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第7話「初仕事③」

 清原さんは、嘲笑を隠そうともしなかった。今泉薫はそれに対して、少しだけ居心地が悪そうに目を伏せた。

 苦言を呈しても良い状況だけど、今泉薫はなにも言わない。出会い頭に売られた喧嘩を買った勢いはどこに行ったの。


「帰ってもらえるか。君のような人物に割く時間はない。分かるだろ?だから君は目を伏せたんだ」


「はい。自分のことは事実なんでいいですけど、猫は関係ないです。スキル鑑定して下さい。お願いします」


 今朝、事務所をクビになるのではと涙を流した姿と重なった。涙こそ流していないけれど、同じに感じた。

 多分今泉薫には、巨大な劣等感があるんだ。

 スキル[名探偵]はスキル[探偵]の上位互換。だけど使いこなせていない今泉薫の実力は、恐らくスキル[探偵]を使いこなしている人よりも劣っている。

 そうじゃなくても、紺上高校にしか受からなかったという事実もある。


「メリットがない」


「清原さん、あなた仕事できませんね」


 唐突に喧嘩売った!

 遂に怒ったって感じじゃない。多分事実を事実として言っているだけのつもりなんだろうけど、これは喧嘩を売っているようにしか見えない。

 清原さんは明らかに怒っている。図星なんですかね。


「[名探偵]…人を侮辱するなら、それなりの根拠はあるのか?」


「なんでも合理性を求める人は非合理的です。スキル鑑定をする機械は使い切りではありません。帰れ帰らないと言ってる間にできるんですよ。俺に早く帰ってほしいなら、早くスキル鑑定して下さい」


 スキル鑑定の機械については知らないけど、大部分に同感。

 押し問答している時間はかなりもったいないと思う。強制的に帰らせることが出来るなら、その力を行使すれば良い。でもそれもしない。


「清原さんは、今泉さんが持って来た案件という理由でやらないって言ってるんですよね?」


 小さく挙手をして男性が発言をした。それに対して清原さんは、露骨に嫌そうな顔を向けてから大袈裟にため息を吐いた。

 これだけ大きなため息だから、録音出来ていそう。


「それがどうかしたのか。聞いてやっただけ、ありがたいと思え」


「いい大人が偉そうに開き直らないで下さい。少しの建前も使えないんですか?」


 よく分からない人だけど、ある程度の良識は持っている人なのかな。猫も力づくで連れて行こうとはしなかったし。

 だけどそれなら、この猫を割と強引に引き取ろうとした理由はなんだろう。


「話の流れから察するに、事例が少ないんでしょう。それを理由に慎重になるべきだとか、上の確認を取るために時間が欲しいだとか、いくらだって誤魔化せるはずです。失礼なことを言って追い返す理由はなんですか?」


「そんなことをしたらまた来るだろ。そんな時間を割いてやる暇はない」


 馬鹿にしたように笑いながら首を振る。

 この押し問答をしている時間がもったいない。そう言っているのが分からないらしい。この人、頭大丈夫なのかな。


「つまり今は暇だから相手を()()()()()()()。そう言うんですね?」


「比較的時間があるという言い方をしてくれないか」


 自分を守ることだけは一丁前に出来るんだ。本当にくだらない人。負けた感じになるのは癪だけど、出直して他の人に対応してもらった方が良い。

 この男性も、引き取る気はもうあまりなさそうだし。それにこの状況を見ているんだ。少なくとも今すぐ引き取るという駄々はこねないだろうと思う。


「手が空いているのなら。他の課の手伝いに行け。年度替わりの今の時期、役所は忙しい。スキル課とて例外ではない」


「少しでも名に傷が付かないよう配慮してやっているというのに、その言い草はなんだ!今すぐ引きずり出すことも出来るんだぞ!」


「それは無理だと思います」


 私は自分のポケットから、ヴォイスレコーダーを取り出した。


 清原さんは最初から敬語ではなく、ずっと横柄な態度だった。

 それでもこちらは今の今まで敬語だった。それに喧嘩を売った以外は紳士的というものに当てはまる話し方だったと思う。

 突然の訪問とはいえ、無礼なのは明らかに清原さんの方だ。


「そんなものを許可した覚えはないぞ!」


「でも駄目だとは言われていません。機密性の高い場所であるのなら、それなりのセキュリティと意識が必要だと思います。確認を怠った清原さんの責任です」


 これに対する言い訳はすぐに浮かばなかったのか、口をパクパクさせている。

 しばらく無言が続いて、やがて口を閉じる。再びしばらく無言が続く。清原さんがなにか言う様子はない。

 男性が急に拍手をし出した。ハッとして見ると、私と今泉薫をしっかりと捉えて満面の笑みを浮かべている。なにが起きているの?


「自己紹介が遅くなりました。スキル特務課の課長を務めます、天堂(てんどう)と申します。部下が大変失礼しました」


 自分が所属する課の課長の顔を知らないはずがない。そうか、配属が今日からなのかもしれない。いやいや、もう退勤の時間。それは流石に無理がある。

 それならこれは全て芝居?いやいや、なんのために。

 どういうこと?本当に、なにが起きているの?今泉薫は全く慌てていない。顔色ひとつも変えない。ムカつく。


「飼い主に不幸をもたらすという猫を探していまして。異動して来たばかりなものですから、観光がてら」


 飼い主に降りかかる不幸は、スキルによるものだと考えられた。スキル特務課という一般的に知られていない課が動いた理由は分からない。

 マニュアルなのか、迅速に対応すべきであるという判断からか。

 どちらにしろ、あまり気楽に構えて良いことだとは思えない。それだけに、観光がてらという言葉が随分と呑気に感じられる。


「言ってもらえれば引き渡しました。どうして販売目的と受け取れるような言動をしたんですか?」


「この町にある探偵事務所の実力を知る良い機会になると思いまして。ちなみに、今泉さんに拾われたのは全くの偶然です」


 趣味が悪い。役所や警察からの信頼は事務所の存続に直結する。

 一般人からの依頼だけで経営が成り立っている探偵事務所は多くない。物語のように、事件の方からホイホイやって来ることなんてない。

 本人はそれを理解していないのか、全く悪意のない笑顔でいる。その笑顔を私から今泉薫に移した。


「この町にスキル[名探偵]を持つ方がいたとは驚きです。しかしそれなら分かっていたはずですが、何故付き合ってもらえたのでしょうか?」


 小さな呟きがこの小さな部屋に、妙に響いた。

 私は今泉薫のことを全く知らない。だけどそれを聞いて、これから変わっていくんだなと嬉しく思った。

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