学校生存⑦〜数奇なる人生〜
命って軽いですね。
あと、いつもより長めでございます。
ゴクゴクゴク...
「ぷはっ」
宝箱から出てきた水を飲み干す。家を出てから一切水を飲んでいないので、やけに美味しく感じる。
実際、体からは相当な量の水分がなくなっていただろう。死体製造機を突破したり、ここまで数回の戦闘があったのだから。
手に収まるサイズの小瓶に入ってた水では明らかに量が足りていない。別にこの世界では水が貴重品ということではないだろうし、おそらく本当にダンジョンを攻略するなら水と食料は必須だろう。
「ショゴス、敵は?」
「今ノ所は」
ショゴスに敵がいないことを教えてもらい、飲み終わった足で出発する。
ここまでくるのにおよそ30分、ちゃんと右手が壁に沿うように歩いているので迷子にはなっていないが、そのせいなのかやけに長く歩いているような気がする。
おそらく道がやけに広く、天井がものすごく高いことによる錯覚に近いものだろうがね。戦闘によるストレスもあるし。
ただ、ここまでの数回の戦闘で学び、ショゴスをとても薄く広げて何かいたら教えてくれるようにしたら戦闘は大部分が避けられるようになった。
ありがたいことに、遠距離攻撃をしてくるやつもいないしね。例え接敵したとしても、僕に近づく前にショゴスが絡めとる。
なので、やることがないメェーちゃんは僕の腕の中で眠っている。ものすごくかわいい。
...さて、何も考えることがなくなったな。この思考も実に10数回目、マジでどうしようもないことだがとても暇だ。
せめて紙とペンがあればマッピングできるんだけどなあ、今の所ないのが現状だ。
何か起こらないかなあ、と。
タタタタタ
走る音、大人数っぽいね。
「ショゴス、近くに敵は」
「イません。たダ、前方に生徒ガ幾人か」
む、生徒か。
ここまでの道のりで何回か死体には出会ったけど、まさかまだ生きている生徒がいたとは。
いやまあ僕も生き残っている生徒のうちの1人なんだけどね、うん。
タタタ...
音はだんだん遠ざかっていく。さっき敵はいないとショゴスは言ってたし、逃げているわけじゃなさそうだな。
もしくは、何かミスったことによる被害から遠ざかるがために走っているか。一番可能性があるのはこっちか。
ただ、そうなるとそっちに進むのは危険だな。今までの右手を壁に沿わせる歩き方だとそのまま前方に進むことになるが...
いや、こういう時は迷子になるのが一番まずいだろう。何があるかわかったもんじゃないが、進むしかない。
「このまま進むから、ショゴスは敵に対して一層注意して」
「了かイ」
前に進む。流石にそろそろ疲れてきたのか、足が少し重い。
だが、進む。進まないと恐怖で押し潰されるだけなのだから。
...
...
...
...前方に、十字路。
今まではT字路くらいしかなかったが、ここにきて十字路か。
とりあえず、十字路の場所まで進むか。
音は...何も聞こえないな。
で、とりあえず十字路にきたわけだが...ん?
僕たちから見て右側の道に、それはあった。
大扉。入り口にあったような石でできたものだ。
それが、少しだけ開いている。厳密には、何かが挟まっている。
大扉に近づいてみるが...何も起こらない。
挟まっているのは、ふむ。
一見すると、というかこれを見たほとんどの人が手鏡だと答えるであろうものだ。実際僕も手鏡だと思う。
挟まっていたその手鏡を取る。しかし何も起こらない、ということはこの大扉は元から開いていたか、開いていることにこれが挟まっていたことは関係ないってことか。
インベントリには...しまわなくていいか。
で、まあ僕たちの目的は<可能性の写し鏡>を取得することだ。もしくは1時間の間この<ダンジョン>で生き残るかだが、もうここには居たくない。
心身ともに疲れているのもあって、さっさと帰りたくなってしまうな。
...いや、さっさと帰ろう。今までの反対、左手を壁に沿わせる歩き方をすればいい。
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意外と早く帰ってこれたな。
現在いる場所は一番最初に戦闘を行った部屋の前を過ぎたあたり。
30分くらいかかってたはずだけど、急いでいたのかその半分くらいでここまできてしまった。
まあでも、急ぐことに越したことはない。さっさと入り口に戻ろう。
一番最初に右に曲がったT字路にくるここを曲がると、そこはとても大きいホール。
「ショゴス、後ろを見てて」
「わかりマした」
一番危険なのはこの状態での後方接敵、油断している時が一番やばいからね。
「広場には...生徒がいないな。ここで1時間過ごすんじゃなくて、なんとかしてこれを取りに行こうとしたってことなんだね」
「最も、持ってきてもらうことにしたやつもいるけどね」
っ!声が後ろから!
気づいた時にはもう遅く、手の中から感触が消える。
メェーちゃんがいなくなったわけではない、手鏡がなくなったのだ。
「な!?」
「アハハ、悪いね。私たちのように隠れるのが得意な奴らもいるんだよ!」
しまった、奪われた!このままだとここで1時間過ごす羽目になる!
