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第19話「依存的な人②」

 依頼人の恋人に、他に恋人がいないか。それを真っ先に調べた。

 結婚詐欺は少し突飛ではある。そこまではいかないにしても、お金が目当てなら必ず複数人の恋人がいる。そう考えた。


 取引先で出会ったため、勤務先は嘘ではない。確実性をモットーにしている。

 この事実と仮定があっても、誕生日プレゼントにブランド品をもらう程度でカモがひとりというのは流石に効率が悪過ぎる。

 そして他に恋人がいるという事実はあった。


 次に雑誌の街角インタビューを装って、同僚に話しを聞いた。

 恋人がどんな人物なのか、周囲からはどう見えているのか。会社でどう過ごしているのか。それを知るため。

 人の、特に近所の人の印象は当てにならない。仮面を装いやすいから。でも仕事には人柄が出やすい。そして思いもよらない情報が隠れていたりする。


「お話し聞かせてもらってありがとうございました。他にお話し聞けそうな方ってご存知ないですか?例えば…あ、あの黒髪ロングの方とっても綺麗ですね」


「ああ、すごく綺麗だよね。同じ部署だから声かけてみようか。気の良い子だから答えてくれると思うよ。待ってて」


 走って呼びに行ってくれるなんて、あの人も大概良い人だと思う。

 残ったひとりはそんなに良く思っていなさそう。嫉妬とかなら簡単なんだけど、そうは見えない。戻って来るまでの間に理由を聞けないかな。

 わざとらしく頭ごと視線を落として、ため息を吐いてみせる。


「あんなに綺麗なのに、性格も良いんですか…」


「そうよ。でも欠点のない人なんていないわ。あの子は少し優柔不断なのよ。でも綺麗な人は短所ですら長所に、周りがしてくれるの」


 この人は多分、欠点を欠点として見ない周りやその空気が嫌なんだ。本人のことを嫌っているわけではない。

 自分がそうだったから。それもあるかもしれないけど、その人のことをしっかり見ていないと出来ない考えだと思う。

 これまでに話しを聞いた人は、好きか嫌いかの二択しかない感じがした。

 その理由は多分、人に見せる顔の中でも極々一部だけを見ているから。そうして勝手に作った人物像で接するのは、暴力的。


「でもそうやって、なんでもかんでも努力を否定されるかも。そう考えると美人も大変です。一番じゃなくて良かったですね」


「そうね。私より綺麗な人がいて良かったわ」


 この人も綺麗だからきっと、過去の自分と重ねているんだ。自分より綺麗な人がいても綺麗なことには変わりないから、今もそういう扱いはあると思う。

 でも一番とそれ以外は違う。明確な壁がある。


「それより、あなた探偵事務所の子よね。探偵になりたいなら余計に、このやり方はオススメしないわ。人を使いなさい」


「え…?」


 私が探偵事務所に所属していることを知っているの?まさか。

 だって私はアルバイトの間、事務所で書類仕事だけをしていた。事務所から出ることはなかった。社員になって以降は、この辺りには近付いていない。

 でも言い方から察するに、どこの事務所かは知らないみたいだった。どうしたらそんなことが起こるの?


「お待たせ」


 戻って来てしまった。

 発言の意味が知りたい。だけど他に人がいる状態で話しても大丈夫なのか、判断が出来ない。こちらにも知られてはいけないことがある。

 今は止めておいた方が無難。だけど次に機会があるとも限らない。


「あの…?」


「あ…ごめんなさい。遠くで見るよりも綺麗で驚いちゃいました。来ていただいてありがとうございます」


 話しを終えている2人は、戻ってしまう。少しでも機会を残すために、2人を立ち去らせない言葉を探すべきだった。間違えた。

 今からでも…駄目だ。もう荷物を持ってしまっている。ここで引き留めたら不自然極まりない。これ以上話すつもりがないんだ。

 でもそうなると、完全にタイミングを計って言ったことになる。そんなことが、ただの会社勤めの人に出来るの?


「じゃあ私たちはこれで」


「…はい。ありがとうございました。またお話し聞かせて下さい」


「さっき言ったわよね。もう駄目よ」


 口は動いていなかったはず。だけど確かに聞こえた。他の2人は様子を見る限り聞こえていない。

 なんなの?脳に直接話しかけるスキル?

 それを私に開示しても問題ない。そう思っているから出来るんだ。みんなして私のことを馬鹿にして、なにか楽しい?


 呼びに行ってくれた人も、何度もというのは面倒なんだろう。前向きではあるけどその場しのぎ。そんな適当なことを言って去って行った。

 今は目の前のことに集中しよう。依頼を優先させないと。

 これまで接触した人たちと同様の、雑誌用の質問をしていく。それが終わると、手帳を閉じた。


「どうしたの?終わり?」


「これは個人的な話しなんですけど、お時間まだ大丈夫ですか?」


「ええ、もう少し大丈夫よ」


 私はまた、嘘を吐く。今日、私は嘘以外を口にしただろうか。部分的には本当のことを言った気もする。

 でもそれは嘘のための設定で、たまたま必要だったから。

 この4月入社であり、初めて配属された部署には同年代の人がいない。そのため憧れていた、ランチタイムに恋バナというのが出来ない。


「知らない人にだから言えることって、あると思うんです。少し付き合ってもらえませんか?」


 くすくすと小さく笑う、その表情は可愛らしい。

 自分の“そういう”価値に気付いている人は、自然とそういう振る舞いをするようになる。この人は多分、自分の外見的価値を理解している。

 あの依頼人の恋人というのは、少しイメージが違う。だからお金目当てだと決め付けるわけではない。そんなものは私の印象でしかないから。でも、違和感。


「真剣な表情でなにを言うのかと思ったら。良いわよ。私もちょうど、誰かに聞いてほしいことがあるの」


 会社の人には言いにくいこと、という可能性が高い。となると、倫理的や道徳的に問題があると自覚しているのかもしれない。

 でも犯罪行為を話すはずはない。些細な動きも見逃さないようにしないと。


「いけないこと。どうにかするべき。自分でもそう分かっているの。でもそういう人だと思われたくなくて、相談も出来なかったわ」


 重たそうな前置きがされて、なにを聞かされるのかとドキドキした。でもまとめてみれば、案外どうしよもないことだった。

 恋人の他に、好きな人が出来た。恋人のことが嫌いになったなら話しは早いが、今も好きで半ば二股状態。双方に悪いとは思っているが、選べない。


「それは…確かに知人には相談しにくいですね」


 私、ちゃんと笑えている?普通にクズくて、殴りたいんだけど。

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