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第29話「勇気ある人②」

 警察に行きたくない…というより、両親に知られたくない。その理由も、予想が出来る中ではシンプルに入る部類だった。

 多分この子の両親は過保護で、この子はそれを良く思っていない。それは両親の出張についての語りから、なんとなく分かる。


 両親がどれくらい反対したかは分からない。だけど、かなり粘ったんだと思う。それで問題を起こしたとなれば、どうなるか。

 より干渉される。これは間違いない。さらに本人はこうまで言った。


 こんなことが知られたら、一生あの家から出られないんじゃないか。


 理由はシンプルだけど、事情は複雑。そういうこと。

 とにかく、そんなんだからアルバイトなんて当然出来ないだろうと思う。お金の管理も過剰にされているかもしれない。

 お金をあまり持っていない。そう言ったけど、多分全然持っていない。近い内にアルバイトを始められる可能性が低い。親に言わない。

 依頼料の回収は見込めない。この子に恩を売っても仕方がない。


「家はどの辺り?この後用事があるから、出来るだけ近くまで送るよ」


 本当は用事なんてない。流石に、このまま帰すのは後味が悪過ぎる。近くにまだストーカーがいるかもしれないんだから。

 これが最大限の譲歩で、最大限の気遣い。


「それは、依頼を受けてもらえないってことですか…?」


「アルバイトもしていないよね?支払い能力がないから、受けられない」


「なんとか説得します!両親が帰って来るまでに解決したいんです!」


 首都が危ないっていうイメージは分かる。でもお姉さんの家に行くことを必死で説得しないといけないような親では、不可能に近い。

 せめて今だけでも、難から逃れる方法が提示されている。そうした方が良い。


「依頼は受けられないけど、警察に行く以外のアドバイスをあげられるよ」


「本当ですか…!?」


 スキルでなにか情報を掴めたんだ。良かった。でもストーカーと直接の関わりはなさそうなのに、どうしてストーカーのことが分かるんだろう。

 もしかして自作自演…はメリットがないのか。でも他の問題を解決するための、最小限の犠牲だと思っているのかも。


「家の外で、毎日できるだけ同じ生活を送ること」


「どういう意味ですか?それに外に出たら、危ないんじゃないんですか?」


「単調な生活を見てれば、飽きるんじゃないかな。家の中だと様子が分かりにくいから見やすいところにいた方が良いよ」


 明らかに不安そう。眉を寄せている。

 私はスキルのことを知っていることもあって、意味のあることなんだろう、って思える。それでも本当に大丈夫なのか不安なんだから、当たり前だと思う。

 もう少し具体性のあるアドバイスを付け加えて、安心させてあげればその通りにするかも。助けたくないわけじゃないから。


「それから、もしなにかあったら助けを求めるのは“誰か”じゃない。“そこの何色の服を着た人”みたいに指名するの。責任が分散しにくくなるから、これだけで違う」


「…分かりました。会社だから、お金を払えない人にサービスを提供出来ないのは当たり前です。でも出来る範囲で助けようとしてくれて。飛び込んだのが、ここで良かったって心の底から思います」


 薄っすらと涙を浮かべた。それを拭って、お茶を勢い良く飲む。湯飲みを置いて上げた顔は、少しは晴れやかになっていた。

 なにかが解決出来たわけじゃない。でも少しでも前を向けて良かった。


「正直に言うと、そんなことで大丈夫なのかって不安です。でもアドバイス通りにしてみます。他に出来ることもないし…」


 電車に乗ると言うから、駅まで送って行った。いつもは売り切れているチョコのロールケーキが、まだ残っていた。

 ラスイチの争奪戦に勝利。事務所へ向かう足が、自然と早足になった。

 どうしてあんなアドバイスをしたのか、聞き出さないと。根拠がなくても、私は困らない。でもあると思うから知りたい。


「おかえり。あ、もしかして…!」


「そう、チョコ。でもあのアドバイスについて聞くまではお預け」


「絶対言うから、先に食べよう?ここのロールケーキは、鮮度が命なんだよ」


 パッと明るくなった表情が、しゅんと暗くなる。そしてうるうるした瞳が私を…ああもう。そんな目で見ないでよ。

 切り分け始めると、また表情をパッと輝かせる。こうしていれば中性的というかむしろ可愛い、普通の人なのにな。


 一口頬張ると、目に見えて表情が緩くなる。美味しいようでなにより。私も一口頬張る。流石は連日売り切れる商品。美味しい。

 ふと視線を感じて顔を上げた。今泉薫がなにか言いたそうに私を見て、そわそわしている。皿にはなにも乗っていない。


「あと一切れね」


「ありがとう、柊さん」


 一切れ皿に乗せると、キラキラした目で眺めてから頬張った。ここまで喜ぶとは思わなかった。買って来た甲斐があるよ。

 私が一切れ食べる間に、今泉薫は二切れ食べ終えていた。


「さて、聞かせてもらうよ」


「あの子のお姉さんの家の近くには、ある施設が建ってるんだ。そこに出入りする人が、ストーカー被害に遭ってる。どの被害者も直接的な被害はなくて、2週間で姿を消すことが多いみたいだよ」


 そのストーカーなら確かに、今泉薫の対策は悪いものじゃない。

 ある程度観察したら満足して姿を消す。そういうことだろうから、単調な生活を送れば早く消えてくれる可能性は高い。

 でもその真相は、あの子とは関係がない。それなら可能性はひとつ。その施設に現れるストーカーについて、元から知っていた。


「お姉さんの家の場所はスキルで知ったんだよね?他の情報は?」


「観光した場所くらいかな。家では靴は履かないもんね」


 明らかな早合点。同一人物とは限らない。

 あの子を今ストーキングしている人と、その施設に現れるストーカー。同じとは限らない。それにもうひとつ問題がある。

 あの子はストーカーと直接会話している。そしてストーカーに勘違いされたまま駅のホームに行った。


「人を探しています。白いワンピースを着た、高校生くらいの女の子です。駅まで送ったんですけど、まだ家に帰っていないみたいで」


『人探しなら警察か探偵にお願いして下さい』


 慌てているのか、早口に言って切られてしまった。携帯をぼんやりと見る私に、今泉薫は笑顔を向ける。


「どうしたの?柊さん」


 受話器が置かれるまでの間に、微かにアナウンスが聞こえた。人身事故があったと言っていた。

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