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第25話「優先順位がはっきりしている人④」

 身体のあちこちが痛い。手足の拘束と…引っかかっておいてあれだけど、手口もかなり雑。多分、雑に運ばれたんだろうな。

 漫画やドラマみたいには、いかないよね。ある程度は気を遣って運んでくれって言う方が無理ではある。

 文句を言いたい気持ちが多少はあるけど、問題はそんなことじゃない。攫われたこと自体。しかも何故か、対象と一緒に。


「…本当に大丈夫ですか?こんなことになって、すみません」


「攫われた理由に心当たりがあるんですか?」


「はい。怒らせてしまった人がいるんです。怒った理由もこんなことまでする理由も分からないんですが、それから色々あったので、その人の仕業だと思います」


 それはつまり、証拠はないけど疑っている人がいる、と。それって本当にその人がやっているのかな。

 根本から疑うとキリがないから、疑う合理的な理由があるとする。それでも今は多分、不幸の手紙と同じような状態。

 一度その人がやったと知ると、全てがその人の仕業に見える。

 あと、ひとつ不安なことがある。


「そう言って謝ったりとかは、していないですよね?」


「それは…悪いときの言い方ですね。そうなんです。彼をまた怒らせてしまって。どうしてなんでしょうか?」


 今泉薫、アンタは協力してもらう人を間違えていた。変わり者なんじゃないかと思ってはいたけど、変わり者どころじゃない。この人も感情に疎い。

 一般的な考えを常識として覚えて、使っているだけ。そんな感じがする。この人が余計なことを教えていないと良いけど、ちょっと望み薄かな。


「肩が当たったら謝りますよね?それくらい当然のことを、そうやって謝られたら気分が悪いです。そういうことかもしれません」


「なるほど。今度彼に聞いてみます」


 止めておいた方が良いと思う。また怒らせるだけなのは目に見えている。だけど面倒だから、これ以上言うのは止めよう。

 というかこの人、なんでこんなに余裕なの?攫われて手足を縛られるなんてこと普通は体験しない。…よね?


「ところで薫くんは、無事猫を飼えたんですか?」


「え?」


「なにか話しをして、気を紛らわせた方が良いかと思ったんです。黙っていた方が良かったですか?」


 この状況で他人を気遣える、その余裕がすごく嫌味に映る。私が探偵になりたいからというのは多分、関係ない。

 具体的になにがどうして、というのは正直よく分からない。でもなんとなく気に障る。怒ったっていう人もこんな気分だったのかもしれない。


「いいえ、折角ですしお話ししましょう。猫を描いたがっていたんですか?」


「はい。お父さんが猫アレルギーなんです。それで独り暮らしをして猫を飼うって家を出たんですよ」


 今泉薫から父親のことは聞いていない。だけど家出の理由が猫とは思えないし、この“お父さん”はこの人の父親だろうな。

 この人視点で見れば、家出のことを私が知っているか分からない。だからどっちにも聞こえるように言ったんだ。

 仲良くなり始めた時点で、毎週末泊めていた。卒業する頃にはそれ以上居着いていてもおかしくない。出て行く理由として嘘を吐いたんだろう。


「飼っていますよ。会社関係の人から譲り受けたと言っていました」


「拾った猫じゃないなら安心ですね。飼うノウハウや、その子のこと。色々教えてもらえたはずです。薫くんは抜けていますから」


 同僚だとバレていないのだから、そのままにしようと思って言った。でもあれは拾った猫と大差ない。

 というか、いつかは猫を飼わなくちゃいけないって思っていたってこと?じゃあ猫さんを助けた理由って、ただ猫が欲しかったから?


「懐いているみたいですし、大丈夫だと思いますよ。話は変わりますが、彼は以前から嘘を吐くのが苦手だったんですか?」


「…どういう意味ですか」


 なに…?表情がなくなって、目から光が消えた。今泉薫はただの友達って感じの言い方だったけど、違うの?

 分かっている。双方の思いが同じだとは限らない。でもファミレスの感じでは、熱量の違いは感じなかった。


「え?変なこと聞きましたか?服が似合わないとか、貰ったお菓子を美味しくないとか言って、お世辞が言えないので…」


「そうでしたか」


 目の光は戻ってないけど、表情は戻った。一先ずは誤魔化せたのかな。

 これ以上踏み込まないないなら、なんの問題もないと思う。脱出の機会があったときにも協力出来る。

 猫さんを助けた本当の理由を知らなくても、なにも問題なんてない。でもそれで本当に、今泉薫が破滅の道へ進むのを止められるの?


「ああでも…猫の話しに戻るんですけど、少しいわく付きの猫だったんです。誰も引き取りたがらなかった猫を引き取った理由は、誤魔化されました」


「なんて言ったんですか?」


「秘密、と」


 唐突にゲラゲラと笑い出されて、どうしたら良いのか分からない。とりあえず、なんかすごくムカつく。

 それに、大きな声を出したら犯人に気付かれる。静かにしてほしい。


「僕が言ったからだと思います。特に理由がなくても、秘密って言うとなんとなくカッコいいって」


 そんなの状況による。なによりカッコつけること自体が無意味。そういう無駄なことしか教えていないんじゃないの?だから未だによく分かっていないんだ。

 自分で気付ける力はあったんだから、3年間でもちゃんと…なんで私が、こんな怒るみたいなことを思わなくちゃいけないの。


「子供のなんでなんで期って知っていますか?」


「なにに対してでも疑問を抱いて、それを質問する時期ですよね?」


「そうです。高一の頃がそれでした。誰かの発言ひとつひとつに、あれはどういう気持ちで言ったんだって質問攻めで苦労しました。あのときは僕も分からなかったので、適当に答えたんですよ」


 それを真に受けた今泉薫が真似をした。そう言っているわけだ。この口ぶりではスキルのことは知らなさそう。

 利害関係が一致しただけで、実はそんなに仲良くないのかな。でも仲が良ければ言えるってわけでもないか。

 告げることでどうなると想像したのかは分からない。でも孤独になるようなことを進んでする人は少ないだろうから、そういうことだったんだろうと思う。


「お目覚めみたいだな」


「これは流石にやり過ぎですよ。悪戯の域を超えています。それに無関係の人まで巻き込んで、どういうつもりですか」


 道に迷ったって話しかけて来た人と、同じ声だと思う。少し年上っぽい声だから会社の先輩かなにかかな。

 たった数分だけど私はこの人を、人を怒らせやすそうな人だと認識した。余程のことがあったんじゃないか。そう思ってしまっている。


 引き攣ったように笑って、なにかを…ナイフを取り出す。

 見えていなかったはずの犯人が、見えるようになった。その理由はマジックでもなんでもない。犯人が背にしている扉が開いて、明るくなったから。

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