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第27話「優先順位がはっきりしている人⑥」

 私たちを攫った人は、この人の会社の先輩。仕事を教わっている先輩の、同期であり友達。たまに3人で食事を摂るため、良好な仲だと思っていた。

 しかしある日を境に態度が変わる。謝罪をすると、今度は嫌がらせが始まった。

 先輩は当然のように、揉め事に関わりたくない様子。自分が先輩の立場だったらと考え、仕事以外で関わらないようにした。


 周囲に迷惑をかける行為や、明らかに犯罪となる行為は、これまではしたことがなかった。そのため、出来るだけ外で過ごすようにしていた。

 怒らせてしまった理由も、誘拐なんてことをした理由も、分からない。このまま警察に突き出して、なにかが解決するとは思えない。


 まくし立てるようにそう言って、頭を下げてきた。


「ちゃんと話しがしたいんです。時間をもらえませんか?」


「誰かが通報したと思っていた。そんなこと、よくあるんじゃない?」


「ありがとうございます!」


 ここに来るまでは事実を話す。

 警察の到着を待っていたが、中々来ない。そこで建物の中で待とうということになるが、先輩のことが気がかりでひとり倉庫に戻る。

 通報は3人とも、自分ではないどちらかがしただろうと思っていた。

 しかし到着があまりにも遅い。そのため、今泉薫に確認の電話をする。このとき通報していないことが判明。


 こうすることになった。少々馬鹿らしいが、不自然ではないだろう。

 素人のお坊ちゃんと、探偵事務所に所属するとはいえ新入社員。加えて被害者とスキルの使用で疲弊している人物。

 今回は先輩たちにも落ち度がある。この言い訳を見破っても、そこまで追求して来ることはないだろう。なにも通報しないわけじゃない。


 背中を見送り、近くのカフェに入って腰を下ろす。お互い無言だった。

 そんな時間の終わりを告げるかのごとく、携帯が震えた。耳に当てると大袈裟に驚いて大きな声を出す。そして周囲に謝罪。

 これで印象付けは出来た。想像よりも演技が出来ている。


 やって来た警官たちは、今泉薫の顔を見るなり露骨に嫌そうな顔をした。どうせ人伝に聞いた噂しか知らないくせに。

 …本当は分かっている。一番思い込みがあるのは、私だって。少し良い面を見たその人が、必ずしも良い人だとは限らない。

 入社した日、お父さんが言っていた。今泉薫は警察や探偵の界隈で有名だって。例え噂でも、そのことを少しも知らないのは私。


「[名探偵]でもこんな馬鹿みたいなこと、するんだな」


「すみません」


 日頃のストレスを発散しているんだろう。ネチネチと言い続けてくる。今泉薫は愛想笑いを浮かべながら、時々謝った。

 私はそれを、後ろで黙って聞いていた。いくらなんでも失礼。そう言って止めることは簡単に出来るけど、今泉薫がそれを望んでいるとは思えなかった。


「犯人を一発KOする根性があるクセに、静かなお嬢ちゃんだな。大人しそうなヤツほどナニするか分かんねぇってか」


「事情聴取が終わったなら、帰して下さい」


 浮かべていた笑みを消して、私を庇うように移動する。すると警官は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。なにを言われるのか、すぐに分かった。

 そんな風にしか考えられないなんて、馬鹿馬鹿しい。


「帰して下さい」


「彼女か好きな女か知らないが、恰好付けたくて必死だな」


 自分の言葉を被せて、それは言わせなかった。でも意味はない。今泉薫だって、分かっているはず。

 こういう人には、人を馬鹿にしないと正気でいられない人には、なにを言っても無駄なのに。労力を費やすことなんてない。


「帰っていいのか、まだ聴取があるのか。そう聞いてるんです。そんな簡単な質問にも答えられないんですか?俺たちも暇じゃないんです」


「チッ、つまんねぇ。帰れ帰れ。ちゃ~んと送ってやれよ~」


 今泉薫はこんな人相手でも、きちんとお辞儀をして歩き出した。そうする理由があるんだろうと思う。私もお辞儀をして、今泉薫の後ろを歩いた。

 癪だった。でも馬鹿にされた本人が、我慢してした行動。一緒にいる私が台無しには出来ない。


「ごめんね、嫌な思いさせて」


「嫌な思いをしたことは確か。だけどアンタが謝ることじゃない。あんな風に人を馬鹿にする、あの警官がおかしいだけ。そうでしょ?」


「…どうかな。いじめはいじめた側が全面的に悪いって、本当かな。いじめられる理由があったらいじめていい。そう言ってるわけじゃない。でも俺にはあるから。だから分からないのかな」


 自分の過去を知れば、誰も彼もが離れていく。馬鹿にされるのは当然で、仕方のないこと。そう思っているんだ。

 適当に声をかける、なんてことはとても簡単で、いくらでも出来る。でもそれが嫌なことだと、私は知っている。それに考えが簡単に変わるはずがない。

 じゃあ今泉薫は、なにを求めて言っているのか。


「知らないことには、なにも言えない。だけどこれだけは絶対に約束する。迎えがいらないなら、はっきりとそう言う」


「うん。――、事務所に戻ろう」


 私を真っ直ぐ見る今泉薫の表情は、笑顔だった。それは多分、初めて見た本当の笑顔。それから目元の光も、初日の号泣以来かな。

 でもそれには気付かないフリをした。余計な言葉は必要ないと思ったから。

 さて、仕事の話しをしよう。


「依頼はどうなったんだろう?アンタは知っているの?」


「ううん。でも依頼は達成出来なかったね。あの先輩は犯罪者になった」


 主語が息子ではなく、先輩。

 息子をストーカーから守るという依頼は建前だった。今にも自分の息子に危害を加えんとする人を、犯罪者にしないためだった。そういうこと?

 …違う。駄目だ。こんなことは、驚くことじゃない。


 依頼主が全ての事情を話す義務なんてない。依頼内容の嘘や、依頼主の隠された本音まで見抜いてこそ探偵。

 でも私は、言われたことをただ実行していただけ。あの情報屋の言う通り、私は半人前ですらない。まだまだ探偵にはなれそうにない。

 何者にも、一朝一夕でなれはしない。そんなことは分かっていたはず。だけど、現実を突き付けられると…少し、キツい。


「でも大丈夫だよ。六道社長はこういう場合の対策も考えてる人だから。腕とかは関係なく、元からあまり期待してなかったと思う。そういう人なんだ」


「でもアンタの…ことを知っていて、うちに依頼したんじゃないの?それはアンタの腕を、[名探偵]としての腕を、見込んで――」


「だからだよ。あのね、柊さん。唯一の友達が離れて行くこと、思ったより寂しくないんだ。それはきっと、柊さんがいてくれるからだよ。自分の身を危険にしても助けてくれたこと、すごく嬉しい」


 そっか。この出来事で特別なことなんて、なにも起こっていないんだ。

 本当は知っていて、目を逸らしていたことを改めて認識した。各々の優先順位が浮き彫りになった。それだけのこと。

 私はあのとき今泉薫を、自分よりも――


「ありがとう、今泉薫」

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