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真相には続きがある:前編

「わたくしの何をご存知だというの?」

 そのひとは、僕の伸ばした手を払いながら、拒むように言った。

「わたくしは、貴方の望むものではない。野に咲く花でもなく、一夜のみ開く月下美人でもなく。そして茨の中、佇む薔薇ですらもない」

「でも、僕は貴方の美しさに」

「美しさに?そう、そうでしょうね。それしか、見て下さらなかったですものね」

 こちらを見据える瞳から、そのひとは、ひとすじをこぼして。


「わたくしはベラドナ。憎しみを吸い、悲しみの花を咲かせるの」


パトリシア・ドゥ・ボドリエール、著

“喝采、そして、赤”より

1.


 その春は、めでたい話からはじまった。

 あのペルグランが、妻を娶った。それも許嫁とかではなく、自分で見初めて、ちゃんと恋をして、だという。

 そういうひとがいる、というのは、何となしに耳には入っていたが、ダンクルベールは、つとめて立ち入ったことはしてこなかった。この頃はちゃんと一本、芯が入ってきたこともあるので、女の相手ぐらい、と思っていたし、それに自分がとやかく言わなくとも、警察隊には山ほどの世話焼きがいる。

 それよりも、貧民の出である自分とは異なり、ペルグランは名家の嫡男である。このあたりは、政治も絡んでくる。

 五つほど上の姉さん女房。しかも、とんでもない別嬪だった。それもちょっと、一筋縄ではいかない類の。

 遊女。クラリスと名乗った。女遊びが大好きなゴフに連れ回されるうちに、立ち寄った女郎酒場のひとつ。そこの女ではなく、女主人である。

 紹介された時は、本当にびっくりした。

 それなりあるはずのペルグランと同じぐらい背が高く、すらりとして、どこか中性的な、凛とした佇まい。美貌ではあるが、華麗とか妖艶と言うよりは、やはり男のそれに近い、気高さを感じる面立ち。声も、酒と煙草で軽く炙られているが、すっと通るもので、南東訛りの強い軽妙な語り口は、思わず聞き惚れてしまったほどだ。

 下に見られるのは、いっとう好かないことにごぜあんす。どんな男前まぶであろうと、しょすなし、本地ほずなし、用はなし。お坊は野暮にござんすが、好いて甘えてくなんしたので、いつの間にやら、心を開いておりあんした。あたくしどうも、んこいのには、滅法弱いようでごぜあんして。

 自分を安売りするつもりはない。買いたくば、買ってみろ。ただし、容易く惚れてもらえるとは、思ってくれるな。あるいは悦ばせるなんぞ、もってのほか。

 そんな気位の高い女を前に、きっと、捨てられた子犬のようにして、散々に甘え倒したのだろう。お坊なんて、おかしな呼び方で、それこそ犬猫を愛でるように甘やかされていた。

 婚約するにあたっては、ペルグランはうまく立ち回っていた。親戚筋に市井に理解のある御仁がいて、その人の養子にしてもらい、いまや国民の声の代表となった、あのブロスキ男爵マレンツィオを仲人に立てた上で、ご両親に紹介したそうだ。ボドリエール夫人の追っかけをやっていたペルグランの母、ジョゼフィーヌは大歓迎といった様子で、まるで恋物語に出てくるようなご麗人が嫁に来てくれるだなんてと舞い上がり、体面を気にしてばかりの父親を、叱り飛ばして押し切ったそうだ。

 それでも結局は、廃嫡となるようだ。ここはやはり、政治の部分である。

 正式な手続きはこれからということだが、ニコラ・ペルグラン一族は、叔父側の血を伸ばすことにするらしい。むしろペルグラン本人は気が楽になったようで、もう“ニコラ”も“ドゥ”もいらなくなって、せいせいしましたと、いくらか寂しそうに、でもやっぱり嬉しそうに笑っていた。

 マレンツィオの面目が潰れる形になるが、廃嫡覚悟で添い遂げると申しておったのだから、本懐だろう。そう言って、笑って許してくれたようだ。

 かのニコラ・ペルグラン提督のお血筋ではなく、ただひとりの男であり夫、ジャン=ジャック・ペルグラン。横に置いておく分には、自分もいくらか気が楽になったとはいえ、言葉にすると、確かに寂しさがあった。

 紹介されたとき、ひとつだけ、頼み事をされた。名前をひとつ、授けてほしいとのことだった。

 クラリスというのは、いわゆる源氏であって、所詮は売り物としての名前。どこまで行っても、産まれてすぐに売られた女。でも、お坊の奥となると決めたからには、胸を張って名乗れるものが欲しい。そして折角ならば、お坊の好いたお殿さまから頂戴したいと、涙ひとつこぼして、頭を下げてきた。

 大事な副官の妻となるひとの頼みであるから、快く引き受けたが、大いに悩んだ。嫁いでいった娘ふたり、それぞれの名前については、かつての妻とは散々に喧嘩をして、なんとか押し通したぐらい、大変な思いをしていたというのもある。

 女の名、あるいは人の名より、印象をそのまま名前にしたほうがいい。まずは、そう決めた。

 凛と咲く花。一輪ではない。もっと鮮やかに、目一杯に咲き誇っている。情熱的ではあるが、燃え盛ってはいない。蠱惑的な色だが、触れば、儚く散るやもしれない。日陰に咲く、触れえざる美しさ。

 インパチエンス。赤か、桃色の。いや、やはり赤。輪郭のはっきりとした、赤。鮮やかな人。そして、強い自己。

 インパチエンス=ルージュ。そのひとはあの日から、クラリス・インパチエンス=ルージュ・ペルグランとなった。

 それを告げたとき、赤いインパチエンスは、声と肩を震わせながら、礼を言ってくれた。

 ついでに、ジャン=ジャック・ペルグランというのも寂しいだろうからと、セルヴァンに頼んで、ペルグランの分も名前を貰うことにした。

 ルイソン。ペルグランが大好きな“ルシャドン伯の決闘”の登場人物、ミュラトール卿からの拝借である。

 ジャン=ジャック・ルイソン・ペルグラン。そしてその妻、クラリス・インパチエンス=ルージュ・ペルグラン。

「爺の思いつき、気に入ってくれたようで、嬉しいよ」

「こちらこそ、本当にありがとうごぜあんす。お坊の奥として胸を張れる、いっとう意気なお名を頂戴いたしあんした。これ以上の果報などござりあせん」

「赤いインパチエンスか。その佇まい通りの、鮮やかな名だ。名付け親が貴様だというのだけが、残念ではあるが」

 警察隊だけでのささやかな祝宴など、ひとしきりが落ち着いたあたり。セルヴァンとふたりで、“赤いインパチエンス亭”に、開店祝いと称して引っ掛けに寄った。小洒落た内装の、カウンターと卓数個、それとビリヤード台がひとつある程度の、小さな酒場である。

 お坊の奥となるにあたり、主人を勤めていた女郎酒場は、畳まざるを得なくなる。ダンクルベールは、そのあたりだけ、勝手ながら汲むことにした。

 “あし”の一部であり、首都近郊の裏社会の取り仕切りを任せていたジスカールに連絡したところ、向こうも把握済みだったようで、話は早く進んだ。

 まずは器量の良い主人をひとり見繕ってもらって、そのひとの女郎酒場を引き継がせた。

 そして新たに、庁舎近くの居抜きを使い、インパチエンスのためだけの、小さな店を贈ってあげた。

 “赤いインパチエンス亭”。そのひとが、そう名付けた。

「精一杯、頭を捻ったんだ。少しは褒めろよ」

「私が付けたことにしてもらえれば、もっと箔が付くのに。貴様、三人分の舅ともなるのに、気が利かんやつだね。それでもいい名だ。まさか貴様が、ここまで花言葉にさかしかったとは」

「うちの花壇をいじれるやつが、いなくなったからな」

 ぽつりと零れたその言葉に、セルヴァンは笑ったまま、黙って背中を叩いてくれた。

 めでたい話が来るまでは、寂しさが、ずっとあった。

 “あし”のひとり。ミシエルという娘。先の冬、ヴァルハリアから流れてきた“おろし”との一件で落命した、三人目の娘のような存在だった。たまにうちに遊びに来て、花壇の世話をしてくれた。

 ゼラニウムが大好きな、可愛い、娘だった。

 あれのためにも、ゼラニウムや他の花で、花壇をいっぱいにしなければと思い、爺の手慰みついで、土いじりの準備をしていた。春になったら、種なり苗を買ってきて、色とりどりの花を楽しもう。それが、あのこへの弔いになる。

 畑仕事が趣味のセルヴァンや警察隊婦人会の面々にも教えを請いながら、色々と本やら何やらを用意していくうちに、面白くなってきた。いろいろな花、そして、それらの花言葉。

 勉学は不慣れだが、興味が向けば、意欲も増す。

「お舅さまには、お名もお店もいただいて。いくらお礼をしても足りないぐらいでごぜあんす。本当に、意気なおひとでごぜあんすね」

「構うことはない。あれの愛しき人となる、お前の頼みであったことだし、少し付け足しをするぐらいの格好も付けたかった」

「それに、お坊のお名についても」

「それは確かに、よくぞ気付いたよ。インパチエンス君ほどではないが、貴様もペルグラン少尉には、随分と甘いよな」

「うちは女ばかりで、男は、はじめてだった」

「はは、それか。それは可愛いわけだ」

 この頃、自身を顧みた時に気付いた、本心だった。

 インパチエンスがこの店を開けるのは、毎日ではあるが、時間としては、ほんの少しの間だけだ。日が傾くあたりから、ペルグランが帰宅して、店でめしを食い終わるぐらいまでである。

 今日はちょっとだけ無理を言って、貸し切りにしてもらった。今いるのは、ダンクルベールとセルヴァン、それとペルグランと、ガブリエリだけ。あとは、“女主人クラリス”を慕って、是非にと付いてきた、もと遊女の店員が二人である。

 開いて間もないが、結構、客入りは良いようだ。特に国家憲兵警察隊の面々には、大評判のようである。店の中を見ていけば、そこかしこにそのおもかげが見て取れた。

 すぐに分かったのは、デッサンである。

 素描だけでなく、何枚かの油絵や水彩画が飾られていた。デッサンは笑い上戸であり、よく喋り、またよく絵を描くようになるので、飲んでいて楽しいひとりだった。

 壁にかけられた、年季の入ったギターは、ムッシュのだろうか。

 確か、奥さまが南東部の海向かい、ユィズランド連邦とエルトゥールルの国境付近の出身で、そのあたりの伝統舞踊の奏法を心得ていた。何度か弾いているのを見たことがあるが、情熱的かつ哀愁のある旋律であり、また、あんなに叩くようにして弾いても壊れないものなのかと、感動と心配とを覚えたものだ。

 奥さまのことばは至って普通なので、文化は近いが、ことばはまた、別なのだろう。

 警察隊婦人会の面々も来ているらしい。女性隊員や、男性隊員の配偶者から構成される互助会であり、警察隊本部からも幾許かの助成金を出していた。

 インパチエンスの凛とした容貌に嬌声をあげるものも多く、特にかっこよさに憧れの強いラクロワなどは、来る度に顔を真赤にしているらしく、そのあどけなさがんこいと笑っていた。

 ラクロワがペルグランに対し、淡い恋慕を持っているという話は、よく聞いていた。同時に、実はガブリエリもラクロワに対して恋心を抱いているということに勘付いていたダンクルベールは、三人の関係に対して、つとめて介入、干渉しないよう、また他人がそうしないように務めてきた。男女関係でこじれる世代、環境というのを、幾つか見てきたというのがある。

 そうやって、ペルグランもガブリエリも自分の想い人を見つけてきたのだが、肝心のラクロワが浮いてしまった。ここだけは周りが世話をしていかなければなるまい。

 アンリには、真っ先に紹介したらしい。そういう約束をしていたそうだ。

 ペルグランがプロポーズを受理してもらったあたりから、アンリはペルグランに対してお姉ちゃんを気取るようになっており、インパチエンスもまた義姉あねと呼んで慕うほど、良好な関係のようだ。

