第一話 意外の懐中時計
第一話 意外の懐中時計
十二の未来へと繋がる懐中時計と、それを所持する十二人の英雄たちが、地球の未来を救う物語。
これは、普通の少年がそのうちの一つの時計を拾ったことから始まる旅の記録である。
「英雄なんて……」
「この世界には必要ない」
僕の名前は薄田『辰』也。ごく普通の男子高校生だ。
今日は、僕の人生を変える一日になる。すべてはこの「懐中時計」を拾ったことから始まった。
一見何の変哲もないこの時計が、僕の生活を完全にひっくり返したのだ。
「なんだこれ?」
その日もいつも通り、学校へ向かう途中で道端に落ちている懐中時計を見つけた。
「懐中時計? 誰かが落としたのか……」しゃがんで拾い上げ、手のひらに載せてみる。
金色のケースには年月の痕がくすんでいて、少し錆びついていた。指で軽く押すと、蓋が「カチッ」と音を立てて開き、中の針が刻々と動いている。
「動いてる……こんな時代に懐中時計を使う人なんているのか?」
「今は……7時50分」僕は針をじっと見つめた。
「確か僕の生まれた時間も……」
「いやいや、遅刻しそうだぞ!」
「ここに置いて、落とし主が来るのを待とう……」
蓋を閉じようとした瞬間、時計から声が聞こえた。
『おはよう、薄田辰也君!』
「えっ!?」僕は呆然と立ち尽くした。
時計が喋った。
トランシーバー? 通信機? それとも電話? 様々な考えが頭をよぎる。
でも一番気になるのは――
「なんで僕の名前を知ってるんだ……!」
緊張しながら時計を睨みつける。
『君は運命を信じるかい?』時計からは男の声が聞こえる。
『あら~、返事がないね~』軽薄な調子で続ける。
僕は蓋を閉じ、そっと地面に戻した。
「やっぱり落とし主が来るまで待て」普通の人は道に落ちてるものなんて拾わない。
立ち上がり、学校の方へ歩き出す。
その様子を、一人の少女が見ていた。
――
信号待ちの間、考え込んでしまう。
(それにしても、名前を知ってるなんて不気味だ……新しい詐欺手法か?)
懐中時計で通話するなんて、あり得ない。
「あの……」背後から声がしたが、無視した。
(あの時計とは関わらない方がいい……)
青信号に変わり、渡り始めようとした瞬間。
「あの! ちょっと待って!」声の主が急に大きくなり、振り向くと、
黒く長い髪の整った顔立ちの女生徒が僕を見つめていた。
「え、俺に……?」その整った顔に見とれながら、ぼう然とする。
「これ、落としましたよね?」
彼女はあの懐中時計を差し出した。
(あの時計……!)
「いや、違う……」慌てて否定するが、
彼女はそっと僕の手を取って、時計を握らせた。
「どうぞ、また落とさないで」天使のような笑顔を見せる。
「あ、ありがとう……」思わず礼を言ってしまう。
彼女が去る後ろ姿を、僕はただ呆然と見つめていた。
「あんなに可愛い子、初めて見た……」余韻に浸っていると、時計の声が思考を遮った。
『私たちは全てを知っている!』再び男の声が響く。
「うわっ! いつ開いたんだよ!」
いつの間にか開いていた蓋を見下ろす。
『また会えたね、辰也君』今度は下の名前で呼ばれた。
「もしかして、お前があの子を操って時計を渡させたのか!」
運命の出会いだなんて思わせやがって。
『違うよ~彼女は本当に親切で返してくれただけだよ~』
『あ~、優しい子だね~』
彼女か……胸がときめく。
『しかも一目惚れしちゃった』時計の男が言う。
「してねーよ!」急いで否定する。
『初めて見たくらい可愛い子……なんてね!』
さっきのセリフを真似て、からかってくる。
「くそ、盗み聞きしやがって!」
『自分から聞かせたんだろ~』
『さて、本題だ、薄田辰也君』突然、男の声が真剣になる。
「は、本題?」緊張して唾を飲む。
『君に英雄になってもらう』
「はっ!?」
まるで魔法少女の話じゃないか!
