第十一話 黒い懐中時計
第十一話 黒い懐中時計
<明後日の為替相場は……>
机の上の黒い懐中時計が音を立てる。
傍らの少女は素早くノートに書き込む。
その後、手慣れた様子でノートPCを開き、株式取引システムにログインした。
「お嬢様、そろそろ登校の時間です」
ドアの外からメイドの声。
「わかった」
キーボードを最後に叩き、PCを閉じて時計を手に立ち上がる。
更衣室に入りながら言う。
「ところで、神原会社の倒産時期は?」
パジャマを脱ぎながら時計を置く。
<資産隠しは12月初旬から、破産申請は来年2月上旬の見込み>
<あくまで参考までに~>
時計の声は天気予報のように軽快だ。
「それで十分」
制服に着替え、襟を整える。
「未来人ならもっと正確にわかるんじゃないの?」
時計を手に取り、細目で見る。
<贅沢言うな~平行世界の可能性もあるし……>
<それに……君の選択次第だ、西田午原>
精巧な黒い時計を見つめる。
「『午原』でいいわ」
<西田家のお嬢様に失礼でしょう~>
「敬語なのにタメ口ってどういうこと」
微笑み、鞄を背負う。
「AIなの?本当の未来人なの?」
ドアを開け、部屋を出る。
<さあ~当ててみて~>
口元を緩める。
「両方でしょ」
<半分正解!おめでとう~>
蓋を閉じ、ポケットにしまう。黒い鎖が制服の隙間からちらり。
「行ってきます」
邸宅を出て、メイドに会釈。
「お車を?」
「いいえ、歩いて行く」
---
「西田さん、おはよう~!」
生徒たちが寄ってくる。
「おはよう」
優しく頷く。
「あれ?西田さん、ポケットのものは……」
「これ?」
自然に時計を取り出し、蓋を開ける。歯車が滑らかに動き、秒針が進む。
「わ~素敵な時計!」
「パリ?ロンドン?」
「いいえ、貰い物よ」
「え~誰?彼氏?」
「内緒」微笑む。
昼休み、窓辺で時計を回しながら思索に耽る。
(前に金色の時計を持った男子と会ったことが……)
黒い時計を見つめる。
(これらの時計には……何か関係が?)
「ほら、西田さんまた時計で悩んでる!」
「間違いなく彼氏からの贈り物だわ~」
「どこの御曹司かしら……」
「女子校で何妄想してんの」
「で、でも……最近西田さん歩いて登校してるよね」
「あの謎の男性と会うため?」
「美咲が歩いて来いって言ったんじゃ?」
「私がそんなこと?」
「家から30分以上かかるんだって」
「マジで!?私の家3分なのに……」
「お嬢様に毎日30分歩かせてる……責任取る?」
「でも午原ちゃん最近優しくなったよね」
「美咲のおかげよ!」
「私が??」
「そういえば、一緒にスイーツ行かない?」
---
「午原」
「いきなり名前で呼ぶなんて!」
「知り合いなんだから堅苦しくなくていいでしょ」
「そ、そうかな……?」
「どうしたの、真央?」
窓から振り返り、微笑む。
「午原さんまで……」
「あっという間ね~」
「駅前に新しいスイーツ店がオープンしたんだけど、一緒に行かない?」
「ええ」即答。
「午原ってスイーツ食べるの?西田家で禁止令とか」
「ないわ。ただ――一日5万円以上使う義務はある」
「そんな義務私も欲しい!!」
「そのお金あるのが前提だけど……」
「午原ちゃん本当に達成してるの?」5万よ!
「まあね」投資で簡単にクリア。
「お金持ちの世界……凡人には理解不能……」
「そう言わないで、ここは皆お嬢様でしょうに」
ここは緋霞学院――噂の名門女子校。
「いや、全国一位の西田グループには敵わないわ」
――鈴木真央:国内最大メディアを支配する鈴木グループの次女。
「せいぜい脇役ね、ふふ」
――佐藤美咲:中堅企業社長の四女、妄想癖がち。
「こいつが劣等感抱いてる……」
――山田千夏:山田デパートの長女、海外進出中最中。
「とにかく、放課後のスイーツで全てを癒そう!」
「そうね~」
「スイーツ万歳!」
---
放課後。
「早すぎた?」店には客がまばら。
「いえ、ちょうどよ」
「オープン5日目、明日休みなら今日が狙い目」
「ブームが去ればこんなに混まない」
(最終的には倒産!)と心で付け加える。
「いらっしゃいませ~4名様ですか?」店員の優しい笑顔。
「は、はい……」
---
「食べたいものいっぱい!」
「全部注文しよう」
「ダイエット中じゃなかった?」
「スイーツ店で『ダイエット』は禁句よ!」
「午原は何にする?まず飲み物から」
返事はなく、隅の方を見つめる――
不良風の少女がスイーツを貪っていた。
「どうしたの?」
「この時間、中学生はまだ部活では?」
「もしかして……不登校?」
「勝手なこと言わないで」
「サボりでしょ」
「それにしても服装が不良っぽすぎ……」
「こんな小柄な不良いる?」
「世間は広い」
淡々と言い、ウェイターを呼ぶ。
---
「金が尽きそう……」
少女が空の財布を見つめる。
「ここに連日通いすぎたせいか」
(昨日は急ぎすぎた、殴った後に金も奪えばよかった……)
(くそ、まだ腹減ってる)
「ああああ!」頭を抱えて叫ぶ。
皆が振り向く。
(まずい……)
(近所の不良から交通費借りるか)
こっそり席を立つ。
(ついでに時計に新しいスイーツ店聞こう……)
---
「また明日~」
スイーツ会は解散。
「午原、タクシー呼ぶ?」家までさらに遠いのに。
「大丈夫、運転手に迎えに来てもらう」
「運転手付きか……」ため息交じりの羨望。
「行こう、美咲」君の家は近いんだから。
「お迎えが来た~じゃあね午原」
「ええ、また明日」
手を振る。
店の前には彼女一人。
「ふう……」息を吐く。
「涼しくなってきたわね」
「そろそろ……車で登校しようかしら」
独り言をつぶやく。
「ケーキおごる約束、反さないでよね!」
突然、耳慣れた声。
振り向くと、あの少女が笑みを浮かべて立っていた。
傍らには、傷だらけの少年がいる。
「あれは……」
スイーツ店の外から、二人が近づいてくるのを見つめる。