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第30話「勇気ある人③」

 頭がぼんやりとして、整理が出来ない。どうしたら良いのか分からない。駅まで行って、あの子じゃないか確認する?もしあの子だったらどうするの?

 いくら人情を大切にしていたって、商売は商売なんだよ。あまりにも無茶苦茶なものは受けられない。

 今回はひとつの企業として、受けられなかった。


 金は情からではなく、労働から生まれる。


 私は今泉薫のこの言葉に、共感している。戸惑ったのは、うちの事務所の周囲の認識について。

 仮に無償で行うのが良いことだとする。でも会社は潰れる。どんな会社だろうとその会社がなくなれば、困る人がいるはず。

 良いことだけが、世の中のためになるとは限らない。


「私は…間違っていない…」


「…どうしたの?」


「どうして他も確認しなかったの。ひとつ知っただけで、全部知った気になって。だから気持ちが分からないんじゃないの」


 私にだって気付けることはあった。こんなのは責任転嫁。分かっている。それに今泉薫に丸投げした私が責めるなんてお門違い。

 だけど力のある人がもっとなにか出来ていたらって思うのは、間違いなの?

 そっと触れた、今泉薫の手を振り払う。


「そんなことしても、アンタには分からないよ。…駅で、人身事故があったって。施設に現れるストーカーと、本当に同一人物なの?」


「背格好は聞いてた感じと同じだよ。それに、どこまででもストーキングするって聞いてる。可能性は高いよ」


「確証がないのに、なんであんなこと言ったの!」


「柊さんも分かってるはずだよ。探偵は正義のヒーローじゃない。俺が言ったのはアドバイスで、解決方法じゃない」


 責任転嫁だって、怒れば良いのに。どうして。

 今泉薫のスキルに頼って、なにもしようとしなかった。このやり取りだって全部完全な八つ当たり。

 それなのに、今泉薫は微笑んでいる。


「助けたくないと思ったわけじゃなかった。でも助けたいとも、助けられるように行動しようとも、思わなかった」


「俺も同じ。みんなを助けることなんてできないから、それでいいと思うよ」


「でもそんな中途半端な思いが、悪い結果を招いたのかも」


 嘆いたって変わらない。謝って自己満足している人と同じ。心を痛めているって思うことで、自分を慰めているだけ。

 じゃあ今この瞬間、正しいことってなに?なにをどうすれば私は、自分の周りを綺麗にしておけるの?


「それは違うと思う。人の気持ち次第で変わることは沢山あるよ。でも今回それを変えたのはあの子自身だよ」


「どうして?」


「ストーカーに声かけるのって普通なの?俺でも分かる。ダメ、絶対」


 …そうだよ。声をかけたから運命みたいなものが変わった。それは個人の考え方次第ではあるけど、やっぱり普通はしないよね。

 そっか、私だけのせいじゃないんだ。

 よくよく考えてみれば、その通りだよ。なんでも自分のせいだと思うのは、逆に傲慢だよね。それだけ世界に影響を与えていると思っていることになる。


「もう一切れ食べちゃう?元気になるよ」


「自分が食べたいだけでしょ。でも私が買ったんだし、良いか。一切れだからね」


「やったぁ」


 今泉薫が冷蔵庫を開けたタイミングで、事務所の電話が鳴った。私が取ると手で合図して、決まり文句を言う。

 相手はあの子と同じ名前を名乗った。無事だったんだ。良かった。


『アドバイスをもらいたくて。お金にならないのにごめんなさい。でも頼れる人がいないんです。お願いします』


「アドバイスね。なに?」


『実は、線路に突き落とされそうになったんです。反射的に投げたら、入って来る電車にぶつけちゃって。私が悪いんですか?どうしたら良いと思いますか?』


「……オカケニナッタ電話番号ハ現在、使ワレテオリマセン。番号ノ確認ヲシテ、オカケ直シ下サイ」


 線路に突き落とされかけた。それは殺されかけたということ。そして黄色い線のすぐ近くにいたはず。

 その距離とタイミングなら相手は多分、死んでいる。


「あの子?なんて?」


「着拒しよう。あの子ヤバい。怖い」


 あの子が言ったことを伝える。それを聞いた今泉薫は、ポカンとした表情で首を傾げた。その次に、カクカクと頷いた。

 素早く操作して私に笑顔を向ける。その笑顔は引きつっていた。


「私が中途半端に首を突っ込んだから。ごめん」


「大丈夫だよ。事故?事件?の直後に電話がかかって来てるから事情は聞かれると思うけど、それだけだよ。それよりロールケーキ食べよう?」


 頷いて皿を受け取ると、どこからか猫さんがやって来て足元にすり寄る。

 ロールケーキをねだられているんだ。いつもは逃げるくせに、こういうときだけ寄って来るなんて。現金な猫。

 …というか、またいたんだ。やっぱりスキル[天災]は伊達じゃない。困った人を連れて来てくれちゃって。


「それで、ストーカーが出る施設ってなんなの?」


「やっぱり忘れてなかったんだ」


 このため息がちな言い方。表情や仕草。得られる情報の全てが、今泉薫の心境をどうしよもなく雄弁に語っている。

 それを語ることを、とても嫌だと思っている。

 でもどういうわけなのか、誤魔化そうとしている感じは全くない。本当はずっと誰かに話したいと思っていたから?


「その施設は、父方の祖母の姉が通う精神科の病院なんだ」


 随分と遠い親戚の連絡先を、その病院がどう知ったのかは分からない。ともかく今泉薫宛てに連絡が入った。

 診療代の未払いが続いている。そんな内容に、今泉薫は一言。


 父親に会ったことがあったとしても、父親の親戚なんて他人です。


 そう言い放った。けれどそれで済むなら電話はかかって来ない。当時、今泉薫は中学生だった。アルバイトが出来る年齢ではない。

 そこで“お手伝い”を言い付けられる。患者を連れて来ること。病院周辺で起きたトラブルを解決すること。この2つ。


「それじゃあインベスティゲーションの人事部長の…」


「うん。その病院を紹介した」


「なんでそんなこと…!」


「当時は開業したばかりで、患者数が少なかったんだ。でも今はそこそこの評価があるから大丈夫。少し働く悪知恵の通りに行動する普通の人だよ。ただ医師として生きたかっただけなんだ」


 医者として悪い人ではない。その理由を、いくつか挙げた。お手伝いにノルマがなかったことや、無理難題なトラブル解決の依頼がなかったことも。

 聞いてもいないのに、つらつらと語った。理由なんて簡単に想像がつく。


「きちんと治療が受けられていることは分かった。でもストーカーが現れることは知っていたんだよね?どうして解決出来ていないのに紹介したの?」


 向けられた表情は、今にも泣き出しそうなものだった。そして手は、不安そうに彷徨ってきゅっと握られた。

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