少年は魔物と仲良くなりたい
人間と魔物が暮らす世界。
人間と魔物は、お互いを敵視していた。
人間を統べる王たちは、魔物から人々を守っている。
しかし、自身の国力をもって魔物を根絶やしにすることまでは望んでいない。
魔物がいなくなれば、今度は人間同士の争いが起こる。
莫大な資源を使って魔物を根絶やしにしたところで、今度は、他国の王との権力争いに勝たなくてはならない。
自国の民は守りつつも極力資源を使わず、他の王が魔物を滅ぼしたところで、主導権を奪う手立てを探っているのだ。
一方で、魔物を統べる魔王たちは暇を持て余していた。
魔物にとって人間は、一部の例外を除いて雑魚だ。
脅威ではないから、街まで行ってわざわざ滅ぼしにいく必要はない。
能動的に人間を襲う魔物がいたとしても、それは、本能に従うだけしか能がない低位の魔物か、他の魔物に力を誇示するための手段として行うかのどちらかだ。
ただし、魔物達にとって脅威となり得る人間が現れた場合、魔物同士で結託をして命を奪いに行く可能性がある。
—―最も、そんな人間が中々現れないため、魔王たちは暇をしているわけだが。
そんな世界を、一人の魔物使いが大きく変えることになる。
これは、選ばれし勇者でなければ天賦の才を持ったわけでもない、田舎の小さな村出身のある少年の物語だ。
そんな彼の夢、それは――
世界中の魔物に出会って、友達になること。
この物語は、少年が10歳の誕生日を迎える日の朝から始まる。
◇
「んー、良く寝た~」
ベッドから身体を起こし、カーテンを開ける。
雲一つない空。ちらほらと窓を開け始めた家が見える。
今日は僕にとって、特別な日だ。
ベッドから立ち、自室にある止まり木の上で眠っている梟に声を掛ける。
「ソフィ、ソフィ~? おはよ~!」
「む、もう朝か」
おはようメルタ、と返してくれたのは一緒に暮らすソフィだ。
“賢梟”という梟型の魔物で、とても賢く、僕にとっては先生みたいな存在。
スキル無しで普通に会話が出来るのは、凄いことらしい。
とはいえ、ソフィは別に強くない。というか、戦えないだろう。
僕の肩の上に乗るぐらいの大きさだし、大きい魔物にデコピンでもされたらおしまいだ。
単純に、生きている時間が長いから話せるんだと思う。
何歳かは知らないけど。
「今日は10歳の誕生日じゃったな。おめでとう、メルタ」
「ありがとう、ソフィ。
これで僕も、ようやくスキルが使えるようになるのかな?」
さて、どうじゃろうな、とソフィ。
この世界には、スキルというものが存在する。
身体に流れる魔力を消費して、魔法を使ったり肉体を強化したり、なんてことが出来る。
で、人間は10歳まで魔力を持たない。
一部の例外はいるらしいけど、僕は9歳になっても一向に魔力がなかった。
だから僕は、魔力が身につくと言われる10歳の誕生日を心待ちにしていたのだ。
「ところで、興味があるスキルはあるのか?」
「うん、魔物と仲良くなるスキルに興味があるんだ!」
魔物と仲良くなること。
戦うのではなく、友達になること。
僕の夢はなんたって、世界中の魔物と友達になることなんだから。
「まだそんなことを……。
魔物と友達になるなど無理じゃ、危険じゃと何度も言っておるのに……」
「いやでもさ、ソフィに言われても説得力ないよ?」
「儂は特別じゃ。
良い加減バカなことを言ってないで、儂を安心させてほしいのじゃがな……」
魔物の研究者になるだとか、そういう危険の少ない夢なら素直に応援できるんじゃが……。
そう言って、ソフィはため息をつく。
敵である魔物と仲良くなりたい人間なんて、世界にはきっといないのだろう。
無防備に近づけば、あっという間に襲われてお陀仏だ。
もちろん僕だって、魔物のことが怖くないわけじゃない。
でもそれ以上に、魔物のことを知りたい。
そしてもし、ソフィみたいな魔物がいるなら、仲良くなりたいという気持ちがあるのだ。
一番のきっかけは、一冊の本との出会いだろう。
「“人間と仲良くなりたい魔王とその仲間たち”に出会いたいんだ!」
家にある、古びた歴史書に登場する存在。
昔々の話。暇を持て余した魔王の一柱が、人間の娯楽に興味を持ったらしい。
そこから始まって、人間と話したい、仲良くなりたいと思ったのだとか。
配下の魔物も魔王に感化され、人間と暮らす街を作ったという。
ただ、ある日を境にその街は無くなったらしい。
滅ぼされたのか、はたまた、街に住む魔物と人間が争って消滅したのかは分からない。
「あれはただのお伽話じゃよ。
魔王というのはな、魔物を統べる危険極まり無い存在じゃ。
人間と仲良くなりたい魔王なんて、いるわけなかろうて」
ソフィだけでなく、大人はもちろん、僕と同じぐらいの子供ですら夢物語だと言う。
確かに僕も、最初は信じてなかった。
しかし、あの歴史書を読めば読むほど、夢物語ではないのでは?
