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155 「1930鳳パーティー」 

 5月吉日、鳳伯爵家恒例の懇親会パーティーが開催された。


 けど、昔のような庭での園遊会じゃない。1928年からは参加者が増えすぎたので鳳ホテルで開催されるようになり、園遊会ではなく一族主催の屋内での宴会に変更されている。

 しかし園遊会のスタイルを踏襲しているので、いわゆる立食パーティー形式だ。


 壁際にはバーカウンター、屋台、模擬店、ビュッフェ・バイキングが連なり、喫煙用の別室も多く確保されているので、タバコが苦手な夫人、子供も多数参加している。

 開催時間も昼間の開催で、ちょっとしたお祭りっぽい。

 この形式は日本の上流世界に意外にウケが良いらしく、徐々に広まりつつあるらしい。

 それと女子は、可能な限りシャネルから送ってもらった服を着てもらっている。年配は和服姿だけど、華やかさが格段に上がった。それに、良い宣伝になるだろう。


 一方で当の鳳のパーティーだけど、参加希望者が年々大幅に増加していて、参加者を絞りに絞り規模を拡大しても追いつかない状態だ。

 そして数が多いから、せっかくの一族交流の機会なのに軽く挨拶してお終いというのが実に悲しい。



 虎三郎一家とは、このパーティーでは今までより長く話せた。それまでは軽く挨拶で終わりだったのだけど、去年春先の旅行で虎三郎と打ち解けられたからだろう。

 今までの虎三郎は、どこか本家を敬遠する向きがあった。けど、これからは違うと思いたい。みんな気さくな人達なので、少しでも親しくなれたのは嬉しいところだ。


 なお、虎三郎一家だけど、奥さんがアメリカ美人のジェニファーさんなだけに、見た目が派手だ。4人いる兄弟姉妹のうち、半分は金髪に白い肌。他二人も見事なハーフ。うち姉妹2人は、日本で流行りのボブショートと言うよりオカッパじゃなくロングヘアだけど、シャネルの最新ファッションととても合っている。その美少女ぶりは、シャネルに写真を送りつけてやろうと決意するほどだ。

 一方、紅家の人達とも、少しは挨拶以上で話すようになった。けど、瑞穂さんは相変わらずの女傑すぎて、紅龍先生の天敵なのを再び納得させられた。

 そんな感じだから、どちらとももっと親しくなりたいのだけれど、その他の来賓の相手の為ゆっくり話す時間もない。


 

「寄らば大樹の陰とはよく言ったもんだけど、最初以外はこうして宴会場を見下ろすだけとか、来た意味が半減ね。屋敷で十分じゃない」


 かくして私が愚痴っている場所は、何度か使った鳳ホテル大宴会場を見下ろせる小窓のある別室だ。

 この部屋自体は小会議室だから、学校の教室の半分程度の大きさがあるし、それなりに豪華な内装ではある。ただ、状況としては楽屋部屋みたいで、私はその部屋を独占する大女優様のようだ。

 しかも頻繁に、会いたいという者で、合わせても大丈夫と判断された人が、入れ替わりやって来る。おかげでほとんど常時別の誰かが居る状態で、今ようやくしばしの解放をされたばかりだ。


 部屋にはシズ、トリア、リズがいる。私の側近候補の輝男くん、お芳ちゃん、みっちゃんも来ていたけど、こう言う場に慣らせる意味もあるので、強引におめかしさせて会場を回らせている。多分だが、鳳の子供達と一緒だろう。


 そして私がこっそり覗く宴会場では、鳳一族の大人達、時田、セバスチャンが応対に追われている筈だ。本当はもっとノンビリしたパーティーなのに、これでは台無しだ。そしてそうしたのは、主に私だ。

 だから始まるまで全部受けて立つ積りだったのだけれど、お父様な祖父の麒一郎、時田、セバスチャン、シズにまで止められ、こうして選ばれた人と会っている。

 もはや、パーティーでもなんでもないが、これも責任の取り方の一つなんだろうと思うしかない。



「ですが、本日一番お忙しいのは、ご当主様でしょう」


「そうよねえ。曾お爺様が床から離れられないって話が世に出てしまっているから、顔つなぎに来る魑魅魍魎どもの多い事、多い事。ていうか、確実に増えているわよね」


「シズには分かり兼ねます。トリアさん?」


「日本の状況はまだ詳しく把握出来ておりませんが、数は確実に増えています。立憲民政党の方も、再びお顔を出されている方が、少なくないご様子」


「まあ、その辺は三菱繋がりでしょう。政友会は?」


 ペラリ。トリアが手にした資料をめくる。

 セバスチャンがいない時は、こうして私のブレーンとなる。この位置は数年後にはお芳ちゃんになるだろうけど、今はトリアしかいない。リズはシズ同様に護衛としても優秀だけど、シズと同じように仕事の話には理解出来たとしても関わらない。

