第1話 プロローグ・朝の儀式
「おはよう、ノア。さあ起きて、お寝坊さん」
窓から差し込む朝陽に照らされた青年の髪は艷やかに輝いている。
彫りの深い顔立ちに少し低めの声。ルネッサンス期の芸術家が生み出したブロンズ像を彷彿とさせる美しい青年は、布団にくるまっている男の頬に軽くキスをする。
「今日のミーティングは十時からだ。もう少し寝かせろ」
一向に布団から出ようとしない男は、駄々っ子のように頭から布団を被ってしまった。
****
やっとベッドから起きてきた男がキッチンに入ると、コーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。毎朝嗅いでいるはずのこの香りだが、何度嗅いでも新鮮な驚きと喜びを運んでくる。
「やっと起きたね、ノア。はい、コーヒー」
先程の美しい青年がノアと呼ばれた男にコーヒーカップを差し出す。
まだ寝ぼけ眼のノアはカップを落とさないように両手でしっかりと受け取り、カップを鼻先に運び深呼吸をすると、コーヒーの香りが体の細胞の隅々にまで浸透するような感覚になる。
青年は窓際にもたれ、おそろいのコーヒーカップを手に微笑みながらノアを眺めている。
「フフッ」
青年の楽しそうな声。
「何だよ」
ノアが抗議するように突っかかる。
「朝は本当に機嫌が悪いね、ノア。僕はノアが美味しそうにコーヒーを飲んでいる姿を眺めるのが大好きなだけだよ」
「お前だって美味しそうに飲んでるじゃないか」
「そうだね。でも僕は味が分からない。どんな成分で構成されているかは完璧に分析できるけど、どんな味がするのかは分からない。アンドロイドだからね」