第13話「来訪者③」
微笑んだお父さんを見て、女子高生は困惑している。その表情を見るに、顔見知り以上ではあるみたい。だけど一体、どんな関係なのか。
それに来ると分かっていたのは、どうしてなのか。
「せん――」
「学校はどうしたんだい?」
今、なんて言おうとした?先生…じゃないよね?だってお父さんは、小さな探偵事務所を営む、しがないおじさんなんだから。
でももしそうなら。お父さんがフリーランスのスキル講師なら。前に言っていた賭けの説明がつくんじゃ…。
「スキルを使っても突っぱねられたのなら、もう帰りなさい。説得出来る見込みがないことは分かるだろう?」
「でも……じゃあ、薫の目的が分かったら教えて下さい。出来るだけ早く」
お父さんは小さく頷いただけで、明言はしなかった。間違いなく、文句を言って駄々をこねる。そう思ったけど、大人しく事務所の出入口まで連れて行かれた。
そして自分で扉を開けて出て行った。
なにがなんだか分からない。今泉薫も呆然としているところを見ると、状況を理解出来ていないらしい。
なんでも分かるものだと思っていたけど、分からないこともあるんだ。
「迷惑をかけてしまって、すみません」
「そんなことは良いんだ。一体なにがあったんだい」
肩に触れようとしたお父さんの手を払って、少し睨むように見る。
なにか知っている風にも関わらず、なにも知らないフリをして話しを聞こうとしている。これに不信感を覚えたのだろう。
話しを聞いた後なら、いくらでも辻褄を合わせて話すことが出来る。
「社長は妹とどんな関係ですか?知らないなんて言わせませんよ」
「それは分からないんだね」
「スキルをどんな便利なものだと思ってるのか知りませんけど、超常現象じゃないんですよ!真相なんていうのは過去に起こったことでしかないんです。未来や人の気持ちなんて分かるわけないし、嘘発見器でもないんですよ」
今泉薫が怒るのも無理はない。仮に説明が不要だったとしても、本人の口から直接説明が聞きたい。私だったらそう思う。
でも今の言い方だと、やっぱり過去のことなら割となんでも分かりそう。
その言動をしたときその人がなにを思っていたか。それは分からない。だけって言うのは変だけど、それだけな気がする。
「悪い意味で言ったのではないよ。分からないこともあるのだと思って安心した、という表現が正しいのかな」
「……そうですか。それで、社長は妹とどんな関係ですか?」
納得したわけではないだろうし、文句もあるだろうと思う。だけど、話を逸らされることを嫌がったんだ。
そしてお父さんはきっと、それを分かっていて言った。
「何度か銅常高校で特別講師をさせてもらったことがあってね。少し話しをしたことがあるだけさ。ブラコンを随分と拗らせているように感じたよ。だからとっくに来て、特に問題なく去ったものだと思っていたんだ」
「俺のことは、妹から聞いたんですか?それとも依頼のときにあの人から?」
静かに首を振る。その表情は悲しそうだと思ったけど、それが正しいのかは分からない。だってお父さんは、探偵だから。
これくらいの芝居は出来るだろうし、してきたはず。
それに妹さんのことを知っていたなら、この展開は予想出来て…そうだ、この出来事は予想の範囲内。だったら考えた物語を語ることなんて簡単。
まさか、わざわざ怒らせるようなことを言った…?スキルでどれくらいまでのことが分かるのか、それを知るために。
「どちらからも聞いていないよ。だけど名前を聞いたら嫌でも分かるさ。君は探偵や警察といった界隈で有名だからね。理由は聞かなくとも分かるだろう?」
そういえば清原さんは今泉薫のことを割とすぐに特定していた。
この4月に柊探偵事務所に入社する、スキル[名探偵]を持つ青年。名前では分からなくても、それで分かるくらい有名なんだ。
それはきっと、良い意味じゃない。
「…そうですね。頭を冷やしてきます」
事務所を出て行くその足取りは、ふらふらとしている。追いかけようとした私の手を、お父さんが掴んで止めた。
行かせたくない理由を、多分私は知っている。
「ごめん。やっぱり駄目なんだよ。ずっとこのままでいるなんて、そんな都合の良いことは出来ないんだよ。だから行かないと。ごめ――すみません、社長」
驚きや悲しみ。他にも色々な感情が混ざったお父さんの表情を、私はきっといつまでも忘れられない。そして同時に、本物なのか疑い続けてしまう。
本当はお父さんと話さなきゃいけない。そんなことは分かっている。でも私は、今泉薫を放っておくことが出来ない。
「来たんだ」
「…スキルへの興味が全くないとは言えない。でも私は、アンタのことをちゃんと知りたい。だから聞かせてほしい。不平等だって言うなら、私も話す」
今泉薫は小さく笑った。それだけで、なにも言わない。俯いているせいで顔が影になっていて、表情が見えない。
私は今、とても変なことを言っているんじゃないか。急にそう思った。
「探偵になりたい私のことが嫌いだから嫌?それとも、分かっていることを聞くのは面倒?今じゃないと思っている、とか?言ってくれないと分からない」
それで焦ってつい、矢継ぎ早にもっと変なことを言ってしまった。
「正直だなと思っただけだよ。それから俺は妹と違って、探偵を無条件で嫌うわけじゃない。だから柊さんのことも好きでも嫌いでもないよ。俺はただ、とある殺人事件の捜査に乗り出した、とある探偵が憎いんだ。それだけだよ」
「私はアンタのこと嫌いだけどね。でも少しの間保留にしても良いと思うほどには好きだし、ちゃんと見てる」
コテンと首を傾げる。反対側にもう一度傾げると、力なく笑った。今度は少し明るめの、その表情がよく見えた。
「難しいね。それにとある探偵についてはなにも言わないんだ」
「マイナスの面が強い感情だからって、無暗に否定するのは良くない。それに感情に鈍感なアンタが感情を自覚しているのは、良いことだと思う。破滅の道に進まないように見ていてあげるから、聞かせなさい」
「偉そう。やっぱり探偵は嫌いかも」
こうやって適当なことを言い合って、笑い合う。そんな日が続けば良いなんて、いつからそんな陳腐なことを思うようになったんだろう。
でも探偵が必要じゃない世の中の方がきっと、平和だよね。
章として区切るか迷っていたのですが、決意したのでぬるりと追加しました。
次話で「邂逅編」ラストです。