と思ってしまう。
他の内容は全て史実通り。それも、事細かに書いてある。
実際に歴史を見てきたソフィですら、事実を知りたいのならば、この歴史書を読め、と言うほどだ。
そして、これは僕の主観かもしれないが……。
”人間と仲良くなりたい魔王とその仲間たち”の章は、特に力が入っている。
登場する魔物がこの本を書いているのでは? と思ってしまうほどに。
大人は、誰もこの歴史について知らないらしい。
ソフィに至っては、お伽話だの著者の唯一のミスだのと毎回怒っている。
何でも、子供が信じて魔物に近づいたらどうするのだ、とのことだ。
歴史書を読んでからというもの、家にある魔物図鑑を漁ったり、森に住む魔物を観察したりしているうちに、どうしようもなく魔物に興味を持ってしまった。
更には、“魔物使い”という、魔物と助け合う人々がこの世界にいるということを知った。
そして偶然も偶然、一緒に暮らす祖母が、なんと元魔物使いだったというじゃないか。
これはきっと、魔物と仲良くなる方法を祖母から学び、ゆくゆくは多くの魔物と友達になりなさい、ということに違いない!
そう思い去年、祖母に魔物と仲良くなるためのスキルを学びにいったところ、今は出来ないと言われた。
当時の僕には、スキルを使うために必要な魔力が全く無かったからだ。
しかし、10歳にもなれば身体に魔力が流れ始めるから、その時になったら教えてあげると約束を交わしてくれたのだ。
「とにかく、やっと10歳になったんだ。
早くおばあちゃんのところに行って、スキルを教えてもらわなくちゃ!」
ソフィに背を向け、着替え始める。
まだ夜明け前だが、祖母は起きて朝ごはんの準備に取り掛かる頃だろう。
「興味を持つのは良いことじゃがな、メルタ。
魔物使いが扱うスキルを覚えただけで、魔物と仲良くなれるとは限らないのじゃぞ?
あまり期待はしすぎないようにな」
「心配してくれてありがとね、ソフィ。
でも、未来のことはその時にまた考えるよ。
僕だって、すぐに魔物と仲良くなれるとは思ってないさ」
「それなら良いがの。
ところで、身体に魔力は本当に流れておるのか?」
ソフィに聞かれて、着替える手が止まる。
確かに、10歳になったがまだ魔力が流れていない可能性もある。
「……ソフィどうしよう、昨日と身体の調子変わらないや」
「ほっほっほ、そりゃそうじゃろうな。聞いてみただけじゃ。
どれ、儂が見てやろう。少しじっとしておれ」
ソフィの方に身体を向けて、じっと待つ。
律儀に身体を向けてきたことが面白かったのか、
ソフィは少し笑った後に話しつづけた。
「……うむ、微量ではあるが、魔力が無事通っておるようじゃな。おめでとうメルタ」
「え、本当!? やったー!
そうと決まれば早速、おばあちゃんのところに行かないと!
行こう、ソフィ!」
着替えを終え、ソフィに声をかける。
ソフィを置いてどこかに行くと、後でこっぴどく叱られるし。
後はやっぱり、はじめてのスキル習得は、ソフィにも見てもらいたい。
「全く、元気なやつじゃな」
ソフィが肩につかまったことを確認し、自室を後にした。
ゴブリンやコボルト、オークといった魔物から、
ドラゴンや魔王といった想像を絶する強大な魔物まで。
とにかく、多くの魔物のことを知り、仲良くなりたい。
無茶だの危険だのと言われても、この好奇心は抑えられないのだ。