030 「外伝・鳳財閥略史(3)」
中華戦争の頃、経済的には歪な戦争特需と並行して、万博、オリンピックの建設景気、それに合わせた日本国内の大規模な開発、社会資本の整備が進み、日本は一気に戦後の停滞から前進へと大きく舵を切る。
その中で鳳グループは石油、鉄鋼、機械、建設といった得意分野を牽引力として、再びトップへと返り咲く。
特に全ての世帯への急速な普及が進んだ消費家電と乗用車が、この時期の鳳を後押しした。
もっとも、日本自体の高い経済成長は1950年代の前半だけだった。中華戦争と万博、オリンピックを合わせた好景気が終わると、日本の経済成長は安定はしたが高すぎる成長とはいかなくなる。
それでも、まだ社会資本の整備が足りていなかったり、日本各地の開発も途上だったりした事もあって、日本経済の相応の成長は続いた。
もっとも、経済成長が相応で止まったのは、常に国家予算の多くを占めていた軍事費にあると言われる。さらには、西欧のように先進国になりきれていない状況での高い軍事費が、経済成長の鈍化に強く影響したとも言われる。
また、ドイツが戦後復興から続く高い経済成長、「奇跡の復興」を成し遂げ、さらにはアメリカとの間に激しい貿易摩擦を起こした事と比較される事がある。
対する日本は、世界第二位の経済力、西側第二の軍事力を有する大国となるも、あまりパッとしなくなった。極東以外での存在感も低下した。
そんな中で、鳳グループは1960年代に入ると我が世の春が再び訪れる。
使用される燃料資源が、石炭から安価な石油に劇的に取って代わったからだ。
しかもその石油のかなりを、相次いで大油田が発見されたペルシャ湾岸の安価な石油が占めた。そしてその石油を採掘する世界の企業の中に、鳳グループに属する鳳石油があった。
鳳石油は1906年創業の石油採掘企業で、最初は日露戦争で得た樺太島北端の奥端油田の採掘から始まった。
そして1920年代後半に満州の遼河油田の開発に成功し、さらに1930年代に北満州の大油田の開発に成功し、日本の石油を牛耳る。
北満州油田は帝国石油という日本政府が関わる国策企業だったが、その内実、技術と運用は鳳石油だった。
さらに第二次世界大戦中に、英米の企業とのペルシャ湾岸の石油資源調査に参加。幾つもの巨大な油田の発見に大きく貢献する。しかも発見したのは油田だけでなく、巨大なガス田も多数発見していた。
そして英米の石油企業、英米政府、日本政府との駆け引きの結果、主に日本の第二次世界大戦での貢献の対価の一つとして、日本とその影響圏の国が必要とする石油採掘権を得ることに成功する。
ただし、このペルシャ湾の油田が、半ば日本政府が運営する帝国石油のものにならなかったのは、英米の同種の企業が一国優先の国策企業以外の自由な企業による採掘でなければならないと、強くけん制して条件を出したからだった。
帝国石油も日本の安全保障と企業の面子を保つために小さな油田の採掘権を得ることには成功したが、鳳石油と比べると10倍以上の開きがあった。
そしてさらに鳳グループは、戦前からオーストラリアで鉄鉱石、ボーキサイト、石炭などの鉱床の採掘権を有しており、資源メジャーと呼ばれる巨大企業の側面を強めた。
ただしこれは、半ば日本及び日本勢力圏への供給に特化したものだった。また占有度合いは徹底し、採掘から精製、製品化、さらには原料資源の輸送まで牛耳っている。
独占の最たる状態だが、日本の企業では良くある事例なので大きな問題にはならなかった。
また、各資源ごとに会社を分割したところで、欧米との競争に不利なばかりか、海外の資源メジャーに分割した企業が買収される恐れもあり、日本政府としても安易に手が出せなかった。
なお石油価格だが、1973年までの水より安いとすら言われる極めて低い値段から、1973年のオイルショックから1979年のイラン革命までの10数ドル台、イラン革命を発端とする第二次オイルショックでの暴騰による30ドル台と急速に上昇した。