 私、ペルグラン夫人になりそこねちゃった。ふたりで星を眺めていたとき、少しだけ寂しそうに笑っていた。

「礼なんぞ、構わんさ。この爺をはじめ、周りの人には、どんどん頼りなさい、インパチエンス君。困っている人を助けるのが、国家憲兵隊の仕事さ。難色を示すようであれば、この大舅おおしゅうとに言えば、叱ってやるからさ」

「本当に、あたくしは果報者でござりあんす。大舅おおしゅうとさまも、お舅さまも、男前まぶで意気にござりあんすもので。あたくしは、お坊を甘やかすことしかできませんので、どうかお坊のこと、叱ったり、諭してえってくなんせ」

「お任せあれ。でもどうせなら、たまにはお前も、俺たちに甘えてくれれば嬉しいよな。そうだろう?大舅おおしゅうとさんやい」

「そうだな、いつでもどうぞ。ただね、貴女に甘えられるのは、ちょっと私のようなおっさんには、刺激が強すぎるかもね?特に貴女の、その素敵なことばさ。早くに所帯を持ち、奥に操を立てている身ではあるが、心は、動くものだから」

「あらあら。大舅おおしゅうとさまは心底に男前まぶだこと。お坊にもこれぐらい、言われてみとうござんしたわ。あのこは本当、これだけは野暮でごぜあんすので」

 そう言ってインパチエンスは、微笑んだ口元を指先で隠した。

 流石はかつて高級娼館で客を選び、そして女主人として女郎酒場を営んできただけあって、切り盛りは上手である。

 めしは軽いものだけだが、特に酒に関しては、かなりの知識がある。幾つかの酒や飲み物を組み合わせた、カクテルとかいうやつも、てきぱきと作れた。いつもは緑の瓶しか飲まないから、どうせだしと、ひとつ頼んでみた。

 出てきたのは、飲むのがもったいないぐらいに、美しいものだった。おそらくは使う酒の比重とかを計算してのものだろうが、グラスの中で色とりどりの液体が、地層のようにくっきりと分かれている。そして軽く混ぜると、それが一瞬にして、美しい琥珀色に変わるのだ。

 “宝石ビゼー”と銘打たれたレシピで、結構強いが、びっくりするほどに美味しかった。

 席の後ろから、甲高い音がする。ペルグランとガブリエリである。

「ああくそ。やはりうまくいかんな」

「貴様は力任せなのさ。これは体じゃなく、頭を使ってやるものだよ。それともこればっかりは、貴様の長い手足が邪魔になるかもね?」

「貴様、言うじゃないか。おい、もう一度だ」

 ふたりして、ぎゃあぎゃあ言いながら、ビリヤード台にひっついて遊んでいる。ペルグランにとっても、いい遊び場ができたようで、何よりだ。

 それにしても、このふたりもそうだが、俺、貴様だなんていう古い兵隊言葉。自分とセルヴァンぐらいしか使ってこなかったのに、若い将校を中心に、いつの間にか流行の兆しを見せている。

 本来はこのふたりのように、気心のしれた同期の間柄で使うものだ。その定型を、自分たちが崩したものだから、皆、面白がって真似しはじめたようだ。

 下士官たちが戸惑いながら、教育上よろしくないので、どうにかならんものですか、と相談しにきたが、笑ってごまかした。

 それと最近、ガブリエリが、ちょっとだけ荒れた。ペルグランが先に本懐を全うしたのに、むっと来たようだ。

 ガブリエリも、庶民の女の子と長くお付き合いをしているようだが、やはりもと王族という、名家も名家の出身である。婚約の段取りが大変なようだ。そこへ来て、もっと難しそうな出自の女を拵えて、さっさと結婚まで走り抜けたのだから、気分は良くないのだろう。

 あいつはいいよな。気立てのいいご内儀と、家柄の取り換えっこだなんて。私のところは見栄ばかり張りたがって、家柄しか取り柄のない女ばかりを見繕われる。私はあのこが好きだって何度も言っているのに。まったく、古いばかりで、いいところなんぞ、ひとつもない家だよ。いっそ家なぞ捨てて、まるきり新しい名を名乗るか、あるいは婿にでも入ってやろうかな。そうだ、婿になろう。レオナルド・オリヴィエーロ・トルイユ。こちら風の発音にすると、レオナール・オリヴィエ・トルイユか。オリヴィエが浮くな。いいや、捨てちまえ。レオナール・トルイユだ。へへ、これがいいや。すっきりしてら。あんなくそ家、途絶えちまえばいいんだ。

 したたかに飲んだくれていたのだろう、いつだったか、酔いが残ったままで出勤し、仕事もそこそこに、そんなことをぶうたれた。

 流石にまずいと思って、その場で叱り飛ばした。そんな勝手を許したら、警察隊本部どころか、国家憲兵隊そのものの存続が危うくなる。二、三、噛みつかれたが、すぐに自分が何をしたのかを理解して、謝り倒された。

 マレンツィオなどの伝手を頼って、ご実家にどうにかならんかと頼み込んだが、いや、でも、だっての繰り返し。これは相当かかるだろう。

 ただ、流石は名家出身である。こういう娯楽を通して、憂さ晴らしはできているようだった。

「ペルグラン。上手いじゃないか」

「へへ。実は得意分野なんですよ。子どもの頃から、親戚のおじさんだとか、その友だちだとかから、教えてもらったんです。不良のお遊びだとか、小言は言われましたけどね」

 ペルグランは、何かと器用な男だった。士官学校次席卒。それも実技科目は、ほぼ最高成績である。それもあってか、相当な多趣味だった。

 家の嗜みとしての、水泳や操船をはじめ、チェスに札遊び。乗馬はとびきりで、裸馬はだかうまでもらくらく操る。馬の状態も見れるので、スーリとふたり、競馬で荒稼ぎしていたりもする。それに加えてビリヤードもできるとは。まったくもって、家柄なのか、個人の才なのか。

 操船については、カヌー、カヤック、ヨットから駆逐艦程度まではできるらしい。フォンブリューヌでは、絵でしか見たことのないパント船というのも操船できており、乗せていた衛生救護班の面々は、ちょっとした観光気分だったそうだ。

 経歴書を見た国境警備局海上防衛隊の重役が飛んできて、うちに紹介してくれないかと頼まれたこともあったが、政治上の問題や、当時の本人の資質もあって、丁重にお断りをした。

 今ならほとんど一人前だし、廃嫡されることもあるので、あるいは。とはいえ、すべては本人の要望次第である。

「良いとこの娯楽だと思っていたが、捉え方それぞれなのかね。俺は図体と足の都合、こういうのはどうもな。頭ではこうやればいい、というのはわかるのだが、体がどうにも。体いっぱいに使った、チェスのようなものだろう?」

「そんな感じです。ああそれと、これは惚気なんですが」

 ペルグランが笑いながら、カウンターの方に目を向けた。

「これ、うちのが上手いんですよ。それもとんでもなく」

 言われたインパチエンスは、やはり微笑んだ口元を、指先で隠した。

「やあですわ、お坊。意地の悪い」

「本当に、上手も上手。すいすい入れていく。貴様のご内儀は、すごい方だよなぁ。何度教わっても、どうもならん」

 ガブリエリが困った顔をしながら、インパチエンスにキューを手渡した。教えを請うかたちだ。

「ご兄弟さまは、気持ちが前に出すぎておりましてよ。これはお遊び。竿で玉突ついて穴に入れる。まずはそこまで。簡単に、そして順番にこなしていくのが一番でごぜあんすわ」

 ガウンを脱ぐ。肩口と腕を曝け出した、簡素ながら、その輪郭を際立たせる真紅のドレス。まさしく“赤のインパチエンス”のような鮮やかな人が、準備が整った台に向かう。

 背は高いが、豊満ではない。貧相とまではいかないが、薄い肢体。それが、台に吸い付くように、しなやかに曲がる。

 ブレイクショット。

「おお、お見事」

 自分もある程度、やり方は理解しているつもりだが、所詮は素人である。それにしても、所作の美しさから放たれた、静かな一打で、中央にまとめられた九つの球が、ほぼ均等に広がったのには驚いた。それだけで、幾つかの球が、すでにポケットの中に吸い込まれていった。

「まずはナインボール。考えるのは、順番。少ない番号から順に、最後に九番を落とす。勿論、狙った順番のものを九番に差し向けて、一気に勝負を決めるもよし。ただやはり、まずは単純に、そして順番に」

 慎ましやかな胸。それが、ぺたりと台に吸い付く。

 心地よい音。落ちたのは、一番。二番は既に落ちているので、次は三番。これは、手球を一度壁に向かわせてから、的確にぶつけていく。

 こん、こん、こん、と。あっという間に、台の上には、手球と九番だけになった。

「いっそ頭の中を空っぽにするぐらいでも、よろしゅうござんしてよ。それでは、これにて」

 最後はちょっと、格好を付けて。台の上に腰を掛けて、背中にキューを回す。やはり静かに、こん、とだけ。

「お粗末さまでした」

 そうやって台から下り、一礼した。九番がポケットに落ちた後、白い手球は、台の中央に、ぽつんと座していた。

 ペルグラン以外の三人、思わず拍手をしていた。腕前もそうだが、何より所作の美しさに見惚れてしまっていた。

「こりゃあ達人の域だよ。インパチエンス君」

「おしょすない話ではごぜあんすが、これは、あたくしがお坊に惚れたことのひとつでもありまして」

 そう言って、白い頬に、赤が差しはじめた。

「あたくしのお店にやってきて、んこい顔、真っ赤にして、店のこではなく、是非貴女を、なんて野暮を言いなすったものですから。ほでなしたらお坊ちゃま、あたくしとひとつ、お遊びしましょ?勝てるというなら、体許したって、よござんしてよ。そう、からかったもんでござんしたの」

 セルヴァンが、面白そうに口笛を鳴らした。そのうちにまた、ペルグランが台の用意を済ませていた。

 ゲームは再び、ナインボール。

「まさか、そこらの男童子おとこわらしが、ここまでお上手とは思いもしませんでして。つい、本気にね」

 先手、ペルグラン。これも静かに、そして同じぐらいに、綺麗に散らばった。一番、二番が、既に落ちている。

「一目惚れだったんです。だから、絶対に、捕まえてやるんだって、必死になりました」

「あの時のお顔だけは、本当に男前まぶでがんしたねぇ」

 また、豹のように、女の体が台に張り付く。こん、と静かな音。三番と、五番が、吸い込まれるようにポケットに落ちる。思わず、声が出ていた。

「あたくしも遊びならば、野暮に渡す体はなし。ちゃんと好いて口説いて、意気見せるんなら、考えてもよし。心まで欲しいとなれば、あたくしに勝ってみせておくんなせ?その覚悟なしに手ぇ出すんなら、その手も頬も、はたいて捨てて、外に出すより他はなし」

 やはりこの声、この語り口。気位の高さを、気品と愛嬌で飾り立てた、凛と立つ、鮮やかな女。

 先程の赤らめた頬は何処へやら。澄み切った、薄い空色の瞳。短く切りそろえた金色の髪。下手に触ることなど許されない、日陰に咲く花。赤色のインパチエンス。

 我ながら、ぴったりの名を、授けてしまったものだ。

「それでもこのあたくしを、上回ってきた」

 こん、という音が、何個か重なった。

 台上には、手球だけが残っていた。

「お粗末さまでした」

「ああくそ。やられた」

 悔しそうに声を上げたのは、ペルグランの方だった。

「お坊もよね?お酒を入れて、あたくしに挑もうなんて、野暮も野暮。やるなら素面しらふで、とことんとんとに、好いて惚気ておくんなせ?」

 キューを置き、ガウンを羽織って。インパチエンスは、ペルグランの頬に軽くベーゼをした。

「いやあ、ご馳走さま。いいものを見させてもらった」

 笑って、拍手していた。

 全部を話てはくれなかったが、きっとペルグランは、必死に食らいついて、この“女主人”から勝ちをもぎ取った。そして、どうせこいつのことだから、いざしとねへ、という段階で気が抜けて、きっと女の裸体に手を回したあたりで、眠ってしまったのだろう。

 戯れ半分で仕掛けた勝負に完敗し、体を捧げる覚悟ができていた“女主人”からすれば、きっとその寝顔は、可愛くて、たまらないものだったはずだ。

 惚気けてくれやがる。お坊の分際で。

「次は勝つんだからな?俺のインパチエンス」

「いつでも遊んでおくんなせ?でもこれだけは、甘やかせてはあげられないの」

 赤いインパチエンスはにこにこと、煙管パイプを咥えていた。


2.


