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2話・魔法魔女との一般人の常識の差

 次の日、いつもより若干早く起きたのは、やりたいことがあったからだ。

 朝食の準備をしているとシャルも起きてきて、適当につけたテレビのニュースをほうほうと眺めているのは、なんだか背伸びをしている感じがして可愛らしい。

 トーストにスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンに、トマトスープ。まぁ、一人暮らしの男の朝食としては上出来だろう。

 それを二人分テーブルに並べる。チアリーにはすでにドッグフードを盛った皿をだしている。


「はへ? ぼくの分?」

「おう。いらなかったか?」

「人間の食べ物は食べたことないなー」


 それって普段は何を食べているということだ。

 疑問は胸の中に仕舞いこんで、対面に座る。手を合わせて、いただきます、といって。

 外見から人種なんてわからなかったので、箸もフォークもテーブルには置いてある。シャルは恐る恐るといった様子でフォークでスクランブルエッグをすくい。


「!」


 かっと目を見開いた。そうか、そうか、そんなに美味しいか。と俺がほんわかしていると、ごくんと、大げさに飲み込んで、べーっと舌を出した。


「まっず! まっずい! よくこんなものが食べられるね?!」

「え?!」


 まずい?! え? 普段と同じように作ったはずだけど?!

 ぺっぺと吐き出すような仕草をするシャルに慌てて自分の分のスクランブルエッグを口に入れる。いつもと同じ味だ。特にまずくもうまくもない。


「普通だろ……?」

「えー、人間が変なもの食べるのは知ってたけど、これはないよぅ」

「そういうお前は普段なに食べてるんだよ」


 への字に寄せた眉は可愛らしかったが、何分台詞が可愛くない。

 さすがの俺もむっとして言い返せば、シャルはふふんと何故か得意気に人差し指を立てた。


「魔女は人間の感情を食べるのです!」

「感情?」

「そう! たとえば、怒り、とか。悲しみ、とか。嬉しさ、とかね!」

「なんだそりゃ」

「んとねー。わかりやすくいうとね、人間界の上に魔法界があるのね。そこで魔女や魔法少女が暮らしているんだけど、生活するのに必要なものはちょこちょこーっと人間界から借りるのね。たまにない? たしかに置いたはずなのに、あれがないーってこと」

「あるな」


 思い当たる節は大いにある。自分がそそっかしいからだと思っていた行動に理由が付くのは素直に面白い。


「それは魔女が借りていってることがほとんど。そのときに、ついでに食事もするの」

「食事がついでなのか?」

「うん。モノについてくる感情を食べるのね。大切にされているモノなら、その感情を。たまにいいご飯食べさせてもらうとお礼としてモノが動くようにしちゃう魔女もいるよ。ほら、人間界ではなんていうっけ。あれだよあれ。つく、つくも?」

「付喪神?」

「そうそれ!」


 ピコーン、と頭のてっぺんのアホ毛が光った気がした。

 なるほどなぁ、と頷く俺の前で、わかった? と得意満面な笑みで腕組みをしているお子様。

 つまり。


「人間の食事は口に合わないと?」

「うん! そういうこと!」

「最初に言えよ。もったいないだろ」

「だって、人間のご飯を用意されると思ってなかったし、用意されたなら食べてみたかったし」


 ぶう、と頬を膨らませる姿は愛らしいことこの上ないが、興味本位で食事をダメにされたのは腹立たしくもある。

 シャルはまずいといいつつ吐き出さなかったので、割かし綺麗なシャルの分の食器を自分のほうに寄せる。


「どしたの?」

「もったいないから食べるんだよ。残しても傷むだけだからな」

「ふーん」


 行儀悪く足をぶらぶらさせているシャルを横目に、朝から二人分はきっついなぁと思いつつ、綺麗に平らげるのだった。

 そう、そして早起きしてまでやりたかったことが一つ。


「シャル、向こう向いて」

「へ?」

「髪」

「切らないよ?!」

「結ぶから」

「あ、そっち?」


 ばっと頭を隠したシャルも落ち着いた俺の言葉にそろっと視線を上げた。両手に櫛とゴムをもって準備万端な俺を見て、自分の髪をつまんでみて。怪訝そうにしている。


「そのままだと床についてゴミで汚れるだろ。結い上げるだけだから」

「それ必要かな~」

「人間界では必要です」

「なるほどね」


 あ、これ魔法の言葉だ。と悟ったが、表には出さない。

 何か困ったら「人間界のルールです」で押し通せる気配がしてきた。

 大人しく椅子に座りなおしたシャルの背後に回って、艶やかな髪に櫛を通す。た、たまらん……! このさらっさらの髪! つやつやの髪の毛! たまらん! と思うのは美容師として仕方がないと弁護しておく。本当にたまらん!

