートは、全て自由に召し上がって頂いて結構ですよ」
「うっ……マジで?」鬼塚は疑い深そうに目を細めるが、声は明らかに和らぎ、目はメニューの誘惑的な写真から離せない。
「ええ、ここは今日一日借り切りました。誰にも邪魔はさせません」黒髪の少女は静かで豪華な、彼らだけのサロンを見回すと、続けた。
「その方が、これから消毒する時にあなたがどんなに大声を出しても、安心ですから~」昨日の悲鳴を覚えているらしく、意地の悪い視線を鬼塚に向ける。
「この野郎―――!!!」鬼塚の顔が一気に赤くなり、フォークを折り曲げそうになる。
傍らの佐藤卯人は状況が全く理解できず、きょろきょろと二人を見比べている。
「こちらをお使いください」執事の紫苑が頃合いを見計らって、プロ仕様の光るクロムの留め金がついた救急箱を差し出す。
「これは……!」佐藤の目が輝き、興奮を隠せずに受け取る。指で箱の表面を愛おしそうになぞる。
「医療用のプロフェッショナル救急箱です」黒髪の少女が説明する。メニューに集中し、傷の痛みを一時忘れている鬼塚を見る目に、捉えどころのない愉し気な光が宿る。
「前に渡したのは一般的な家庭用です。彼女の傷の処置をお願いできますか?」佐藤に向き直る。
「何しろ、病院がお嫌いですから」
「や、やってもいいんですか?!』佐藤の声は興奮で微かに震え、救急箱を捧げ持つ両手も震える。医学的探究心を実践するまたとない機会だ!
鬼塚はようやく「ラズベリーチョコレートムース」の説明から意識を離し、再び不機嫌な表情で核心を突く質問を放つ。
「ってかさ、こいつ誰よ?」
「前に会ったことあるはずですよ」黒髪の少女はさらりと言う。
「あんた?」鬼塚は眉をひそめ、全く心当たりがないという顔。
「佐藤卯人さんです」黒髪の少女は流暢に紹介する。書類を読み上げているようだ。
「お父様は総合病院の救急救命科部長、お母様は救急科のベテラン看護師です」少し間を置き、佐藤を見る。
「ご本人も将来、医師を目指していらっしゃいます~」
「あの……」佐藤は驚いて口を開け、困惑の表情を浮かべる。
(いつ家族のことを話した?!)
(志望まで知ってるのか?!)
「ふーん~」鬼塚は意味ありげに声を伸ばし、「こいつも怪しい奴だ」という眼差しで佐藤を上から下まで見下ろす。
「その後、包帯交換が必要なら彼に頼めばいい」黒髪の少女は鬼塚に自然な口調で言う。
「私がいつも来られるわけではありませんから」
「来なくていいよ!」鬼塚は即座に激しく反駁し、黒髪の少女を睨みつける。
「何度言えばわかるのよ、勝手に家来るなって!」強調する。
「必要な薬やガーゼは全てこちらで用意します。問題ありませんね、佐藤さん?」黒髪の少女は鬼塚の怒りを無視し、佐藤に確認を求める。
「は、はい!」佐藤は慌てて頷き、目を輝かせて再び鬼塚の傷口を見る。
「なかなか見られない深度熱傷の症例です!」専門家としての情熱に完全に火がついた。
「こいつも変人か……」鬼塚は白目を向き、小声でぼやく。
その時、きちんとした制服を着た給仕が静かに現れ、金箔と真っ赤なベリーで飾られた芸術品のようなレッドベルベットケーキを彼女の前にそっと置く。
鬼塚の視線は一瞬でこの精巧な誘惑に捕らえられ、全ての不満は一時的に忘れ去られた。
「とにかく……」輝く銀のフォークを手に取り、ケーキの頂点のふっくらしたイチゴをめがけて。
「痛い目に合わせるなよ」そう言い残すと、全ての注意を眼前のデザートに注ぐ。
「は、はい!」佐藤卯人は興奮して応え、緑の瞳にやる気の光を輝かせる。
