ゴマダレまたはきむち
ほんのちょっとだけ短めかもです。
あの店主、おそらくナイルラトホテプがなぜこの世界にいるかはわからない。
ただ、少なくとも僕に対する実害がこのままだと起こりうるだろう。
幸いにもメェーちゃんとショゴスがいるこの状況をうまく利用しなければ、下手したら僕の命がなくなる可能性だってある。
<勇者>は召喚師が少ないと言っていたが、召喚対象を警戒するからこそ少ないのかもしれないな。
今の僕の現状からも分かる通り、召喚師と召喚獣だと性能が全然ちがう。メェーちゃんと僕は極端な例かもしれないが...
「さて、お客さまのご都合に合うものはありますでしょうか」
と言いながら店の奥から出てくる店主。手にはトレーと、その上に高く積み上げられたノート類含めた筆記用具の数々。
ドスン!と音と砂埃を巻き上げてカウンターに置かれたトレー。流石に多すぎやしないですかね。
まあいいや、とりあえず教科書を......何を買えばいいんだ?
「...<勇者>様、学校で使われる教科書ってどれでしょうか」
「ええ......」
まあその反応も無理はない、僕は学校について全く知らないんだからね
「えっと、確か......なんだったか」
おい、<勇者>。君も買いに来たんだろうが。
「ははは、ごめん。爺に任せっぱなしだったから俺もわからないかな」
「あ、あはは......」
まずいぞ、ちゃんとものを買って帰るという最初の作戦が頓挫してしまう。
まあ確かにね?エイルさんに何も聞かずにね?お小遣いをもらった足でそのまま出ていったけれどもね?
はあ、これもあれも全部<勇者>のせいにできれば楽なんだけどなあ、現実はそううまく行かないものだ。
「ふむ。お聞きしますが、お客さまは<国立学園>に入学しようと?」
...うまく行かないのが本来の世界だと思うんだけど、どうやらこの世界は甘々らしい。
「ええ、はい!ここにおられる<勇者>様と同じく<国立学園>に!」
「いや、<勇者>は余計だって!俺はあくまでもまだ<<勇者>の種>を持っているだけd」
「ほう、<勇者>様ですか!」
しかし、<勇者>には激辛を。カレーを滝のように浴びせてやろう。
「<勇者>様なのであれば、とっておきの品を用意せねばいけませんね。」
「いや、だから俺はまだ...」
「そうそう、一番上の教科書が<万能!学園のすゝめ>です。<国立学園>で必要なのはその教科書だけですよ」
「あ、ありがとうございます」
そう言って店主は、またもや店の奥へと姿を消した。
言ってそのまま、ってことはとっていいのかな。
一番上らしいけど結構高いな。一旦本と人形をカウンターに置いて、っと。
ジャンプすればギリギリ...届いた!ってあれ?
手が届いて、確かに掴んだはずなんだけどな。取れなかったのかな...
まあ背表紙側から掴まないで中の紙ごと掴んだからかもしれないけど。
今度は、もっと高く、ジャンプして、っと。なんとか背表紙に...うわあ!!
背表紙に手がかかる。が、なんと本がそのまま倒れてくる。
いや、確かに本一冊分くらいしか手をかけてないはずだけども!?
落ちてくる本、いや明らかに本と言えるか怪しい大きさの物体が倒れてくる。もちろんジャンプしてようやく手が届いていた僕はほんの少しの間落下中で、このままだと僕の腕の長さほど厚い本が僕に対して落ちてくる。
まずいっ!思わず目を瞑る...
...
...
...が、落ちてこない。
目を、開く。
すると、そこには...