 心配事がある。そういうことで、本部長官執務室に招かれた。

 簡素な一室である。事務机ひとつ、応接用の卓と、一対のソファ。それを収める程度の最低限の面積。そういう部屋で、ダンクルベールという巨躯は、いつも収まりが悪そうにしながら、仕事をしていた。

「ペルグランに羽休めを許した手前、ひとりで仕事をこなしていく必要があるのだが、俺はどうにも、隣に誰かがいないと、不安になるようになってしまったようでな」

 ペルグランが新婚旅行に旅立った。およそ一週間程度の休暇である。その間の副官を頼みたいということだった。

 ウトマンが課長になってから、数年ぶりの、ダンクルベールの右腕としての仕事である。一課課長という肩書も有り難いが、やはりこの褐色の巨才の隣りにいることほど心躍る仕事は、ついぞ見つかっていない。

「一週間、いや、ひと月でもふた月でもお付き合いいたしますよ。久しぶりの副官仕事ですから、色々と不手際があるかもしれませんが」

「そこまで甘えて大丈夫か?あの昼行灯、ちょっと不安だ」

「最適な人材に、最適な仕事量を振り分けることができる。そう言い換えてあげて下さい」

 ウトマンは、つとめて優しい言い方を選んだ。自分に言い聞かせているのも、半分以上はある。他人のよくないところをあげつらうと止まらないのは、自覚している悪癖のひとつである。

 あの昼行灯こと、捜査一課主任、ダニエル・ラウル・アルシェ大尉。

 まずは有能。尋問官、拷問官としては言うまでもなし。また先の“おろし”との一件でも見せた奸計もこなす、権謀術数の謀略家であり、またそれらとは裏腹に、人の内面に鋭敏であり、精神に不調を抱える隊員の面倒も見る、心の優しさも持ち合わせている。

 ただ問題は平時である。前提として、仕事が嫌いなのだ。

 人ができる仕事は、人に任せる。ここでいらぬ優秀さを発揮し、任される側の器量と裁量と手持ちの仕事量は完璧に把握しており、任せられるものだけを任せていく。そうやって手元に残るのは、調査資料の添削や、各種資料の最終確認ぐらいなので、一見してそれぞれの仕事の進捗が把握しづらい。当人はばっちり把握しているので、聞けば答えるし、進捗管理表も都度提出する。

 しかしアルシェが非番になると、途端にすべての仕事が霧に包まれる。誰が何の仕事をしていて、それぞれの仕事の関係性が見えづらい。そうなると何かが起きた際、泣きつく先が必ず自分になる。ただでさえ自分の仕事量が多いのに、入出力が霧に包まれた仕事なんぞ、相手にできない。

 ある種、自分とはまったく対局にいる人間である。ウトマンは、必要に迫られてそうなったのもあるが、自分で何でもこなす性分だ。最初から最後まで、責任を持ちたい。アルシェは逆で、責任だけは持つから、後はそれぞれでやってくれ、という性分だ。

 最初はそれを理解するまで噛み合いが悪かったが、アルシェに任せるという仕事を編み出した結果、上手く回りはじめた。

 まあそのあたりは、悪しざまに言いつつも、あれと私生活でも交流のあるダンクルベールも理解はしているだろうし、信頼もしている。ただ、平時のひと月。それを任せるのは、心許ないというだけだ。

 この人自身も、一課主任、そして課長を経験してきた身でもあるからこその、小言である。

「それに、あのマギーも育ちきったことですし、心配ご無用ですよ」

「確かにな。目を離しても、こわくなくなった。一課に戻しても、いい頃合いかもな」

「長官と同じく、現場監督ですからね」

 警察隊本部生え抜きの逸材、捜査二課課長、ビアトリクス大尉。一児の母。三十代は半ばの、女盛りの最盛期である。

 捜査官としても概ね優秀だが、マギー監督という通り名通り、現場指揮官としては絶好調である。本人は、下に置くもの次第でどこまでも光るし、下のものを磨くのも大得意だ。ちょっとだけ、考え方が前時代的ではあるが、これも、上世代とは気が合いやすいと言い換えてもいいだろう。ダンクルベールじきじきの薫陶を受けていた時期もあり、自分にとっても、頼もしい妹分のようなものだった。

 大尉相当官ふたり。現場監督気質のビアトリクスと参謀役のアルシェ。組み合わせ次第では、今後の双璧、あるいは二頭立ての馬車となりうるかもしれない。

「それで、大本の心配事が、あのペルグランでな」

 その言葉が耳に入った瞬間、頭は動いていた。

「奥さまに問題ありと?」

「流石は、ウトマン」

 自分の質問に対し、十枚程度の資料を渡してきた。

「調べてある。問題なしだ」

 ダンクルベールは、嬉しそうに返答した。

 これが、ダンクルベールという人に対する、ウトマンの対し方であった。

 ダンクルベールの発想や分析は、本人としては理論立てているつもりだろうが、やはり独創的である。単独犯であれ、組織犯であれ、その人となりや考え方を探りあて、それがたどるであろう筋道から、現場に残る証拠なり、次の行動なりに収束していく。

 それは決して、万人にできるやり方ではない。

 まず、あえて一般論を提案することからはじめた。それは、ひとつの判断材料にもなれば、問題提起にもなる、一本の定規だ。ダンクルベールの発想との差異を抽出し、その差異ごとに距離を見る。これだけでも、他の人がダンクルベールの考え方を理解する上でのとっかかりにもなる。あるいは差異ごとに人を分配し、調査させるのも良し。そうやって、仕事を作るということも可能になる。ダンクルベール本人が見えていなかったものを、可視化することもできる。

 そうやっていくうちに、ダンクルベールの引き出しというのが、大体わかるようになってきた。引き出しか、書庫か。あるいは無数の部屋が並んだ一本の廊下。必要に応じて、それぞれにノックをしていけば、話がどんどんと進む。

 気がつけば、古代の哲学書にありがちな、問答形式の対話になっていた。

 ダンクルベールという文豪が綴り続ける長大な文章を推敲し、清書するための、紙とペン。それこそが、ウトマンが見出した、ダンクルベールの副官としての在り方であった。

「やはり、過去の見えない人物が身近にくることのこわさは、いつでもある。“あし”とジスカールを使って、あのひとの過去と、動きについては、調査済みだ」

「つまりは本当に、別嬪な、もとご遊女さんということですか」

「えらいもんさ。海を渡ってエルトゥールルか、あるいは南東部の地産か。二十になる前には、既に酌や芸事だけでも稼げて、客も選べる程だった。女郎酒場の女主人として独立してからは、売れない女をかき集めては教育して、客を選べるまでの女に仕立て上げる。諍いも少なく、おっかない反面、手のかからない優良児だと、あのジスカールめが褒めていたよ」

 南東部には、旧都がある。今もその情緒を色濃く残す城下町が広がっている。そこを今も根城にする貴族も多く、それを相手にするための高級娼館も数多く存在する。

 娼婦、あるいは遊女とは、単純に体を委ねればいいというわけではない。男を喜ばせ、出した銭と同等か、それ以上の価値を示さなければならない。まして貴族や名族を相手するとなれば、教養や礼節、芸事なども備える必要が出てくる。あるいはそちらのほうが本領となり、体を委ねることが少ない女も、結構いる。そして上り詰めるところまでいけば、自分から客を選ぶことも可能になる。

 高級娼婦が伯爵家ご令嬢を顎で負かすなんてのは、よく見る光景のひとつでもあった。そして、それが原因となって発生する、大小さまざまな諍いも。

「甘やかし上手の姉さん女房だなんて、羨ましいですな」

「本当にいいこだ。一度、立ち寄ってみなさい」

「お伺いしたいのはやまやまですが、遠慮します。おっさんになるにつれ、別嬪さんに嫌われるのは、何よりこわい」

 そう答えると、ダンクルベールが苦笑いしていた。

 昔から、酒の飲み方が上手ではなかった。気が大きくなったり、情緒が不安定になる。人に絡んでを巻いて、気がつけば何も覚えていないという失態を、何度も繰り返してきた。大酒飲みのダンクルベールやヴィルピンには、何度も叱られたものだった。

 今でも、酒を飲むのには、ためらいがある。

「となると、旅行先に問題ですか」

「そう、ウルソレイ・ソコシュ。南西部にある小さな島。観光地としては有名だが、俺達にとっては、盲点のひとつだ」

 盲点となっている理由は、単純明快かつ、情けない話である。土地が買えないのだ。

 観光産業が盛んになるにつれ、元々の領主が土地の保持に固執しはじめ、公共設備ひとつ、あるいは私有地ひとつ用意するのにも、大変面倒な状態になっていた。内務尚書しょうしょ(大臣)や両院議長からの再三の説得にも応じてくれず、ついぞ警察隊の駐在所は置けていなかった。

 また島に入るのにも面倒があり、火器の持ち込みは厳禁とし、観光客含め、来訪者全員、荷物の検査を義務付けられていた。

 そこまででひとつ、思い当たる節があった。

「散発的に、殺しが上がってますね」

 その言葉に、ダンクルベールの目が、蒼みを増した。

「手口は同じ。刺殺、密室。その上、場所と獲物は無差別。何件もの宿が事故物件にされている」

「なんとなしに、見せているようにも思えますが」

「それはある。憲兵を含めた軍人、あるいは探偵業やマスメディアなどが滞在した際の発生率が高い。そいつらは絶対に狙わない。そして、密室にするためのやり方はすべて同一。見せている。わかっているだけで、三年で八件だが、定期的ではない。殺したくなったときに殺すが、観客がいれば大儲け。正真正銘の、快楽殺人犯だ」

「少尉が鉢合わせる可能性を、懸念していらっしゃる?」

「それもあるが、あれももう、いっぱしだ。現場の保全、地元の警察隊との連携、業務引継ぐらいならできる。新婚旅行が台無しになるという、可哀想な思いはするだろうが」

「今の季節であれば、海は荒れない。船着場以外は全周ほぼ砂浜で、岸壁はない。少尉の操船技術に、船ひとつあれば、手漕ぎでも、およそ三十分程度で港にある分所にまではたどり着ける。あるいは、そこから支部小隊庁舎までも」

 流石は大提督ニコラ・ペルグランのお血筋である。船の形をしていれば、大体のものは操船できる。帆の操りも見事だ。

 殺しが起きたとしても、無理には解決しない。巻き込まれるかもしれないが、現場には慣れているし、犯人との遭遇も、経験している。不覚は取らないだろう。あるいは、そのあたり含め、先にペルグランに話はしておく。そうすれば、たとえ新婚旅行とはいえ、迂闊な行動は避けるはずだ。

