7話.騎士対決の行方
「まだまだ甘い」
次は父上から斬りつけてきた。
もう力任せの剣は受けない!
私は体を曲げて父の剣をかわし、すかさず間合いを詰めた。
そしてとにかく剣を振り、手数で攻める。
父上が剛力の剣を繰り出すにはほんの少しだが、貯めがいるはず。
剣の速さで翻弄してしまえば、条件は五分のはずだ。
「やはりぬるい。お前には足りんのだ。何があっても任務を遂行する覚悟が」
淡々と父上は話しかけてくる。
…これでも余裕ってわけですか。
「そんなことありませんっ!私は絶対にあなたに勝ってこの村を守る」
「いいや、足りていない。お前には無いだろう。肉親を殺してでも任務を達成する覚悟が」
「…っ!!」
まさにその通りだった。
私はいかに父を無力化するかと言うことだけを考えていた。
私には覚悟が足りていなかったのかもしれない。
だけど仕方ないじゃないか。
いくらなんでも父上を殺すなんてできるはずがない。
いくら自分の理想と違っていたからと言ったって、父上は父上だ。
「俺は違う。俺は生粋の騎士だ。任務遂行の為ならば、善良な市民であろうと娘であろうと殺すことに何のためらいもない」
私の気持ちを見透かしたように、父は言う。
私が猛攻する間も余裕で話しかけてくる。
くっ、私の剣なんて簡単に止めれると言うの?
「なぜそこまでして任務を遂行しようとするのですかっ!?その言い方っ!父様だってわかってるのではないですか?この村の人は無実だって。貴族は間違ってる。あいつらは、自分たちのことしか考えていない。だから平気で弱い人たちを理不尽な理由で傷つけられる。そういう弱い人たちを救うのが私たち騎士の仕事なんじゃないんですか?」
「言っただろう?殺すのに何のためらいもないと。その弱い命が貴族の踏み台にされることによって、国の秩序が守られる。我ら騎士の使命とは、貴族の手足となることだ」
「…っ!」
その瞬間分かった。
父上は、命を命として見ていない。
彼は歯車の一部なんだ。貴族がこの世界を回すための。
得体の知れない執着心が、父上にその使命を全うさせているのを感じた。
けど、それは私にとって許しがたい悪だった。今の発言は例え父上でも許せない。
私は考えを変える。
もう決めた。
父上は、こいつは止めないといけない。
例え殺してでも。
自分の中で何かのスイッチが切り替わったような感覚がした。
◇
「はぁぁああ!!」
美しさも優雅さも無い乱暴な剣撃をひたすらに繰り出す。
思考はこの男を倒す事。ただそれだけにしか向いていなかった。
「くっ」
ここにきて、初めて父が狼狽えの表情を見せる。
「ふんっ!!」
劣勢になった父上は体制を立て直すため、少し距離を取り、
上から力一杯剣を振った。
先ほど私を吹き飛ばしたのと同じレベルの攻撃。
特大の振りで、一気に形勢逆転を狙う気だろう。
だが、私は剛力の攻撃を剣を斜めに傾けて受け止めた。そして剣が折られる前に、
自身もしゃがみ込むことで微かに剣の威力を殺してから、一気に受け流す。
全身を余すところなく使ったいなし技だ。
「くっ」
父はバランスを崩し、少しよろけた。
後は必勝パターンだ。
そのまま横を剣に振り払う。
父は私の剣をかわすが、それは父の頬をかすった。
「やっと俺を殺す気になったか。とはいえここまで動きが変わるとはな」
あの普段一表情を動かさない父上の口角が少し上がった気がした。
「ここからが本番だな」
私は剣を再び構え直す。
私がこの村を守るんだ。
どんな手を使っても。父上を殺してでも。
今はそれしか頭の中になかった。
そして、最後の攻防が始まる。
◇◇◇
いつからだったか。
貴族の命令を絶対視するようになったのは。
ノア・ルーシャス・ヴァイロンはふと考える。
今は戦闘の真っ最中。
とはいえ、集中していないわけでも侮っているわけでもなかった。
ただ、何故自分は実の娘の命を奪ってまで、貴族の命を遂行しようとしているのか、ハッキリさせる必要があった。
確実に娘を仕留め、任務を達成するために。
ノアとリアはその場から一歩も動かない。
両者の間で行われているのは、相手の出方を読み会う高次元の駆け引き。
これまでの攻防でどちらの手札もある程度曝け出された。今、迂闊に攻撃をしかけるのは自殺行為だ。
だが、戦況は動く。
その静寂を破ったのは娘であるリア・エリーゼ・ヴァイロンの方だった。
剣を振り上げ、俺に飛び掛かってくる。
お互いの剣が十字に交差した。
…コイツ!!