 うきうきとしながら櫛を通してどんどん結い上げていく。頭の中に構想はあるから、左右から編みこんで、結い上げて。と、繰り返し。

 最終的にかなりの力作になったが、俺的には大満足だ。


「うえ~、頭が重いよぅ」

「髪の量は変わってないんだから、気のせいだ」

「そうかなぁ」


 ぺたぺたと編みこんだ髪を触りながらの感想に素っ気無く返して、内心でガッツポーズを決めつつ、ああ、そろそろ下に降りないとな、なんて思考する。

 こういうとき、ゼロ距離通勤なのはとても便利だ。


「俺、下にいるから。なにかあったら声かけて。チアリーにはあまり構うな。人見知りするから」

「はーい。あ、お散歩は?」

「……いってもいいが、その髪の色と年齢だと下手すりゃお巡りさんの厄介になるぞ」

「お巡りさん?」

「あー……学校は? とかって聞かれるって事」

「ええー、もう学校は卒業したよぅ」

「それ、こっちじゃ通用しないから」

「うええええ」

「……明日土曜日だし、明日にしたらどうだ? それなら臨時休業にしてついていってやってもいい」

「ほんとに?! よろしくー!」


 しょぼくれていたわりに途端に元気になるものだから現金だなぁと笑いつつ、ひらりと手を振って俺は美容院に繋がる階段を降りた。






 その日は特別変わったこともなく、一日が終わった。

 暇だーって階段を下りてくるかなぁと予想していたのだが、予想に反して二階で大人しくしていたらしく、階段を降りる音は一度もしなかった。

 昼ごはんもいつも美容院のソファスペースで適当に食べるのだが、朝食のあれこれがあったので声はかけなかった。

 一日の仕事も終わり、二階にあがる。

 なにをしているかな、とリビングを覗けば熱心な様子でテレビをみていた。まさか一日そうしていたのだろうか。


「なにみてるんだ?」

「テレビだよ? みてわからないの?」

「そうじゃなくて、番組」

「しらなーい」


 ソファの隣に腰を下ろせば、有名なバラエティ番組が映っていた。俺もこの番組は結構好きだ。

 しばらくじいっと見ていたが、空腹の主張に負けて、キッチンへと向かう。


「一日テレビみてたのか?」

「うん! テレビは面白いね! 授業で習っていたけど、本物を見るのはまた別格だよ!」

「……魔法界とかいうところにはテレビはないのか?」

「ないねー。というか人間界の技術が進みすぎてるんだよね……」


 はぁ、とため息混じりにいわれて、そういうものか、と納得する。まぁ、確かに技術は進んでいる気がする。


「それでお前、飯はどうするんだ?」

「しばらくは食べなくても平気かなー」

「どういうことだ?」


 相変わらずテレビに釘付け状態のままのシャルの返事に首を傾げれば、シャルはひとさし指をくるくると回しながら話し出した。


「ぼくたちは人間の感情を食べるんだけど、人間みたいに三食食べないといけないわけじゃなくて、人間で言うところのカロリー、ぼくたちでいうところの魔力を消費した分だけ食べればいいの。こっちきてから使った魔力は服を作ったくらいだから、お腹は減ってないんだー」

「便利だなぁ」

「そうでもないよ? おいしいご飯の見分けはあんまりつかないしねぇ」


 時々すごくまずいご飯にあたると泣きたくなるよぅ。

 間延びした声で言われた言葉に確かに聞いている限り感情を食べるといっても、あまり選べなさそうだと納得する。

 自分の晩飯は手抜きで豚キムチ丼にすることにして、豚肉をいためていく。ほどよく火が通ったらキムチを入れて混ぜる。以上。あとはご飯に掛ければできあがり。安いし手早いし、楽だし。


「うおー、なんか人間って不思議なものを食べるよね?」

「食べてみるか?」

「じょーだん!」


 どんぶりに乗せた豚キムチをリビングにもっていけば、くんくんと犬みたいに鼻をひくつかせたシャルがテレビから視線を外して俺のどんぶりを覗き込む。

 からかい半分の言葉には案の定な返事が返ってきた。

絶対嫌だ、という意思表示のように顔の前で両手でバッテンを作っているのが面白い。

 子供のこういう動作には癒されるなぁ。

 そんなことを考えつつ、かきこむ様にして豚キムチ丼を平らげた。


「髪ほどいておくれー」

「はいはい」


 綺麗に結い上げた髪もお風呂に入るなら邪魔なだけだ。

 一人で解こうとしていたらしく、中途半端にばらけた髪の毛を差し出されて苦笑する。

 結構な数のゴムとかヘアピンを使っているので、一人で解くのは慣れてないと難しいだろう。

 ささっと解いてやって、軽く櫛ですく。結ったあとも残さない綺麗な髪には思わず頬ずりしたくなる衝動がわいてくるが、ぐっと我慢。

 それしたらただの変態だからな!


