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第24話「優先順位がはっきりしている人③」

 ガトーショコラを食べ終えても、今泉薫は席を立とうとしない。引っ張って店を出て、事務所へ歩く。

 今泉薫はため息を吐いて、仕方なくといった感じで話し始めた。


 あの女性は情報屋のようなことをしているらしい。

 依頼に関することの全てをひとりで行う。そして受ける依頼は、依頼主が個人のもののみ。モットーは完全中立。

 以前は情報屋関係のグレーな事務所に所属していた。退社した今もそこを通して依頼を受けることが間々ある。

 荷物から、今回の依頼主について分かることはなかった。


「じゃあ今回の依頼主は、その事務所とは無関係の可能性が高いかな」


 長く持っている物ほど、持ち主の情報が多く乗るのは当たり前。

 持ち物から以前所属していた事務所があるという、過去が分かった。でも依頼主については分からなかった。

 その事務所を通しての依頼なら、紐づいて依頼主の情報が出て来るはず。


 今泉薫の友達と判明した監視対象の男性は、この件の依頼者の息子。国内屈指の製薬会社である、六道製薬の社長の息子。つまり依頼主は六道製薬の社長。

 依頼内容は、ストーカーされている息子を見守ること。これは対象者に知られる

ことなく被害から守る、ということ。当然のごとく、普通に難しい。

 依頼者は、対象者はストーカーに気付いていないと言っていた。でもあの女性の言うことが本当なら、気付いている。


「そうだね」


 六道少年は父親に、荒くれ者を従えてみせろ、と言われ紺上高校に進学。けれど噂とは違い、紺上高校はあまり荒れていなかった。

 どこにでも悪目立ちする生徒はいる。その生徒に程度の差があるだけで、一般の範囲に収まる生徒が多かった。

 それを伝えたところで、父親が納得するはずがない。六道少年はそう思った。


 悩んだ末、不良に立ち向かうも撃沈。逆に財布を取られてしまう。

 お金を抜き取られ道端にあった財布を拾ったのが、今泉薫。そして息子の財布を持つ今泉薫を目撃。重なった偶然は、運命となった。

 財布をスキルで見て大体の事情を知った今泉薫は、嘘を吐いた。


「喧嘩は強くないので、まだ反発する人にこういうことをされます。でも慕う人は増えてます。俺もそのひとりで、こうして財布を探してたんです。中身も無条件に湧くわけじゃないけど、一生懸命選んでプレゼントしてくれた財布そのものは絶対もう手に入らないからって…って言ったんだ」


 多分ひとりしかいない友達。そんな人に出会う前のことだよね。後半はスキルで知ったことを、そのまま言ったんだろうと思う。

 でも意外だな。こういう風に嘘なんて吐けたんだ。それから、庇うようなことをしたことも。


 その嘘はすぐ見破られたけど、友達だとは思われたらしい。スキルを使ったとは想像出来ないだろうし、事情を知っているんだからそう思うよね。

 断り切れずに招待された家で、2人は初めて顔を合わせる。六道少年が今泉薫のことを知っていたため、適当にやり過ごすことに成功。

 想像よりも大きな家に気前の良い父親と住む、困っている同級生。今泉薫はある提案をする。


 友達のフリをする代わりに、何日か泊めてほしい。


 高校に入学したばかりでアルバイト先が見つかっていない。家以外で夜を過ごすことに限界を感じていた。そんな今泉薫は、泊まれる場所を探していた。

 最初からそのつもりで庇った。とまで言った。そんな今泉薫を、六道少年は笑顔で受け入れた。

 毎日となると誘拐になってしまう可能性が捨てきれない。そのため、泊めるのは金曜の放課後から月曜の朝。


 私も小中学生の頃は、あの時間が嫌いだった。強烈な虚無感を抱いた。

 高校生になって、アルバイトをするようになってからは変わった。だけど今でもたまに、あのどうしよもない虚無感を思い出す。

 だから今は、好きな時間だと思おうとしているのかもしれない。


「俺みたいに行き場のない人だけじゃなくて、ぼんやり過ごしてる人にも分かると思う。どこにでも行けるようで、どこにも行けない、あの時間…あの感じが分かる人なんだって。終わり」


「そう。聞かせてくれて、ありがとう」


 本当は、仲良くなったきっかけなんて話す必要はない。

 だけど話してくれたのは、信頼してくれてると思って良いのかな。それとも自分だけが私の過去を知っていることを、悪いと思ったのかな。

 でも、だったらもっと話すことがあるのに。母親との軋轢や、家出のきっかけ。恨んでいる探偵のこと。色々あるのに。


「仲良くなれて良かったね。今度続きも聞かせて」


「うん。近い内に。それでいつか――」


 運んだ足を地面に着地させず、バランスを崩して後ろに倒れる。その足元にある白っぽくて丸い塊は、猫さんだった。

 直前で気付いて、中途半端に浮いた足をどこにもやれなかったんだ。

 軽くため息を吐いて、抱き上げようとする。その今泉薫の手を珍しく避けると、裏路地へ入って行った。


「なにかあるのかも。柊さんは事務所に戻ってて。できるだけ大通りを通ってね。でも大通りだからこその…」


「そこの店で待っているから、早く行って」


 軽く頷くと、裏路地に走って入って行く。その背中を、どんな気持ちで見送れば良いのか分からない。

 普段ならあの言動に、文句を言うはずなのに。あの背中に、なにも思わないはずなのに。あんなことを言うから、少しドキドキしている。


「あの、すみません。道をお尋ねしたいんですけど、良いですか?」


 返事をしながら振り向く。目が合ったその男性は、極々普通の人だった。だからこそ私の目には、この男性がすごく不自然に映った。

 小さな鞄のひとつも持っていない。そんな場所があるかは置いておいて、旅行者の可能性は低そう。かなりラフな私服だから、仕事でもなさそう。


「荷物はどうされたんですか?大丈夫ですか?」


「実は仕事の研修で来たので、慣れない場所なんです。それでも大人になって迷子だなんて、恥ずかしいですよね」


 まるで具体性のない内容。そして質問の返答になっていない。用意していた言葉しか言えていない?

 嘘を吐いて声をかけるような用事が、私にある…とか。


「あの…?この印が付いている場所に行きたいんですが…」


「ああ、はい」


 差し出された紙を受け取ろうと、手を伸ばした。一緒に見るのは流石に、距離が近過ぎて無理。

 舌打ちをした男性が一気に距離を詰めて来て、その瞬間背中に衝撃が走った。

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