というか、いつのまに広場にあんな人数が!?20人くらいいるぞ!?
「っ!ショゴs」
ドガーン!!
突然目の前に何かが落ちてくる。
これは......落とし格子?なぜ、入り口前の広場に入るための場所にこんなものが...?
「さ、私たちはあいつらの目の前で出て行ってやりましょ。ふふ、なんか一緒に帰れないように邪魔が入っているみたいだし」
...一緒に帰らないようにするための、邪魔。
いや、それにしてはこの落とし格子は頑丈すぎる。穴の部分は僕の腕が入るのがやっとで、しかもこの格子の厚さは僕の腕を隙間に入れても先に届かないくらいだ。
優に30cmは超えてる、おそらく50cmくらいか。なんで邪魔するためだけにここまで厚くする必要があるんだ?
もしや、邪魔する以外の理由があるのでは?
「さてと、ほら<可能性の写し鏡>を持ってきたわよ。さっさと開けなさい!」
シーンと静まる空間、何も反応しない扉。
そういえば、<インベントリ>に入れて持っていくってバルバトス校長先生は言ってたな。ここまで色々あり過ぎてすっかり忘れていた。
「お、おいマジュー、確かあのおっさん<インベントリ>に入れてって言ってなかったか?」
お、気づいたやつがいた。じゃあこのまま...
「<インベントリ>?何よそれ」
...前言撤回、どうやらまだ<インベントリ>を開けないやつもいるらしい。
よくここまで生き残ってたな...というか、あの教科書どうしたんだよ。
「あーじゃあ俺入れるっす。貸してください、マジュー姉」
「あらそう、じゃあ任せるわヒニ」
ヒニと呼ばれたやつが<インベントリ>に手鏡をしまう。
...しかし、大扉は開かない。
ドンドンドン
音、それが急に後方から聞こえてくる。
「ショゴス!」
「聞こえマした。ですが周りにはいまセん」
即座に返ってくる返答、つまり本当に近くにいない。
ドンドンドン!
近づいてきているぞ、一体どこから...
「なあ、なんで開かないんだ?ヒニ、確かにお前<インベントリ>に入れたよな」
「あ...あ...あ...」
様子がおかしくなるヒニ、その間にも音は近づいてくる。
「お、おい一体どうしたんだヒニ」
「違う...違うんだ...」
違う?一体何g
「この手鏡、<ダミラー>だ...僕たち、偽物をつかまされたんだ...」
「「「な!?」」」
だ、<ダミラー>?いかにもダミーみたいな名前だな。
...待てよ、確かその<ダミラー>を取る前に生徒が走っていったよな。まさかだとは思うが、あれはトラップだったりするのか?
ということは、この近づいてくる音は...?
「おいあんた!!よくも偽物を」
ふと、音が消える。ついには僕の頭上あたりから響いていた音が、ついに消えて。
それは、着地した。
背中しか見えないが、全体像はそれが滞空している間に見えた。
一言で言うなら、ゴリラ。黒い顔と毛並みは美しさと力強さを持ち合わせ、筋骨隆々の体はとても大きく大扉と同じくらいだ。
少なくとも、あの大扉は20人が横並びになってもまだ足りない横幅を持ち合わせており、それだけでそれがどれだけ大きいかがわかる。
だが、それだけだとただの大きいゴリラだ。そう、それだけなら。
背中、それが一番異常だった。
そこにあるのは、大きな縦に開いた穴。びっしりと埋め尽くされた牙をみるに、あれは口だ。
その口の中にあるのは、大きな目玉。一個だけなのが本当に気持ち悪いが、本題はここから。
背中部分の毛、それら全てを変換したかのような夥しい量の触手。しかもサイズは1本1本が僕たちに匹敵する。
...それの体はとても大きい。だから、股の間から他の奴らが見える。
はっきり言って見たくない。しかし、すでに一時的狂気に満ちてしまったか。体が動かない。
もはや言葉にならない姿、顔、状態だった。もはや、彼ら彼女らは自身の運命を理解しているだろう。
「ゴオオオオオオオオアアアアアアアア!!!!」
叫びが聞こえた直後、僕の視界に何かが映る。
日本語で書かれているその板は、およそステータスの書かれているやつと同じように見える。
しかも、それの一部尖っている部分は完全にそれを指し示しているため、つまりはこれが奴の名前と言えるのだろう。
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>キメラティック・フォレストアンドオーシャン・キングズ<
HP 597425/597425
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合成された森と海の王、略して森海王か。
絶望でしかないその名を持つ怪物は、雄叫びを挙げながら目の前の敵を屠り始める。
...その拳を振れば肉体が風船のように弾け飛び、紙切れのように切断された。
なんとかその猛攻から逃げ切っても、背中にはおそらく森の王とは違う思考を持った海の王がいる。
...その触手が動けば肉体が枯れ木のようにやせ細り、食料のように口の中へと消えた。