「不安材料がおありですな?少尉と奥さまと、犯人以外の」

「やはり、俺の引き出しを開けるのは、俺自身より、お前の方が上手い。こればっかりは、ペルグランは、まだまだだ」

「一緒にいた時間の長さですよ。課長」

 そこまで言って、ダンクルベールが思い切りのいいため息をついた。

「馬鹿ひとり、乗り込んでいる。案の定、髭のおやじだ」

「ああ、あいつですか」

 思わずふたりとも、頭を抱えてしまった。

 かもめ髭の名探偵、ポワソン。

 青鷺あおさぎ出版社の社長であり、高名な推理小説作家。そして犯罪捜査も得意な探偵としても名が高い。圧倒的なひらめきと、知性が存分に詰め込まれた、渾名通りの老紳士である。

 ただ何より、警察隊との折り合いが悪い。才覚に自身と自負がありすぎるし、犯行現場を、自分の才能のお披露目会か何かと勘違いしている。現場を踏み荒らし、捜査官に顎の勝負を挑み、拒めば自分の勝ちと言いふらして貶しにかかる。

 そもそも国家公務員である警察隊が、軍隊であり役所であるという前提に関して、理解が大いに欠如している。軍隊というのは規則の仕事であり、役所とは順序の仕事である。そして仕事とは、それに携わる各々の、責任と裁量の相互関係によって成り立つものだ。

 犯罪捜査に自信のある探偵とは聞こえがいいが、根本問題として、探偵には捜査権も逮捕権もない。結局は一般人でしかない人間に、趣味で犯罪捜査をやられては、全部がぐちゃぐちゃになる。

「昨日、わかったことだ。観客が二枚、動く可能性が高い。おまけに孤島。船を沈められる可能性も考えねばならん。そして観客の一枚が、あのおやじだ」

「休暇中の警察隊隊員に、捜査と逮捕の権限はありません」

「そう。そこを、あのおやじは、わかっていない」

 忌々しそうに、ダンクルベールが卓を何回か、拳で小突いた。そうした後、頭を抱えてため息をついた。

「解き明かした真相には、必ず続きがある」

 その言葉に、ウトマンも瞼を閉じるしかなかった。

 出たがりの探偵。権限のない警察隊将校。快楽殺人犯、そしてその他大勢が、孤島という密室にいる。

 その状態で、迂闊に犯人を特定したら、何が起こるか。

「ダンクルベール。ペルグラン少尉の件、通したぞ」

 そのあたりで入室してきたのは、セルヴァンだった。もうひとり、見慣れない顔が着いてきていた。

「ウルソレイ・ソコシュでの殺傷事件発生における、ペルグラン少尉の行動の一切について、責任は我々、両名で持つ。被害拡大の場合は、憲兵総監閣下も辞職。国民の不満が上がった場合、我々三名を絞首台に乗せるよう、ブロスキ男爵にも頼んできた」

「祝着。申し訳がない」

「構わんさ。本当に、不測の事態だもの」

 セルヴァンも、心底うんざりといった顔である。

 起きるかもしれない最悪の事態に対し、その一切を、ペルグランがひとりで取り仕切らなければならない。警察隊将校、まして少尉が取れる責任など、限られてくる。ここは大人たちが身を挺する部分である。

「我々、法務部の方も、いつでも動ける状態です。蒼鷺あおさぎ出版社、およびポワソン氏個人への抗議声明。訴訟の方も、証拠と罪状をはめ込むだけで、投げれる状態です」

 検察官か裁判官といった強面。ウトマンよりかは、いくらか若いか。顔面とは裏腹に、話し方に重苦しさはない。

「そちらの方。大変、申し上げにくいのですが、お名前を頂戴しても?」

「ああ、ウトマン少佐とははじめてお会いするんでしたね」

 思わずでの問いに、そのひとは強面を崩した。

「国家憲兵隊、法務部部長、大佐。そしてご存知、“錠前屋じょうまえや”の自称、特別顧問。オダンと申します」

 かたちばかりの、愛嬌とも取れる敬礼とともに。

 背筋が伸びていた。このごろ遊びに来るとは聞いていたが、この場に来るとまでは思ってもいなかった。

「これはこれは、大変失礼をいたしました。改めまして、ウトマンと申します」

「ああ、いえ。そのまま、そのまま。お殿さまの右腕とも言えるお方です。こちらこそご挨拶に上がらず、失礼をいたしました」

 うろたえるウトマンを、オダンは面白そうに笑っていた。

 法務部部長、オダン大佐。攻めの法律家。それも、目的のためなら一切の手段を選ばないとまで言われているほどの過激さである。

 ただ何より、いわゆるガンズビュール世代、ダンクルベール世代である。しかも叔父だかが士官学校時代、ダンクルベールと仲が良かったらしく、そこから親族総出で緑の瓶を愛飲するほどには、熱狂的なダンクルベールのお殿さまの大ファンだという。本人は自分の希望と適性から、軍総帥部を経て法務部に進んでいたが、それでも機会があれば是非ともお近づきになりたいとさかんで歩いていたとも聞いていた。

「今回は私の本領です。攻めの法務部、こじ開けてご覧に入れましょう」

 人となりはこの通り、“錠前屋じょうまえや”の特別顧問を自称するほどに、まさしく法律家になったゴフ隊長のような気っ風の良さがある。それなり名家の出身ではあるが、柄の悪い“錠前屋じょうまえや”とも気兼ねなく接しているといえば、人の良さというか、根っこの荒さは、やはり通じるものを持っているのだろう。

 ダンクルベールとセルヴァンの顔を見る。話を続けてくれ、という様子だった。

「少尉には、お伝えできていますか?」

「今、“あし”の速達で送っている。封書ひとつ。犯人の、俺なりの見立て。あとは実際起きた場合の対応。とにかく、逃げろ。可能であれば複数人の保護。余裕がなければインパチエンスに加えて最低ひとりでもいい。おやじは無視。あるいは生贄にしろ。港の分所がゴール地点。それからは、向こうの連中使ってバケツリレーだ」

「それしかありませんな。現状で、既に打った手はありますか?」

「“あし”の速達の他にも、頭目を含めた複数人とスーリを向かわせているが、間に合うかどうかはわからんし、相手がどれほどのものかもわからん。まずは支部に立ち寄らせ、事態の有無に関わらず、船は全隻出して、囲ませる」

 最適解以上か。ともあれ、密偵と暗殺者だ。不意を突けるならまだしも、正面切っては難しいだろう。

 船で囲むのも、雨がなければ更に良し。船影を見た客が、手やら旗でも振ってくれれば、諸々をすっ飛ばして乗り込める。

「あるいは少尉が、ひとつでもかすり傷を負えば、緊急逮捕に踏み切ることもできましょうが、危険が過ぎる」

「インパチエンスを人質に取られることもありうる。先だって止めることもできただろうが、ふたりとも、たっての希望の場所と時期だ。人生に一度の新婚旅行なんだぞ。こんなことで、憧れの南の島に行けないなんてと泣かれるなぞ、絶対に御免被る」

 ポワソンさえいなければ。ただその一言に尽きた。

「こちらとしても、今少し、長官と早くに懇意を通じていれば、今頃はポワソンを牢獄なり道端に転がせておけたものを。本当に申し訳が立ちません」

「お構いなく。いや、それでも、ああくそ。本当に、自分の生まれがいやになる」

「嘆いたところではじまらんぞ、ダンクルベール。それにこれから、もっと厳しくなるぞ?ペルグラン少尉の廃嫡の話もあるし、ガブリエリ少尉も雲行きが怪しいんだろう?何だったら、ヴィルピンをそちらに返そうか?」

「あの泣き虫は欲しいが、椅子取りゲームはやりたくない。いっそ今からあいつを、向こうの支部に走らせるか?」

「いえ、あいつのことです。途中ですっ転びかねません」

 言いながら、ウトマンは眉間を抑えていた。

 泣き虫ヴィルピン。勇猛果敢、即断即決の男。ただし試行錯誤の男でもある。時間と心に余裕があってこそ、あれは本領を発揮できる。緊急事態には最も向いていない。

「“錠前屋じょうまえや”は出せますか?」

「今回に限って言えば、考え方としては救出戦ではなく、撤退戦だ。はもう開いているから用途が違う。おやじ以外の誰かひとりでも人質を取られれば、それだけで腐る。国境警備局海上防衛隊に協力依頼をしようとも考えたが、向こうも新設する海兵隊とやらに一生懸命で、一切余裕がない」

 ふたり、思いつくもの、答えるものもなくなってしまった。となればもう、あとはため息しか出すものがない。

「八方、手塞がり、ですな」

「仰るとおりでごぜあんすねえ」

 天井を見上げながら。

 南東訛り。というよりかは、インパチエンスのことば。最近の、年嵩のおやじ連中での流行である。

「あえて聞くが、あれはどうだ?」

 セルヴァンの言葉に、ダンクルベールの顔の皺が一層深くなった。

 つまりは、ボドリエール夫人。そしてシェラドゥルーガ。魔性の力を操る人でなし。

 しかし、撤退戦である。人命救助と保護も視野に入れなければならない。軍事行動の中でも、最も難易度の高い仕事のひとつである。攻めの性分であるため、それこそ人質ひとつで腐るどころか、人質になりうる人間をまとめて無力化、殺傷するぐらいはやる可能性がある。

 何でもできる反面、何をしでかすかわからない。起きるかどうかもわからない事態に対しては、オーバーパワーすぎる。

 また、ポワソンとも相性が悪い。作家として才覚を嫉妬されていたのもあるが、何と言ってもマスメディアなのだ。生命を保護したところで、“シェラドゥルーガは、生きている”を書かれてしまえば、一巻の終わりだ。

 あるいはポワソンに犯人を特定してもらい、逆上した犯人がポワソンに襲撃。その最中に全員を逃させて、得意の“悪戯いたずら”で口裏を合わせさせるのもいいかもしれない。ポワソン氏は勇敢だったと。それであれば、ペルグランと上長二名の減給程度で責任は取り切れるだろうが、何しろやるべきことが七面倒臭くなる。そういうことを人に任せるのはよろしくない。

「やめよう。リスクのほうが高い」

 しばらく後、脂汗を滾らせた額を拭いながら、ダンクルベールが決断を下した。ウトマンは、胸を撫で下ろすぐらいで表現を留めた。

「ご英断です。あとはもう、取越苦労であってほしいと願うばかりです」

「そればっかりだ。よし、終わり。めしに行こう」

「内?外?」

「外にしよう。こうなったら一杯ぐらい、付き合ってくれよ。貴様もオダン部長殿もよろしかろう?」

「大賛成だ。飲まなきゃやってられん」

「はじまる前からやけ酒とは、いやなもんですなあ」

 セルヴァンもオダンも、一旦切り替えたようだった。

 酒は一日、一杯だけ。これもまた、自分に課した戒めのひとつである。

「いやしかし、ウトマン少佐とのやりとりも、すごいものですな。まるでテニスのラリーみたいだ。いつも、そうなされていたんですか?」

 強面を解しながら、オダンが尋ねてきた。本当にダンクルベール・マニアなのだろう。何から何まで興味津々といった様子だった。

「ええ、まあ。副官とは言いますが」

 言いながら、ちょっとした懐かしさと、寂しさを。

 二十年前、ガンズビュール事件。自分のキャリアのはじまりであり、ダンクルベールへの憧れと、それとの対峙のはじまり。

 浜に上がった妻と知らない男。置き去りにされた家庭。湖面に浮かび続ける月。愛憎の果て、女の喉元に食らいつき、撃ち殺した男。そして殺したはずの存在と、変わらず信頼を築けるという、奇妙な精神。

 憧れはすぐに恐れに変わり、けもののようなものになった。ダンクルベールになることを諦めなければ、自分自身がダンクルベールに喰い殺される。ガンズビュールで産まれた、もうひとりの怪物に。

 だから、諦めることができた。手綱を握り、ケープを手繰り、いなし、受け流す。ダンクルベールという猛獣。やらなければ、やられる。

 必要なことを、培ってきた。立ち向かうためのもの。自分を保ち続けさせるためのもの。そうして余裕が生まれはじめ、ダンクルベールの足りないところを補うためのもの。

 百貨店ひゃっかてんは、継ぎ接ぎだらけの、いびつなものだった。ダンクルベールという主柱に寄りかかっただけの違法建築。それでも、誰もが信頼してくれた。それがありがたかった。

 だから、見守るようにして、見捨てていた。ダンクルベールになりたがる者たちを。自分ができなかったから。なってみてほしかったから。ビアトリクスをマギーにしてしまったのは、自分の我儘でもあったのだ。

 ペルグランは、ウトマンと違ったアプローチを取った。もともと持っているものが多く、大きい。だから、基本を育てたら、あとは早かった。ダンクルベールの隙間という型に自分をはめ込む。感心と同時に、喜びがあった。

 ダンクルベールのそばにいることができる男が、またひとり。嬉しかった。家族が、きょうだいが増えた気分。

 案山子の末っ子、ルイソン・ペルグラン。良いとこの坊っちゃんで、小生意気だけど純朴で、人好きのする好青年。

 夫婦揃って無事に帰ってこれるために、できるだけのことをするだけだ。

「ダンクルベールという一級の主役が活躍するための、引き立て役が私ですから」

 ウトマンは、つとめて軽く言ったつもりだった。


3.