その後1980年台半ば以後20世紀の間は20ドル前後で推移するも、21世紀に入ると新興国の発展による世界的な需要拡大により30ドル台に高騰。
その後も乱高下しつつも、かつてと比べるまでもないほどの高値で推移している。
そして産油国だけでなく、採掘企業は大きな利益を上げ、鳳グループに属する鳳石油もその恩恵を大いに受けることとなる。
つまり日本の中では、鳳と他社では競争どころか他社はスタートラインにすら立てなかった。
そうして資源メジャーとしての面が強まると、多国籍企業体としての側面もさらに強まっていく。しかも鳳グループの中核となる鳳ホールディングスの直轄には、アメリカに本拠を置くフェニックス・ファンドがあった。
フェニックス・ファンドは、アメリカ株式市場で莫大な時価総額を有する企業で、ある意味鳳グループの力の根源だった。
フェニックス・ファンドが鳳ホールディングスを逆に支配していると言われるほどだ。
ただしこれは、アメリカ(財界)が日本を経済的影響下に置く為のからくりになっているとも言われ続けている。
そしてさらに主に資源を運搬する事に始まった物流事業も、鳳グループの巨大な力を支えていた。
特に有名なのが、第二次世界大戦前からコンテナを用いた輸送システムの開発、構築に大きな力を割いた事になるだろう。
当然、特許や他に先駆けての様々なシステム構築、さらにはシステムの更新を実施する事で常に他者、他社、そして他国をリードした。
日本国内においては、自動車、造船などを自前で生産する傍らで、巨大な建設企業も動員する事で、海と地上双方での物流網の整備と構築、そして寡占もしくは独占を実施していった。
こうした動きは、単なる輸送会社ではなく、全てを一つのシステムとして保有している点が大きな特徴と言える。
そんな鳳グループだが、世間で言われるほど重工業一辺倒ではなかった。
かつて鈴木商店を飲み込んだ時点から、軽工業など幅広い分野の企業を傘下に持っていた。また、自らの手で一から臨海工業地帯とそれに付随する街そのものを作り上げた事から、流通、小売といった面を担う企業も数多くあった。
スーパーマーケット事業も日本で最初に行われた。
昭和に入ってすぐに始めたホテル業も、格式、規模の双方で日本のホテル王の一角を占めている。
そうした時代を先取りするような行動を戦前から取る事で、リードを維持するだけでなく他者との差を開かせることも怠りなかった。
さらに創業当時から製薬業を行い、そこから派生した医療、さらに派生した学校経営という、財閥としては珍しい分野も抱えていた。
大学としては、慶応、早稲田に次ぐ他の有名大学と同時期に大学となっている。
さらに一族内からノーベル生理学・医学賞を3度も受賞した鳳紅龍博士を擁し、また早くから海外から優秀な教授陣を迎えるなどして昭和初期に大幅なレベル向上に努めた。
21世紀序盤の現在では、学園は保育園から大学院、研究所まで全て揃え、医大、工業大、総合大、女子大、その他を擁する巨大な学校グループとなっている。
ただし企業、正確には鳳グループとの研究開発の関係が強く、学問ではなく金儲けの大学と言われる事が多い。事実、欧米の大学に劣らない経営が行われている。
一方では鳳グループからの支援、献金による学業保護、育成にも熱心だった。
医療分野では、自身が関わった臨海工業都市に隣接する都市、企業城下町には必ず自前の総合病院を建設するなどして、日本屈指の事業展開を行なっている。そして中心となる病院は大学、製薬と連携し、質の向上に日々努めている。
そして学園と医療を半ば支えるように、鳳製薬は早くから規模拡大と吸収合併を積極的に行い、21世紀に入るまでに世界屈指の巨大な製薬企業となっている。
さらに財閥として変わっているのは、古くから「皇国新聞」という新聞社、報道組織、つまりメディア媒体、情報媒体を財閥が直接有している点だろう。