踏み込みが深くなった、ためらいのない一撃。やはり本気で殺しにきたな。
それだけではない。どんどん集中が深まって、凄みも増している。
「そうだ、それでいい!」
それでこそ、煽った甲斐があるというものだ。
これまでとは比べ物にならないくらい、リアの動きが良くなっていた。
コイツの弱点は優しすぎることだ。
相手を思いやるあまり、真の本気が出せないのだ。
だが、それは騎士しては致命的でもあった。
だから煽ってコイツの使命感を焚きつけ、迷いを消して本気を出せるように仕向けた。
相手の全力を引き出した上で捻じ伏せる。
それが騎士の、ヴァイロン家の本懐だからだ。
「はあっ!!」
細やかなステップで素早く移動しつつ、リアは何度も斬り込んできた。
手数で攻め、俺の剛力の斬撃を繰り出させないつもりか。
いや違う。
これは狙っているんだ。
俺がこの猛攻を潜り抜けて、でかい一撃を繰り出す瞬間を。
先程リアは俺の本気の一撃を止めて見せた。
全身を使って俺の剣に込めた力を逃し、いなしたあの動き。
あれは見事と言う他ないだろう。
相手の剣受け流し、カウンターを決める。
あれはリアが最も得意とする戦術だ。
リアはあの動きを再現して、俺の本気の攻撃を受け流し、勝負をつける気だ。
確かに俺を倒すには、あの戦術しかないだろう。
ニヤリと俺は少しだが口元を緩めた。
面白い!
乗ってやろう。年季の違いを見せてやる。
俺はタイミングを探した。本気の一撃をぶち込むタイミングを。
だが、徐々にリアの猛攻が激しさを増していく。
……コイツ!
動きに瞬歩を活用してスピードを上げ、少しずつ俺の剣の防御を剥がしてやがる。このままだとやられるな。
俺が剛力の剣を出さず、もたもたしているようなら、そのまま勝つからご自由にというわけか。
生意気な。
「わんぱく娘が!」
俺は体をくの字に曲げてリアの剣を鎧で受けた。
今のリアの攻撃はあくまで俺の剛力の剣に対する牽制だ。
スピード重視の分威力は落ちているから、鎧でも受け止められる。
そして、これで俺が剛力の剣を放つ時間が生まれた。
「ぬんっ!!」
思いきり剣を振り上げ、力を込めて振り下ろす。
リアがすかさず防御体勢に入る。
お前はこの瞬間を狙ってたんだろうが、それは俺も同じことだ。
俺はグッと腕に力を込め直して、俺の剣がリアの剣にぶつかる瞬間、ピタリと剣を寸止めにした。
リアが驚き、目を見開く。
俺の上段からの攻撃を受け流す事に全ての意識を向かわせていたのだろう。
リアの動きが一瞬硬直する。
俺はすかさず足を蹴り上げた。
それはリアの腹部に直撃する。
「カハッ」
リアは堪らず吐血をした。
が、何とかリアは倒れずに踏みとどまった。
そして、キッとコチラを睨みつけてくる。
闘志は衰えず、というわけか。
いい根性をしている。
だが、よろけたせいで距離ができたな。
助走距離を確保し、俺は再び剛力の一撃を叩き込むため、剣を振り上げる。
その体勢じゃ今度の一撃は受け流せまい。
俺の攻撃をいなすことを諦めたのか、リアも叫びながら剣を振り上げた。
「ああああっ!!」
リアが叫び、剣に力を込めている。
力比べをするつもりか?
たしかにもうかわせないのであれば、それしかできないのは分かる。
だが、無駄な足掻きだ。俺の剣の前では。
そして、両者の剣がぶつかった。
パキィンと音がしてリアの剣が折れ、宙に舞った。
◇◇
「‥‥…!」
リアの剣は砕け散り、刀身が宙へ飛ぶ。
「終わりだ」
父上は最後まで淡々としていた。
きっと父にとってこの勝負の勝ちは当たり前だったのだろう。
けど、違う。
「いいえ」
集中が最高長に達する。まだ勝負はついていない。
この瞬間。
全てが父より劣る私が唯一父の虚をつける瞬間。
この一瞬をずっと狙ってたのだから。
ここっ!!