 新婚旅行は、ウルソレイ・ソコシュにした。南西の島、リゾート地である。

 六月中ごろ。シーズンには、ちょっと早いか。だからこそ、観光客は少なく、行きたいところにはどこでも行けそうだった。天候も良く、肌を焼くにはちょうどいい日差しかもしれない。インパチエンスは肌が白すぎるのが嫌と言って、日に当たりたがっていたので、念願叶ってというところだろう。

 ここまでの時間は、つらいものが多かった。

 “おろし”。ヴァルハリアからの賊。ダンクルベールにとびきりの強敵と言わしめた、残忍かつ狡猾、そして周到な動き。主君筋が復讐に目が眩んでいなければ、負けていただろうとも。

 その中でひとり、死なせた。歳の頃同じぐらいの、若い男だった。アルシェの拷問により精神崩壊の寸前まで追い込まれ、それをペルグランが、わざと逃がした。“おろし”の内部不和を招くために。

 俺は、嘘つきじゃない。俺は、嘘つきなんかじゃない。

 その言葉に、何度も苛まれた。人間の、本当の、なまの感情。

 いずれ必要になること。ダンクルベールがいなくなった後、アルシェのような、非情なことができる、あるいは、そう言ったことに対する理解を示せる人間になること。

 それをダンクルベールは、心に鬼を住まわせると表現した。

 終わったら殴らせてくれとだけ、約束をしていた。実際に殴ることはなかった。心が思った以上に、へこたれていたのかもしれない。

 そして、もうひとつ。思いがけない出会いと、別れ。

 “細腕ほそうでのアキャール”、永眠。

 ヴィジューションで出会った、喧嘩自慢の悪党。ダンクルベールの大親友で、喧嘩友だち。あるいは、喧嘩しかしない友だち。

 あの時既に、胃を患っていたそうだ。“おろし”の一見の後、首都近郊で行倒れているのをたまたま見つけ、ムッシュの医務院に預けた。余命幾許もなし、という状況で、アキャールは、とんでもないことを言い出した。

 ダンクルベールと喧嘩がしたい。

 何てことを言うんだ、という気持ちと、そうこなくっちゃ、という気持ち。両方がせめぎ合った。でも、このひとの喧嘩より価値のあるものなんて、きっと見つからない。

 だから、引き受けた。悪党どものエキシビジョン。

 ものすごい大喧嘩だった。国家憲兵警察隊も、名の知れた悪党どもも客に呼んで、冒頭の小芝居から大喧嘩まで、思う存分に見せびらかされた。

 そうして、“細腕ほそうでのアキャール”は死んでいった。ムッシュとアンリに看取られて。形見と手向け、ダンクルベールと杖のやり取りをして。墓前に山ほどの人間が訪れて。

 あるいはひとりから、赤色のシクラメンを手向けられて。

 そして春、インパチエンスを迎え入れることが叶った。

 家のことは、最初から期待していなかった。それよりも警察隊、そして司法警察局の面々が、誰もが祝福してくれた。インパチエンスを、受け入れてくれた。それが何より、嬉しかった。名前も、家柄も関係なく、ただひとりの愛するひとを見初め、一緒になれたこと。それを皆、褒めてくれて、祝ってくれて、羨ましがってくれた。

 ダンクルベールから、素敵な名前を頂戴した。赤いインパチエンス。強い自己を持つ、鮮やかなひと。触れ得ざる、日陰に咲き誇った美しさ。このひとにぴったりな名前。

 ペルグランも、“ニコラ”の錨から解き放たれた。ルイソン。セルヴァンから頂戴した。ジャン=ジャック・ルイソン。“ニコラ”よりずっと、愛着が湧いた。自分らしい名前だと、誇ることができるぐらいに。

 “赤いインパチエンス亭”。そんなものまで貰ってしまった。インパチエンスの居場所。ふたりだけの居場所。そして皆の居場所。迎えてくれる。迎えさせてくれる。本当に、嬉しかった。ダンクルベールたちは、自分たちをそこまで大事にしてくれていた。それがかたちになったもの。

 国家憲兵警察隊本部。それがペルグランの居場所。ダンクルベールの副官という立場ではなく、居てもいい場所。ただいまと言える場所。もう、踏み台だなんて言えない場所。

 家の人間には悪いが、政変が起きて良かった。そうじゃなきゃ、今こうやって、自分で見初めた人の手を取って歩くことなんてできなかったのだから。

 予約していた海沿いのレストラン。白い外装に、いくらか水色が差している、すっきりとした印象のお店だった。

 南東に旅行に行くと決めた際、国民議会議長マレンツィオ閣下が、宿に食事に観光場所にと、色々と教えてくれた。ここが、そのうちのひとつである。ちょっと知る人ぞ知る、という感じらしく、大幅な宣伝はしてないものの、地元の人なら必ず名前を挙げるほどの店らしい。

「いらっしゃい。もしかして、新婚旅行?」

 店主は、ペルグランと同じか、もう少し年上か。日焼けした肌のハンサムさんだった。見た目も声もからっとしていて、気持ちがいい。

「そうです。ちょっと時期としては早いかも知れませんが、暑くなりすぎても、と思いまして」

「いいと思う。これからは結構、人も来て、どこ行くにしたって大変だから、ちょっと疲れちゃうかも。俺、店主のアルセーヌ・レナル。アルセーヌでいいよ。じゃ、前菜から行きますよ」

 アルセーヌと名乗ったひとは、大雑把ながらも、手際よく整えてくれた。

 前菜は、生牡蠣とサラダ。旬は先月ぐらいで終わりだが、それでも美味しい。レモンと黒胡椒、白ワインで頂いた。インパチエンスも牡蠣は好きらしく、ちゃんとお作法通り、をすすっていた。

 サラダも絶品。瓜と芋、いんげんにオリーブなどと、数えられないほどの野菜が山になった上に、表面を軽く炙ったまぐろが乗っている。

 ちょっと聞いていい話か、わかんないけどさ。ワイングラスに酌をしてくれたとき、そんな前置きひとつ入れて、アルセーヌが恐る恐るといった感じで尋ねてきた。

「ご予約のお名前、ニコラ・ペルグランでなくって、ルイソン・ペルグランっていう名前だったんだけど、廃嫡の噂って、本当なの?」

 その言葉に、いくらかインパチエンスの顔が曇った。

「ああ、やっぱりごめん。お嫁さんのご機嫌を損ねちゃったみたいで」

「大丈夫。本当の話。それにもともと、家に愛着もなかったしね」

 そう言って、インパチエンスにも笑顔を見せてあげた。

 やはりいくらか、負い目や引け目を感じているのだろう。そうしないように注意はしてきたものの、やはり世間からも、そういう目で見られるのは、きっと堪えるのかもしれない。

 だからこそこういう場では、ちゃんと格好を付けなければ。

「家の名前と、愛するひとを天秤に掛けたら、そっちに傾いたってだけだよ。それだけ、俺のインパチエンスはいいひとなんだから」

 気取って言った言葉に、アルセーヌがとびきりの笑顔を返してくれた。

「かぁっこいいじゃん。俺まで惚れちゃったよ。お嫁さん、まずはごめんなさいね。その上で、おめでとう。いい旦那さん、貰ったもんだね。自慢して歩けるじゃんか」

「なんもなんも。仰る通り、自慢の伴侶にごぜあんす」

 アルセーヌは空いた卓からグラスを取って、手酌でワインを注ぎはじめた。そうしてインパチエンスに一礼の後、さっとそれを煽ってみせた。こちらも格好を付けたかたちである。

「これ、俺からのお詫びと、お祝い。他の卓で多く作っちゃったものだけどさ。もしよかったら、召し上がってちょうだいよ」

 そう言って出てきたのは、正統派というか、ちょっと古典的。鶏肉のフリカッセを詰めた、小ぶりなヴォローヴァン。言葉とは裏腹に、ちゃんと整ったものだった。この並びでは些か浮いているが、フリカッセとデザート用のパイがいくらか余ったので、ぱぱっと作ってみたとのこと。

 本来のメイン前。カリフラワーとさばのエスカベージュ。油で揚げているが、ワイン酢などに漬け込んでいるのもあって、さっぱりと頂けた。

 メインディッシュ。お目当ての、本場の“南西の漁師風スープ”。漁師のまかないを起源に持つものだが、相当に手の込んだもののように見える。笠子かさごたら蝉海老せみえびなど、とにかく色々な魚介が入っていた。これだけでも十分以上の量があるが、おくまさんのめしで慣れているペルグランとしては、そうこなくっちゃというぐらいであった。

 この“南西の漁師風スープ”、今となっては、なかなかありつけないもののひとつである。

 文明が進み、交通の便が良くなるにつれ、観光が主産業になりうると見込んだウルソレイ・ソコシュの漁協が、その価値と権威を高めようと、と銘打って、使う食材の産地やレシピを固定化したために、他の地域で本場の味を味わうことが難しくなったのだ。

 くわえてそれに反発するように、かのボドリエール夫人が“何でもありの南西漁師風”という、より簡便で見栄えもよく、味もそう変わりないレシピを発案したことから、本場の“南西の漁師風スープ”のレシピは見向きもされなくなってしまった。今、このウルソレイ・ソコシュ近辺で食べられるもの以外は、ほぼすべてがボドリエール夫人のレシピであり、ガブリエリなんかは、むしろそっちのほうが好みだと言うほどに、愛してやまない好物だった。

 漁協をはじめとした、この島の人々は、今でもそれを根強く恨んでいるらしく、この一帯だけ、ボドリエール夫人の著作を取り扱う書店が少ないという統計も出ていた。なんだか因果応報というか、自業自得というか、寓話みたいな話である。

「全部、美味しかった。人から紹介されて、思い切って予約してみたけど、本当に大満足だよ。ありがとう」

 デザートは小ぶりなタルトタタン。それでもお腹いっぱいになっていたので、珈琲コーヒーと一緒にゆっくりと頂いた。手が空いたらしいアルセーヌも、マグカップでの珈琲コーヒーを片手に、卓に混ざってくれた。