『本気だよ』
『私たちは人類の未来から来た。未来人、あるいは時間旅行者と呼んでくれ』
『このままでは地球上の人類は滅亡する。それを防ぐため、君の力が必要なんだ』
『英雄になってくれ、辰也君!』
「呼び方統一しろよ……」フルネームだったり下の名前だったり、混乱する。
「未来人なら自分たちで救えばいいだろ?」信号を渡りながら聞く。
「人類全滅したのか?」
『冷たい反応だね~』
『物質的な時間移動はできないから、通信だけなんだ』
『だから、君に頼むしかないんだよ、薄田辰也君!』
「未来の割にノリが軽いな」
「未来人はみんなロボットになってるのかと思った」感情も必要ないだろうに。
『体は君たちと変わらない』
『精神的には、私たちは成熟した大人で、君たちは子供みたいなものだ』
「誰が子供だ!」もうすぐ成人なのに。
『現在の地球人類の意識レベルは、0~5歳程度と判断している』
「幼すぎるだろ!」赤ちゃんかよ。
『だからこそ、こうして止めなければならない』
『人類を救う英雄になってくれ、辰也君!』
あーもう、呼び方なんてどうでもいいや。
『このままでは、本当に人類は滅びる!』
「それで、俺に超能力でも授けてくれるのか?」
空気が凍りつく。
『何もないよ』
「はっ!?」
『超能力なんて、辰也君はやっぱり子供だね~』
「誰が子供だ!」
『物質を越えられないから、何も渡せないんだ』
「超能力もないのに、どうやって人類を救うんだよ!」投げ出したくなる。
『君自身の力でできる』
『私たちが指示を出すから』
「俺に何の力がある? ただの高校生だぞ……」
いや……高校生以下だ。
「悪いけど、未来人さん、他の人をあたってくれ」
『辰也君?』
「英雄なんて、俺には無理だ」
――
「おいおい、今日はこれっきりかよ、貧乏人」学校のチンピラに角に追い詰められ、財布を奪われた。今日も最悪だ。
地面に座り込み思う。いや、毎日こんなものか。
だから言っただろ、人類を救うだなんて……誰かが俺を救ってくれよ。
(英雄なんて……いるわけない。)
「このガラクタはなんだ、懐中時計?」チンピラが朝拾った時計を手に取り、ボタンを押す。
(未来人、何か言えよ……)
「ゴミ拾いで稼いでるのかよ!」
嘲笑され、空の財布を投げ返され、時計は適当に放り出された。
(ダメだ、未来もクソもない……)
「どうせお前の金は、全部俺たちのものだ」
(人類なんて滅べばいい。)
「行くぞ」
去っていく彼らを残し、一人きり。お金は全部取られた。
この世界はそういうものだ。弱い者はいじめられるだけ。
英雄なんて、現れっこない。
「ふ~ん」突然、見知らぬ男子生徒が放り出された時計を拾い上げた。
「9時29分……」時計を開き、時刻を確認する。
「あの時計……」男を見上げる。
彼の腰には、別の懐中時計が下がっている。
(デザインは違うが、もしかしてあれも……)
「ほら、返すよ」時計をぽいと投げてよこす。
「チャイムが鳴るぞ」去っていく後ろ姿。
慌てて時計を開く。
『やあ、辰也君! 君が自発的に開いてくれたのはこれで二度目……嬉しいな!』
「おい、さっきはなんで喋らなかったんだ!」興奮して問い詰める。
『さっき? 何のこと?』
「お前を開いた奴がいただろ! しかも複数!」
『ごめん、何の話か分からない』
「何でも知ってるんじゃなかったのか!」
とぼけるつもりか、それとも僕をからかってるのか……
『私たちが全てを知れるのは……君が教えてくれるからだ』
「は……?」何を言ってるんだ……
『だからさっきのことも……』蓋を閉じる。
「未来人もどきが……」