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落第烙印の戦乙女〜魔法が使えない少女達〜  作者: 黒野 白登
第1章 『十音色隊結成編』
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第1章第2話 『異世界召喚 Ⅰ』


 ーガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。


 夢からは、唐突にめた。


 どこか遠くを、電車が通過していく音が響く。

  うるさいな と感じた。人が折角せっかく気持ち良く寝ていたというのに、何て事をしてくれたのだ。全く良い迷惑だと。そう、無駄な責任転嫁せきにんてんかをしながら、柚葉は目を覚ました。


 重たいまぶたをゆっくりと開いた。

  ベッドの白いシーツの上で二、三度身をよじらせ、毛布を右の掌で押し上げる。上半身を起こし、欠伸あくびをしながら周囲の光景を回し見た。


 ーベッドの右隣には大きな本棚。二、三百冊は収納されているだろうか。全てジャンルはライトノベルで、そのほとんどが引き籠もりを始めてから読んできたものたちばかりだ。

 本棚の前には小さめの黒いテーブルが置かれており、その上にはゲームのカセットや雑誌が山積みとなっていた。もうプレイすらしなかったり、読み切れずに捨てていない物が大半だが。


 視線を戻し、正面に目を向けるとクローゼットがあった。開けっ放しで中には衣服が収納されていたものの、黒系統が全体の八割程を締めてカラーバリエーションが皆無であった。


 左隣には備え付けられたレースカーテン。それを少しだけ自分の方向に引っ張ってやると、散らかり切った部屋が紅く染まり上がった。


 (ー寝過ぎたな)


 窓の外はすっかり夕暮れであった。まぁ、無理も無いだろう。柚葉が寝たのは早朝四時頃だった。遅くまで買ったばかりのライトノベルを読破しようと無茶をした所為せいである。

 完全な夜型人間となっていた。学校に行かなくなってからずっと引き籠もり生活を続けているので、もしかしたら時間という概念が消え去ってしまったのかもしれない。


 「ふわぁーよく、寝たな」


 再度欠伸からの自堕落じだらくなセリフ。が、柚葉は"もう慣れたものだ"としか思わなくなっていた。

 いつからそうなったのか最早どうでも良くて。


 ベッドから出て、テーブルに置いてあったスマホに手を伸ばす。開くと、メッセージが二件。確認すると、双子の姉、ほの花と涼花からだった。


 『柚君起きたかな?夕飯作ってるからね!』

 『もうすぐほのと帰るから。けど、何かあったらすぐ連絡して。絶対』


 内容に、思わず苦笑した。自分が全面的に悪いのだが、姉達の過保護は度を越している。

 柚葉はそれをこんな不出来な弟なら当然か と思うようにしている。身内とはいえ、普通なら愛想を尽かされて終わりなのに。姉達の愛情の深さにどう報いれば良いのか。柚葉には分からない。そもそも、そんな資格があるのかすら定かでは無いのだが。


 大学とバイトを両立し、自分の面倒を見続けてくれる姉達。


 ーその『優しさ』につけ込み、『甘え』続ける自分。


 「ー」


 柚葉は僅かに唇を噛んだ。 そして。


 『ほの姉、涼姉ごめん。俺、少し書店行って来るよ。すぐに帰るから』


 姉達と自分を比較しかけ、湧き上がってくる苦しさから逃れるように手早くメッセージを打ち、スマホと財布をズボンのポケットへ入れ、床へ雑に投げられていた黒色のジャージを羽織った。


 それが柚葉のスタンダードな格好だった。


 自室の扉を開け廊下に出ると、階段を降りて足早に玄関へと向かった。

 愛用している白のスニーカーをくと、家のドアを開け外へ。


 空は茜色あかねいろに染まり、夕暮れ暮れなずんでいた。

 柚葉は、黒ジャージのフードを"目深"に被ると、小走りで書店までの道のりー閑静かんせいな住宅街の中を駆けて行った。


 ー外ではそうしていないと落ち着かないから。


◇◇◇


 自宅から数十分の場所に一色家(主に柚葉)が愛用御用達している書店はある。自宅から近く、おまけに品揃えも中々良い。好条件なので柚葉には天国のような場所である。


 入店し、さっそくお目当てのエリアへ向かう。


 言わずもがな、ライトノベルである。引き籠もってからというもの、始めて読んだ時からその魅力に取り憑かれている。現実には有り得ない物語の数々。読んでいく中で心が豊かになっていくようだった。現実を忘れられた。ーだが。


 自分の身にそんな事が起こる訳無い事も、分かっていた。


 所詮しょせん現実逃避に過ぎないから。

  今の自分は"ただ甘え続けている"だけだと心の奥底では分かっている。だが、"現状に満足している"から。"前へ進む方法が分からない"から。きっと自分は、こんなにも停滞しているのだ。



 (さて、とー。今日は何を買うかな?やっぱり定番の異世界系か、日常溢れるコメディとかロードムービー系、それか最近流行りの百合とか良いな)


 定番のライトノベルの販売エリアへ訪れると、柚葉の思考は即座にオタクと化す。周りが見えなくなり、完全な自分の世界へ没入ぼつにゅうするのだ。


 平日なので、そこまで人は多くないが、それでも近所でも人気な書店の為か柚葉以外にも数人の客達がいるようだった。中には親子連れで訪れているのか、笑い声が聞こえてきたりもした。本を通して会話に花が咲いているのだろう。

 柚葉は思考をオタクへと変えながらいつも通り、数多あまたの作品が並んだ棚を物色していく。ラノベオタクにとってはタイトルを眺めているだけでも至福の時間だったりする。実際柚葉も、タイトルにかれて購入した作品もいくつかある。


 ーだから、柚葉の目はやがて"一冊の本"に留まった。


 (ーえ?)


  ー奇妙な本だった。

  カバーが付いていない。本体が剥き出し。

  いや、それだけなら不良品なのかと思って見逃した。

  柚葉の目が留まった理由は。


 (何で"タイトル名"が無いんだ?)


 店員のミスとも思えない。こんな目立つ不良品、普通に棚に並べて何の意味があるのだ?

 少しだけ、嫌な予感がしたが。柚葉は何故か"惹かれるようにその奇妙な本を手に取っていた"。


 「ー!?」



 そして、その瞬間。さらなる違和感が襲った。


  ーいつの間にか、書店が静寂に包まれていた。


 

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