 

「政友会は、政治問題を抱えておりますので、来られている方はむしろ昨年より少ないかと」


「あー、統帥権干犯ってやつかぁ〜。民政党もなんで問題にするかなぁ。今更でしょうに」


「民政党は1926年秋以後、政権が取れていません。それ以前も、政友会の内閣が長く続きました。一方で政友会の賄賂などの話がまた増えて来ておりますので、憲政会としては勝負のかけどころではないかと分析されています」


「うん、それは分かる。けど、統帥権の話を政治家が持ち出したら、やっぱりダメでしょ。政争の道具にする時点でおかしいし、自分の足元崩すのも同じじゃない。せっかく原さんが、入念に根回しした上で海軍を押さえ付けた意味、分かってないんじゃない?」


「分かってはいるでしょう。ですが、だからこそ利用したのではありませんか。他に現政権への大きな攻めどころがありませんから」


「それはそうだけど、これって凄い悪手よ。まあ、大きな問題にはならないとは思うけど」



 そう言って取り敢えずの雑談を締めたけど、私の楽観論には一応根拠があった。

 政友会の大御所や裏ボスとなった原敬は、首相時代にワシントン会議を経験しているから、海軍軍縮会議がどういうものかを一番知っている日本の政治家だ。しかも老練で、隅々まで準備を怠らない人だ。

 だからロンドンに行っても頻繁に日本との連絡をして、田中首相など日本に残っている人を使って日本中枢の各所に情報を回し、根回しさせ、了解を取りつけている。その手は深く、陛下のお側にまで及んでいると、鳳総研は分析していた。

 以前のような曾お爺様経由での政治家の情報が手に入りにくくなっているけど、鳳財閥の情報網は十分に機能していて、私がロンドン軍縮会議で安心できる情報を手に入れ続けてくれていた。


 それはともかく、原敬は前任の急死で去年侍従長となった海軍出身の鈴木貫太郎を経由して、陛下に情報を逐一届けさせている。政府、海軍に対しても当然交渉の話を通していた。

 さらに、それでも条約内容で文句を言う奴が出るというのは予測していた。だから海軍の別ルートを通じて、海軍軍縮に反対する海軍トップの海軍軍令部長の加藤寛治大将の行動を封殺する動きをさせている。


 これには鈴木貫太郎も関わっていて、陛下に余計な情報を入れないように前に立ちはだかるのは当然として、鈴木貫太郎自身が説得して抑え込んでいると言う噂が流れて来ている。

 この件に関しては、私が鳳総研と鳳新聞を通じて、海軍の一部に海軍軍縮に反対する動きがあると伝えた事が影響している。


 また、色々なルートで政治的に利用価値の高い東郷平八郎元帥への根回しと説明が行われているらしく、流石は手抜かりのない原敬らしい。

 その影響からか、東郷元帥が海軍拡張論者に対するメッセージとして、「国産の油が幾らでも手に入るのだから、尚一層訓練すれば良い」と発せられている。

 誰かが誘導したのかもしれないけれど、海軍拡張派が軍神を政治利用しようって動きは取りようがないだろう。


 色々考え、大きな問題はないと改めて結論したので、優雅にシズの入れてくれた紅茶に口をつける。

 来客が多いと喉も渇きがちなので、紅茶に溶けた砂糖の甘さが心地良い。

 ただ、そんな風にお嬢様していられる時間は短い。



「玲子お嬢様、次のご来客の方がお見えです」


「お通しして」


 リズの言葉に、軽く居住まいを正しつつ答える。顔も少しキリリとさせる。

 もう完全な子供からは脱しつつある我が身なので、少しずつ容姿が幼女の頃とは違う意味を持ち始めているからだ。



統帥権干犯:

統帥権干犯問題  (とうすいけんかんぱんもんだい)

ロンドン海軍軍縮条約調印をめぐる政治問題。

政治家にとってはただの政争だったが、軍部の暴走を助長する要因の一つになるなど大きな禍根を残した。


(詳細は数回先で触れます。)

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― 新着の感想 ―
[一言] Q:軍艦足りないんですけど A:練度(含む根性とか大和魂とか)で乗り越えろ こういう回答が出てくる辺りが日本という国のお国柄を示してるなぁと思いました。今でもそういう風潮しっかり有りますも…
[一言] 旧憲法は改正できるほど力ある人物だと寧ろ使い易いという根本的欠陥憑きですからねw 幕府系人材を極力排除したせいで政も軍も元老が関わる前提になったせいでしょうけど
[一言] 統帥権干犯問題は政治の側で引き起こしたものなので、いくら軍部の根回しをしていても起こるだろうなと思っていました。 憲法解釈的には天皇の下に国務大臣がいるので干犯って成立しないんですよね。陸…
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