4話.騎士の兄、アラン・シリウス・ヴァイロン
その日は曇り空が広がり、遠雷の音が聞こえる悪天候だった。
「こう?」
私はギルドの中で魔法の練習をしていた。
初級風魔法、ウィンドだ。
「はいそうです。それを刀に纏って攻撃力向上もできますよ。もう習得してしまうなんて流石お姉さま」
クライン君もうんうんとうなずいた。
ケインちゃんとクライン君に、魔法を教えてもらっていたのだ。
私が少しでも新しいことを経験したいから、と頼むと2人とも快く教えてくれた。
「けど、これ難しいわね。まだまだ実践じゃ使えないか」
「リア君、ちょっといいか?ルナさまが君を訪ねてきている」
その時ギルドマスターのカジットが私に声をかけた。
ルナ様が?なにかしら?
そうして、私はギルドの対合室へ向かった。
「ルナ様、お久しぶりです」
私は深くお辞儀をする。
「ええ、顔色が良くなりましたね。リアちゃん。いいことでもありましたか?」
「はい、おかげさまで。それで今日はどのようなご用件で?」
「そうですね。あまり時間もないですし、単刀直入に言わせてもらいます」
そう語るルナ様の表情は険しかった。
ただ事ではないなと私は悟る。
「アルマ村にまた襲撃の計画が立てられています。おそらく計画したのはボノクラ伯爵ですが、その依頼を受けたのはノア・ルーシャス・ヴァイロン。リアちゃんのお父上です」
「なっ!?」
父上が!?いったい何故?
「完全にやられました」
そう言ってルナ様は頭に手をつき、顔をしかめる。
「ボノクラ伯爵にペナルティの件について話し合いのためアポを取ったのですが、ボノクラ伯爵はその日を狙って秘密裏にアルマ村襲撃を依頼したのです。私はボノクラ伯爵の領地に赴かないといけないから動けません。それに、貴方の父上を捕らえてもボノクラ伯爵はヴァイロン家が勝手にやったことにするはずです。だから惨劇を止めるのは難しい」
「そんな、どうにかして軍を動かすことはできないんですか?」
カジットが聞く。
「襲撃計画の証拠がない以上難しいでしょうね。それに動かせたとして生半可な軍では、ヴァイロン家に太刀打ちできない。だから」
カジットの問いに答え、ルナはこちらを真っ直ぐに見つめて言った。
「リアちゃん、いえ、リア・エリーゼ・ヴァイロンさん。あなたにお願いします。どうか、もう一度アルマ村を助けてくれませんか?」
ルナ様の話で私の心は騒ついている。
こんな切り捨てられてもおかしくない馬鹿な話になぜ父が、という疑問もあるし、正直平静を保つのも難しい。
けど、答えは当然決まっている。
「その依頼、謹んでお受けします」
膝をつき、頭を下げて私は力強くそう言った。
今度こそ、私が全員守ってみせる。
◇◇
「は!?いくら何でもそこまでしなくても」
リア・エリーゼ・ヴァイロンの兄、アラン・シリウス・ヴァイロンは父の命に戸惑っていた。
「ダメだ。今回の作戦はリアのせいで失墜したヴァイロン家の名誉を取り戻すためのものでもある。それを肝に銘じろ」
「だからって村人全員鏖ってそれはやりすぎだろ。大体、王女様からは認めらてないんだろ?この作戦。貴族に使い捨てにされるかもしれないじゃん」
「今や五大貴族の権力は王族に匹敵している。この程度の事件であれば、どうとでも言い逃れられる。だからこそ、ここで我らの有用性を貴族にお見せするのだ。切り捨てられんようにな」
「くそっ!」
冷たい目で父、ノアはそう言い放った。
これがリアが命令違反をした理由か。
どうせ青臭い正義感でも出したんだろうと思っていたが、ここまで残虐な命令とは聞いていなかった。
そりゃ、あの妹は絶対にこんな命令には従わないよな。まさに騎士になるために生まれてきたようなやつだから。
アランは昔から事あるごとに妹であるリアと比べられてきた。
成績も剣の腕も礼儀作法でも、全て俺はあいつには敵わない。
努力で見返そうとしたこともあった。だが、そうして挑む度に痛感する。
妹は天才だと。
そして自分は凡庸で、きっと何をしてもリアには決して敵わない。
いつしか俺は妹に立ち向かうことを止めた。
だけど、一つでも自分が兄として誇れるものが欲しかった。自分でも醜いとは思うけど、兄としての虚栄心が俺にそれを望ませた。
ヴァイロン家の跡継ぎの座。それだけは先に生まれた自分が手に入れるはずだった。
が、父がその唯一の優位も奪っていった。
全員が俺を見下してやがる。俺を下に見るな。
俺の方がリアより上だ。俺は騎士の座を継ぐべき男に生まれたんだ。年齢だって俺の方が上なんだ。
そんな気持ちが膨れ上がり、いつしか、父も、母も、妹も、すべてが憎くなっていた。
そんな時リアが追放されると父から知らされた。
だから家督はお前が継げ、とも。
だが、ヴァイロン家の跡取りに成れることになっても不思議と嬉しくはなかった。
妹が追放されるとき憎まれ口を叩いたが、たいしてすっきりしなかった。
ただこれでやっと解放されるという解放感だけがあった。
そうして、次期ヴァイロン家当主となった俺は剣を抜き、まったく知らない村人たちの命を奪おうとしている。
目の前で村人が怯えていた。
なんだよ。これ。俺が殺すのか?この人たちを?騎士ってそんなことしなきゃいけないのかよ。
そんな事ができるわけがない。とはじめは思った。
けど、やらないと俺たちが今度は破滅する。
今回は大体的な騎士団は使えないため少数での任務だが、父含め他のメンバーたちはやる気のようだ。
そして大義名分があれば、こんな非道な命令でもできてしまうことに気づいた。
俺はきっと村人達を殺せる。
そんな自分が心底嫌になる。
正直俺たちの行いは悪だと思う。世間一般の正義の騎士では絶対にない。
けど、天才と比べられていた頃とは比べものにならない当主としての重圧が、この非道の免罪符になってしまう。
ああ、リアもこんな気持ちだったんだ。けれど、お前は抗ったんだな。この重圧の中で自分の正義を貫いたんだな。
ちくしょう、俺がかなうわけなかったんだ。そんな強い騎士道、俺にはねぇんだからよ。
おれは目をつむり、剣を振り下ろす。
だが、その剣が村人の命を奪うことはなかった。
ガキィンと鈍い音がして、俺の剣が止まる。
「なんて顔してんのよ。バカおにぃ」
目の前には追放されたはずの妹がいて、
呆れたような憎たらしい顔でこちらを見ていた。
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