初めての依頼を受けてみよう
文字に起こすと色々分かることがありますね……
カフェを後にし、エマさんに街を案内してもらいながら、新生活に必要なものを揃えた。
ひとしきり買い物を終えた後は、いよいよ引っ越し先の住居に向かう。
なんでも、俺が暮らすことになる住居は、元々はギルドが管理していた空き物件だったらしい。
今日の今日まで、人が生活できるような状態にする準備をしてくれていたのだとか。
「本当は、お買い物前に荷物を置ける状態にしておければ良かったんだけど……」
「いえ、そこまで荷物も重くないので大丈夫です!
ところで、新しい住居はギルド本部の近くにあるんですか?」
「えっと、ギルド本部からは歩いて20分ぐらいのところかな。
私も近くに住んでるんだけど、凄く良いところだよ!」
何かあったら、気軽に声を掛けてね、と言ってくれる。
こんなにも優しい先輩がいる場所で働けるなんて、俺は幸せ者だ。
「見えてきた、あそこだよ!」
エマさんは、少し離れた場所にある木製の一軒家を指さした。
外観は少し古いが、かなり広そうだ。
エマさんは、家の前まで送り届けてくれた。
「中も綺麗にしてあると思うけど、もし気になることがあったら言ってね。
それじゃあまた明日、ギルド本部の受付まで来てね!」
そう言うと、エマさんはバイバイと手を振って、道沿いにまっすぐ進んでいった。
エマさんと別れた後、早速家に入る。
中を見渡すと、それはそれは凄く綺麗に清掃されていた。
引っ越し後は掃除からしなくちゃなと思っていたが、これならそのまま使用できそうだ。
ここまで至れり尽くせりなんて、良い意味で予想外だ。
なんだか急に、どんな仕事を担当することになるか怖くなってきたな……。
荷物を置いてゆっくりすると、急に疲れが回ってきた。
明日からに備えて、今日は早く寝よう。
ソフィ、クレム、ルナにおやすみ、と言った後、俺は部屋の隅で寝たのだった。
◇
翌朝、ギルド本部に入ってすぐの場所でエマさんに会った。
「エマさん、おはようございます!」
「メルタ君、おはよ! 今日からよろしくね。
私もこれから勤務室に向かう予定だったの、一緒に行こ!」
エマさんと一緒にギルド本部の中を歩く。
ギルド本部は、3階建ての建物だ。
1階は、冒険者が依頼の受注や完了報告等をする場所だ。
中には、共に依頼をする仲間を仲介してもらっている人もいる。
2階は、依頼以外の事務手続き――ギルドに登録した情報の更新等――をしたり、依頼を発注したりが出来る場所。
そして3階。
ここには、多くの個室や執務室がある。
そして奥にはギルド長室、アレンさんが使用している部屋があるというわけだ。
エマさんと俺は、3階の執務室で業務をすることになる。
執務室に入ると、おそらく部署と思われる単位でエリアが区切られていた。
「さ、着いたよ!
ここが、メルタ君の配属部署になります!」
「えっと、依頼危険度担当……?」
「そう!
魔物の目撃情報や痕跡から、どういった魔物が関わりそうか、どれぐらいの危険度かを明らかにする部署なの」
ギルドが冒険者に仲介する依頼は、ギルド直轄の特別依頼でもない限り、依頼主ありきのものがほとんどだ。
そして、多くの依頼主は魔物について詳しくない。
断片的な情報を持ってくるケースがほとんどだ。
魔物の正体が分からないまま調査依頼として冒険者に仲介すると、依頼を受注した冒険者が太刀打ち出来ない魔物が出現し、最悪の場合は命を落とすケースもある。
ギルドは依頼主からの情報を整理し、関わると思われる魔物の正体を仮定した上で依頼に落とし込む必要があるのだ。
「一歩間違えれば、冒険者の命を奪いかねない、とても大事な仕事なの」
想像よりも、遥かに重要な仕事だ。
だが確かに、今まで培ってきた俺の魔物知識を活かせる仕事ともいえる。
「この部署には何人かメンバーがいてね。
複数人の判断の元、依頼の危険度を設定する流れになっているわ。
だから安心して。
メルタ君1人に責任を負わせるなんてことは、絶対にないから」
しばらくは、私も一緒に同じ仕事を担当するからね、とエマさんが言う。
エマさんが一緒なら心強い。
「とりあえず今月は、メルタ君には、依頼を幾つかこなしてもらおうと思っているの。
冒険者がどういった依頼をしているのか、何度か体験した方がイメージも付きやすいと思ってさ。
もちろん、メルタ君の依頼仲介担当窓口は、私が担当するからね」
「分かりました。
まずは1か月、任務を頑張ってこなしてみます!」
エマさんは微笑んだ後、執務室の自席に戻り、1枚の紙を持ってきてくれた。
「キノコ狩りの協力依頼!
