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第14話「来訪者④」

 ひとしきり笑うと、今泉薫は大きく息を吐いた。そしてそのまま空を仰いだその表情は、真剣そのもの。

 今泉薫の語りが始まるのだと思った。


「小学生の頃って、足の速い子がモテなかった?」


「え?うん…、そうかも」


「…ね。中学生の頃だって、そこまではいかなくても単純で純粋だった。スキルで気持ちは分からない。それは初日にも言ったよね」


 今泉薫の目をしっかりと見て頷いた。さっきみたいに、話すリズムを崩させないように。でも聞いていると示すために。


「それって、分からないことは案外たくさんあるんだ。だけど俺はそれに気付かなかった。高校生になるために、急に少し大人になることを強制されるまで全く」


 言われてみれば、そうだった気がする。

 上手く嘘を吐くことを覚えたのは、中学3年の秋くらいだった。高校受験を本格的に意識し出す頃。周りもそうだったように感じる。


 子供の頃に嘘を吐く動機なんて、単純だった。

 物をなくしたり壊したりしたことを隠すためとか。テストの点数が悪かったときとか。門限に遅れた理由とか。そんなんだった。

 今思えば見栄なんだろうけど、逆上がりが出来るだの出来ないだの。くだらないことを言い合っているのを見たこともある。


「最初はどこでも奨学生として行けると思ってた。これも初日に言ったけど、多分面接が原因だろうね。落ち続けた。紺上高校はお金さえ払えば入学できる。親戚を(せっとく)して借りたんだ」


 説得じゃなくて、脅しの間違いでしょ。

 返って来るか分からないのにお金を貸すなんて、簡単には出来ない。その頃から有名だったなら、尚更近づきたくないはず。


「高校でできた友達や先生に協力してもらって、考えることや共感力を勉強した。そしたらスキルの制御も自然とできるようになっていったんだ」


 スキルの制御ってそれで出来るようになるんだ。だったら大抵の人は極々自然に出来そうなものだけど。

 面白い。文献に載っていないことだらけで、興味が尽きることがない。


「スキルを使うときのイメージは人それぞれだと思うけど、俺は水道かな」


「蛇口のひねり具合で力の加減とかするの?でもそういうスキルじゃないよね」


 例えば身体能力が上昇するようなスキルなら、そのイメージなのかもしれない。どれくらいスキルを使うのか、臨機応変に対応出来るようなもの。

 でも今泉薫の持つ[名探偵]は、使うか使わないかの2択。瞬時に事の真相を解明するんだから、使ったら全て。


「そうだね。だから俺のイメージは人感センサーで水が出る、ショッピングモールなんかのトイレにあるようなやつ」


 なんか一気にカッコ悪い。


「制御ができるようになるまでは、大変だったんだ。俺は手をかざしてないのに勝手に発動するし、逆に手をかざしても発動しないし」


「“俺は”って…?」


「深い意味はないよ。一番制御できてなかったのは、制御ができてないって自覚してからだった。だから、精神状態が大きく影響するんだと思うよ」


 脈絡がないわけじゃないけど、私が興味のありそうな話しに転換した。ということは、今のは意味のない言葉ではない。でも触れられたくないんだろう。

 無理に聞く必要は多分、今のところない。それに他人に勝手に使われてしまう可能性があるってことだと思うし、あまり話したくはないだろう。


「制御が出来ていないことを自覚したのは、高校受験に失敗したとき?」


「うん。それくらいから少しずつ制御できなくなっていった。それまでもできてはなかったのかもしれないけど、よく分からない。はっきりと自覚したのは、少し共感力を身に付けたときだったよ」


 共感と自覚。それがどう関係するのかは分からない。

 だけど人の心なんて適当なもので、その時々によって思うことは違う。突き詰めて聞いても、あまり意味はなさそう。


「そうなんだ。今更根本を聞いて悪いんだけど、そもそもスキルを発動する力ってどういう原理なの?」


「気力とか体力とかがあれば、基本的にいくらでも使えるよ。技名を叫ぶとか演唱とかもないから、使いたいと思えば使えるし。でも風邪を引いてるときとか、気分が落ち込んでるときとか、そういうときにはあまり使えないかな」


 これは文献には載っていない。でもこんなこと載せられないのが普通。ほぼ無限に使えるようなものだから、上手く使えばたった数人で国を潰せる。

 こんな重要なこと、言って大丈夫なの?


「俺は他のスキル保持者と交流がないから、他の人は分からないけど」


「妹さんとそういう話しはしなかったの?」


 あ、家族関連のことは地雷か。母親とだけじゃなくて、妹さんともあまり仲が良くなかったみたいだし。しまった。

 でもブラコンなんだっけ。どういうことだろう。


「いや…妹はスキル保持者じゃないんだ。本人がそう思ってるだけ」


「へ?」


 予想外の言葉に、呆けた声が出た。


「成長すれば自然と気付くから、適度に合わせるもの手。スキル鑑定した人にそう言われたらしい。あの人がそっちを選んだのは、現実と向き合えない娘と向き合うのが面倒だったからだろうね」


 あのとき驚いた顔をした理由が分かった。自分がスキル保持者でないと、未だに気付いていないことに驚いたんだ。

 そして今泉薫は、ずっと我慢していた。

 今日だって本当なら、力づくで帰らせることが出来たはず。でもこれまでの態度からそうは出来なかった。


「なんだかんだ、ちゃんとお兄ちゃんしているわけだ」


「そうかもね。他に質問は?なければお終い」


 またはぐらかす。今泉薫は、一体なにを抱えているんだろう。一緒に抱えられるものであったとしても、私にはその覚悟がない。だから踏み込めない。

 今泉薫が嫌いだからじゃない。怖いんだ。スキルという、未知に溢れたものの当事者になってしまうかもしれないから。


「あるある。真相は、どうやって分かるの?」


「文字が思い浮かぶ感じ…かな。実際に文字が見えるわけじゃないんだけど、音で届くわけでもないんだ。直感に近い感覚なのかな」


「あー…、なんとなく分かるかも。直感って言葉として認識するのと、それを感じるのにほとんど時差がないんだよね」


 何度か小さく頷く。その顔には笑みを浮かべている。

 少しよそよそしいけど、笑顔で良かった。そう本気で思う。だけど私は、それを壊す。きっと知っておくべきことだと思うから。


「さっき社長に、なんでも分かるわけじゃない、みたいなこと言ったよね。どんなことなら絶対に分かると思う?」


「…そんなものは、ひとつだってないよ。この世は善くも悪くも、人の気持ちで動いてるんだ。戻ろう。このままじゃ残業になる」


 言うと、すぐに背中を向けて歩き出す。その小さな背中を見て、今聞くべきじゃなかったかと後悔した。でも次にいつ、こんな機会があるか分からない。

 感情に流されていちゃ、駄目なんだ。

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