対ヴルトゥーム④ こおり
でもその前に
「させるか!」
地で草木がうねり、土砂が舞う。
舞った土砂は炎に被さり、火を消した。
...だけど。
「その程度で俺を止められっかよ!!」
焔は止まるところを知らない。消されるばかりか、植物たちを灰にして広がっていく。
「その言葉、返してやろう!」
しかし生まれた灰からさらに植物は生まれる。土砂の勢いは、むしろ増すばかり。
植物と炎が交差する混沌は...しかしやはり、植物の優勢のようだった。
理由は考えるまでもない。そもそも今の状況自体がヴルトゥーム有利だから。
今この空間は<魔力>がとても薄い。この世界の平均と比べてどうも薄いらしい地球よりもはるかに。
本来なら生存すらままならないはずだけど、僕が<魔力>を供給しているから動いていられる。そして僕の供給は無限では無い。
でもヴルトゥームは無限だった。少なくともさっきまでは。
今はアンジェリアさんから<愛と名声と金のために>が無くなっているから無尽蔵とはいかないけど、それでも今まで生産された<魔力>の総量は僕の供給とは比べ物にならないはず。
...クトゥグアの召喚が成功しなかったところで、恐らく僕たちは勝てる。その戦力がある。
正直適当でも勝ててしまいそうだし、なんならヴルトゥームの<魔力>が削られるのをこのまま待っていてもいい。
だって、<魔力>がないのであれば脅威度がぐっと減るから。
「...でも、ねえ?見たいよねえ、アフーム=ザー」
見たことがないものを、人はどうするか。
恐怖するか、興味をそそられるか。
僕は基本的に前者だ。分からないことが多ければ、それだけしに近づく。分からないことからは、離れた方がいい。
「でも僕にとってクトゥルフ神話は例外だ。例えその先に破滅が待っていようと、僕は奴らを知りたい」
となればやることは単純でクトゥグアの支援になるわけだけど。
「まあ、そしたらあれだよねえ」
真下の方にある、アンジェリアさんの肉塊。<魔力>がたっぷり残ってるそれを何とか破壊すれば、それは召喚の成功に繋がると思う。
「ネックなのは、同時にアンジェリアさんを救出しなきゃ行けない」
「単純な破壊ではダメなのですね」
「そう。ただ壊すだけなら僕でもできるからね」
繊細なタッチで、中のアンジェリアさんを傷つけずに周りの肉塊を何とかする。
それができるのは...うーん...
「メェーちゃん!」
「なぁに?」
うわびっくりした。まさか後ろにいるなんて。
「アンジェリアさんを助けつつ、あの肉塊を壊せる?」
「出来るよ?やって欲しいの?」
「うん」
今この状況で出てこれる、比較的大雑把じゃない神話生物のはメェーちゃんくらいなものです。
やって欲しいのですが...どうでしょうか?
「うーん、いいけど、対価がないかな」
「...まあ、そうなりますよね」
「今まで無かったことの方が不思議だからねー」
今までと言っているけど、あれらは状況によってそうしなければいけないことの方が多かった。
今は、完全に僕のエゴ。十全な対価が必要になる。
「どうする?」
「対価...いつかその話が出ると思ってました。ので、準備してあります」
対価に出せるものは既にいくつか候補を探してある。
「私が気に入らなかったらダメだよ?」
「もちろんです。でもきっと、気に入りますよ」
「へー。じゃあ教えて?」
「<1食につき1回おかわりできる権利>です」
「俄然やる気出てきたあ!」
はい、完璧。いくつかある候補のうちの、最も効果の高いものを選べた。
これは僕の知識がなせる技だろう。
「それじゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
瞬間的に見えなくなるほどの速さを出して、一気に降下するメェーちゃん。
1秒も経たず、肉塊の目の前へ。
「シュブ=ニグラス...ついに人に堕ちたか」
「は?何言ってんの?」
「メェーちゃんは堕ちてないよ。空飛んでる」
「そういう意味では」
「いいや、そういう意味だよ。メェーちゃんは堕ちてなんかいない」
むしろ、僕はかなり対等な対価を出した。人1人分の対価に。
「...よく分からないのですが、マスター、あの対価のどこが対等なんですか?」