「こちらこそ。もてなし甲斐のあるお客さまで楽しかったし、嬉しかった。お婿さんもお嫁さんも気持ちよくって」

「ありがとうごぜあんす。ご亭主さまも、本当に意気なおかたであんして、あたくし、幸せでごぜあんすわ」

 インパチエンスは、笑顔だった。それが何より嬉しかった。

「そういや、宿はどこに?」

「マノワール・ホリゾン。これも人からの紹介だけど、見た目がよくって。煉瓦造りで、正面に湖があってね」

「本当?実は俺、ここ何日か、あのホテルのディナーを担当してるんだよ。また会えるんだね」

「そうなんだ、嬉しいや。君のディナーであれば、安心して食べられるもんね」

「褒めてくれてありがとう。ちょうど今、あのかもめ髭の名探偵さまがいらっしゃってて、その方の要望で、色んなところのシェフが代わる代わる呼ばれてるんだってさ」

 その言葉に、いくらか珈琲コーヒーの苦みが強くなった。

蒼鷺あおさぎ出版社の、ポワソンさん?」

「知ってる?」

「うん。ちょっと、あまりいい意味ではないけれど」

「あ。やっぱり?お殿さまのこと、目の敵にしてるもんねえ」

 やはりアルセーヌは申し訳なさそうに、珈琲コーヒーのおかわりを持ってきてくれた。この人、自分以上に、思ったことを思ったままに言うがあるのかもしれない。

「何か、あったんでごぜあんすの?」

「まあ、ちょっとねえ」

 ペルグランは、ひとまず言葉を濁すだけに留めた。

 実際、ペルグラン自体はそのひとと会ったことはない。ただ、ダンクルベールやウトマン、セルヴァンなど、司法警察局の面々とは折り合いが悪いと言うか、明らかに毛嫌いしているのは、肌身以上に感じていた。

 母であるジョゼフィーヌは何度か会っているらしいが、そもそも人となり自体がよろしくないとのこと。自意識が過剰であり、狭量。そして下品。とにかく余所を下げまくる。推理小説家としての才能以外は、見るべきところがないとまで言われていた。

 あのボドリエール夫人すらもこき下ろしまくっていたらしく、ガンズビュール連続殺人事件の際は、夫人が犯人であり、著作“湖面の月”に仕込まれた“悪戯いたずら”が鍵であると、確かにその通りの推理を仕立ててみたのだが、“はずれ”が二種類あるところにまではたどり着かず、結果としてダンクルベールに先を越されたことに一方的に嫉妬しているそうだ。

 まずは、かの名探偵ポワソン殿に、かような評価を頂いたことについて、厚く御礼を申し上げます。その上で、こちらは職務で犯罪捜査を行っております。このように亡くなられた方がおられ、それを悲しむご遺族がおられます。そのような状況を勝負事に用いるというのは、些か配慮の至らないお考えではございませんでしょうか。よしんば勝負をするとして、貴方が戦うべき相手は本官ではなく、犯人であるべきです。そして警察隊において犯罪捜査を行うのは、本官ではなくです。

 何年か前に、操作現場に勝手に乗り込んできて、ダンクルベールに推理勝負を挑んだのを、そのような言葉で、つとめてにお断りさせていただいたのも、機嫌を損ねている要因のひとつらしい。

 現在でも自社の新聞にて、警察隊に対する、重箱の隅を突くような誹謗中傷を連日のように書き連ね、そのたびに法務部から訴状を投げられては、そのような意図はないと弁明を繰り返す始末であり、出版社員や市井を含めて人心を失いつつあるが、著作しか知らない人にとっては大層立派に見えるらしく、名探偵として敬う人間は、少なからずいるとのことである。

「確かに面倒臭い人だとは思っていたけど、そこまでやばいとはねえ。トラブルがなけりゃあいいね」

「そればっかりだよ。支配人さんに、今のうちに一言、入れておこうかな」

「お坊は、あたくしが守りあんす。相手が誰であれ、お舅さまとお坊、そしてお坊のご家族さまにしょすない思いをさせるわけにはごぜあんせん」

 空色の目に険しさが宿った。インパチエンスは怒ると、何しろこわいので、刺激しないように注意しなければならない。

「俺のインパチエンス、そこまで気張らなくてもいいよ。きっと大丈夫だし、何言われようが右から左で済ませるからさ」

「お嫁さんもかっこいいじゃん。いいねえ、姉さん女房。俺も結婚するなら、これぐらい頼りになるひとを見つけないとな」

「あらやだ、それこそおしょすないことをしてしまいあんした。どうぞ、お許しえってくなんせ」

 頬を赤らめるインパチエンス。このあたりで、アルセーヌも、自分たちの人となりを読み取ってこれたのだろう。

 アルセーヌによると、どうやらこの島で散発的に殺人事件が発生しているとのことで、それの捜査に乗り込んできたらしい。確かに、警察隊本部なり支部なりでも把握していることであり、また犯人像についても、ある程度の絞り込みはやっているのだが、しかし都合によりウルソレイ・ソコシュに分署が置けないこと、ここ一年は緊急性の高い事案が多かったことから、後回しになっているだけである。

 ここ二ヶ月ほど、この島のホテルを渡り歩いているらしいのだが、自称、美食家でもあるため、とにかく面倒臭いらしい。マノワール・ホリゾンの支配人さんは、事前にそれを認識していたらしく、ポワソンの予約が入った途端、アルセーヌに連絡してきたとのことだった。

「支配人のジャックミノーさん、確か、もと軍人さん。剛毅な人だから、絡まれたら頼るといいよ」

 そこまで、アルセーヌが教えてくれたので、チップを多めにはずんでおいた。

 まずはホテルにチェックインしなければならない。いささか重い足取りではあったが、それもホテルの外観を見た途端に吹き飛んだ。

 湖畔に佇むマナーハウス。まさしく絵画のような、素朴かつ壮麗な外観である。ふたりで思わず声を上げてしまったほどだ。

「これはこれは、案山子の鞄持ち君ではないかね?」

 さてと、受付を済ませるか。そういったところで、後ろから、聞きたくもない声が聞こえた。高めの濁声だみごえ

 まずは、あえて無視。そんな失礼な呼び方をする人間を相手する必要はない。そうやって受付をしていると、視界の隅に、あくどい笑みをした丸い顔が入ってきた。

 蒼鷺あおさぎ出版社社長、ポワソン氏。これまたお決まりの格好である。三つ揃いの仕立て服に蝶ネクタイ、黒塗りの杖に山高帽。そしてあだ名通りのかもめ髭を蓄えた、丸々とした初老の男。本館、ロビーは禁煙のはずであるが、どうしてか煙管パイプをふかしながらのご登場である。

「人の顔を見て挨拶もしないとは、親に何を教わったのかね?ジャン=ジャック・ニコラ・ドゥ・ペルグラン。いや、ジャン=ジャック・ペルグランだったかな?」

 小さい背丈でこちらを覗き込みながら、にやにやと絡みついてくる。

 廃嫡手続きこそまだであるが、改名自体は既に済ませている。名前を間違えるようなやつに挨拶をする必要はないが、人違いであることは教えておいたほうがいいだろう。

「ご機嫌よう、お髭のおじさま。大変、申し訳ありませんが、人違いだと思いますよ?ええと、すみませんが支配人さまをお願いできますでしょうか?こちらの方のご対応を」

「小生が人の顔と名前を間違うほどの愚か者とでも思っているのかね?国家憲兵警察隊の少尉君。素性卑しい女を嫁にもらって、“ニコラ”も“ドゥ”も奪われた、情欲に忠実な、浅ましい小僧だろうさ。どの面下げて表を歩けると思っているのだか、不思議で仕方ないよ」

「事実を申し上げているだけです。大変恐れ入りますが、こちら、チェックインの受付の最中です。ホテルの従業員の皆様にもご迷惑になるので、どうかお控え下さい。そうでなければ、本当に警察のお世話になる羽目になりますよ?」

「この島に警察はいないよ。だから小生が代わりに出向いているのさ。何件も殺しが上がっているのに仕事もしない警察隊なんぞという能なしの代わりにね」

 何が楽しいのか、勝ち誇ったかのように鼻を鳴らし、煙管パイプを咥えはじめた。

「それで?そちらが噂の商売女上がりちゃんかい。強情な母親のせいで、許嫁も用意してもらえず、こんな痩せた女と添い遂げちまった可哀想な不細工ちゃんだもんなあ。アズナヴール伯も、とんだ親不孝者を嫡男に持ったものだよ。廃嫡して大正解だね」

 まずい、と思った矢先。耳に爆音が飛び込んできた。

 ポワソンの手から、煙管パイプが落っこちていた。その手が見る間に赤く腫れていく。

 インパチエンス。無表情。しかし、憤怒の目。そのまま扇子を、ポワソンの二重顎に深々と突き刺した。

しょすなし、本地ほずなし、用はなし。まして人を貶して見栄を張るなぞ、野暮も野暮。あたくし貶して喜ぶだけならいざ知らず、お坊とご実家まで貶すんなんざぁ、随分とまあ、意気なご趣味があったもんでごぜあんすわねえ?」

 腹の底からねじりだしたような、底冷えする声。

「商売女風情が、この小生にそんな口を」

「遊びには遊び矜持きょうじがありましてよ?体預けて夢ひさぐのが、たったひとつの稼ぎ方。それを好いて迎えて下さりあんした上客を、ものの小せえ野暮風情が嘲笑わらう無粋、黙って見逃すほどにも、人ができてるわけもなし」

 慌ててインパチエンスを止めようとしたが、その目がこちらに向いた途端、体が硬直した。

 何度か見た、“女主人クラリス”の顔。この世で一番おっかない女のそれである。

「ほでなしたら今ここで、その髭、千切って、ただの爺にして差し上げたってよろしゅうござんしてよ?名探偵ポワソンさま。それとも?男と女の意気も矜持きょうじも知らない、くそ爺とでもお呼びしたほうがよろしゅうござんすかね?ええ?」

 再度、快音。

 おそらくは、胸ぐらをつかもうと伸ばしたのだろう。その手を再度、“女主人”は扇子で弾き飛ばした。続けて、肩。ポワソンの被っていた山高帽が浮き上がるほど。

 へたり込みそうになるポワソンの胸ぐらを、片手で掴み上げる。小柄な爺さまと、高身長の美女である。宙空で足をばたつかせるほどに持ち上げて、その美貌を、額がぶつかるほどの距離まで持っていった。

「さあ、如何いかがっ?どちらでもお好きな方、お選びえっておくんなせ。選べないなら、外にもえがんしてよ?こちとら恋路のまっ最中さなか。冷やかしに付き合う暇なぞ、これっぽっちの持ち合わせもごぜやあせん。さあ、如何いかがっ?お選びえっておくんなせ?ほでねばその髭、千切ちぎってのおさらばでしてよ?さあ、如何いかがっ?さあっ、さあっ」

 大音声の怒号を零距離でぶっつけられて、ポワソンの顔が真っ白になって震えている。

 これはまずい。はインパチエンスのことばで、の意味だ。このままでは、ホテルの目の前にある湖に向かって、ポワソンをぶん投げるかもしれない。

 どうしてか、女という生き物は、ある程度の水量をもつ水源があれば、男を放り投げる習性がある。母をはじめとした、ペルグラン家に嫁いでくる女から学んでいたことだった。

「お客さま。どうか、お静かに」

 荒げてはいないが、場に響き渡る声。

 見やる。身なりの良い、しっかりとした体つきの老紳士。その片足は棒切れ一本の、簡素な義足であった。

「ご夫人さまの心中、心よりお察し申し上げます。お怒りはごもっともではございますが、そちらのお方もまた、当館にとっては大事なお客さまにございます。どうかここは、この老人めの顔ひとつ立てると思っていただいて、鉾をお収めいただけませんでしょうか?」

 丁寧で静かではあるが、ずしんと腹に入ってくる。その説得力のある声に、インパチエンスの手がポワソンの胸ぐらを離した。そのまま宙から放り落とされるようにして、ポワソンが尻餅をついた。

「そして、ポワソンさま。こちらのお客さまも、当館にとっては大事なお客さま。お話、拝聴しておりましたが、確かにご機嫌を損ねるようなお言葉がありましたようにも思えます。他のお客さまのご迷惑になるようなお振る舞いは、どうかご遠慮頂ますよう、曲げてお願いを申し上げます」