この時期になると、毎年お得意先のおばあちゃんがキノコ狩りを手伝ってくれる人を募集してくれるのよ。
この山は危険度も低いし、依頼主のおばあちゃんも凄く優しい人だから、初めての依頼としては丁度良いかなと思って。
どうかな?」
分かりました、と答えて紙を受け取る。
気を付けてね、と声を掛けてくれるエマさんを背に、ギルド本部を後にするのだった。
◇
コルテーゼの街から出た後、ルナに跨って草原を走る。
これから向かうのは、ルンド山という小さな山だ。
登山口で依頼主と待ち合わせをしている。
1時間ほど走り続けると、登山口が見えてきた。
「(ルナ、ありがとね。お疲れさま!)」
ルナから降りて頭を撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らしてくれる。
さて、依頼主のおばあちゃんはどこかな。
「メルタ、あの御仁ではないか?」
「お、さすがソフィ!
すみませーん、依頼を受けてきたメルタと言いますー!」
声を掛けながらおばあちゃんの近くに向かう。
「あら、あなたが依頼を受けてくれた子ね。
エマちゃんから聞いているわ、今日はよろしくね」
挨拶を交わした後、依頼について説明を受ける。
おばあちゃんは食用のキノコを扱う商売をしているらしく、この季節になると、ギルドを経由して手伝いを依頼しているらしい。
なんでも、キノコ狩りの仕入れ業者と契約するよりも安く済むのだとか。
「食用キノコには幾つか種類があるの。
特にこの、傘の色が濃い茶色で大きめのキノコは中々採れないのよ」
これはマツタケ類と言ってねと、おばあちゃんはサンプルとして持ってきたキノコを見せてくれた。
結構強い香りがするな、これなら……。
「(ルナ。
おばあちゃんが持っているキノコの匂い、覚えられる?)」
「(もちろんです、ご主人!
このキノコの匂いがしたら、ご主人に知らせます!)」
ルナはそう言って、おばあちゃんが持っているキノコの匂いをひとしきり嗅いだ。
おばあちゃんは最初こそ驚いていたものの、ルナが怖い魔物ではないことが分かると、笑顔で頭を撫でていた。
最後に、触っちゃいけないキノコについても説明を受ける。
いよいよ依頼開始だ。
◇
キノコ狩りを初めてから1時間ほどだろうか。
俺が背中に背負っていたカゴは、採ったキノコでいっぱいになっていた。
ルナの嗅覚は、こういった採取系の依頼だと大活躍だ。
「え、もうこんなにキノコが採れたの!?
それに、中々見つからないマツタケ類もこんなに……」
「ルナっていう狼の魔物が頑張ってくれたんです。
この子、おばあちゃんのことが好きになったみたいで、凄く気合を入れてくれたんですよ。
それに梟のソフィも、自慢の目を使って一緒に頑張ってくれました」
そう言って、ルナの頭を撫でる。
ちなみに、ソフィの頭を撫でない。
というか、撫でたことがない。
頭を撫でようとすれば「百年早い」と怒られてしまう。
「あらまぁ、それは嬉しいわ。
でも、こんなにたくさん……。
ギルドへの報酬金じゃあ、全然割に合わないわよ」
「いえいえ、気になさらないでください。
あ、これからもギルドをご贔屓にしてくれると嬉しいです!」
お得意様に恩を売ることも、ギルドの仕事の内だろう。
「もちろんよ!
次も、メルタ君と魔物さんたちにお願いしちゃおうかしら」
なんてね、とおばあちゃんが笑う。
ソフィとルナの頑張りで、おばあちゃんは魔物達のことも気に入ってくれたようだ。
なんだか自分のことのように嬉しいな。
こうして、俺の初任務は大成功を収めた。
キノコが余ったからと、おばあちゃんから分けてもらった分を自分のリュックに入れ、幸福感を胸にコルテーゼの帰路に着く。
……これから起こる、大事件のきっかけとなったことも知らずに。