第三章:赫き胎の口づけ
白く濁った香が、床の隙間から這い上がってくる。
鼻の奥が焼けつくような、甘ったるく腐敗した匂い。
沙耶は両腕を背で縛られ、薄い布を纏わされたまま、冷たい石の床に転がされていた。
(……何が起きてる?)
頭がぐらぐら揺れる。気付けの煙に、何か混ざっていたのだろうか。
視界が歪むたび、眼前に現れる赫い文様。それが床に刻まれているのか、網膜に焼き付いているのかさえ分からない。
「――起きたか、巫女よ」
ざらりとした声が、耳の奥で直接ささやいた。
目をこじ開けると、目の前には朱に染まった衣の女がいた。教主・千尋。
白粉を塗り固めたその顔は、目の玉だけが異様に生きていて、笑っていない口元がぴくりとも動かない。
「あなたは、“選ばれた”の。赫き胎となり、神の胚を迎える子宮よ」
「……は? 冗談、でしょ」
体が動かない。喉が引き裂かれそうに乾く。
「霧島さん……霧島さんは、どこ……」
その名を呼んだ瞬間、周囲の信者たちがどっと笑い出した。
まるでコントのオチが出たときのような、冷たく機械的な笑い。
教主が手をかざすと、前方の壁が開き、奥の部屋が見えた。
そこには――
「……っ!!」
磔にされた霧島がいた。
腕は逆関節に折れ曲がり、指先は一本ずつ釘で刺されていた。
顔は殴打で腫れ、口には猿轡。その横には、まるで戦利品のように置かれたボイスレコーダーが転がっている。
「公安の諜報員だなんて、傲慢よね。神に逆らうつもりだったのかしら?」
千尋が嗤う。
沙耶は悲鳴をあげようとしたが、口から出たのはひゅうひゅうという空気音だけだった。
身体中が痺れている。膝を立てることすらできない。
「巫女としての初祈祷の時間です。
あなたには“赫き胎”を受け入れてもらいます」
天井から、赤黒い管がぶら下がってきた。
触手のように蠢き、湿ったぬめりを撒き散らすそれは、先端に鋭利な針が三本並び、その内側に小さな口のような裂け目が開いていた。
(なに……これ、機械? 生き物?)
沙耶の腹部に、それが近づいてくる。
「お前たち、拘束を解け。苦しむ姿こそ、神への供物だ」
信者たちが沙耶の布を引き剥がす。
肌が冷気にさらされ、羞恥と恐怖が皮膚の奥から噴き出す。
「や、やめ――やめてッ!」
やっと出た声は、割れたガラスのように震えていた。
管が腹の中心へと迫り、皮膚を舐め、針を立てた。
沙耶の体が仰け反る。口が勝手に開き、呻きが漏れる。
針が、皮膚を突き破った。
「ぎ……ィィッ……ッあアアアああああああああああ!!」
熱い。内臓が燃える。胃が裏返って、子宮が裂ける。
感覚が収束し、ただただ“中”を這う何かの動きだけが脳に焼き付く。
「受け入れよ。神の胚を――赫き胎を、その身に宿せ……」
沙耶の目が、真っ赤に染まる。
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しばらくして、沙耶は泥の中に落ちるように、意識を手放した。
だが脳内には、ずっと、ずっと、霧島の呻き声がこだましていた。
この地獄を――壊す。
そのときから沙耶の脳裏には、ただ一つの言葉だけが、何度もリフレインしていた。
> (殺す。あの女教主を。神ごと、ぶっ殺す)
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