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タンタの村-1

緩やかな川の流れに逆らい、小型の木舟を漕ぐ亜人が一人。


人間の子供程の背丈、横に長く伸びた耳、頭に被る笠から時折覗く優れた容姿。人々に『トラベット』と種族の名前を呼ばれている小型の亜人である彼女は、名前を「トルテ」という。

一万年を超える寿命を持つとされるトラベットは、その途方もなく長い命が尽きるまで放浪を続ける種族である。トルテも種族の特性に倣い、生まれてから今日までこの広大なエルドラドの地を巡り続けている。


川幅が狭くなってきたあたりで、トルテは川岸に船をつけた。船に積んでいた荷物を全て陸に下ろした後、背丈の半分ほどある大きなカバンから適当にロープを一本取り出した。木舟の先頭にロープを結ぶと、近くの木の幹に繋いだ。

ロープの結び方が割と雑だ。トルテは戻って来た時にまたあれば嬉しいぐらいに考えているようだ。トラベットという種族はその長い寿命故か気が長く、物への執着があまり無い。彼女の注意はすでにカバンから取り出した地図に移っていた。

まだ新しく見える分厚い地図は、広大なエルドラド全域の地図が記された魔道具の一種である。持ち主の魔力を動力にすることで、持ち主の現在地を示したり、持ち主が向かいたい場所までのルートを示したりすることが出来る優れもの。もちろん、魔力を持たない者が扱う場合はただの紙の地図となるが、それでも観光名所や都市の情報など多くの有益な情報が載っている、旅をするなら持っておくべき一冊である。世に出たのは百年ほど前であり、トルテも存在自体はなんとなく認識していたのだが、最近やっと古い地図から買い替えたようである。使いこなせているかは曖昧なところであるが、今日は調子がいいのか地図をたまに確認しながらサクサクと目の前の獣道を進んでいる。


「〜♪〜♪」


上機嫌に鼻歌を歌いながら進むトルテ。彼女の今の目的地は、緩やかな山と山に囲まれた小さな村である。新しく買い替えた地図には、拡大、収縮して地図を見ることが出来る機能がある。そのため、今までの古ぼけた地図では確認できなかった小さな村などの存在を知ることが出来たのである。

トルテは、人間の作る村や小さな町というものが好きである。少ない数の人間が集まって暮らす村や町は、余所者に排他的な部分は勿論あるが、こちらが無害であることを理解すると家族のように迎え入れてくれる事が多い。もちろん、場所によっては長居できないような扱いを受けることもあるが、運がいいのか比較的良い扱いをされる方が多かった。そのため、今回の村へ向かう足取りも軽いものだった。

トルテのハスキーな鼻歌が、ネタ切れで途切れ途切れになる頃、木々の向こう側に民家の屋根と暖炉の煙らしきものが見えた。

トルテは背負ったカバンを背負い直すと、草木を掻き分け、山の間に広がるのどかな村に足を踏み入れた。



地図によると、山々の間を緩やかに縫うように広がるその村は、『タンタの村』と呼ばれている。家畜小屋と放牧場が広がっている。村人は三十人程度であり、人間よりも家畜が多い村のようだ。

トルテは地図を閉じ、カバンに入れると村人を探し始めた。地図を見た限り、この辺りにこの村以外に人が暮らしていそうな場所は無い。別に野宿でも構いはしないが、宿があるなら宿を借りたいし、無い場合でもできればどこか家畜小屋でもいいから屋根の下で夜を明かしたい。いくら亜人であり、放浪する種族であっても休養は安全な場所で取りたいものなのである。


なるべく優しそうな人間を探してトルテが村を彷徨っていると、家の前を掃除している若そうな女性を見つけた。


「すみませんお嬢さん、少しお尋ねしたいのですが。この村の宿はどこでしょう?」


頭に被った笠をずらし、女性に顔を見せる。


「あら、可愛らしい旅人さん…………。」


淡いミルクティー色の髪をひとまとめにした女性は、トルテの顔を見ると、驚いたような顔をして固まった。


「……マリー……。」

「お嬢さん?」

「あ、いいえ。ごめんなさい。あなたのお顔が知人に似ていたものだからびっくりしちゃって。……お宿の話だったわね、残念ながらうちの村には宿は無いわ。」


なんとなく予想はついていたが、村に宿はないらしい。都市部から離れた村には良くあることである。他者から訪れる人がいない村は宿がない。


「そうですか。では、どこか雨風を凌そうな場所を貸していただくことはできませんか?」

「雨風を凌げる場所?」

「えぇ。申し訳ないのですが、家畜小屋の一角だったり、納屋を少しお貸しいただけないかと思いまして。」


土地の広い村の家畜小屋や納屋は広い。そのため、家畜小屋や納屋でも案外快適に過ごせるのだ。(ただし、家畜小屋は家畜の匂いを気にしなければの話ではあるが。)トルテも長く生きて来た中で、家畜小屋や納屋、都市部では建物のひしめく路地の間で夜を明かしたことがあるが、案外慣れれば気にならないものである。

しかし、女性にとってトルテの言葉は信じられないものだったらしく、一度穏やかになった顔を、また驚いたような顔に戻した。


「そんな!お体に触ります。よろしければ私の家に泊まっていってくださいな。」

「それは申し訳ないですから。」

「いいえ、ぜひ泊まってくださいな。」

「でも……。」

「泊まっていってください。」

「……。」

「もう決めたことですから。」

「……ありがとうございます。」


一応、最初は断るつもりでいたらしいトルテだが、女性の勢いについつい折れてしまったようだ。トルテが了承すると、女性はパッと花が咲いたような笑顔になり、トルテの手をぎゅっと取ると、自分の背後の家の扉を開いた。

トルテは、ここまで熱心に家に招かれるのは珍しいのか、少し戸惑ったように手を引かれるがままに戸をくぐった。


かくしてトルテの今日の宿は決まった。

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