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「ふぅ……ようやく包帯が終わった……」佐藤卯人は安堵の息をつき、鬼塚の腿に巻かれた清潔な包帯を満足げに見つめる。
微かに痛む左の頬をさする。そこにはまだはっきりとした手形の跡が残っている。
「も、消毒する前に痛いって言うの忘れて……平手打ち食らった……」小声で呟くが、怨み言ではなく、研究者がデータを記録するような真剣さだ。
「この痛み……詳しく記録すべきかな?」真剣に考える。
(外科医ってハイリスクな職業だな……)心底、将来の職業の厳しさを直視する。
「ここのデザートはテイクアウトも可能ですよ」黒髪の少女が頃合いを見計らって口を開く。声は静かな空間を滑る絹のよう。
「マジで?!」三つ目のケーキを一心に食べていた鬼塚が顔を上げ、目を輝かせる。
「違う……」次の瞬間、警戒してフォークを置く。銀のフォークが陶器に軽く触れ、疑念が浮かぶ。
「何が目的なの?」鋭い視線を黒髪の少女に向け、デザートによる快楽は警戒心に取って代わられた。
「もしかして、食べ終わった後で金がないって言いがかりつけて、サラ金の契約書にサインさせるとか?」最悪のシナリオが頭をよぎる。
「これらは全て」黒髪の少女は優雅に手を動かし、卓上の全ての精巧なデザートを含める。
「私のおごりです」純粋で無害な微笑みを浮かべる。
「安心して楽しんでください。普通、あなたの言うようなことは起こりませんよ?」肩にかかった黒髪をそっと弄り、当然のように言う。「サラ金」という言葉が、彼女とは無縁の遠い平行世界のもののように。
鬼塚は黙り込む。顔の輝きはすぐに消え、陰鬱が覆う。
皿の上で宝石のように輝くケーキを見下ろし、突然その全ての魅力が失われたように感じる。
「ウチ……そんな目にあったんだ……」声は低く、年齢に似合わない重苦しい人生の悲哀がにじむ。
黒髪の少女は静かに彼女を見つめ、すぐには応えない。
しばらくして、随身の小さなバッグから一枚のカードを取り出す――鬼塚の学生証だ。
「連絡先を交換しましょう」黒髪の少女は学生証を小さな切り札のように握りしめ、鬼塚を見つめて言う。
「じゃないと、この学生証は返しませんよ~」いたずらっぽい脅しを含んだ口調。
「この野郎!この学生証元々私のものだろ!」鬼塚はすぐに奪おうと手を伸ばすが、黒髪の少女は簡単に手を高く上げ、彼女の手をかわす。
「これからは」黒髪の少女はぷりぷりしている鬼塚を見て、声を柔らかくし、誘因を増やそうとする。
「食べたいケーキ屋さんがあったら、電話して。連れて行ってあげる」手の中の学生証をひらひらさせる。
「そんな親切なわけないだろ?」鬼塚は全てが計算高いように思い、眼前のお嬢様への疑念を深める。
「一体何が目的なの?」質す。過去の経験が、理由のない親切に対して強い警戒心を抱かせる。
「ただ、あなたと親しくなりたいだけです」黒髪の少女は彼女の目をまっすぐ見つめ、真摯に言う。
その深い瞳には、嘘はないようだ。
「そんな鬼ばば誰が信じるもんか!」鬼塚は鼻で笑い、怒りを込めて大口のケーキを口に押し込み、力強く噛む。
「二度と会うんじゃねえ!」賭けのように言う。
「はあ……」黒髪の少女は頑固な子供に対応するように軽くため息をつく。執事から差し出されたメモ用紙を一枚破り、執事から受け取ったペンで流れるように数字を書き連ねる。
そして、以前鬼塚から取った古い財布を手に取り、自然な動作で学生証と電話番号の書かれたメモを一緒にしまう。
「助けが必要な時は、この番号に連絡してください」学生証とメモをしまった財布を鬼塚に返す。
「いらないって言ってるだろ!」鬼塚は自分の財布を奪い取り、しっかり握りしめる。