しかも戦後すぐに電波が民間に解放されると、いち早くテレビ、ラジオへと大々的に進出。鳳グループと連携しつつ、「皇国新聞グループ」として一大メディアを形成した。
20世紀末頃からのITへの進出、展開、そして巨大化も、日本どころか世界に先駆けるほど早く、21世紀序盤の現在も強い存在感と影響力を有している。
新聞は大手のように配達をする販売店網を持たない形態で全国紙とは言い難いが、強い海外情報網、経済情報、鳳グループの非常に高い情報収集力を武器としてサラリーマン層から高い支持を得ている。
基本姿勢は中道。常に右でも左でもなく、中立的視点、客観的視点が特徴とされている。この為、それぞれの時代で右だ左だと言われ、左もしくは右への偏りが強いメディア、団体から叩かれる事も少なくない。
だが決してブレない姿勢は、内外から高く評価されている。
中道なのは、鳳グループ全体のイメージの為と言われるが、鳳一族の中枢が強く望んでいるからだとも言われている。
それでも、皇国新聞が鳳社内報などと陰口を言われる事も少なくない。
そしてこの鳳グループとしては、「皇国新聞グループ」と「鳳商事」「鳳総合研究所」など全ての情報収集、分析企業を複合的に運用することで、極めて広範かつ非常に高度な情報網を保有している。
さらには鳳グループ中枢部の鳳FHC(金融持株会社)、警備部門ばかりか海外での実質的な傭兵事業を担う鳳警備保障などとも複合的に連携し、国家を超えるとすら言われる組織を形成している。
以上のように、単に巨大なだけでなく幅広い分野に渡っている為、鳳グループは「鳳王国」ではなく、王国よりも巨大かつ強大な存在として「鳳帝国」と揶揄された。
そしてその巨大な帝国で、20世紀を中心に一世紀近く影で君臨したのが、『女帝』と揶揄された一族の女性だったと言われている。
だが、それすら宣伝戦略の一環に過ぎず、真実は国家すら凌ぐ巨大グループが作り出すカーテンの向こう側にしか存在しない。
.。゜+..。゜+.玲子の部屋.。゜+..。゜+
瑞穂「邪魔するよ」
お嬢様「ようこそ瑞穂叔母様。他の方は……」
瑞穂「なんだ、私らの事は殆ど触れてないじゃないか」
紅龍「叔母上、鳳グループ全体で見れば製薬事業は微々たるものだと、生前から言っていたではないですか」
瑞穂「うるさい。お前は個人で触れられているくせに」
ベルタ「あらあら、流石は紅龍先生ね」
お嬢様(私、まだ何も言えてない……)
紅龍「玲子、黙ってないで叔母上に何か言ってくれ」
お嬢様「紅家の事には口を挟まないのが昔の伝統だったし、まずは気の済むまでどうぞ」
瑞穂「いつも話が早くて助かるね」
紅龍「殺生だぞ。それに私は鳳凰院公爵家であって、紅家ではないのだが」
瑞穂「ここじゃあそんな生前の事なんざ関係ないよ。ねえ」
ベルタ「そうですわね、叔母上様」
お嬢様(……私が言いたい事まで取られた)
紅龍「そ、そうだが……それよりだ! ここは玲子と客が話す場だろ? 趣旨に反してないか」
お嬢様「それもそうね。ところで、他の紅家の方は?」
瑞穂「玲子は怖いから来たくはないそうだ」
紅龍「もう少し言い方があるでしょう、叔母上」
ベルタ「それに玲子様は、少しも怖くなんてありませんのにね」
瑞穂「全くだ。で、何を話すんだったっけ?」
お嬢様「雑談みたいなものなので、実際はなんでも構いませんよ」
瑞穂「そうなのかい? と言割れても、特に話すこともないんだけどね」
お嬢様「えぇ」
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史実の中華人民共和国の隆盛がないので、2000年代半ばから以後10年程の極端な原油、各種資源の価格の暴騰(変動)はない。
(世界経済自体も史実より1割ほど小さい。)
この世界の21世紀の原油先物取引価格は、史実より多少低くなるだろう。(他の資源全ても)




