気絶、失神、その他諸々
退魔なのか、銀なのか。
カァン!パァン!ドォン!
何かと何かが、打ち合う音。
目を開け、目の前には女性と男性。
女性は拳を、男性は剣を。
それぞれ打ち付け合う、戦。
ただただ、僕はそれを見守っていて。
ザクッ
軽快な音と共に女性に剣が刺され、体が裂かれる。
男性は、そのまま僕に向かって跳躍。
目の前に着地し、剣を僕に向けて一言。
『最後に言い残したいことは?』
冷淡なその声に対し、僕はこう言う。
『さあ?』
音もなく、体は剣を深く飲み込む。
聖なる力、それに耐えきれない体は、あちこちから血を吐き出す。
手先が冷たく、いや感覚がなくなっていく。
だが。
『■■■■■■■■■■■■■■』
意味のわからない言葉を、僕が放ち。
目の前が、深淵へ...
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目の前の暗さが、急に反転する。
ここで倒れたら、まずい。体が悲鳴を上げながら伝えてくれる言葉は、脳に対する刺激になる。
何か見ていたような気がするが、今はどうでもいい。
目の前には、引き抜き終わった剣...違う。よくわからないが、まるで見たことのないはずなのにわかるのが心底気持ち悪い。
あれは、聖剣。それこそ<勇者>しか持つのを許されない、<勇者>専用装備。
知らないはずの知識が、僕の意識を支える。
あの件が放つ光は、聖なるもの。文字通りの、<魔王>特攻。
だから見るだけで痛いし、近くにも寄れない。寄らせてくれない。
<勇者>はゆっくりと剣の刀身を確認し、僕はその後ろで体をガタガタにしながら<勇者>を睨む。
「おお...まさかその剣の全貌を間近で見ることができようとは...」
ハゲジジイはなんだか喜んでいるが、こちらとしてはそうじゃない。あんなもの、もうこれ以上見ていたくない。
だが、見ていないとまずいことは体の痛みが教えてくれている。絶対に、<魔王>ということを悟られてはいけないのだと。
バレてはいけない、<魔王>ということを。そのためには<勇者>のファンという人間を演じきらないと。
震える足をあえて<勇者>に向かわせ、軋む腕は気合で誤魔化す。
上下運動の止まらない顎を必死に動かし、ようやく演目が始まる。
「そ...それって、ゆ、<勇者>の剣ですか!?あ、ああ!!」
尻餅をつき、ボロボロの織り機で言の葉を紡ぐ。
「な、なんて神々しい...」
「い、いや。それほどでも...あはは」
少し無邪気なその笑顔。震える僕の体が、感動ではなく痛みで震えているのがわかっていない証拠。
「よ、ようし。ちょっとだけ、カッコつけてみるかな!」
鞘を左手で持ち、剣を右手に持つ<勇者>はゆっくりと剣を鞘へしまい始める。
その姿は確かに<勇者>そのもので。
「かっこいい...」
と口から声が漏れるほど。<魔王>としてみても、熱狂的ファンとしてみても変わらない感情なのは確かだ。
キンッ
という軽い音でしまわれた剣は、そのまま<勇者>の腰にあてがわれる。
まさしく、それは<勇者>の剣としてふさわしい姿だった。
「あ、やべ。代金も払っていないのに腰に...」
「いえいえ、お代は結構ですよ。その剣、誰も引き抜けないから<銅貨1枚>で売ろうとしていたので」
まあ、聖剣だからしょうがないね。引き抜いた者が<勇者>なのだみたいな、そういうことなのだろう。
力ではなく素質、たとえ成長途中の子供でもいいのが聖剣なんだろう。
「これが...僕の、剣」
まあロクでもない最期を迎えるのがオチだろうけど、ぶっちゃけ今死なないならそれでいい。
どちらが死んでも、僕には都合が悪いし。
「しかし、やはりあなたは本物の<勇者>様。ここにあるものを選び、あなたの生涯に役立ててくださいな。もちろんお代はいただきません」
そしてあんたは<勇者>の見方をするのね、ニャルラトホテップ。
