魔物と戦ってみよう
あれから2年が経った。
僕は12歳になり、それはそれは充実した日々を送っていた。
起床後は家の庭の草むしりをし、採った草に魔力を注いだ後、水が入ったお皿と一緒にスライムが暮らすケージの中に入れる。
朝食を食べ終えたら祖父と一緒に外に出て、村の力仕事を手伝ったり、祖父が所属する調査隊の稽古に混じったり。
それらが終わったら、村の近くのカレメの森に向かい、魔物を調査してレポートにまとめて祖父に提出。
その後、祖母のもとで魔物使いのことを教わる。
はっきり言って、大変な日々だ。
15歳になるまで、あと3年も継続しなくちゃいけない。
でも、苦労した甲斐もあってか、魔力コントロールや短剣を使った近接戦闘技術は、大分上達したと思う。
“魔物使役”は、もちろん封印している。
祖母の話を聞けば聞くほど、このスキルは迂闊に使えないと分かったからだ。
まぁ、この辺りは追々整理するとして。
今日は、ある事件が起きた日だ。
いや、僕が起こしてしまったというのが正しい。
話は当日の朝に遡る。
◇
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
祖母に挨拶をして、祖父とソフィと共に家の外に出る。
今日は、祖父とソフィと僕の3人でカレメの森を調査するだけの日だ。
カレメの森には危険な魔物もほとんどいないため、最近は祖父と別行動をとっていることが多い。
ソフィは、お目付け役として僕と行動だ。
万が一危険な魔物に会った場合は速やかに逃げること、襲われそうになった場合は迷わず、応援を呼ぶための笛をふくこと。
この2つが、調査隊の約束である。
カレメの森の入口で祖父と別れた後、ソフィと一緒に森の奥に進む。
今日は時間もあるので、いつもよりも森の奥に進んだ場所で、祖父と現地合流することになっていた。
ソフィが空から先導してくれるので、ついていくように進む。
途中で怪しいポイントがあれば、”念話”でソフィに合図し、止まって記録を取る。
それの繰り返しだ。
「今日も異常は無さそうだね。
危険な魔物もいないし、これなら皆も安心できそう」
たまには魔物に会いたいところだけど、なんて言うとソフィに怒られるだろうな。
なんだかんだ言って、平和が一番なのだ。
1時間ほど歩いた頃だろうか。異変は急に訪れた。
「(……メルタ、少し止まるのじゃ)」
ソフィが”念話”で僕に合図を送る。何かあったのかな?
止まった後に周囲を見渡すと、四足歩行の魔物の足跡が残っていた。
「(ソフィ、狼型の魔物?)」
「(おそらくな。ここから100mほど先に、魔物が4匹おる。
何やら戦っている様子じゃ)」
縄張り争いかな?
仮に肉食の魔物の場合、村人に危害を加える恐れがある。
うん、調査しておくべきだろう。
「(調査隊の笛を吹いて、応援を呼ぶのじゃ。
お前1人で向かうのは危険が大きすぎる)」
「(いや、笛の音で逃げられるのはまずいよ)」
最も、既に匂いで気付かれている可能性もあるけど。
何はともあれ、まずは魔物の種類を見定めないといけない。
リュックから双眼鏡を取り出し、ソフィが見ていた方向を確認する。
ここからまっすぐの方向、木々の開けた空間に狼型の魔物が4匹いる。
1匹の魔物を、3匹が囲んでいる形だ。
「囲んでいる3匹は黒い毛色をした”森狼”。
囲まれているのは……。
まさか、”月狼”!?」
白い毛色、三日月のような額の模様、間違いない。
標高が高い場所にしか生息しない、珍しい魔物だ。
なぜここに?
それに“森狼”だって、この辺りには滅多に表れないはず。
「(何をしているのじゃ、メルタ!
あやつらが争っている間に逃げるのじゃ!)」
ソフィの言うことは最だ。
狼型の魔物にとって100mほどの距離は、あって無いようなもの。
更に、狼型の魔物は嗅覚が非常に優れている。
縄張り争いが終わった後はこちらに気付き、最悪襲われる可能性もある。
体長1m弱の獰猛な魔物4匹と、12歳の子供。
戦うなんて、はっきり言って無謀だ。
しかし……。
「(……! …………、……)」
? ソフィか?
いや違う、ソフィはさっきから”念話”で僕に逃げるよう指示を出している。
別の人間。あるいは魔物?
「これは、”月狼”からの”念話”!?」
間違いない。この感じ、助けを求めている?
そう気づくや否や、身体が勝手に走り出していた。
「メルタ待て、危険じゃ!」
ソフィの静止を振り切り、魔物達の方に走る。
走りながら調査隊の笛を吹き、応援が駆けつけてくれるよう手を打っておく。
今は調査よりも、”月狼”の救出を優先したい!
