最終章:赫き人間たち
夜が、明けかけていた。
霧島、沙耶、陽菜の3人は、山の斜面にある茂みの中、泥と血にまみれて倒れていた。
呻き声の代わりに、風の音と、遠くで鳴るヘリのローター音が耳をくすぐる。
動けない。
けれど――生きていた。
沙耶は空を見上げた。
東の空が、赫く染まりはじめていた。
(赫い……でも、あの神の赫さとは違う)
隣に、霧島がいた。
顔は煤け、口元には血。
それでも、目だけは真っ直ぐこちらを見ていた。
「……生きてるな、沙耶」
「うん。
……でも、何かが、生きたまま死んだ感じ」
沙耶は震える手で、自分の腹に触れた。
その奥にいたモノ――赫い胎児――は、もういない。
「霧島さん、あたし、殺したよ。
自分の中の“神”を、喰って、引きずり出して、潰してやった。
それでも、あいつの目の残像が、まだ脳裏にこびりついてる」
「……それでいい。
忘れなくていい。忘れないことが、あいつに勝った証拠だ」
霧島はそう言って、そっと沙耶の肩に手を置いた。
陽菜は沙耶の膝枕で浅く呼吸していた。
その顔は、かつての明るさと虚ろさを交互に宿しながら、ただ子供のように眠っている。
「なあ、沙耶」
「……なに」
「俺たち、人間なんだよな。
“神”じゃなくて、ただの、生臭い、間違いだらけの生き物だ」
「……うん。
でも、“神”よりずっと、マシだったよ」
沙耶はそう呟き、懐の中から小さな布包みを取り出した。
その中には、例の“赫い胎児の眼”が一つだけ、乾きかけた状態で残っていた。
霧島が目を細める。
「それ……」
「最後に吐き戻したの、捨てようと思ってたけど、
……なんか、見ておかないと“自分がやったこと”忘れそうで」
沙耶は、その赫い眼を見つめ、
そのまま、指で潰した。
パチン――ッという粘着質な音とともに、赫い液が指先を汚す。
「これで、終わり。
産まれることも、祀られることも、もうない。
“あたしが神を殺した”。この事実だけ、生きてればいい」
空が、白んでゆく。
彼方から公安の救助班が走ってくるのが見えた。
叫び声と指示の声が交錯する。
霧島は、遠くから聞こえるその音に顔を向け、ぽつりと漏らした。
「生きて帰るのが、仕事だ。……お前も、それでいい」
「……あたしの仕事は、まだないよ」
沙耶は立ち上がろうとして、膝をつく。
それでも、這いながら陽菜を背に負う。
「けど、あたしにも、役目がある。
“赫い神”が死んだって、今度は“赫い人間”として生き残る。
あたしが誰かに、それを繋げるために――」
霧島が沙耶を支える。
「女は強ぇな」
「女は全国共通で強いの。群馬とか関係ないの」
「ちぇっ」
わずかな笑いが、傷のように滲んだ。
それでも、確かにそこに“生”があった。
そして3人は、昇る朝日の中、
ゆっくりと“地上”へと運ばれていった。
赫い胎は潰えた。
だが、その赫さを知った“人間”たちだけが、いま、立っている。
彼らこそが、赫き人間たち。
---
―終―
今回、読んでいただきありがとうございます。「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、評価をよろしくお願いします!