第七章:神殺しの胎
天井から吊るされた赫い肉塊――それが、祭壇だった。
かつて人間だった“何か”が、歪んだ神殿として教団の中心に鎮座している。
その中心に、沙耶は連れてこられた。
裸足のまま、全身を血で濡らしながら、
まるで花嫁のように――いや、生贄のように。
「おかえりなさい、沙耶ちゃん」
その声に、沙耶は振り返る。
見知った顔――陽菜だった。
だがその目は、もう“陽菜”ではなかった。
黒目がちの瞳は深く沈み、口元には無邪気な笑みが浮かぶ。
「ずっと待ってたんだよ。私たち、“同じ胎”だったんだもんね」
沙耶は凍りついた。
陽菜の腹が、あり得ない形で膨れていた。
「見て? 神さま、ここにいるんだよ。ふふ、胎動がすごいの。もうすぐ生まれるの。私たち、つながってるんだよ、沙耶ちゃん……」
その腹の皮膚が、内側から蠢いた。
手のひらのようなものが皮膚を押し広げ、笑っているように見えた。
「やめて……やめて、陽菜、そんなの……あんた、そんなじゃなかったじゃん!」
「そんな? 何が“そんな”なの?」
陽菜は首を傾げ、まるで人形のように笑った。
「沙耶ちゃんはまだ“神”が足りてないんだよ。だから苦しいんだよ。
私はね、もう何も怖くないの。」
陽菜は、ぐちゃぐちゃの手で自分の腹をなぞった。
その指が割れ、皮膚の下から“別の指”が生えてきた。
「わたし、もう一人じゃないの。
沙耶ちゃんも、早くこっちにおいでよ……楽になれるから……」
沙耶は、吐きそうになった。
でも、絶対に吐かなかった。
(今、私が壊れたら……霧島さんが、無駄になる)
「……バカみたいに笑ってんなよ、陽菜」
声が震える。歯も鳴っている。
でも沙耶は立っていた。
狂気のど真ん中で、ギリギリの“人間”で、立ち続けていた。
> 「私の中には神なんかいない。
いるのは、陽菜を取り戻す私だけだ」
「……え?」
その一言で、陽菜の目が揺らいだ。
その瞬間、沙耶は陽菜に抱きついた。
「ごめん、でも……まだ間に合うって、信じたいんだよ……!」
陽菜の身体から、“胎”が沙耶へ移ろうとする。
生ぬるい何かが肌を這い、沙耶の腹に喰いついてくる。
痛み。吐き気。体温の崩壊。
血管が浮き出て、眼球の裏で何かが這う。
だが――まだ、壊れていない。
「私は……私のままで……“神”を殺す」
陽菜の腹が裂けた。
血の奔流とともに、赫い触手のような胎児が飛び出し、沙耶を飲み込もうとする。
だが、沙耶は拳でそれを叩き潰した。
「神が人をもてあそぶなら、私は神の胎を喰ってでも人間でいるッ!」
赫い肉が爆ぜ、地鳴りのような悲鳴が部屋中に響いた。
陽菜は倒れ、泣きじゃくった。
「ごめん……ごめんね、沙耶ちゃん……わたし、神さまじゃなかった……」
沙耶は彼女を抱きしめた。
「もう、いいよ。帰ろ、陽菜……帰るんだよ。霧島さんも、いるから」
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