開けた場所に出た後、倒れていている”月狼”の前に立つ。
全身が傷だらけだ、大分弱っている。
”森狼”達は警戒するが、囲む体制は崩さない。
標的は、”月狼”から僕に変わったようだ。
戦いの痕か、”森狼”も傷を負っている。
これなら、一か八か……。
祖父からもらった短剣を構えながら、”森狼”に向かって ”念話”を飛ばす。
「(これ以上傷つきたくないなら、退いて!)」
しかし、”森狼”達は引くどころか、より警戒を強めたようだ。
子供が魔力で圧をかけたところで、逆効果だったか。
正面の "森狼" 達は、今にも襲い掛かってきそうな様子だ。
「くそ、戦うしかないか!」
魔物との戦闘は何度か経験している。
襲い掛かってくるなら容赦はしない。
1匹ずつでもかなり手強い相手だ。
3匹を同時に相手にするのなら、全力で殺しにいかなければ、死ぬのは自分だ。
今回は、魔物同士の争いに横から入った僕が悪い。
しかし、魔物と仲良くなることを志す身としては、助けを求める魔物を放っておくわけにはいかない。
そのくせ、”森狼”と戦うのかって?
いや、これは僕のエゴだ。
両者睨みあった後、”森狼”達が同時に襲い掛かってきた。
右から噛みついてきた”森狼”の急所に、両手で短剣を握って思い切り刺す。
子供の力とはいえ急所を一突きだ、即死だろう。
しかし、一度に出来るのはそれが限界だ。
無防備になった左腕と左足を、2匹の”森狼”に噛みつかれる。
「――いってぇ……」
痛みで声が出せない。嫌な汗が出る。
だが、無抵抗なままでいるわけにはいかない。
仕留めた魔物の身体から短剣を抜き、すぐさま、左腕に噛みついている”森狼”の眼に突き刺す。
絶命はしないも、噛みつく力が弱まった。
もう一発、今度は喉元に突き刺してとどめをさす。
「あと、1匹……」
残る1匹の”森狼”に噛みつかれている左足は血だらけだ。
感覚も無い。
そして、さっきまで噛みつかれていた左手は、もう使えない。
右手で短剣を握りしめ、左足に噛みついている”森狼”の頭に、思い切り振り下ろした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
頭に短剣が突き刺さった”森狼”は事切れたようだ。
”森狼”に噛まれた箇所から血が止まらない。
意識がぼんやりしてきた。
痛すぎて涙が出る。
でも、”月狼”は何とか守れたようだ。
「(も、もう大丈夫だから……)」
力を振り絞り、”月狼”に向かって”念話”を飛ばす。
まだ息はあるようだが、伝わっているのだろうか。
もう限界だ。そう思った時。
目の前の木の陰から、別の”森狼”が2匹も飛び出してきた。
こちらに近付いてくる。
「ちくしょう、さすがにこれ以上は無理だ……」
意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。
時は少し遡る。
「全く、焦りおって……」
メルタが走って行く姿を見て、ソフィは呟く。
確かに彼は毎日頑張っている。
特に、調査隊の稽古に参加して身に着けた体術と、頭に叩き込んだ魔物知識があれば、的確に魔物の急所を突いて倒すことが出来るだろう。
だが、それはあくまで一対一の話。
相手が複数の場合、せいぜい1匹倒すのが限度。
その後は、残った魔物に蹂躙されるだけだ。
急いでメルタの後を付いていくと、既に魔物を2匹仕留めた後だった。
残り1匹は、メルタの左足に噛みついて離れない。
「無茶しおるからに……!」
12歳にして”森狼”を2匹も倒すなど、大したものだ。
だが、やはり反撃を受けている。
あの出血量、メルタの生命が危ない。
メルタは力を振り絞り、最後の1匹を仕留めたようだ。
しかし、後ろから2匹の新手が近づいてきている。
すると、メルタが急に倒れた。
意識を失ったのだ。
「仕方がない……」
近づく魔物の向かい側、メルタの後ろにある木の枝に止まる。
ソフィは、戦闘が得意な魔物ではない。
魔力量も少ない分類だ。
だが、”森狼”とは経験の数が圧倒的に異なる。
経験の数が多いということは、力で支配する魔物同士の戦いを生き抜いてきたということ。
つまり、経験の違いは格の違いに繋がる。
近付いてくる”森狼”に羽根先を向ける。
そして、”念話”の要領で魔力を飛ばした。
「(近づくな、下がれ!)」
どこからともなく飛んできた強力なプレッシャーを感じて、2匹の”森狼”は警戒する。
小さな梟の魔物がこれだけのプレッシャーを放っているとは、思いもよらないのだろう。
焦る”森狼”に向かって、ソフィは畳みかける。
「(聞こえなかったのか?
もう一度チャンスをやる、下がれ!)」
”森狼”は、来た道を急いで戻る。
姿の見えない、高位と思われる魔物から圧を飛ばされたのだ。
如何に魔獣といえど、恐怖に耐えながら前進することは叶わなかった。
我ながら上手くごまかせた、と、ソフィはホッと一息をつく。
正面からの力比べになれば、負けていたのはこちらだろう。
魔物を追い返してすぐのことだ。
遠くから聞こえた調査隊の笛の音を聞いて、森の奥からメルタの祖父、シャルルが走ってきた。
「メルタ!」
彼は、争いがあったと思われる場所に到着する。
そこには、血だらけで倒れている孫と、同じく傷だらけで横たわる”月狼”がいたのだった。