第四章:赫い目覚め
最初に感じたのは、生ぬるい液体が子宮の奥で蠢くような気配だった。
沙耶は裸のまま、冷たい石の床に転がされていた。
皮膚のあちこちに乾いた血が張り付き、内腿には赤黒い液がべっとりとこびりついている。
(……なに、これ……なにされたの……)
体は動かない。
指先は微かに痙攣していて、呼吸も浅い。
胸が熱い。喉が焼ける。子宮のあたりが、まだ“生き物”のように痙攣していた。
思い出したくない。
でも、脳が勝手に再生する。あの“赫い管”が、自分の中に喰い込んでいく映像を――。
「……っ、う……や、めて……ッ、いや……!」
今さらのように口から漏れる悲鳴。
だが周囲にはもう誰もいない。
さっきまで耳元で囁いていた信者たちの気配も、教主のあの腐臭も、すべて闇の奥に引いていた。
(……どこ……ここ、どこ?)
床の文様がうっすらと発光している。
それが目に焼き付き、現実と幻覚の境がぼやけていく。
──ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ。
耳元で音がした。
誰かの唇が、皮膚を這うような、そんな濡れた音。
(誰か……いる……?)
がば、と沙耶は手を動かした。
でも、誰もいない。ただの暗闇。自分の吐息と、心臓の鼓動だけが響いている。
──うまれろ。うまれろ。うまれろ。
何かの声が、頭の奥でリピートされている。
おぞましい子守歌のような、単調な言葉。
「やだ……私……私、産んでなんかない……ッ! なにか入れられたって、認めない……!」
必死に腹を抱える。
けれど、その手に感じたのは――“うねる胎動”だった。
(うそ、でしょ……?)
鼓動がある。自分のじゃない。
腹の奥に、“何か”がいる。
沙耶は咄嗟に爪を立て、己の腹をかきむしった。
傷が裂け、血が滲む。だがそれでも足りなかった。もっと、もっと奥まで――
「……霧島さん……っ」
その名前を呼ぶだけで、涙が溢れた。
磔にされたまま意識を失っていた霧島の姿が、脳裏にこびりついて離れない。
(助けなきゃ……あたしが……この地獄を、止めるしかない)
それが正気の残り火だった。
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しばらくして、沙耶は立ち上がった。
髪は血に濡れ、足取りはよろけ、瞳の奥には朱色の光が微かに瞬いていた。
壁の奥から、信者の囁き声が聞こえる。
> 「胎が育った……巫女は受胎した……」 「次の儀式で、赫き胚は孵るだろう……」
沙耶はゆっくりと立ち上がる。
足元の血を踏みしめながら、鏡のように冷たい瞳で扉を睨んだ。
(次の儀式? ふざけんな。
――あたしがやるのは、“次の復讐”だけだよ)
掌の爪は深く皮膚に食い込み、血がぽたりと垂れた。
その血が赫い文様に触れると、文様が淡く光った。
「……いいよ、“神さま”。産んでやるよ。
その代わり――おまえら全員、地獄に引きずり込んでやるから」
少女の声が、もう少女ではなかった。
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