「風呂は昨日はいれたから大丈夫だよな?」

「ばっちぐー」


 どこでそんな言葉を覚えてくるのか、サムズアップして言われた言葉に小さく噴出して、じゃあ先にどうぞ、と風呂に送り出した。

 風呂上りにはまたバスタオルを一枚使って水気を取って、ドライヤーで丁寧に乾かしてやる。

 気持ちよさそうにへにゃーん、なんて擬音語を発しているシャルに笑っていると、なんだかとても不思議な気持ちになった。

 両親は五年以上前に死んで、アルバイトをしながら専門学校を卒業して。生きることに必死になっていた頃には笑う余裕なんてなかった。

 その後も、親父の店を潰したくない一心で経営を勉強して、一人で店を切り盛りして。最初はお客さんがこなくって荒れていたのが懐かしい。

 いまでは固定のお客さんも大分ついて、親父の代から贔屓にしてくれている人たちも戻ってくれた。

 恵まれているなぁ、と思う。そうなるための努力をしてきたつもりだが、それでもやっぱり俺は恵まれている。幸せだ、と思った。


「おいしいご飯のにおいがする」

「へ?」

「なんでもなーい」


 思い出に浸っていれば、ぽつりと小さな声。思わず聞き返せばごまかされる。

 首を傾げつつ、ブローをして仕上がり。できたぞ、と声をかけると猫のようにふるりと体を震わせて、シャルは俺を見上げてきた。


「夏樹、夏樹、ちょっとかがんで」

「?」

「いーから」


 ぐいぐいと袖を引っ張られて、体をかがめるとチュッと頬にぬれた感触。

 ぎょっとして頬を押さえて体を起こせば、ぺろりと舌なめずりをするシャルの姿。


「うん、おいしー」

「は? はっ?」

「夏樹の感情はやっぱり美味しいね!」

「食べたのか?!」

「うん」


 けろりとのたまわれた言葉にくらりとめまいがする。モノから食べるっていってなかったか?! こんな風に食べるのか?!


「あ、普通はしないよー。そもそも魔女も魔法少女も滅多に人間界には降りないからねぇ」


 疑問が顔に出ていたのか、そう告げるシャルに新たな疑問が沸き起こる。


「そういえば、魔女とか魔法少女っていっつもいってるけど、男はいないのか?」

「いないよ。魔法界は女だけ」

「え? 生殖は?」

「なーいしょ。夏樹には刺激が強いかなぁ」

「お前より年上だぞ」

「んふふふー」


 にまにまと笑っている意地の悪いお子様の頬をつねりあげて、さらに疑問をぶつける。


「滅多に人間界に来ないって、シャルはきてるよな?」

「ぼくは目的があってねー」

「目的?」

「そろそろ痛いからはなしてくれよぅ」


 涙声の訴えに負けて頬をつねっていた手を離すといたいいたいと頬を擦りながらシャルはいう。


「ぼくの目的はなーいしょ。夏樹に関係してるけどねー」

「なんだそれ」

「なーいしょ」


 くすくすと笑うシャルは心底楽しげで、だからだろう。意味深長な言葉にも、仕方ないなぁと笑うことが出来た。






「そういえばさぁ」


 食事もとって、お互い風呂にも入って。チアリーの食事も済み、毛づくろいしているのを眺めながら。

 俺だけコーヒー片手にまったりとした時間をすごしていたのだが、昼間仕事中に脳裏によぎって仕方なかった疑問を問いかけた。


「魔法少女と魔女って正反対なイメージだけどなぁ」

「んん? それはテレビでやってた魔法少女が魔女を退治するって話のこと?」

「そう、それ」


 たいていの話で、魔女は悪役、魔法少女は正義の味方だろう。

 俺の最もだと思う疑問にシャルは首をかしげて、ならさぁ、と逆に問い返してくる。


「魔女の前ってなぁに?」

「え?」

「魔法少女はいずれ魔女になるよ。少女が女になるのは当然だからね」

「あー」

「でも夏樹の理論でいくと、魔法少女は永遠に魔法少女のままだろう? 人間だって永遠に少女ではいられないよね?」

「そういうことか」

「そういうこと」


 年齢に相応しくない物言いは出会った頃からだったが、綺麗に言い負かされてうーむと唸る。

 考えたこともなかった。そもそもテレビのキャラは年をとらないからな……。

 そう考えると確かに魔法少女が魔女になるというのは納得だった。

 新しく知った事実にカルチャーショックを受けていると、にまにまと人の悪い笑みを浮かべたシャルが身を乗り出してくる。思わずのけぞれば、ますます距離を縮められる。ちょっとまて、近い!


「明日はでかけていいんだろう? どこにつれてってくれるの?」

「俺が選ぶのか?」

「だって人間界のことは知識ではしっていても、実際に歩いたことはないんだ!」


 好奇心旺盛なきらきらした瞳にわかったからどいてくれ、と伝えて首を捻る。この年の女の子が喜びそうな場所。

公園? チアリーとよくいく公園が近所にあるが、それはちょっと味気ない。映画? 好みがわからない。遊園地? それはちょっと遠い。


「あー……どこにいきたいって、なにもないのか?」

「んー、そうだね。それなら、夏樹住んでるの町をみてみたいかな!」


 そんなちょっと予想外の言葉に驚けば、シャルはにんまりと笑って告げた。


「だって、気になる人の住んでるところは気になるだろう?」


 それは一体どういう意味なのか。尋ねるだけの甲斐性は残念ながら俺にはなかった。

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