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016 「歴史の齟齬(そご)の広がり」

 その年の6月、新しい内閣が発足した。

 そして私は小さな違和感を感じた。


 護憲運動ってやつで山本権兵衛内閣が総辞職して加藤高明内閣が成立した。そこまでは良い。

 「虎ノ門事件」が私の夢見とお兄様の活躍で未遂に終わり、私の前世の世界と違い山本内閣が続いた影響だ。その影響で、震災復興が私の前世より少しでもマシになっていればと思う。


 それはともかく、加藤高明は第21代内閣総理大臣だと新聞に書かれていた。私のうろ覚えの計算と違う。

 そこで気になって歴代内閣を調べてみた。

 幸いというか必然というか、この屋敷にはそうした資料もちゃんと揃えられている。一体どこの図書館だよと言いたくなるほどの図書室があり、専門書を中心に充実している。

 そして私の認識から漏れていた歴史の変化を見つけ出した。


(原敬が暗殺されていない? だから高橋内閣がない。まあそれは当然か。ていうか、原さんの次が山本さんになっている。という事は、加藤友三郎内閣も成立してないのか。どう言う事? 私の前世と違いすぎない? これは曾お爺様に突撃するしかないか)


 結論に達したので、私が好き勝手できる時間と曽祖父が離れにこもる時間が合わさる時間、昼下がりのひと時を利用して突撃を敢行する。


(『いざ、突撃を敢行せん』って何かで聞いた事ある台詞よね)


 そんな事を思いつつ、洋服を着た4歳児が床の間のある部屋の前の廊下で正座をする。我ながら少しシュールだ。


「蒼一郎曾お爺様、玲子です」


「ん? 入りなさい」


 許可を得て、作法通りに襖をあけて部屋に入り、そして閉じる。

 我ながら完璧だったのだが、後ろから笑われてしまった。


「いや、スマンスマン。流石は玲子だな。だが一連の流れを4歳の幼子にされると、流石の私も困ってしまうぞ」


 そんな事言うジジイには、もうふくれっ面しか見せてやらない。

 そうするとますます笑みを深めてしまった。処置無しだ。だから次は憮然としてやる。


「そう言う年相応の顔の方が安心するよ。それで、何か特別な用なのだろう? なんだい?」


「あ、はい、私は少しだけ過去の夢も見られるのですが、原元総理の経歴が違っていたのです」


「原君の? それはもしかして暴漢に襲われたのではないかな?」


 いきなり当てられた。つまり、鳳が関わっているという事だ。

 多分、驚きが表情にも出ているだろう。曾お爺様が少し面白そうな表情を浮かべている。


「そ、そうなんです。何故曾お爺様が違いをご存知なのですか?……もしかして」


「そのもしかしてだ。お前の先代の夢見の巫女、母のりんの言葉に従い新聞記者という肩書きで近くに警護をつけたおかげで、原君は今も元気にしているよ。それで玲子の見た夢だと、どうなるんだい?」


 話すべきか一瞬悩んだが、言い始めた以上全部ぶちまけるべきだろう。


「はい。原敬元首相は、暴漢に襲われてほぼ即死で亡くなられます。その後、内閣は高橋是清様が臨時に継がれ、さらに加藤友三郎様が次の総理になられます。ついでに言えば、もし虎ノ門の件が大ごとになっていたら」


「誰が総理になった?」


「清浦奎吾様です」


「清浦君がねえ。少し意外だが、護憲派に反対する連中の差し金ってところか。まあ、それは良い。それで玲子は、新内閣発足の知らせを見て……そうだな、総理の代が夢の中と違う事を見つけた、と言ったところか」