「...こ、こんなサイズの本を持っていくのか。なかなか大変だな、っと!」
片手で持っていた本を床に下ろす<勇者>。ショゴスの一冊を持つのも結構大変な僕とはステータスが違うのだろう。
「...ああ!!」
尻をついて座っていた体制を、そのまま横にして卒倒する。
母さんが僕の時にしていた感じを真似てみたが、どうだろうか。
「...君と言う人は、全く。ほら、立てるかい?」
手を差し伸べる<勇者>は、おそらく天然なんだろうな。
普通の人ならときめくところだろう。
だが、僕には残念ながらありえない。
「ああ!!立てますとも、<勇者>様!!」
手をとって立ち上がる。思っていることとやっていることが全く違うが、まあ慣れているし問題はない。
...そういえば、男が恋愛対象にならないのはやっぱそういうことなんだろうか。今はどうでもいいことだけど。
まあいいや、後で考えることにしよう。
「よっ、と。怪我はない?まさか急に倒れてくるとは思わなかったから、少しだけ持つのが遅れちゃったんだけど...」
「だ、大丈夫ですぅ!」
「...うん、それならよかった」
若干引き気味。しかしそれくらいを維持していくのが、僕の安全につながりそう。
最終的に相手から興味を失ってくれれば、それでいいんだからね。
「何か激しい音がしましたが...大丈夫でしたか、それはよかった」
店の奥から店主が帰ってくる。その手には、鍵。
いやなぜ鍵?確かとっておきの品とかなんとか言ってなかったっけか。
まさかキーブr
「お客さま、こちらへどうぞ。お客さまにピッタリの品がございます故」
...ふむ、なるほど。
一旦しゃがむ。と同時に<勇者>もしゃがむ。やりたいことはわかっているらしい。
「どう思います、<勇者>様」 コソコソ
「うーん、怪しさしか感じないけどね。でも俺のために探しにきてくれたのを考えるとね...」 コソコソ
「失礼になりそうですよね...どうしましょうか、<勇者>様」 コソコソ
「.........いや、行こう。ここで帰れるのかがわからないし、今は行く方が安全かもしれない」 コソコソ
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「うわあ...」
「すっご...」
口が開いたまま閉じない、それくらいの驚愕。
壁一面にびっしりと立てかけられた剣やら弓やら杖やらが、まるでこちらを待っているかのように佇んでいる。
ショーケースの中にずらりと並んだ指輪やら靴やら小道具やらが、外に出たがっているかのようにぎっしりと詰まっている。
しかも、さっきまでの部屋とは違いとても広く、また綺麗。蜘蛛の巣は当然として、埃の一つもない。
まるで超有能なメイドさんが掃除した後の武器庫みたいな清潔さには、潔癖症の人もびっくりだろう。
一応カウンター奥の、店主が教科書を持ち出した時に通ってきたドアに入ったはずなんだけど。どゆこと?
というか、ここはどうみたって武器屋じゃん。絶対5歳児がきていい場所じゃないでしょ...
「<勇者>様と言うことでしたので。ここにある名武器達の中から、好きなものを選んでくださいな。ショーケースの中は、2つまでどうぞ。もちろん、付き添いの方もお好きなものを選んでくださいな」
「え。武器と道具別々に......」
「もちろん。<勇者>様がきてくださるなんて、どんなお店でも名誉あることです」
まじか、武器が1つに道具が2つ、計3つもですか。
「あ、お題は払っていただきますがね。教科書とノート、筆記用具はタダといたしましょう」
「...は、はい...」
<勇者>も呆気に取られているあたり、まるで予想していなかったんだろう。実際僕も予想していなかったけども。
えっと、確か武器は1つなんだよな。一体どれにしようか。
まあ剣やら弓やらはどうでも良くて、どちらかといえば杖とかになるんだろうけど...ん?
<勇者>が...なんかふらふらしてる?
「あの、<勇者>様。どこか具合でも...」
話しかけるが、反応なし。どこか虚な顔でふらふらと進む。
...ふむ、何かに魅入られたとかか?ここの周りにあるのは武器だけだから、何かそういう呪いの武器みたいな...
ドックン!という心臓の音。まるで鷲掴みにされたかのような感覚。
それは、<勇者>が歩む先にある、鞘に仕舞われた、剣。
素朴ではなく、豪華でもない。一目で呪われているとわかるようなわけでもない。値札もついている。
<銅貨1枚>
詳しくみてみたい、が。足が、まるで拒まれているかのように動かない。動かしたくない。
本能。勘。知能。思考。その全てが危険信号を発する。
"それに近づくんじゃない"
<勇者>が剣の目の前に、確実にわかることが一つ。
僕は、触れない。
近づけない、触れない。なのに、<勇者>はできる。
なぜ、できないのかは愚問。僕が[<魔王>の種]所有者だから。
<勇者>がその剣を持つ。吸い込まれるかのように、柄を握る。
鞘から引き抜かれていく、ゆっくりと。そして、何もないはずなのに、剣が光る。
肌が痛い。[対痛覚]なんて無効と言わんばかりに持続するその痛みは、光に触れている部分、つまりは肌が露出している首に顔に腕に足にしか発生しない。
つまりは、存在が"<魔王>特攻"。すなわち...
引き抜かれる剣は、少しずつ光が強くなる。痛みもそれに比例し強くなる。
そして、完全に引き抜かれた時。
意識が、まるで体ごと消滅したかのように。
消えた。
こいついつも(意識)消えてんな。
まあ消しているのは俺なんですけどね。