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英雄になれない僕/弱い英雄  作者: 若君
第一章 毎週水曜日更新。
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第十四話 ケーキ好きの少女

第十四話 ケーキ好きの少女


「申野の友達……?」

年配の女性が玄関に立ち、怪訝そうな表情。

黒髪の少女と、後ろに控える執事を見つめる。


「あの子に友達なんていない」

ストレートな口調。

(今回は失敗か……)

執事はお嬢様を心配そうに一瞥する。

(早く学生証を返して退散すべき……)


「訪問販売は結構です、お引き取りください」

扉を閉めようとする。


「高級ケーキをお持ちしました」

黒髪の少女は淡々と言う。

「よろしければ、お渡しください」

社交的な微笑み。

「甘いものがお好きですよね?」


女性は手を止め、振り返る。

「どうやら本当に娘と縁があるようだ……」

ため息をつき、扉を開けた。

「どうぞ」


---

少女はケーキ箱をテーブルに置く。

「『ダフネ』のものです。お二人でどうぞ」

――シングルマザー、生活苦。事前調査の結果。

「お母様も一緒に」


虚弱そうな女性を見つめ、優雅に椅子に座る。


「で……」

「本題は何ですか?」

女性がようやく口を開く。

少女は首を傾げる。


「申野がまた何かしたんでしょう……喧嘩?恐喝?強盗?」

早口になる。

「賠償できるものは何もない」


「何度も言い聞かせてるのに……」

「小さい頃にケーキを買ってあげたのが間違いだった……」

自責の念に満ちた声。


金がないから奪う。

「後悔してる……」うつむく。

「あのケーキも……」

「この子を産んだことも……」

涙を含んだ呟き。


黒髪の少女は静かに女性を見つめ、沈黙する。

「もしよければ……」

言葉を飲み込む。


(父が言ってた、金で解決するなと……)

根本的な解決にはならない。

縁を切る時だけ使え、と。


「紫苑、行きましょう」

立ち上がる。

「承知」

執事がうなずく。


黒髪の少女は床に座る女性を見る。

「またお会いしましょう。ケーキはどうぞ」

微笑み、去っていく。

テーブルには未開封のケーキが二つ残された。


---

「お嬢様、学生証をお返ししていませんが……」

執事が慌てて伝える。


「車に乗るわ、紫苑」

淡々とした声。

「は、はい」

困惑しながらドアを開ける。


「また返し忘れちゃったわね」

口元を緩め、車に乗り込む。

「発車」


---

(病院で何日も寝たか……)

ベッドサイドの金色の懐中時計を手に取る。


「辰也、行くよ」

母がドアの外で看護師に礼を言いながら呼ぶ。

「ああ、わかった」

時計を握りしめる。


病院の外。

「まったく、この子は……」

「よくも人と喧嘩なんかして!」

母の小言が続く。


入院中から毎日同じこと。

(もう飽きた……)

「こんなに殴られて、あの連中とは縁を切れ」

叱責が続く。


痛む体を引きずりながら後ろを歩く。

一歩ごとに全身が疼く。

「成績も悪いくせに、こんな普通の高校に……」

「もっと良い学校なら行かせたのに」

「全寮制のエリート校が良かった――」


(退院してもうるさい……)背中を見つめる。

周囲を見渡す。

行き交う人、車。


(誰でもヒーローにはなれる……でも……)

ポケットで時計を握りしめる。

(認められたい……)

(今だけでも……)

誰かの役に立てた証が欲しい。


病院の入口に金髪の高校生が立っている。

冷たい表情でこっちを見るが、突然笑顔に変わり花束を差し出す。

「薄田さんのお母様ですね?」

恭しく花を渡す。

「同校生(同級ではない)で、退院祝いに」


「あら……」母は困惑した顔。

(どこの外国人……)眉をひそめ、警戒する。

金髪の不良。

「うちの辰也に関わるな!あなたが悪くしたのね!」

指をさして怒鳴る。


「ちょっと、母さん……」

遮ろうとする。


「守れなかったのは私の責任です」

少年は頭を下げる。

「殴っても構いません」

揺るがない眼差し。


母は仰天し、後ずさる。

「行くわよ辰也、関わっちゃダメ!」

腕を掴み、引きずるように去る。


「待って……」

引きずられながら振り返る。

金髪の少年は再び冷たい表情に戻り、花束を持っていた。

腰には銀色の懐中時計。


---

夜。自宅で父母が喧嘩している。

ベッドで枕を耳に押し当てる。

傍らの時計を見つめ、蓋を開ける。


<辰也君、任務だよ>

声がするが返す力もない。

<場所は花垣高校、11月2日午後5時、正門集合~>

相変わらずの一方的な説明。


<詳細は集合時に>

「ピー」と音が消える。

ぼんやり時計を見つめる。

録音かどうかではなく――

【行くべきか】


ベッドから起き上がり、カレンダーを見る。

(11月2日……あと3日か)

まだ体調が万全ではない。

「やめておこう……」

呟く。


――他の誰かが行くだろう。

(所詮私は傍観者で……)

何もできず、何もしなかった。

(行って何を証明する!)拳を握る。


邪魔になるだけだ。


---

「了解」

金髪の少年が銀時計を握りしめる。

傍らで少女がきょとんと見ている。


---

「ん~あの辺にスイーツ屋ある?」

茶髪の少女が白い時計を掲げる。

<行けばわかる~>楽しげな声。

「そっか、行ってみよ」

テーブルの高級ケーキ箱を見ながら。


---

「花垣高校か」

黒髪の少女が黒時計を手に呟く。

<あそこに行けば彼女に会える>

「ふふ……楽しみね」

軽く笑う。

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