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第34話「休日に休めない人③」

 渋々といった様子で引き受けた割には、指導は順調に終わった。

 小声での会話だったけど、ゆきちゃんにもあの会話は聞こえていたはず。幼くて内容自体が分からなくても悪口かそれ以外かは、なんとなく分かる。

 あれは明らかに悪口だった。

 そうじゃなくても、勉強なんて無条件に嫌がるような年。でも嫌がることなく、指導を受けた。

 だから今泉薫の言うことは、当たっているのかもしれないと思った。個人的には不幸自慢する幼女よりも嫌だ。


 悲しいけど優しいドキュメンタリの、大人モブになった。そんな感じで、自分を可愛がることを分かっているんじゃないか。

 もっと端的に表現することも出来る。どんなことになにを言えば、大人が喜ぶか分かってやっている。

 今泉薫があまり大人ではないからなのか、それがただの不幸自慢に思えた。少し深く関わった母親候補には、恐怖の対象となった。


「これはこれは[名探偵]サマ。探偵と宿が一緒だって聞いて、休めないかと思ったが[名探偵]なら大丈夫だな」


「ちょっと先輩…」


 悲鳴に駆け付けなかった癖によく言うよ。

 そう言って、噛みついてやりたい。だけど今泉薫にも、なにか事情があるみたいだから…とか言って、本当は勇気がないだけなんじゃないの?

 誰なのか知らないけど、こんなこと言うのはどうせ警察で。警察との協力関係を捨てることは難しくて。


「おじさんはお休みだから、来てくれなかったんでしょ?お休みだけど来てくれたお兄ちゃんたちは、すごいんだよ」


「ああそうだな、すごいすごい。でも実力がなきゃな。お嬢ちゃんも可哀想にな。こんなヤツから教わって、将来が心配だ」


「だいじょうぶだよ」


 駆け寄ると、年上の方の男に手を伸ばす。少しも慌てる様子がない。あの歪んだドアを見てもいないんだろう。見ていたら避けるはず。

 スキルの制御がまだ出来ていない。そう思っているんだよね?だったらなおさら避ける。でも馬鹿にした表情で見下ろしているだけ。


「止めときましょうよ。先輩の言ってることは間違いじゃないです。でもこの子の言ってることだって間違いじゃないですよ」


 後輩らしい男の言葉は、少し早口だった。そして2人を遮るようにして、大きく手を動かした。

 こんなに焦った反応をするんだから、この人はドアを見ている。

 一応は先輩だからと、立てているだけって感じかな。それならこの人はそこまで嫌な人ではない。…のかもしれない。そうだったら良いな。

 嫌な人ばかりが警官だなんて、嫌だから。


「駆け付けてあげられなくてごめんね。でも次からは絶対に駆け付けるよ。だからお巡りさんのこと頼ってね」


 しゃがんで、ゆきちゃんの目線に合わせていた。そのたったひとつの動作だけで良い人に見えるんだから、警官への印象の悪さは相当なもの。

 にっこり笑ったゆきちゃんが、2人の警官に手を差し出した。後輩は目に見えて戸惑っている。でも先輩は、なんでか鼻で笑って手を差し出す。


「仲良しの握手なんだろ?やってやれよ」


 先輩だからって一応は立てて、庇ってまでくれた。そんな後輩をからかうなんてこの警官は本当に最悪。

 ただの勘だけど、後輩の方も今泉薫の噂を知っている。噂自体を信じてはいないけど“そんな噂が流れてしまう人”という認識。そんな感じかな。

 初めは、ただの金魚のフンだと思った。だけどゆきちゃんに対しては、積極的に動いているから子供好きなのかも。それで面倒事が極端に嫌い。

 だけど子供じゃなくて“ドアを歪ませるスキルを持つ人”として見ているなら握手に気が乗らなくても、おかしくない。


「だいじょうぶだよ」


 覚悟を決めるように長めの息を吐いて、手を差し出す。

 警戒していたのに、急にどうしたんだろう。それにどういうリスク計算をしたらそういう行動を取るのか分からない。

 ゆきちゃんとのやり取りは、全く知らないはず。本人が本気で言っているとしてそれを信じられる要素なんてない。


 まだ0か100かの制御が、出来るようになったばかり。それだって100%成功するわけじゃない。危険過ぎる。

 だけど止めたら、馬鹿にされるだけなんじゃないの?そうやって迷っている間にゆきちゃんは2人の手を握った。

 叫び声を上げたのは先輩の方だけだった。


「手が…俺の手が…!早く救急車を――」


「救急です。俺の手がって、先輩が騒いでいて。……え?あぁ、そういうの厨二病っていうんですよね?でもそうのではなくて、怪我はしています」


 何度か言葉を交わして場所を伝えると、携帯を耳から離す。そして歯をキラリと見せて笑ってみせた。

 後輩の方も、違う意味で嫌な人かもしれない。


「先輩って俺に尊敬されているんでしたよね。だから先輩のことをみんなに知ってほしいんです。この失態と厨二病説はちゃんと広めますね?」


「失態?厨二病?ふざけるな!」


「わるいことをしたのはゆきだよ。お兄さんのこと、おこらないで」


 ゆきちゃんが近付くとその威勢はなくなって、怯えた表情を見せた。でもそれは一瞬のことで、ゆきちゃんの言葉に水を得た魚のようになった。

 そのゲスい笑みを見れば、なにを言うのか想像するのは簡単。なんて仕方のない大人なんだろう。


「謝罪だ!今すぐ親も土下座で謝罪しろ!だがそれだけで済まないことは子供でも分かるよな?慰謝料たっぷり請求してやるから、首洗って待ってろよ」


「ごめんなさいすれば、もういいんだよね?みんなそうだよ。どうしておじさんはダメなの?」


 2人が声を上げて笑った。

 行動自体は同じけど、心情は全く違うだろうと思う。だってこんなに、笑い声も笑顔の種類も違う。


 今泉薫の笑い声は、少しため息交じり。浮かべている笑顔には、安心したような表情も混ざっている。

 その表情の通り、安心したんじゃないかと私は思う。

 自分と同じような考え方で、感情をロジカルに処理する子供がいる。この事実は過去の今泉薫を少しだけ、救ったんじゃないだろうか。


 一方後輩の方は、心の底から可笑しそう。

 救急車を呼ぶときの言葉選び。その後の先輩への言葉。これらからは悪意以外のなにも感じられなかった。

 多分この人も割とロジカルに感情を処理しているんだろう。だけど普通を演じることは簡単なこと。そんな人なんじゃないかな。

 それで子供もこんな風に考えるものか、と珍しがっている。


「ごめんで済めば警察はいらないだろ。馬鹿にしてんのか!」


 この子供みたいな言葉には、私も笑った。人は怒ると冷静さを欠く、と聞くけどこんなにも顕著なものなんだ。

 それとも、これが先輩サマの普通の発言なのかな?

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