第十三話 傷ついた緑眼の少年
第十三話 傷ついた緑眼の少年
「え、えっと……何か用ですか?」
玄関先で犬を連れた緑色の瞳の少年は、目の前の黒髪の美少女を緊張した様子で見つめた。
「あ、あなたは昨日スイーツ店の前で……」
ようやく思い出したようだ。
「体の調子は?きちんと病院には行きましたか?」
少女は心配そうな眼差しを向ける。
「こんな軽傷で病院なんて……」
少年は苦笑いしながら顔を背ける。
少女は彼の顔に貼られた数枚の絆創膏を一瞥し、手に持っていた紙袋を差し出す。
「よろしければ、お受け取りください」
優しく微笑みながら。
「これは……?」
袋を受け取り、中を覗く。
「ま、まさか……!?」
高級で精巧な救急箱が入っていた。
「よく怪我をなさるようでしたので、お役に立てればと」
黒髪の少女は淡々と説明する。
「家がいくつかの医療機関と提携しているものですから」
「包帯ぐらい自分で巻けますよ、将来は外科医を目指してるんで……え?」
つい熱く語りかけてから、はっと気づく。
「そういえば、どうして僕の名前を……?」
昨日一度会っただけの少女を訝しげに見る。
「どうでもいいことです」
微笑みながらポケットを探る。
(ど、どうでもいい……?)
昨日一言も話してないのに。
(どうして家までわかったんだろう!?)
少女はボロボロの財布を取り出す。
「あの子とあなたはどんな関係なのかしら?」
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少年は犬を連れ、少女と共に公園を歩く。
「いつも通り路上で外傷研究の観察をしていたら、不良に絡まれて……」
(随分変わった出だしだわ……)
黒髪の少女は静かに並んで歩く。
「彼女が助けてくれたの?」
「普通じゃ見られないような傷が不良にはたくさんあって……」
一人で話し続ける。
「どうやってそんな傷をしたのか聞いたら、そしたら――"
『いいぜ、どうやってできた傷か教えてやる』
「そう言って殴られました」
「顔を壁に擦り付けられたりもして」
「まず外部からの強い衝撃で、鋭い痛みが走ります」
「1時間後には明らかな腫れが確認できます」
「6時間経過すると、腫れが引き始める兆候が」
興奮気味に語る。
「その後、毛細血管の破裂による内出血が」
黒髪の少女は静かに微笑んで聞いている。
ふと自分の頬に触れる。
「いてっ!」
飛び上がるほど痛がる。
「ただ擦り傷と出血があると、記録が取りづらいんですよね……」
「でもこんな複雑な傷の経過観察、久しぶりです~」
幸せそうな表情を浮かべる。
「ただ家に帰る前に、どう説明しようか……"
昨日帰り道で悩んでいたことを思い出す。
「あ、あの子の話でしたね……"
話題を変える。
「確か彼女が現れた時、こう言ってました――"
『ケーキ食べる金がなくなっちゃったから、ちょっと恵んでくれない?』
――最初から助けに来たわけじゃなかった。
「そしたらあっという間に不良を全員倒しちゃって"
振り向いてこう言われました:
『なに?あなたも背負い投げされてみたい?』"
「お願いできますか?」
「僕はそう答えました"
「彼女は嫌そうな顔で断ってきました"
『ただケーキ食べたくて金目当てに来ただけなのに、変態に遭遇しちゃった……』
そう言いながら地面の不良をひっくり返し、何か探している様子。
「ケ、ケーキおごります!」
思わず叫んでしまいました。
『はあ!?』
不機嫌そうな顔で、しばらく考え込んで。
『まあタダなら食べない手はないか……』
小さく呟いていました。
『でも背負い投げはさせないからね!(このマゾ野郎!)』
「それでスイーツ店であなたと会ったんです"
少年は少女の手にある財布を見つめる。
「この財布のお金はあなたのものじゃないの?」
「違いますよ?"
「ただケーキをおごると言っただけです……"
「それであなたがあの子の友達だと思って、先に帰ったんです……」
(どうやら違うみたいですね?)
少女の方を見る。
彼女は黒髪をかきあげ、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
(友達じゃないんだ……?)
少年は困惑する。
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「ありがとう、佐藤卯人くん"
少女は礼を言う。
後ろで執事がドアを開け、高級車に乗り込む。
「あ、はい……"
犬のリードを握り、呆然と見送る。
車が走り去った後。
「なあ、プリン……" ――犬の名前。
「ワン!」しっぽを振る。
「こういう時はなんて言うんだっけ……"
「僕、何か間違ったことしたかな?」
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車内で少女は財布から学生証を取り出す。
「どうやら誤解してたみたいね……"
口ではそう言いながら、笑みを浮かべる。
学生証をじっと見つめる。
「まあ、財布の中身は私が渡した5万円より少なかったし……"
学生証を抜き取り、財布を閉じる。
「返しに行きましょう"
「紫苑、彼女の家に行って"
後部座席で指示する。
「失礼ですが、こうした用件は使用人で足ります、お嬢様が自ら……"
(さっきの少年も……)
執事は心の中で呟く。
(お嬢様は何を考えているのかしら……)
「いいえ、これは私が引き起こしたことです"
「自分で片付けなければ"
優しく微笑む。
執事は彼女を見つめる。
(またこの表情……)
ハンドルを強く握る。
(何か"面白いもの"を見つけた時の表情……)
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古びたアパート前に車が到着する。
黒髪の少女が降りる。
「ここに住んでいるの?"
歴史を感じる建物を不思議そうに見上げる。
「お調べした住所は間違いなくここです"
後ろで執事が恭しく答える。
「まあ、あの少年の住所も正しかったんだから、ここも合ってるんでしょうね"
手土産を持ち、アパートに入っていく。
(どうして彼らの住所までわかるのかしら……)
執事の疑問は深まるばかり。
「紫苑、何してるの?"
アパートの入り口で振り返る。
「ついて来ないなら、ここで待ってて"
そう言い残し、歩き出す。
「は、はい!すぐに!"
慌てて後を追う執事。




