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冒涜的な魔王の種は今日も今日とて生き延びる  作者: はじめ おわり
第二章 少狂学校生存
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恐怖、悲嘆。

そうですね、人は殺されますね

 震える唇、握りしめる拳。すでに生気を失っていながらも液体の溜まっていく眼と崩れ落ちる脚。



 そしてお姉様は、まるで石になったかのように動かない。いや、厳密には動けないだけかもしれない。



 現実、そうこれは現実だ。こんな惨状を見せられると流石に目を疑ってしまうが、どう足掻いてもこれは現実だ。



 燃え盛る炎と流れ出る血液の匂い、周りからの声にヒリヒリとした熱。その全てが現実を訴えかける。



 ...この世界で、おそらく魔法は相当便利なものだ。マナお姉様は確かに骨のヒビをいとも簡単に治していたわけで、おそらく身体欠損なんか余裕なのだろう。



 だが、目の前のそれはあまりにも無理があるのだ。人間の体において最も大事なのは、心臓と脳。そのどちらともが欠けているーーもしかするとどっちかでも無理なのかもしれないがーーこの状況を覆すことは無理なのだ。



 マナお姉様はきっと理解している、<治癒>を扱えるからこそ。もうこの状態だと助からないのだと、すでに手遅れが過ぎるんだと。



 もしかすると、普通の人はここで可能な限りの手当てをするのかもしれない。ただ、マナお姉様はそれをしていない。



 現実、それを直視しているのかもしれない。



「.........お姉様、もう火の手が」

「わかってるよお。でもねえ、後もう少しだけえ、いさせてえ?」



 涙を流し、嗚咽を必死に堪えて言うその言葉からは、悲嘆の感情がぶつかってくる。



 僕は3ヶ月ほどしか一緒に過ごしていないし、その間のことはほぼ覚えていない。誰しも日常を完璧に覚えているわけじゃないのだから。



 だが、少なくとも...






「そうですか。ではこの場であなたも殺すことにいたします」



 ッ!



 咄嗟にバーストが僕に結界を張る。しかし、守るべきは僕ではない。



 グシャリ...



「お姉様!」

「かっ...!」



 背中から、綺麗に左肺下部に剣が刺される。



 目の前に、突然現れた男によって。



 その瞬間、男が飛ぶ。そしてお姉さまを囲うように結界が生まれる。



<聖域>だ。刺さっている剣が自動的に抜かれていくのが見て取れ、しかも穴が修復されていく。



「おっと、<魔眼起動>させる隙を残してしまいましたか。これは失礼」



 そして修復が終わると、マナお姉様はその場で前のめりになりながら倒れる。



 ダッシュで近づき、お姉様の脈拍を確認。



 動いては...いる。まだ生きてる。



「ああ、そういえばあなたもいましたね。ええと名前は...」



 聞き馴染みのある、声。それが火事場に響く。



「マリアですよ、エイルさん。ああ、もうさん付けはやめよう。あんたをさん付けするほど僕は人がよくできていないからね」

「おっと、そうでしたか。では私も様付けをやめるといたしましょう。それでいいですね、マリア?」

「いいですとも。最も、あなたはここでいなくなるだろうけど」



 まさか、あの執事のエイルが犯人だったとは。



「ははは、ご冗談を。いなくなるのはあなたですよ」



 まだぬかすか、こいつは。



 今、僕は明確にあなたに殺意が湧いているのだが?



「...メェーちゃん」



 ブン



 という音を出して疾るメェーちゃん。瞬きの間に、もう目の前に。



 バァァン!



 大きな音が響く。すでに建物の大半は燃え盛っているわけで。



 あ、そういえば部屋に飾られている<輝くトラペゾヘドロン>を回収しなくちゃじゃん。



「バースト、ここから北西あたりの位置にあった自分の部屋に<輝くトラペゾヘドロン>があるから取ってきて」

「...なぜそのような物騒なものがあるのかはひとまず置いておきましょうか」



 去るバースト、これで唯一の不安要素はないかな。



 ガァン!