フォークを手に取り、皿に残った最後のケーキを激しく刺し、口に放り込む。全ての不満を飲み込むように。
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砂糖とコーヒーの香りが漂う高級デザートサロンを後にして、茶髪の少女・鬼塚は振り返らずに速足で去って行った。
手には美しいリボンで結ばれた二つのケーキボックスをしっかり握りしめ、足を引きずりながらも、背中には一切の未練を断ち切るような強い疎遠感がにじんでいる。
黒髪の少女は店先に立ち、遠ざかっていく頑なな後ろ姿を静かに見つめる。深い瞳には思案するような、複雑で難解な本を解読するような眼差しが浮かぶ。
「あの……」おずおずとした声が傍らで響く。佐藤卯人だ。
連れているゴールデンレトリバーのプリンは興奮してふさふさの尾を振り、濡れた鼻で主人の手の平を押している。佐藤の手にも同じように精巧なケーキボックスが――店内では傷の処置に集中し、全く食べる隙がなかったため、黒髪の少女がわざわざテイクアウトさせてくれたものだ。
「こ、これ本当に僕でいいんですか?」佐藤は緊張して尋ねる。非現実的な気品を持つ黒髪の少女を見て、夢を見ているかのようだ。
「もちろんですよ、佐藤さん」黒髪の少女は振り向き、標準的で礼儀正しい微笑みを浮かべる。
「どうぞご自宅でゆっくりお召し上がりください」そう言い終えると、傍らにいる執事の紫苑に低声でいくつか指示を出す。
(あの会計の時……出してきたのって伝説のブラックカードだよな?)佐藤はカウンターでの光景を思い出し、喉が渇き思わず唾を飲み込む。
(こ、これはマジで別世界に生きてるお嬢様だ……)事実を再確認し、非現実感に包まれる。
「これをどうぞ、佐藤さん」黒髪の少女は二つ折りにされた、高級感のあるメモ用紙を差し出す。
「これは……?」佐藤の心臓は高鳴り、震える手でその紙を受け取る。紙はひんやりと滑らかだ。
「電話番号ですよ」黒髪の少女は微笑みながら言う。
「で、電話番号?!」佐藤の声は緊張で裏返る。
(ま、まさか……彼女の個人番号?)大胆で顔が熱くなるような推測が一瞬頭をよぎる。
息を詰めて、紙切れに書かれた明確な手書きの数字を見下ろす――
「私の執事、紫苑の番号です」黒髪の少女が不意に付け加える。平淡な口調。
佐藤の高揚した感情は風船のようにしぼみ、がく然と落ち込む。
硬直して、傍らに無表情で直立する執事の紫苑を見る。
紫苑は微かにうなずき、一つ返事の代わりとした。
「彼女の火傷が完全に治るまで」黒髪の少女は言いながら、流線形の黒い車へ歩み出す。
「包帯交換はよろしくお願いします」執事の紫苑は先回りして後部座席のドアを開けている。
「何かあれば、この番号に連絡して紫苑に伝えてください」黒髪の少女は優雅に車内に座り、室内灯が完璧な横顔の輪郭を浮かび上がらせる。
「それと」車内から聞こえる声には、疑いようのない真剣さが宿る。
「彼女に何かあったら……すぐに私に知らせてください」窓越しに見つめられる瞳が、その重視を明確に伝える。
執事の紫苑は重いドアを静かに閉め、呆然と立つ佐藤にもう一度うなずくと、運転席に回り、エンジンをかける。
低いエンジン音が静かに響き、黒の高級車はゆっくりと路肩から滑り出し、午後の車の流れに消えていった。
佐藤卯人は興奮するプリンを連れ、未だ立ち尽くし、車の消えた方向を見つめ、ぼんやりとした表情を浮かべる。
「ねえ、プリン」ぴちゃぴちゃと舐めてくる愛犬を見下ろし、呟く。
「世の中って……本当にいろんなことがあるんだな……」執事の電話番号の書かれたメモ用紙を見下ろし、今日経験した全てが、過去十六年分よりも奇妙に感じられる。