「もちろん、付き添いの方もね。良いコンビになりそうですなあ、ハッハッハ!」
「あ、ありがとうございます」
とりあえず立ち上がり、物色を始めようとする。
が。
「ち、ちょっと待ってマリアちゃん。ここは僕が選んでもいいかな」
「えええ!?」
まじで?流石に急すぎて変な声が出てしまったぞ。
一旦落ち着いて...よし。
「本当にいいんですか!!!」
食い気味に言葉を放つ。もちろん顔を近づけることも忘れずに、ドン!と思いっきり。
「も、もちろん。えっと、そうだな...」
物色し始める<勇者>。だが、なるほど。
まずいな。僕が演じていることがもしバレているのだとしたら、僕の知らない何かをされる可能性がある。
だって、めちゃくちゃ急だし。それにさっきまで剣に身惚れていた人間がやる行動じゃないし、どれだけ善良な人間でもここまでのファンもどきにプレゼントみたいなものを選ぶことはありえん。
となると、だ。彼は僕のことがわかっている可能性が十二分にある。
...いや、それ以上に僕が焦っているだけの可能性もあるな。
何せ目の前に聖剣を手に入れた<勇者>がいるんだ、未熟な<魔王>なら誰だって焦る。逆に貫禄を感じるほど強大な<魔王>なら動じないだろうけども。
まあ他の<魔王>なんて今はどうだっていい。今は僕が焦っているかもしれないのが重要で...
「マリアちゃんは確か、召喚師だったよね」
「..........」
「ま、マリアちゃん?」
ドクンドクンと、沸騰したかのような血の動きが感じられる。バクンバクンと、飢えた獣のような感性が働く。
杖とは、魔法使いが使うものなのだろう。目利きとかできるわけではないが、そのためのワンドやロッドが数多くある。
そして、"本"もまた。そういう使い方があるはず、そうあるべきなのだ。
眼球そのものが固定されたかのように、それを見つめるのをやめない。やめたくない。
渇く、血肉に飢えたゾンビのように。欲する、食物のない獣のように。
充血のせいか、視界が暖だなかくなる。しかうあも丸のに肌やかまい。
なえあ。ウィ工場mテウアケ良い、
...
...
...
...
ああ、これが。<魔王>として必要だったものらしい。
本。黒ではなく漆黒ではなく。まさにそれは、深淵。
闇より暗く、光より眩しいもの。
つかむ、しかし。特に何もない。
何もない。そう、掴めない。
"マリョクヲ"
声が響き、言う通りに。
ふっと、本が消える。
体の中に、何かが。いや知識が迸る。
だがそれは、全て既知のもの。
否、一部は知らないが。つまるところこの知識は、クトゥルフ神話。深淵そのもの。
僕の、力。
目の前が明るくなり、気がつけば目の前にメェーちゃん人形。
うん、いつみてもかわいい。
一応頭を撫でながら、なるほど。場所はあいも変わらずあの店か。
そしてどうやら僕が本を手に取った時から時間は進んでいないみたいだ。
あと左手にはさっき手に入れた本がある。見つめていると、確かにこれはヤバいやつだと直感できる。
振り向いて、一応確認。
「店主さん、この本はもらっていいものですよね」
「ええ、もちろん。その本は古本屋から買い取りましてね、ただ誰も選ばないので<銅貨1枚>で売っていたのですよ」
あ、<勇者>の剣と同じような。なるほどねえ。
ただ<勇者>みたいにカッコつける趣味はないからね、さっさと<インベントリ>にしまっておく。
「お、これなんてどうだい、マリアちゃん」
<勇者>が小物を見せてくる。
ブローチみたいだが、その効果はわからない。
あと平静、そしてこの言葉。
誰だってみてなかったんだなってなるが、僕の目は誤魔化せないぞ。
「ありがとうございます!!家宝にします!!」
ぎゅっと<勇者>の手ごとつかみ、ブローチだけとる。
だが、やはり。まあわかったことが2つ
触るだけで手に痛みが走ったこと
<勇者>の手が少しだけ震えていたこと
これがわかるだけで、少なくとも一つわかることがある。
