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6話・魔女の本心

 最初はただの好奇心。

 だれでもよかった。たまたま目に入って、なんとなく行動を追いかけた。

 小さい子供に弱い事を知った。使える、と思った。妹の外見を模倣した。

 外見を幼く偽装した。目論見どおり、相手は簡単すぎるほど簡単に心を許してくれた。


「ああ、ああ、ありがとう。夏樹。君は本当に『いい人間』だ」


 夏樹を轢いた車が逃げるように去っていく。

 魔法で追いかけるのは簡単だったが、あえて見逃した。

 むしろ、手伝ってくれてありがとうと、呪いの加護を授けることにする。

 するり、手足が伸びる。するり、夏樹が結んだ髪が解ける。するり、体が成長していく。

 隠していた姿から本来のものへ。

 するりするりと魔法が解けて、魔法が解けた後にはそこには本来の二十代半ばの姿に戻っていた。

 その面差しは先ほどとは全く違う。


「ああ、ああ、ありがとう。夏樹。君は本当に『出来た人間』だ」


 車の前に飛び出したのはわざとだった。退屈な一週間だった。とてつもなく無意味な時間をこれ以上引き延ばしたくなかった。

 けれど、これは一つの賭けだった。夏樹が助けてくれなくとも魔法でなんとかなるが、助けてくれれば万々歳。

 そこに愛情を見出せればさらによかった。そうでなければ、退屈な一週間が無駄になる。

 だけど、目論見は大成功。夏樹は飛び出して、その身を犠牲に『わたし』を助けてくれた。

 ぼくじゃなくて、わたし。幼さを演出するための一人称。夏樹の妹の一人称。

 油断を誘うために、全ては計算して作った人格。それが『シャル』


「なんだい、上手くいったのかえ。随分と時間を犠牲にしたようだったのう」

「先生。見ていたんですね」


 黒猫が一匹、背後からするりと忍び寄る。まだ仄かに温かい、生臭い血を流す意識のない夏樹に寄り添っていたチアリーが警戒から唸り声を上げる。

 だが、犬に警戒心を向けられていることなど気にもせず、黒猫はシャルのそばによった。


「時間を使った意味はあったかえ」

「きっと。それは今から試すことですけれど」


 ふふふ、と妖艶に笑ってシャルはごろりと無造作に夏樹の体を仰向けにした。その血の気を失った唇に自分のものを近づけようとして、黒猫が喋りだす。


「その男、まだ息があるようだが」

「この男の生死に興味はありませんので」


 冷淡に言い切るそこに一切の情はない。いままで喜怒哀楽を自由に表していた表情は、ただただ目の前のご馳走を食べることにだけ意識がむいていた。

 ぺろり、と舌なめずりをしたわたしに黒猫に擬態した先生が話す。


「まったく、お前の悪食は治らんのう。珍しい感情が食べたいなどと魔法界を飛び出しおって」

「悪食娘のあだ名は伊達ではありませんよ」




 では、いただきます





 邪魔をするように目障りな犬が吼えている。

 冷めた目でそれを無視して、ぱくりと大きく口を開いて、わたしは夏樹に残る僅かな生命線、感情を食べた。

 それは、夏樹が死ぬことと同義。

 感情を食べたことで、息絶えた遺骸を前に、雨の中慟哭の叫びを上げる犬を横目に、わたしはかつてない極上の味を口内でかみ締めていた。




* * *




「全く、難儀なものよのう」


 一部始終を見届けた黒猫は静かに語る。


「愛情しか食べられぬ哀れな子供。自分に向けられた初めての『愛』の感情は、はて」


 目の前でぽろぽろと涙を流す、自分の教え子。

 ありとあらゆる感情を食べては吐いて、その果てに愛情しか食べられぬと魔女としてはありえぬ悪食を見せた子。

 他の魔女や魔法少女が喜怒哀楽のすべての感情を食べ、腹を満たす中、常に空腹を抱え続けた哀れな子供。

 その子供が、恐らく生まれて初めて満腹感を得ている。

 その得がたさを、わかるものがいるだろうか。

 常に飢餓に餓えた子供が、初めて食に満足する瞬間。

 自分に愛情を抱くように仕向けた相手の、車から守り、最後に花開いた感情の名も含めて。実際に向けられた愛情の味は。さて。 

 しとしとと降り続く雨の中、静かに涙を流す桃色の髪の子供にしかわからぬこと。

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