 蹴り上げるエイル、しかし全くメェーちゃんの体は動かない。



 ステータスが、違う。



 ドン!!

「がはっ!!」



 一瞬、メェーちゃんの体が動いた。おそらく殴りつけたものだと思うが、それでもエイルの原型は残っている。



 頑丈すぎだろ、この世界の人間。



 ......近づいて確認してみると、腹に拳の跡がいくつもくっきりと残っている。あの一瞬でめちゃめちゃ殴ったってことか。



 動かないエイル、もちろんその上にメェーちゃんは仁王立ちしている。



 その目には光なく、あったとしても人間がする目ではない。



「これ、どうする...?」

「さて、どうしようかn」

「ひっかかりましたね!」



 瞬間、起き上がるエイル。大振りの剣が、その刃を自分に向けてやってくる。



 ...けどその程度、死ぬ恐怖すら感じない。



 パシィン!

「何!?」



 弾かれ、そして。



 ジャキィ!!

「いっ!が、ああ...」



 切り裂かれる体、弾け飛ぶ服。



 それと、また倒れるエイル。メェーちゃんは変わらず仁王立ちだ。



「ありましたよ。タンスらしきものに隠れていたので出すのに苦労しましたけどね」

「うん、ありがとう。そしたらバーストは念のため外警戒してて」

「わかりました」



 すでに人の目に僕は映し出されている、だからショゴスは残念ながら出せない。



 まあでもこの程度、どうせメェーちゃん1人で過剰戦力だろう。



「はぁ...はぁ...マナ!」

「ああ、お姉様は少し奥に。それと同時に養父母の死体を持っていってください」

「...わかった、そこはまかせる」



 やってきたエリカ先輩は何があったのかすぐに理解したらしい。即座に3人分の荷物を担いだあと、エイルに中指立てて外に出ていった。



 まあ、見えてるかは知らんけどね。それにしても、こいつはどうするべきか...



