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第23話「優先順位がはっきりしている人②」

 スッと離れた今泉薫の手が、メニュー表へと向かう。多分、手の位置をリセットさせるため。

 手を私の方に寄せるために、自分の身体から少し離れた位置に置いた。その位置にずっとあるのは不自然。でもただ膝の上に置くのも不自然。

 それなら多少不自然でも、机に上げて位置をリセット。ただ置くよりは自然だと考えたんだろうと思う。


「追加注文しますね。このたくさんある伝票より安いと思う話しなら、その分だけお金を置いて帰ってもらえばいいです」


 いくらの伝票か知らないのに、なんでそんなこと。相手に値段を一任するなんてあり得ない。それにもし伝票より多く置いて行ったらどうするつもり?

 今泉薫がどういう考えなのか、全く分からない。ただなにも知らないだけ?でもそれなら連れて行けなんて言うとは思えない。


「分かったわ」


 躊躇なくベルを押すと、ガトーショコラを注文。今泉薫のチョコ好きは、興味のない私でも知っている。本当に好きなものを頼んでいる。

 あまり自由に振る舞われると困る。どうして良いのか分からない。

 アンタはこの人について、スキルを使って知っているかもしれない。だけど私は知らないし、それをアンタは知っているはず。


「俺たちと話した男性を監視してましたね?どうしてですか?」


「あの男性の情報収集が目的だからよ。でも勘が良くて、私に気付いたわ。だから手を引くことにしたのよ」


 だからこの人を避けたんだ。

 でも監視者の伝票がこんな量になるまで、店にいた。それは多分、家に籠るより多くの目がある外にいた方が安全だと考えたから。

 今泉薫を万が一にでも巻き込まないために、退店した。


「特定の雇い主がいないデメリットのひとつですね。ヘマをしたとき助けてくれる人がいない」


 この人も探偵なの?でも普段は普通の会社員のはず。あの会社は、アルバイトやパートには紙の社員証しか作らない。

 それに特定の雇い主がいないってどういうこと?依頼を個人で受ける探偵とか?平日の昼間に動けないのに、需要があるとはとても思えない。


「そうね。今から言うことはおまけよ。私が監視を始めた昨日の夜の時点でもう、周囲に気を付けていたわ。私の依頼主以外にもなにが関わっている。だからこの件に関わるのなら、気を付けなさい」


「…どうして、危険を冒して続けたんですか?」


「依頼自体に理由はないわ。昼間動けない分は買うしかない。年度替わりは会社の仕事も忙しいから、色々入用なのよ。それだけよ」


 出て来た財布はブランドものだった。だけど使い込まれている。あまり儲かりはしないのか、擬態するためのアイテムなのか。

 その財布から出て来たのは、1万円だった。一目で多く出したと分かる。


「下ろしたばかりだと忘れていたわ。半分と残りは未来の依頼料として受け取ってくれないかしら」


「依頼内容の不確定な依頼は受けられません」


 予想していた通りの答えだったんだろう。軽く頷いただけだった。今出したそれを戻すと、立ち上がる。

 その姿を見て、驚いた。一瞬で身なりが変わったから。派手な雰囲気から一変、地味な雰囲気になっていたから。

 どこの量販店でも買えそうな、特徴のないベージュの春コートを羽織っていた。髪をひとつにまとめて、縁が少し大きい眼鏡をかけていた。


「この店の伝票は紙の無駄遣いなのよ。ご馳走様」


 客が退店するときの、店員の挨拶が元気良く聞こえた。タイミングを見計らっていたかのように、ガトーショコラが運ばれて来る。

 店員が新たに置いて行った伝票を見ると、ファミレスなだけあってリーズナブルだった。同時に、それだけ依頼の額が大きかったことになる。


「この依頼、私たちも手を引いた方が良いかもしれない。あの人は今回の依頼で、危険なことが起こると思っているんじゃないかな」


「安全な依頼があると思ってるの?」


「馬鹿にしないで。どれだけ円満解決に見えたって、ちょっとした関係者に逆恨みされる可能性くらい分かっている。でもそういう話しじゃなくて…」


 どう語源化して良いか、分からない。上手く言えないことが、もどかしい。

 スキルで分かれば良いのに。一瞬そう思って、やっと“気持ち”がスキルで分からない理由が分かった。

 “気持ち”は真相じゃない。こういう言葉にならない“なにか”であることが多い。ずっと今泉薫はそう言っていたのに、今更気付くなんて。


「事務所に戻ろう。あの人のことは、歩きながら説明するよ。それから今度から、報告するべきことは報告しなくちゃダメだよ」


 私が探偵事務所に所属していることを、あの人は知っていた。そしてそれを報告しなかった。これは事実。

 知られないようにしないと。そう思って、思い浮かべないように意識したせいで逆に、見えてしまったのかもしれない。

 だってあんなの、どう報告しろって言うの。


「わ、分かっているから…」


「分かってない。自分で働いて稼ごうっていう考えの人だから良かっただけだよ。ひとりの小さなミスで事務所の全員が危険に晒されるかもしれないんだ。柊さんが思ってるよりずっと、探偵は危険だよ」


 アンタよりも分かっている。そう返そうとした。でも言えなかった。子供の頃、同じようにムキになったことがあった。それを思い出したから。

 自分に都合の悪いことを報告出来ない私はきっと、まだ子供だ。そんなことにも言われないと気付けないなんて。情けない。

 でもそうとは言えなくて、視線を落とした。


「…事務所に戻ろう」


「柊さん、殺されることもあるかもって分かってる?」


 そんなドラマみたいなことは起こらない。くだらない思い込みのために恵まれたスキルを持ちながら、探偵にならなかったの?

 憎いっていう探偵が関係していると思っていた。

 でもそっか。自分では気付いていないんだ。妹さんに探偵にならないって言ったときと、私にその話しをしたときは、同じ表情だった。


「恨んだ人がなにをするか分かる?誰に恨まれてるかも分からないのに?」


 どうしてアンタは今も、その表情と似た表情をしているの?どうして恨んでいるような表情を私に向けているの?

 胸がざわつく。そんな表情をさせたくない。そんな表情をされるのは悲しい。

 私はどこから間違えているの?


「早く…早く、迎えに来て。お願い」


「大丈夫。絶対に行くよ。まだ待ってて」


 その声は、妙に甘く聞こえた。

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