つまり、彼は<勇者>であり僕は<魔王>であるということだ。
「えっと、とりあえずこの2個はもらっていいんですよね?」
焦り気味に店主に聞く<勇者>。
「ええ。<勇者>様なので、特別サービスです」
反対、ひどく冷静に言葉を言う店主。
明らかに、僕のことを意識しているのがわかりやすいが、はてさて。
「そ、そうですか。それじゃあ俺は帰りますね。マリアちゃん、縁があったらまた会おうね」
「はいい!」
怪しまれるとか関係なく、すぐにあいつはここから出ていきたかったんだろう。
「そこのドアを出たら、外ですからね」
「わかりました、ありがとうございました!」
......さて。
「メェーちゃん、起きてる?」
「...うん」
いつもとは違う、冷淡な声。
頭から下ろされて腕に抱かれたメェーちゃんの目線の先には、あのハゲ店主。
思いっきり睨んでいるあたり、僕の思考はあながち間違っていなかったんだろう。
「ショゴス、いるかい」
「こコに」
どこからか、粘性のある生物が僕の背後に居座る。目玉や耳を使って、注意深く観察しているのは店主のみ。
「はあ。私、何か悪いことしましたか?」
いや、していないが。
「なら、別にシュブ=ニグラスに睨ませないでくださいよ。意外と怖いんですよ?」
知らん。僕が睨ませているわけじゃないからな。
「なあ、ニャルラトホテップ。一体なぜあなたがここにいるんだ?」
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"いいのですか、<魔王>を強化させるようなことをして。一緒に連れ出す方が良かったのでは?"
「いや、いい。多分、あの<魔王>は君のことに気づいていない。だからこそ、バレるのはまずい」
"確かに。ですが、それがあなたの身を滅ぼしたとしても。私は一切責任は取れませんし、あなたの行動に原因があると言うことなんですからね?"
「わかっているよ、全く。でもなんで君があの武器屋にいたんだい?」
"さあ?普段ならあんな汚い男には私を触らせないんですが、私を持ち込んだのはおそらく、これの妻なのですよ"
「妻?あの店主、妻子持ちだったの?」
"そうとしか考えられません。私のことを触れるのは聖なるもののみ、あの禿げた店主が触ることはできませんから。"
「なるほどね、変身系の魔法を使ったとしてもダメなら確かに無理だ。」
"ええ...おっと、そこの路地を右に"
「え、ここの道を?明らかに怪しそうだけど...」
"しかし、あなたの家までは最短距離です。"
「そ、そう。まあ確かにできるだけ急いで帰れる道をって言ったけども」
"そのおかげで、あの店からも難なく出られましたし。<魔王>にも追いかけられることはなかったでしょう?"
「...うん。でも、本当にあの子が<魔王>なの?僕には熱狂的なファンにしか見えなかったけど」
"はあ、さっきあなたはあの<魔王>ってちゃんと言いましたよね。まだ信じきっていないんですか、私のこと。"
「いや、君のことは全面的に信頼しているよ。ただ、なぜあの子が<魔王>なのかなあとね」
"さあ?あの胡散臭いオッサンが決めて...失礼、今の言葉は忘れてください"
「...なあ、君が言う胡散臭いオッサンって誰だい?君を創ったらしいけど、そんなにすごい人なの?」
"まあ、確かに力はあるでしょう。しかし、彼は非力です。今まで数々の<<勇者>>を見てきた私が断言しますが、やつ以上にせせこましいやつはいませんよ。敵なんて、そもそもあいつにはできないでしょうに。"
「うーん、これが俗に言う、わからない方がいいこと、なのかなあ」
"YES.これ以上は聞かない方がいいですよ。あ、左に見える大きな道沿いに進んでください。すぐに目的地ですからね。"
「了解。ありがとうね、ナビしてくれて」
"いえ。私の心は、いつもあなたのそばに。"
魔王にだって聖剣みたいなもの、欲しいのです。