「うーん、とりあえず腕と足の骨は折っておくか」

「わかった」



 バキバキと折られる骨、心地いい音とは感じないしASMRにもならないけども。



 でもまあ、少しは心が軽くなる。



「あとは放置しましょうか。燃料とかあったらもう少し苦しませてあげられるけど、まあどのみちこの状態なら逃げられないだろうしね」

「ん、そうだね...!」



 とりあえず僕もさっさとこの場から出よう。早くしないと僕まで巻き込まれることになる。



 ============================================



 外は、まあそりゃそうなるよねって感じに野次馬でいっぱいだった。



「な、なんだこの死体!?」

「ここで何があったの!?」

「セルド様の家が...」

「あ、ああ...」



 マナお姉様は野次馬の溜まってる場所からは見えないところ、高い塀の内側にエリカ先輩と共にいた。



 傷は、だいぶ深い。おそらく2度と治ることはないだろう。



「...まさかあ、入学早々こんなことに巻き込んじゃうなんてねえ。あまりにも間が悪過ぎるよお...」



 それでも、マナお姉様は僕のことを気遣ってくれるらしい。



 隣に座って、館を眺める。



 消化作業が8割ほど完了したのか、既に下火になっている火災。人災ではあるが、何も知らない人からは天災に見えることだろう。



「やっぱり、もうそろそろ起きてしまうのかもね」

「...戦争が、ってこと?」



 エリカ先輩が驚く。まあそりゃ<可能性の写し鏡>で知ったなんて一言も言っていないからね。



「そうだねえ...ねえ、マリアちゃん。どうして戦争が起こるのお?」



 マナお姉様の、質問。とても静かで流れるように質問してきたけど、その声には恐怖が入り混じっていた。



「それは...少なくともこんな危険な世界で人間同士が争うんだから、<勇者>と<魔王>の件以外はないと思うよ」

「じゃあ、もしかしてえ...エイルは<聖神信仰教会>側だったあ、ってことなのお?」



 あ、そう言うことか。養父母は<反聖教>の幹部クラス、そこに殺害の理由があってもおかしくない。



「...やっぱり、あれってエイル...だったんだね」

「うん、確かに私はエイルに貫かれたよお」

「僕にも切り掛かってきましたしね」



 エイル、おそらく<聖神信仰教会>のスパイはそもそも幹部を殺すために来てたのかもしれない。執事として姿を隠し、それを何10年と続け、そして今実行に移されたのやも。



 または、買収。殺せば金が手に入るんでそう言う仕事を請け負ったか。どちらにせよ、こちらは被害者であることに変わらないだろう。



「やっぱりい...<反聖教>がなかったらこうならなかったのかなあ」

「かも、ね。でも、この状況で過去を見ても仕方ないよ。魔獣に仲間が殺されたのと同じ認識で、いつまでも忘れないことくらいしかできないんだよ」

「そうだけどお...そうだけどねえ...!」



 嗚咽を漏らすマナお姉様。その声でこちらも泣きたくなってくる。



 親が殺される、それを2度、今回含めて3度も体験している僕はその気持ちを理解してしまう。死という身近にあるけど無視していることに対する恐怖と、親しい人が殺されるという大き過ぎる悲嘆。その両方を同時に背負っているのだ。



「...生存者は君たちか?」



 声、聞いたことのある声が横から聞こえる。



 見るとそこには旧父...守護騎士団団長がいた。



「いえ...マナのパパとママが殺された状態で、家の中に」



 そう言ってエリカ先輩は団長に見えるように体を動かす。



「これは...いや、まさか...」

「...どうかあ、しましたかあ...?」



 なぜか狼狽る団長、その顔には汗が流れている。



「...いや、なんでもない。まずはお悔やみ申し上げる、マリア・ヒルドよ」

「いえ......」

「ところでだが、少しだけ君たちに話したい用事ができた。一度私についてきてくれないか」

「「「......?」」」



 ============================================




「はあ、はあ...なんとか逃げることができました。いやはや、あの魔王が手加減しなかったら死んでました」





「おお、それはよかったじゃないか」




「あ、■■■さん。何で1人で逃げるんですか?お陰で回収したい資料を全部燃やすことになっちゃったじゃないですか」




「いやあ、すまんねえ。まさか反撃されるとは思わなくて、ね?」




「ね?、じゃないですよ。全く、今日は散々な日です。<クエスト>は失敗に終わりましたし、怒られる前に逃げて...」




「ところでさ、君って確か両腕と両足の骨を粉砕骨折させられたよね?どうやってここまで来れたの?」




「うわあ、あなた見てたんですか...単純ですよ、ちょっと前に<海龍の神殿>に行きまして、たまたま手に入れた宝玉で[自己再生]を獲得していたんですよ。もちろんその後に頑張ってLvをMAXの100にしましたから、一時的に再生を中断することも容易、だから生き残れたんです」




「おお!それはそれは...」




「苦労したんですよ?このスキルって自己治癒でしかLv上げできないんで、何度も<ゴブリン>の攻撃を受けては自己治癒を待って受けては待ってを繰り返して...」




「...それは、欲しいねえ」




「...へ」




 ...バタリ




「お、本当に[自己再生]がLvMAXだ。これで防御面もだいぶ強くなったね」




「おい、確かにここらへんで声がしなかったか?」




「いやあ、俺は聞いてないけどなあ...」




「おっと、人が来たか。こういう時はさっさと退散しますかね...」





「...ん?なんだ、この血生臭い匂いは?」




「なんだって?......うわあ!お、おい見ろよ!」




「うおっ、死体だ!こ、これさっさと守護騎士団に報告しなきゃじゃね!?」




「そ、そうだな!早くいくぞ!」




「おう!」

証拠隠滅の最強の方法、火事

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