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第20話「依存的な人③」

 殴りたいから殴る。そこまでの単細胞は生憎持ち合わせていない。我慢する必要もなく、殴ったりなんかしなかった。

 適当なタイミングで会社から電話がかかってきたフリをして、その場から退散。そして依頼人に電話をした。

 結婚詐欺を疑った友達を連れて、事務所に来てもらうように言った。


「――というのが依頼内容と報告です」


「そんなことを依頼してたんだな。それで探偵さん、その報告だと結婚詐欺の疑いを晴らす材料としては不十分だと思いますが?」


 二股をしていると、はっきり告げた。それなのにどうしてこの態度なの?

 報告にないから相手のことは調べていないとでも思っているのかな。そんなはずないでしょ。結婚詐欺を疑った理由も、見当はついている。


「他に好きになった人があなたなら、十分です。そもそも結婚詐欺を疑ったのは、二股に気付いたからですよね?」


「どういうこと…?」


 大きなため息を吐くと、睨むように私を見た。

 友達の方は多分、恋人より自分の言葉を信じると思っていたんだろう。そして傷が浅く済むようにと考えた。

 どうして結婚詐欺になったのかは、正直分からない。でも依頼人が言うように、嫉妬心からの言動ではない。それが私の結論。


「お前の恋人と俺の恋人らしき人物は同一人物だ。そのことに気付いたのは、結婚の話題が出たと聞かされた日の前日だ。本気で結婚詐欺を疑っている」


「そ…そうだよね…僕なんかと付き合うなんて、そもそも変だったんだから」


「探偵の話し、聞いてなかったのか?当人は当人なりに本気なんだよ。俺はとてもそうは思えなかったから疑った」


 結婚適齢期の男女が交際して、結婚を意識するなと言う方が無理な話。

 ブランド品をねだった人が適当に結婚をちらつかせる。それだけで疑いたくなるのが心配性。加えて、自分と交際に近い関係にあるという事実。

 結婚詐欺ではないとしても、浮気はしている。別れさせるべき。


 依頼人は俯いて、友達の語りを黙って聞いていた。その沈黙は語りが終わった後も続いて、少しも動かない。

 痺れを切らしたのだろう。肩を掴んで自分の方を向けさせる。双方が悲しそうな表情をしているのが、とても印象的だった。


「それとも許して結婚するか?それで俺と縁を切るか?」


「縁を切るなんて、絶対にしない。いつもみたいに僕を守ろうとしてくれたって、分かってる。ありがとう。でも我儘…かな。直接打ち明けてほしかったって思う。知らなかったっていう言葉を、疑ったりしないよ」


 調査の時点で、2人を表す関係の名前は不確かだった。というより、そう表して良いのか分からなかった。

 でも今ははっきりと分かる。それ以外では表せないとすら思う。


「別れるよ。それで僕たちも少しの間、距離を置こう」


「…そうだな。一度、この関係は止めにしよう」


「また僕が頼りっきりになると思ってるの?」


「別に良いだろ。それが俺たちに必要なら、仕方がない」


 夜である今、大通りから少し外れた場所にあるこの事務所の周囲は暗い。

 夜である今、来客中の事務所の照明は煌々と点いている。


 舞台を見ているような気になった。

 周囲の暗さと事務所の明るさが、この舞台を引き立たせていると感じた。事務所の照明が、スポットライトになった気がした。

 美しくも歪な、その関係。それは愛でも、ましてや友情でもない。そして作り物ではないのに。


「柊さん、ありがとうございました。調べてもらって良かったです」


「先に歩みを進めるきっかけになれたのなら、良かったです」


 2人は微笑み合ったけど、別々に事務所を出て行った。

 距離を置く、と聞いた周囲はさぞ心配するだろう。するに違いない。そう要らぬ心配をするほど2人の距離は近かった。

 それにしても同じ人を好きになるなんて、どれだけ仲良しなんだか。


「今のどういうこと?」


 び…!っくりしたぁ。

 遅番で事務所に人がいるのも、それが今泉薫だってことも、知っていた。だけど急に話しかけて来られたら驚くに決まっている。


「恋人と別れるのは分かるよ。そんな優柔不断な人と結婚しても、まともな家庭は築けないだろうから。だけど友達と距離を置くのは、どうして?」


 私が驚いていることにはお構いなしで、じっと見てくる。そう思ったけどいつの間にか、用意してくれた来客用の湯飲みをお盆に乗せていた。

 適当に誤魔化すことも、自分で考えろと突き放すことも、お盆を奪って湯飲みを片付けて帰ることも、出来る。でも私はスキルの詳細を聞くとき、言った。

 破滅の道に進まないように見ていてあげる。そう言った。


 そのために今、どうするべきなのか分からない。

 互いに抱くものが友情や愛情なら、もっと簡単なことだった。でもこれは教えたせいで破滅の道へと進んで行ってしまうかもしれない。

 その道はこうしている今も、今泉薫を手招いている。そういう予感がある。人は少なからず、なにかに依存しているから。


「言ってくれないと分からない。そう言ったよね?はっきり言っていいよ。俺には難しいって思う?」


「迷う理由にそれが思い浮かぶなら、そうでもないのかもね」


 依頼人は友達を“こんな自分とずっと仲良くしてくれる友達”だと、友達は依頼人を“守ってあげなくてはいけない友人”だと、思っていた。

 関係性を言葉で表すなら、共依存。

 まともな交際が初めてだった理由は、友達とべったりだったから。友達の方も、社会人になってからは交際した人はいなさそう。


 とは言ってもお互いに、相手がいない生活も確立している。だから今回の件で、共依存であることに自分たちで気付けた。

 そして関係を見つめ直すため、一度距離を取ることにした。

 絶対に後悔しない選択なんてない。でも一度立ち止まって考えたか、というのは重要な点になる。


「自分で選んだから?」


「そう。“誰か”の意見を聞いても良いと思う。でもその“誰か”は、その意見に責任を持ってはくれない」


「――見てもいい?」


 きめ細かな白い肌が、潤んだ大きな瞳が、血色の良い唇が、艶やかな髪が、長いまつ毛に乗った埃までもが、美しく照らされている。

 天井から乱暴に降る蛍光灯に強く、窓から優しく差し込む満月に柔らかく。


 私の返事に、今泉薫は微笑んだ。

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