「うわぁあああああ!!」
私は思いっきり折れた剣を振った。
刃のない刀は、父の胸部をズバッと切り裂いた。
「…バカ、な」
確実に父上の隙をついた攻撃は致命傷を与えた。
そのまま父上は倒れ込む。
「ど、どういう」
地べたに倒れてから、ヒュンヒュンと音を立てている私の剣から発生した風の刃を目にして、
父上はようやく気づいたようだ。
「これは、魔法剣!?」
父上の表情が一気に変わる。
それもそうだろう。魔法は剣で戦う騎士とは、正反対に位置するもの。
それは戦闘に用いるということは、ある意味騎士の誇りを捨てるということにも等しかった。
「な、なるほどな。私が勝利を確信した瞬間をずっと狙っていたというわけか。まさか魔法剣とはな。確かに騎士には盲点だ」
「はい、私が勝つにはこうするしかなかったんです。やっぱり父上は凄いから」
「とはいえ、まさかこんな汚い手段に頼るとはな。やはりお前は騎士失格だ」
確かに私がした行為は騎士としては恥なのかもしれない。
騎士としての矜持を捨てる気もない。
それでも。
「けど、私は村を守り切った。父上に勝って!任務を遂行できたのは私の方です。私は目的の為ならどんな手だって使う。自由に。冒険者みたいに。小奇麗なだけの剣なんてもう捨てるって決めました」
「不良娘が。真面目だった頃のお前はもういないのだな」
「今更ですね」
父上を心から尊敬していた私は、追放されたあの瞬間に消えたのだから。
「何を言おうと敗者の弁か。そうだな。認めよう。勝ったのはお前だ。トドメをさせ」
こんな時まで父は淡々と話した。
この人は家族も含めて他人のことなどどうでもいいのかと思ってた。けど違った。この人にとっては自分の命も含めてどうでもいいのだ。
私はキッと父上を睨みつける。
「なんで、そんなに簡単にそんなことが言えるんですか!なんで自分の命だってそんな軽んじて。私は貴方の娘ですっ!殺せるわけないじゃないですかっ」
私には父上の考えがどうしようもなく理解できなかった。
「おまえを愛していないわけではない」
「え?」
突然の父の言葉に、戸惑った。
あの時私を追放した父を思えば信じられない発言だった。
「そうだな。世間一般の感覚では理解できないのだろうな。リアよ。先程問うたな。何故私がここまで任務の遂行にこだわるのかと。最期にその質問に答えよう」
父上は辿々しく話した。私はあの時父に勝つことで夢中だった。最後の一撃はいっさい手加減していないし、傷は決して浅くない。
「最後なんて。あとで聞きますから。今はすぐ治療しないと!」
「かまわん。どの道任務に失敗した俺は貴族の誰かに消されるだろう。今回は俺を切り捨てる番だ」
「どういう……ことですか?」
「俺にも、あったんだよ。リア。お前のように正義を信じていたことが。そして、無実の民を殺さねばならない任務を強制されたことが」
「え」
「だが、私はお前と違い、任務遂行を選んだ。力なく泣き叫ぶ人に剣を向ける感触。あれほど気分の悪いことはない。だが、貴族の命を果たすことでヴァイロン家は守られる。ヴァイロン家はこの国を守るためになくてはならんのだ。だから、その時からだな。私が貴族の命に絶対従うようになったのは。私は殺した人たちに誓ったのだ。この国を守ると。だから、ヴァイロン家を守るためにお前を追放した」
父の告白に衝撃で声が出せなかった。
そんなことがあったのか。
「そういうとかよ。クソ親父。結局あんたも貴族に屈したのを正当化してるだけじゃねぇか」
兄のアランも話を聞いていたようだ。
ふらりと立ち上がり、父に言う。
憎まれ口は健在のようだ。
良かった無事で。
父と違って手加減はしたけど、やはり心配ではあったから。
「アランか。そう捉えられても仕方ないな。だが、リアよ、お前は私と違う道を選んだのだな。私が捨てた正義の道を。正直、初めて知った時はなんと愚かなことをしたのかと憤ったよ。だが、私は負けた。ならば、おまえの道が正しかったということだ。ヴァイロン家当主の座は、たった今からお前のものだ」
私は首を横に振る。
「父上。私はヴァイロン家当主を継ぐ気はありません。それは、おにぃに譲ります。私の剣は貴族ではなくルナ王女殿下に捧げるってもう決めているんです」
アランが隣でげんなりした顔をしている。
「ルナ王女の騎士になるか。やはりお前は貴族と戦う道を選ぶのだな。その道のビジョンは見えているか?」
「もちろんです。父上」
力強く私は答える。
こんな時でも現実主義者の父上らしい淡々とした問いだった。
父上は確実に成功する方法しか選ばない。そういう人だ。
対して、私の道は、保証のない険しい道だ。
けれどもう迷わない。
その道は私が正しいと確信できる正義の光で照らされているから。
「そうか」
父は小さく笑った。
そして、父はゆっくりと立ち上がり、自分の剣で自分の首を切り裂いたのだった。
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