第十五話 花垣高校学園祭
第十五話 花垣高校学園祭
「お兄ちゃん、ありがとう!」小さな女の子がぴょんぴょん跳ねながら近づき、目を輝かせた。
「本当にすみません、この子が道路に飛び出して……」母親は彼の金髪を見て、一瞬警戒の色を浮かべた。
「大丈夫です……」彼は優しく振り返り、冬の日差しのような微笑みを見せた。
「次はお気をつけて」
「は、はい……」母親はまだ動揺していた。
「金髪のお兄ちゃん、王子様みたい!」女の子の目がキラキラと輝く。
「僕は王子じゃない。ママがアメリカ人だからだよ」しゃがみ込み、女の子に髪を撫でさせる。
「え~そうなんだ」女の子は天の星のように笑った。
(ハーフだったのか……)母親は心の中で誤解を解く。
しかしただ黙って立ち、複雑な眼差しを向ける。
「バイバイ、金髪のお兄ちゃん」母親と手を繋ぎながら笑って手を振る。
彼は静かに手を振り、遠ざかる背中を見送る。
その後、懐中時計を取り出し、蓋を開ける。カチカチと時を刻む音が秘密を囁いているようだ。
針を見つめながら思索を巡らせる。
「さっきのは……複数人任務か……」
独り言をつぶやき、眉をひそめる。
すぐにスマホを取り出し、情報を検索し始める。
「あの日は学園祭最終日か……」画面に花垣高校の情報が表示される。
「この学校の伝統だと……なるほど」
過去の類似イベントでの事故記録を読み進める。
ふとスマホを置く。
「時計を手にして、もう二年か……」
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「はあ……はあ……」ボクシングリングの中央で仰向けになる。
当時、僕はまだ中学生だった――木村巳藤、白霧中学二年生。
「今日のトレーニングはここまで」傍らの金髪の巨漢がグローブを外す。
「今日で帰国だ」グローブを放り投げながら。
「米軍の新兵訓練がある。五ヶ月ほど戻れない」
彼は僕の師匠――だが長ったらしい英語の名前は覚えられない。
(ハーフだからって英語できるわけじゃないぞ?)内心でツッコミ。
「え……明日からのトレーニングは?」床から師匠を見上げる。
「自主練だ。手を抜くな」厳しい口調。
「もし喧嘩したら、二度と教えない」
「で、でも相手が先に手を出したら!?」
「逃げろ。警察に行け。とにかく反撃するな!」
腹を立てて座り直す。
「じゃあなんで格闘技教えるんだよ?」ボクシング、護身術、武器術――全て習った。
「自衛のためだ。お前に素質があるからな」
傍らの水筒を取り、一気に飲み干す。
「将来、米軍で働く気は?」
「嫌だ」即答。
「でもさ、いつも俺ばかり狙われるんだ」抗議するように。
毎回全力で逃げたおかげで、最近では追いつかれなくなっていた。
(体力はついたけど……)
「人助けもしてるのに、何も変わらない気がする」
昨日も荷物を持った婆さんを助け、リンゴをもらった。
「喧嘩と人助けって繋がってないみたいで……」
「変化はそんなに早く来ない」師匠の目が真剣になる。
「変わりたければ、人一倍努力しろ」
「さもなきゃお前の印象は最初のままだ……」
「こいつは喧嘩しか能がない」そう言い放つ。
リングで僕は深く考え込む。
だが頭が追いつかず、また床に倒れ込む。
師匠は空の水筒を置きながら見つめる。
(人助けを勧めた理由は……)
銀色の懐中時計を手に取り、複雑な表情で見つめる。
(この力を悪用させないためだ)
(何事にも表裏がある。無関係ではない)
再び蓋を開け、時を刻む針を見つめる。
「そろそろ時だな……」懐かしむような口調。
リングに座る僕を見て、決意を固めたように。
「おい、こっちへ来い。渡すものがある」静かに、しかし厳粛に告げる。
「懐中時計……?」手渡された銀時計を見る。
「お前はずっと持ってた」初めて会った時から肌身離さず持ち歩いていた品だ。
「なんで俺に?」
「これは『英雄』を見つける時計だ」力強い眼差し。
まるで「未来」を託すように。
「中二病かよ」疑いの目を向ける。
(中二なら発症時期か……)内心で自嘲。
だが子供の頃から英雄ごっこは大嫌いだった。
「お前が英雄になれば、時計が反応する」僕の反応に動じず、信頼の眼差し。
「英雄……」子供騙しめいた言葉。
再び時計を見つめる。古びた外装だが、針は正確に時を刻む――世界と共に回っているようだ。
「戻るまで預かっておけ」突然の宣言に我に返る。
「もし……」意味深に続ける。
「戻った時、時計が反応しなかったら」
「回収する」決然とした口調。
<英雄になってくれるか?>
<巳藤君>
銀時計が初めて口を開いた日だった。
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11月2日、花垣高校。
学園祭最終日。校門も校内も人で溢れかえっている。
「よお」小柄で中学生のような茶髪の少女が高校制服を着ている。
綿あめを頬張りながら歩く。鬼塚申野、赤坂高校一年。
「ここにケーキ屋なんてなかったじゃん」がっかりした口調。
「食いすぎだろ……」金髪の高校生は呆れ顔。周囲には彼に群がる女子たち。
「彼女誰?」少女に話しかける茶髪に好奇の目が集まる。
「妹さん?」
「でも金髪じゃないね」
彼はスマホで時刻を確認するだけ。
「集合6時まであと十分か……」
「とにかく危険箇所は全部確認した」独り言のように呟く。
(四人必要なら、大災害級だ)不安を隠すように俯く。
(でも止めなければ)顔を上げ、覚悟を決めて歩き出す。
女子たちをかき分ける。
「悪い、これから彼女と行動する」少女の肩を軽く叩く。
「え~」女子たちのため息が漏れる。
「また今度な」金髪が風に揺れる笑顔に、女子たちは釘付け。
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校門前に立つ二人。身長差が目立つ。
金髪の高校生はスマホをチェック。通りすがりの女子の視線を浴びるが、誰とも目を合わせない。
「食べ終わった……」茶髪の少女が綿あめの棒を見つめ、退屈そう。
「もう一本買う?」財布を開き、わずかな小銭を確認。
「金が足りない」ため息をつき、財布をしまう。
「不良から巻き上げに行くか」イベント時は格好の餌食だ。
(ゆるキャラみたいに)
振り返ろうとする。
「待て」金髪が腕を掴む。
「そろそろ現場へ移動だ」
「え……」少女は不満顔。
「お前、目的忘れてないか……」呆れ混じり。
「スイーツ店があるって聞いたから来たんだ」文句を言う。
完全に騙された気分だ。
(屋台ばかりでケーキなんて見当たらなかった)全ての屋台を制覇していた。
「嘘だったのかな?」首を傾げる。
「何言ってるんだ……」金髪は頭を抱える。
(未来人は同一人物のはず)
ポケットの銀時計に触れ、表情が曇る。
(四人任務は制御不能の可能性……)
甘いものしか頭にない少女を見て、ため息をつく。
(とにかく彼女を管理しなきゃ)諦めの混じったため息。