もはや隠れることに特化したものでも隠れられないこの状況、ついには。
「ま、まって!まだ死にたくn」
最後の1人が、森の王の口の中に消えた。
その瞬間は、見ていない。見たくなかったから目を瞑った。
直後。
ガリガリガリという音が聞こえる。
目を開くと、落とし格子の目の前に森海王は立っていて。
落とし格子は、開き始めていた。
「...まずいまずいまずいまずい!」
即座に後ろに向かってダッシュ、T字路を適当にダッシュ、分かれ道をランダムにダッシュ。
勝てるわけ、ない。20人が一瞬で消し飛んだのだ。もはやメェーちゃんでさえ目を見開いているこの状況では逃げるしか道がない。
あ、目の前に生徒が何人かいる。
「逃げ...っ!」
言葉を噛み殺し、分かれ道を進む。もはや言う余裕すらなく、彼らは消えていった。
曲がって、曲がって、蛇のように。どう考えても直線じゃ直ぐに追いつかれるから、うまく分かれ道を活用するしかない。
が、やはり神はこの世におらず。
T字路に出た直後、右に森海王。
後ろに逃げると分かれ道は少ないので、祈りながら左へ進む。
後ろから追ってくる森海王。そしておっさんは微笑まず。
一本道。
「あああああああ!」
岩と鬼ごっこした時よりも分が悪いこのデスゲームは、しかし希望が見えてくる。
その先、なんと十字路。そのまま進むと、押し開きの大扉。
口の中が血の味に染まりながら、走る。
そしてもはや拳の届く場所に僕がきたギリギリで、ついには大扉の中に入る。
「メェーちゃん大扉押さえて!」
もはや無理強いに近いその要望も、メェーちゃんは聞き入れてくれる。
即座に轟音。ぶつかる音だけで心臓が揺さぶられる。
大扉の奥は、入り口前の広場よりはるかに広い大部屋。
その広さは、あのドラゴンのいた部屋に匹敵する。
...この時点で考えられることは色々あるが、まずは現状の打開が最優先だ。
可能な限り、奥へ。すると、大扉の反対側に小さい両開きのドア。
まあ、開かないんだけどね!
「くそがっ!」
もはや逃げるのは困難と振り向いた時、大扉の上に見えた。
でかい、穴。つまり、やつは...
不意に音が止まり、走り去る音。やつは、あの穴から入り口前にきたのか!
メェーちゃんも直ぐに戻ってきてくれる。が、それだけだと現状の打開策はない。
何かないのか。<インベントリ>を覗く。
ーインベントリーーーーー
金 00.10.00.00
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何も、ない。そんなこと初めからわかっていた。
あと、何かあるのか。今あるのは僕とショゴス、メェーちゃんと後ろの扉に手に持っている本と...本?
右手、なぜかそこにある本。見覚えは...ある。あの武器屋だ。
即座に開く。何があるかなんてわからないが、それでもやらないよりマシだ。
しかし、無情にも本には中身がない。全て白紙。
ドンドンドン
近づいてくる音、それを聴きながら何かが書いてあるページを探す。
パタパタパタ
不意に、いや勝手に本が開いていく。そしてついには何かが書かれているページへ。
魔法陣、それと...これはアラビア語か。もちろん読めないが、もはやこれに頼るしか方法はない。
つまりは、魔法の発動。おそらくメェーちゃんを呼び出した際と同じことをやればいいだろう。
「ショゴス!この魔法陣の型とそれに液体を注ぎ込むための漏斗!」
もはや無言でショゴスの一部が変形する。ショゴスもわかっているのだ、このままだと死ぬことが。
たった数秒見ただけの魔法陣、それが直ぐに地面に現れる。
だが、まだ足りない。
「メェーちゃん!僕の左手首を!」
言われるまでもなく、すでにメェーちゃんは切り落としていた。
もはや痛みなんて恐怖で塗りつぶされて、そのまま出てくる液体を漏斗のなかへ流し入れる。
その間に本を見る。魔法陣の隣、何か絵が描かれていて。
だんだんとぼやけてくる視界、しかしその絵だけははっきりと見えて。
それは、今から僕が呼び出すものを理解するには十分すぎる資料だった。
音が消える。そしてまた音が聞こえる。とても、大きく。
目を魔法陣の方へ。すでに魔法陣からは血が溢れていた。
魔法陣をショゴスに投げ、右手に魔力を込める。
それは、人に仇なす旧神が一柱。
信仰され、加護を与え、贄を求める凶暴な女神。
猫の姿を形どり、夢の世界の住人となったエジプト神話の女神。
「さっさと来い、バースト!!!」
血でできた魔法陣、そこに右手を叩きつける。
その瞬間、森海王は僕を殴ろうとして。
それは、何かに阻まれた。
赤い、壁。よく見ると、そこには猫の顔。
「にゃー」
鳴き声、その声は魔法陣の中央にいて。
「にゃ、にゃ!?」
そこにいたのは、猫だった。
バースト、エジプト神話におけるバステトと同一視される女神です。
めっちゃ凶暴らしいですが...実はバステトは凶暴じゃないんですよね。
バーストは凶暴なんですけどね。一体どういうことなのでしょう。