 支配人の言葉に、ポワソンが盛大な舌打ちをしながら立ち上がった。そうやって、そそくさと都合が悪そうに踵を返した。

「それと、ポワソンさま」

 途端、どんとなるぐらいの声量で。

「当館、指定箇所以外での喫煙は、固くご遠慮いただいております。これで二度目です。決まりを守れないお客さまを、お客さまとしてもてなすことは、大変に難しいことでございます。どうかご理解の程、よろしくお願いいたします」

 やはり、結構な音量である。

 軍人、それもこれほどの通る声を出すとなれば、陸軍の軍曹だとか、前線将校あたりだろうか。下手をすれば、砲兵とかかもしれない。

 ともあれ、恥に恥を塗り重ねたポワソンは、尻尾を巻いて逃げていった。一応は一件落着である。

「支配人さま、妻がご迷惑をおかけして、申し訳ございません。ジャン=ジャック・ルイソン・ペルグラン、この通り、深くお詫びを申し上げます」

「お構いなく。どうぞ、お顔をお上げ下さい」

 所作と周囲に気をつけて、可能な限りの謝罪をしたところ、これまた見事な受け言葉が返ってきた。

 些か強面。しかしロマンスグレーと目の穏やかさは、心に落ち着きを与えてくれる。

「マノワール・ホリゾンの支配人、ジャックミノーと申します。この度は私どものお客さまがご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。以降はペルグランさまとポワソンさまの接触がないよう、こちらでお部屋やスケジュールを調節いたしますので、どうかご安心下さい」

「ご配慮いただき、ありがとうございます。なんと礼を申し上げるべきか」

「お構いなく。お客様にご不快なく、ご満足いただくことこそ、我々の職責でございますので」

 それでは、と言い残して。

「ああ、お坊」

 何かが飛びついてきた。インパチエンスだった。見れば美貌をぐしゃぐしゃにして、涙をこぼしている。

「あたくしのせいで、お坊だけではなく、お坊の大事なご家族まで。おながんす。どうか、お許しえってくなんせ」

 インパチエンスのことば。酒と煙草に炙られたハスキーボイス。聞いていて落ち着くもののひとつ。

 それでも先に、インパチエンスを落ち着けなければ。

「大丈夫だよ。俺のインパチエンス。あんなやつ、ほうっておけばいいんだから」

 頬に、ベーゼを。

 ちょっと周りの目が気になるけれど、そうやって、体に手を回した。細くしなやかな肢体。本当に、力を加えれば砕けてしまいそうなぐらいに。だから気を付けて、優しく受け止めるようにして。

 それでようやく、落ち着いたようだった。

「早速、大変そうだったね。なんか、俺もごめんね?」

 体をほどいたあたりで声を掛けてきたのは、アルセーヌだった。本当に申し訳なさそうな顔をしている。

「気にしなくていいよ。あの爺さん、誰にも相手されなくて、あんな風にしか人と接することができないんでしょうさ」

「おや、大人。お嫁さんも、かっこよかったよ。有言実行じゃん?」

 アルセーヌが顔を笑みに切り替えて、インパチエンスにハンカチーフを渡していた。おながす、と一言。静かにそれを受け取って、顔を覆っていた。

「周り、見てご覧よ。皆、いいもん見たって顔だからさ。気にしない、気にしない。そうだよね?ペルグランさん」

 促され、周囲を見る。従業員も、他のお客さんも。快哉を上げるまではいかないものの、穏やかに、あるいはにこやかな顔であった。

「ありがとう、アルセーヌ。君の言うとおりだ。俺のインパチエンスが、俺を守ってくれた。俺の家族もね」

 そう言って、ようやくインパチエンスも笑ってくれた。

 ようやく騒がしかったチェックインを終え、自分たちの部屋に入る。海こそ見えないが、正面の湖が本当に美しい。

「どうしたんだい?俺のインパチエンス」

 ベランダでそれを眺めていたとき、二の腕に感覚があった。

 インパチエンスが赤い顔で、袖を掴んでいた。

 何を尋ねても、かぶりを振るばかりである。

 インパチエンスの悪い。感情を発散しきれなくなると、こうなる。ジャックミノー支配人の差配は見事以上だったが、インパチエンスとしては、怒りの不完全燃焼だったのだろう。だから今少し、発散の場が欲しくなる。

 どんなかたちであれ、だ。

「もう、大丈夫だからさ」

「うん」

「ちょっとだけ、落ち着こうか」

 そうして、体を寄せて。

 唇と、体を重ねた。

 普段は、酒で発散していた。ウイスキー。ファリガシーの十年という、しょっぱいやつ。それを飲むだけ飲んで、倒れるようにして眠る。

 それがない時は、体を求めてくる。

 インパチエンスはきっと、性交渉を好んではいなかった。それでも、ぶつけるようにしてくる。吸い痕や噛み痕が残るようにしてくる。

 いくらかだけ、こわかった。壊れてしまうのではないかと思うぐらい、繊細な体と心。女の体なんてインパチエンスのそれしか知らないが、それでもどこか、少しでも乱雑に扱えば壊れてしまう気がして。

 甘さが乗った、かすれた吐息。それでもそれを聞けば、きっと満ち足りてくれているのだと思うことができた。

 身を清めたあと、浜辺を歩いていた。きれいな夕日が落ちる海。

「お坊」

 インパチエンスは、陽を眺めていた。

「お坊は、あたくしのこと、好き?」

 こちらを向いてくれることは、なかった。

「大好き。だからこうやって、一緒にいるし、これからも一緒にいたい」

「あたくしも」

 どこかその声は、沈んでいた。

「俺じゃあやっぱり、駄目だったかな?」

「ううん」

 握ってくれている手に、いくらかの震えを感じた。

「お坊と一緒になれた。お坊は、あたくしのために、お坊の持ち物、全部ぜぇんぶ、使ってくれあんした。あたくしのために、そこまでしてくれた。嬉しかった」

 こちらを向く。

 美貌に、ひとすじ。それが、心を刺してきた。

「あたくし、お坊を愛してもえがんすか?」

 このひとには珍しいぐらい、甘えた声だった。

「うん、お願いします。俺も、インパチエンスを愛してもいいかな?」

「ええ。お坊、愛してる」

「愛してる。俺のインパチエンス」

 重ねる。言葉と、心と、唇。

「明日はヨットに乗って、日向ぼっこだね」

 そう伝えると、笑ってくれた。

 インパチエンスは、甘えるのが下手だった。

 ビゴーに、よく相談に乗ってもらっている。本当はガブリエリにも相談したいのだが、あれはあれで今、大変な思いをして恋路を進んでいる最中である。

 わかってあげる力のあるひと。いくらかでも、その薫陶を授かりたかった。

 あのひとぁね、ペルグランさん。ひとりで、生きてるんです。生きてきたんじゃない。今もずっと、ひとりで生きてる。戸籍、なかったでしょう?きっと物心付く前に売り物に出されて、家族も、本当の名前もなく、ただ生きるためだけに夢をひさいできた。人の求めるかたちでいることで食い繋げるって、未だに思っているんです。それしか方法を知らないから、気位が高いというか、意固地になってるんです。言い方が悪いけどね。あんたに心を許してるのは、愛情よりも、愛玩のほうが強いからなんです。だからね、やっぱり一歩ずつ、一歩ずつです。一気に変えようとすると、あのひとは追っ付けないと思う。何を求められているか、わかんなくなっちまうから。

 生きるためだけに生きている。それほど馬鹿馬鹿しいことはない。だから、それをやめさせなければならない。インパチエンスに、人としての感情や在り方を、根付かせなければならない。

 ゆっくりと時間を掛けたつもりでいた。それでもインパチエンスにとっては、性急だったのかもしれない。あるいはこの旅行だけ、もう少し後にすれば。

 でももう、我慢ができなかったというのもある。それだけ、恋に恋をした。長身の細身。凛とした佇まい。外見だけではなく、その強くも脆い内面も。

 愛玩でもいい。愛されていれば。このひとに、必要とされてさえいれば。

 ホテルに戻る途中、道行く人のひとり。いやに輪郭がはっきりしていた。

 手に、封書を持っている。すれ違いざま、それを手に持たされた。

 “あし”である。

 ホテルの部屋に戻り次第、インパチエンスに見られないよう、こっそりと内容を確認した。

 ダンクルベールからだった。内容は、ぞっとするものだった。

 逃げろ。

 その一文に、狼狽うろたえていた。

 言う通りではある。休暇中だから、ペルグランのできることなど何もない。とにかく逃げて、支部小隊へ引き渡す。それしかない。

 果たして今の状態で、それができるか。

 自分の分の“あし”も、連れてきていた。一時間に一度、船の様子を確認してほしいと伝えた。

 犯人の見立ても入っていた。こちらも見当がついた。だが、実際に動くかどうか。動かなければ、何もなく終われる。お互い気持ちよく、もとの生活に戻れる。

 動かないことを、願うばかりだった。

 夕飯時。従業員から、いくらか遅めに声がかかった。ポワソンの卓が終わってから用意してくれたらしい。

 四組程度。広い食堂だが、のんびりと食事を楽しむことができた。メインは牛のステーキ。アルセーヌは肉料理も上手だった。

 意外だったのは、ワインの選び方。プレフェリト・デ・ペスカトリのドルチェが出てきた。夫人から教わって以来の好物である。好みはアマービレだが、ドルチェの甘みもなかなかいい。聞いてみれば、流通量が増えてきて取り入れてみたところ、概ね好評なのだという。やはりその難しくなさが、気に入られているようだった。

 何人かが話しかけてきた。結婚したことを祝ってくれた。皆、廃嫡やインパチエンスの素性については、触れてこなかった。

「こういうのは無作法かもしれませんが」

 バティーニュという、白秋はくしゅう手前の御仁である。毛量十分の、白くなった髪が眩しかった。

「ポワソン氏と警察隊の方々は、あまり折り合いがよろしくないのですかね?」

 言われて、思わずペルグランの笑顔が固くなった。

「まあ、何と申しますか。うちの殿さまとの相性が特段に悪いだけかと。組織の長で、現場主義の捜査官ですから。そこに他の人が入ることを、良しとしたくないんでしょう」

「ははあ、なるほど。お互いの、こだわりみたいなものですか」

「そんなところです。長官のやり方は、やっぱり特殊ですから」

「お噂はかねがね。私は、ポワソン氏の大ファンでして。それでもやはり、お殿さまの推理方法というのは魅力的です。何か、人が見えていないものを見ているような感じがしまして」

「本人は」

 そこまで口に出て、些かの戸惑いを覚えた。

 何かを、目の奥に感じた。雲ひとつない快晴。白い砂浜。海鳥の鳴き声。

 ふたつの、亡骸。

おもかげを見る、と表現していました」

 それでも、思ったことは、思ったままに。

 見えていたものは、それで消えた。おそらくは、ダンクルベールが見ているもの。言葉に出したとおりの、おもかげ

 あのひとは、あれを見続けているのか。そしてペルグランもまた、それが見えるようになったということは、心に鬼が住み着いたということか。

 恐怖よりも先に、悲しみが来た。あのひとが見る水面には、未だ、満ちた月が浮かんでいるということに。

「落ち着いた?」

 デザートを運んできてくれたアルセーヌ。やはり気持ちの良い声で、インパチエンスに尋ねてきてくれた。

「おかげさまで。感謝と美味しいごはんで、お腹いっぱいでがんす。ありがとうごぜあんした」

「ありがとう。お嫁さんの笑顔が見れて、俺も嬉しい」

 そうして、笑顔ひとつ。

 男のペルグランでも心が揺れるほどに、いいひとである。インパチエンスの好みではないだろうが、結構もてるだろう。他のご婦人などは、明らかに声が上っついていた。

「南東訛りなんて、俺、はじめて聞くけどさ。いいことばだね。響きが柔らかくって」

「ありがとうごぜあんす。田舎の訛りでがんすから、んつかばかし、おしょすないですけれど」

「大丈夫だよ。ここだって随分田舎。観光産業だけの、小さな港町だもの」

 そう言って、笑ってくれた。

 ディナーが終わって、皆が部屋に帰った後も、アルセーヌと三人で話をした。本当に気さくで、話し甲斐がある人となりだった。あまりに話が盛り上がったので、続きは自分たちの部屋でしよう、ということになった。