「そ、その通りです」


 もう絶句しかない。全部お見通しだ。こんなチート一族だったら、私なんかいらないんじゃないかと思えて仕方ない。

 とはいえ、完全じゃないにしても未来を知っている、いや未来を見ると言うアドバンテージには敵わないと考えているからこそ、私はここまでの扱いを受けているんだ。

 だがそう考えると、それはそれで色々と考えさせられてしまう。



「ん、どうしたね?」


「い、いえ、その、また一つ私の見た夢、見る夢と違う要素が加わったので、注意深く夢を見ないとって思ったんです」


「そうか。そうなるのか。うん、頼むよ。こればっかりは、他の誰にも出来ない事だ。それに」


「それに?」


 曽祖父が言葉を切ったので、思わずつられてしまう。


「色々と自分で考える鍛錬を積んでおきなさい。私の老い先もそう長くはないだろうから、その時は麒一郎と共に鳳の家を支えてもらわないといけないからね」


 真剣な眼差しを受けて、思わず強く頷いてしまう。

 少なくともそこに、私を利用しようと言う意図は見えない。それどころか、私の行く末を真剣に想ってくれているのを感じる。その上で、一族を率いて行けと告げているに等しい。

 優しいのか厳しいのか、どっちかにして欲しいものだ。


 しかし厳しくと言うのなら、私としても聞くべきことは多い。


「分かりました。では、私の見た夢と現実のどこが違うのかを確かめたいと思うので、これから私の問答にお付き合い下さいませんか?」


「勿論。私としても、玲子が何を見たのかを知る良い機会だ。それにしても、違う過去まで見ると言うのはどうしてだろうか?」


「……多分、ですけど、高祖母がいた場合の世界が今だとするなら、私が見た夢は、いなかった場合、鳳がなかった場合の世界なのではないでしょうか? 過去の夢に、鳳が出てくる事はありませんでしたから」


「なるほど、それはそれで筋が通るな。まあ、大半の事は歴史として書物などにもなっているが、それでは今から私と玲子の勉強会を始めようか」


「はい、曾お爺様」


「ふむ、少し堅苦しいかもな。そうだ、二人との時は蒼一郎と呼びなさい。では始めよう」


「はい、蒼一郎様」


 なんかまたハードルが一つ上がった気もする。

 しかし諸々を押し通っていかないといけないのだから、曽祖父との関係が深まったのは良い事だろう。



 なお、内閣の入れ替わりが違っている影響でいくつか違っている事が確認できた。

 原敬が暗殺されてないので長期政権となる。しかも原内閣が長期化したので、交代の時期になる頃には次の首相と見られていた加藤友三郎の病状が悪化し、そのまましばらく原内閣が惰性で継続。次に山本内閣へと続くが、虎ノ門事件が未遂なのでそのまま山本内閣は継続。

 そしてそのまま山本内閣が続いても良さそうなものなのだが、原内閣が賄賂や疑獄で政友会への国民不信が強まった為、私の前世の世界でのような政友会の分裂はなかったが国民の支持が低下。そこに護憲運動が重なり、憲政会が加藤内閣を組閣と言う流れになる。

 この結果として、1つの政権が比較的長期間続くという流れになっている。賄賂や疑獄などの腐敗もあるだろうが、短すぎる内閣が続くよりは良い流れなのだろう。


 それ以外に内閣と総理の違いはなかったが、すでに私の前世とは違う流れになり、死んでいる人が生きていたりするので、勉強と情報収集を心がけた方が良さそうだ。

 樺太をすべて日本が持っている事も合わせて、こうした違いが恐らく米軍の日本本土上陸に続いているのかもしれない。

 何としても、この決定的破局だけは避けないといけない。


原 敬 (はら たかし)

戦前の政治家。「平民宰相」と渾名された。

戦前期日本の貴族制度であった華族の爵位の拝受を固辞し続けたため。

1921年〈大正10年〉11月4日に、暴漢に襲われ殺害される。

賄賂や利益誘導しまくって、それを地元に注ぐというタイプの政治家

誰も通らない道を作ったと、野党などからつつかれる。



護憲運動 (ごけんうんどう)

大正時代に発生した立憲政治を擁護する運動。

要は、政治を藩閥政府から政党の手に移すことを目指した運動のこと。

大正デモクラシーも、このあたりから言われる事が多い。


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― 新着の感想 ―
先代巫女が介入したのが作中世界で、主人公の前世が介入されなかった(夢を見なかった?)世界ならその世界でも別の誰かが夢を見て歴史に介入してたり……と妄想して勝手に面白くなってる
[一言] 先代巫女によって改変された世界が、この世界なのかー。 こりゃ歴史知識チートを使いにくいな。
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