 自分たちの隣の部屋の前で、ご夫人ひとり、すったもんだしていた。先程のディナーで一緒だった、ルコントという、家族三人で旅行に来ていた人だった。

「お母さん、どうしました?」

「多分、レティシアが鍵を閉めちゃって」

 嫌な予感がした。

 扉に耳を当てる。音はない。

 だが、感じる。臭い。血の臭い。

 死の、臭い。

「インパチエンス。支配人さまを呼んできてくれ。お母さんは、旦那さまを呼んできて下さい」

「どうしたの?ペルグランさん」

「ルコントさん。とにかく、旦那さまと、レティシアちゃんの確認を。一大事かもしれない」

 ペルグランの声の調子で、察してくれたのだと思う。ふたり、大慌てで駆けていった。

 アルセーヌ。こちらも察したようだ。

「アルセーヌ、扉を蹴破る。手伝ってくれ」

「わかった。せえの、で行くぞ」

 せえの、で足を突き出した。それで、扉は開いた。

 中にいた。ルコントのご亭主でも、娘のレティシアでもない。

 ご婦人。椅子に腰掛けている。首を掻っ切られて、その下が赤黒く染まっていた。

 すぐに、扉を締めた。扉を背に、ペルグランは立ちはだかった。

「皆さま。ご家族の所在のご確認をお願いします」

 精一杯の大声。

「従業員の方々。お泊りの皆さまを、どこか広い場所に集めて下さい。食堂、ロビー、どこでもいい。出歩くならば三名以上。必ず、同性で。異性は混ぜないこと。よろしいか」

 それで、部屋から何人かが出てきた。

「ペルグランさん、どうしたんですか?」

 バテーニュ氏だった。

「ひとごろしです」

「なんと」

「とにかく、身の安全の確保を。俺はここを塞ぎます。従業員の方々に従って、全員でひとかたまりになって下さい。今、妻が支配人さまを連れてきています」

 頷いてくれた。

 インパチエンスが、ジャックミノーを連れてきた。義足の都合、走れはしない。

「ひとごろしです。現場の保全を行います。板切れと、釘はありますか。なければ何でもいい。重いものを。この扉を塞ぐ。他の方でもいい。急いで下さい。早く」

「かしこまりました。嵐や強風が来た時のために、そういうものを用意しております。それを、お持ちしますので」

 そういって、何人かの従業員と男を走らせていた。

「ひとごろしと聞いたぞ。状態は確認しないのか?」

 小男。ポワソンだった。聞きたくもない、甲高い濁声だみごえ

「現場の保全にご協力下さい。その上で、まずは皆さまの身の安全の確保をしなければなりません。その後、避難。犯人探しより先にすべきは、ここにいる人たちの安全の確保です。よろしいか?」

「警察隊少尉の分際で、小生に指図するつもりか」

 その言葉に、目の前がくらみかけた。

 警察隊少尉の分際だと。こいつ、何を言っているんだ。名探偵気取りの爺が、警察の真似事をしやがって。それに、指図だと。こっちは廃嫡されようが、ニコラ・ペルグランの血筋だぞ。活版印刷の金型屋からの成り上がりの分際で、何を偉そうなことを。

 こいつをぶっ殺してでも、やるべきことをやらなければ。

「警察の邪魔をするんじゃないっ」

 自分の拳より先に動いたのは、ジャックミノーだった。憤怒の形相で、ポワソンの胸ぐらを掴み上げていた。

「あんたは警察じゃない。一般人だ。捜査の権限も、逮捕の権限もない。それもわからないなら、探偵なんぞ、名乗るんじゃない。よろしいか」

 思わず、呆けていた。声量も言葉遣いも、軍人のそれである。

「小生は、捜査協力を申し出たまでだ」

「頼んじゃあいないんだよっ」

 怒鳴り声。アルセーヌだった。

「ペルグランさんの言う事を、まず聞けよ、一般人。おらっ、行くぞ」

 こちらも怒りに任せたまま、ポワソンの襟首を引っ掴んで、離れていった。

 扉を開け、他の部屋から、机やら椅子やらを持ってきて、積み上げていった。人が簡単に入れないぐらいになったのを確認してから、ジャックミノーが用意してくれた板切れなどを、扉の上に打ち付けていった。

 これで、現場の保全はいい。

「お坊。ああ、お坊」

 インパチエンスは、震えていた。気の強いひとだが、ひとごろしなんて、はじめて見るはずだ。

「大丈夫だ、俺のインパチエンス。まずは、こわいことを受け入れるんだ。頭のものを膨らませちゃ駄目だ。叫んで、泣いて。そうやって全部、吐き出せ」

 ラクロワにも教えたこと。自分なりの、恐怖との戦い方。

 しなだれかかってきた。震える体。お坊、お坊。そうやって何度も呼びかけながら、インパチエンスは泣いていた。

 収まるまで、そうさせた。

 皆、食堂に集まっていた。ルコント一家は、全員揃っていた。

「よかった。レティシアちゃんも、旦那さまも無事だった」

「ご迷惑をおかけしました。それでも、亡くなられた方がいらっしゃいます」

「そうですね。そのために、やれることをやっていきます」

 ルコント夫人の足元にいた小さな姿。母親の足にしがみついていた。

「お兄ちゃん、警察さんなんだよね?」

「そうだよ。でも今、ひとりなんだ。だから今から、お兄ちゃんの仲間を呼ぶからね。そうしたら、安心できるからね。それまで、いいこにできるかな?」

「がんばる」

「よし、いいこだ」

 ルコント夫人の目を見てから、レティシアの頭を撫でた。

 次にやるべきは、身の安全の確保。そのための身元の確認である。まずは自身とインパチエンスの紹介をしてから、それに移った。

「あらためて、これより各位のお名前、ご職業などを確認させていただきたく思います。これは犯人探しではなく、皆さまの安全の確保のためのものです。また本官には諸事情により、現在、それを要請する立場にはないため、あくまでお願いというかたちになります。そのため、無理にお答えいただかなくても結構です」

 休暇中の警察隊将校に捜査権限はない。そのため、協力依頼というかたちになる。

 まず一歩進み出たのは、ジャックミノーだった。その佇まいは、もはや軍人のそれだった。

「当館の支配人、ジャックミノー。そして当館の使用人、アミ、ドゥラノワ、イルマルシェ、パドルーと続きます」

「アルセーヌ・レナル。普段は自分の店を営んでる料理人。ここ何日かのディナーを担当させてもらっています」

 それにアルセーヌが続いた。こうやって続くかたちを作ってくれるのは、本当にありがたかった。

「バティーニュ、です」

 何人かが続いたあと、バティーニュが名前だけを告げた。その様子に、いくらかの動揺が見えた。

 それは他の人間でも、察すれるほどであった。

「おい、こいつ。何か隠しているんじゃないか?」

「いや、その」

 ふたりほどの男が詰め寄っていく。

「刃物を持っているぞ」

 少しして。男がバティーニュの懐から、鞘に収まった短剣を取り出した。場に緊張が走る。

「お前が犯人かっ」

「違う、これは」

「これはどうも、失礼をいたしました」

 ペルグランはあえて、声を張り上げるようにした。

 バティーニュの元へ行く。全身を見る。やはり、そういう特徴を持っている。

「お医者さまでいらっしゃいましたか。本官の配慮が至らなかった点、深くお詫び申し上げます」

 またあえて、声を張り上げながら、深く一例をした。

「いえ、お構いなく。やはりどうも、これがあると疑われると思ってしまうものでして」

 そう言ってバティーニュは、座礼をひとつ、してくれた。

 男から受け取る。短剣。何度か見たことがある。特徴的なかたち。

 鞘から抜いた。刀身は曲がりもなく、光り方も綺麗だった。

「“慈悲ミセリコルデ”だよ」

 ジャックミノーだった。こちらも、あえて声を大きくしている。

「簡単に言うと、医者の証のようなものさ。これを使って、トリアージをする。刃の形状が特殊だから、刺し傷からすぐにわかる。よろしいかね?」

 やはり口調は、軍人のそれである。

「刃に脂は巻かれていない。吹いた痕跡もない。そして、刃物は持ち主の身分や職業を表すから、凶器に使うことはない。だからこれは、凶器じゃない。ここまで、よろしいか」

 ペルグランがそう言うと、皆、納得した様子だった。バティーニュも、汗を拭って息を出していた。

「こういった疑心暗鬼を呼ばないためにも、ペルグラン少尉殿の協力依頼には応じたほうが懸命だ。皆さま、よろしいか」

 ジャックミノーの声にも、皆、納得を見せている。このホテルの支配人で、もと軍人という経歴は、本当に頼りになる。

「あらためまして、バティーニュです。東で、外科医をしております。この島には休暇のため、はじめて訪れました」

 落ち着いたバティーニュが、改めて自己紹介をした。遠方住まいの外科医であれば、ダンクルベールの見立てからは外れていた。

 つまりは、信用に足る人間である。

「私についても、いくらか補足する。もと国防軍陸軍砲兵科所属。傷痍退役で、最終軍歴は大佐。管轄は違えど、国家憲兵警察隊であるペルグラン少尉殿の言動については、根拠立てが可能な程度の知識はある。ここまで、よろしいか」

 ジャックミノーの言葉に、素直に驚いていた。

 最終軍歴が大佐となれば、現役時代は中佐。それも陸軍となれば、一個大隊程度は指揮してきただろう。あるいは砲兵であれば、人数としては三個中隊規模か。いずれにしろ、人を扱う仕事である。

 ペルグランは、ジャックミノーに敬礼を捧げた。この人の信頼を勝ち得ることは、今後の助けになるはずだ。

「ほいじゃま、俺も補足事項。ここの生まれ育ち。警察隊地方小隊で一年ほど、見習下士官をやってたことがある。だから、法律とか軍の規律だとかには多少の理解あり。ペルグラン少尉殿やジャックミノー大佐殿に協力できるまでかはわからんが、そういうのもいるには越したことはないだろう?」

「ありがとう、頼りにさせてもらうよ。何より、君のめしは美味いからね」

「こちらこそ、ありがとう。オーナーの許可がいただければ、今、お夜食を振る舞うよ。それで心を落ち着けるってのも、ありだとは思うけど」

 アルセーヌ。現地の、気のいい料理人。人心慰撫には最適解だ。ジャックミノーも許可を出してくれたので、アルセーヌは早速といった足取りで、厨房の方へ移っていった。

 そうやって、ひとりひとりを確認していった。ポワソンだけは気位からか、名乗りもしなかった。

 いないのはひとり、ダントン夫妻の妻、エリザベトだった。

「現場の保全は完了している。宿泊客のリストと、現在いる人間の照らし合わせも完了。となれば、次は避難かね?ペルグラン少佐殿」

「はい。現在、本官の密偵が、港の船の状況を確認しに行っています。その間、何名かで周辺のホテルに、事態発生の連絡と、支部小隊到着までは身辺の安全確保を最優先とし、絶対に動かないように、協力を要請いたします」

「ああ、その。船なのだが」

 ジャックミノーが、いくらか言葉を濁したときだった。

 連れてきていた“あし”が、港から戻ってきた。

「何だって?」

 報告を受けて、足の力が抜けそうになった。

 船は、一隻もなかった。


(つづく)

Reference & Keyword

・壬生義士伝 / 浅田次郎

・サラダニーソワーズ

・George ジョージ

・ブイヤベース憲章

・名探偵ポワロ


Words

しょすなし:恥知らず

本地ほずなし:馬鹿

んこい:可愛らしい

・投げる:捨てる

・おしょすない:恥ずかしい

男童子おとこわらし:男の子

んつか:わずか

して:どうして

る:言う


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