「そう?じゃ説明しよっか」
大前提として。僕はお金に困っている。
その大きな理由とは、すなわち食事だ。
「神話生物は、生き物だ。食べなきゃ生きてけない。でもほぼ食べなくても生きていける、はずだった」
当たり前だけど、そうなれば食事の時間というのは削られる。だけど僕は削ったことがない。
「何故か?それはこの世界においては食事が必要だから。ですよね?」
「そーだよ...遠慮はいいんだよね?」
「アンジェリアさんが五体満足で助かるのなら」
「OK!」
メェーちゃんが肉塊を喰らう。なるほど、確かに端っこから食べていけば傷つける心配は無い。
...話を戻して、まあ僕がクトゥグアを助ける大きな理由にアフーム=ザーが見たいという好奇心があるわけだけど、そんな好奇心を放置してたら否が応でも食費が増える。
具体的な数、例えばメェーちゃんなら僕の3倍の食費がかかる。ちなみに切り詰めて、だ。
当然山のように食料があっても数日で消える。宝物庫いっぱいの食料でさえ、1ヶ月で空だ。
今までそれを持たせていたのは、僕が他にお金を使わないことと、代用としてショゴスが使えるから。でもそれらにだって限りはある。
「...生物にとって、食事は生命線。特にこの世界は年がら年中戦うんでカロリー消費量も高い。馬車の数倍はある魔獣の肉が、大量に用意されたサラダなどの副菜含め全て無くなるのが何よりの証拠」
あの<イベント>の何が嬉しいって、食事は皆最低限か娯楽であり、装備に可能な限りのお金をかけないと死ぬ世界で、唯一目一杯ご飯が食べられるからなんじゃなかろうか。
最近は慣れたけど、この世界普通の人は1日1食だからね。そんなんでおなかいっぱいにはならない。
もちろんおなかいっぱいなのは大事だ。<勇者>が朝昼夜食べているのは当然であり当たり前だからに他ならない。
でも僕は貧乏だ。全員食べられるように動いたら、1食が限度になる。
神話生物の食費=装備を用意するためのお金、という訳だ。
「もちろん僕もおなかいっぱいじゃない。多分成長期の6歳児がしていい食事環境では無いのだけど、そうなると1食抜くだけでちょっと怖くなる」
もう児童では無い。でも食事を抜いて戦闘なんて考えたくもない。
前線にでないことが多いけど、それでも自分だけで戦わなくてはいけない時がある。そんな時食事を抜いてたら...
頭が動かなくて、スパッと真っ二つがオチだ。
「つまり、食事とは生命線でありなくては生きていけないもの。神話生物がおかわりなんてしようものなら、それこそ僕が死ぬかもしれない」
「<1食につき1回おかわりできる権利>は一見するとふざけた対価に見える。でも」
その実、命を賭けているに等しいことだったわけね。
ちなみに僕はこのおかわりに制限なんてかけちゃいない。いつもの食事にはある程度の金額上限を設けているけど、さっき初めて僕が口にしたおかわりにはそれを示していない。
なんならオカワリできるものに関しても何も言っていない。最悪僕が食べられてしまうかもだ。
「ね?自分の命が対価なのだから、十二分な対価でしょ?」
生き物が払える最高級の対価は、自分の命なのだから。
「へっ、完全に言いくるめられたなあ!!情けねえぞヴルトゥーム!!!」
「ちっ...」
段々と、草木の勢いが落ちてくる。
今がチャンスだ。
「そろそろ...こっちも第2ラウンドに行こうぜ!!!!」
「させる...ものかっ!」
見ているだけだけど、徐々に燃え盛る光景だけは分かる。
勝者は決まったも同然ね。
「オラッ、行くぞ!!!!!
。我が盟友、アフーム=ザーよ
。盟約により来やがれってんだ
。早くしろ
」
炎が、結構雑な言葉に呼応する。
勢いをそのままに、少しづつ色を失っていく。
いつか、その炎は集まっていく。そして形を成していく。
それは炎そのもの。だが有するのは熱でなく冷気。
旧支配者の1柱にして、北極の下に眠りし炎。
クトゥグアの対極をなす存在。
「アフーム=ザー...!」
「.........雑な招集だな、クトゥグア。そして俺とお前は兄弟では無いし盟友でもない」
「文句ならあいつに言えや。こっちは怒髪天通り越してんだわ」
アフーム=ザーは北極の氷の下にいるとされる炎です。
でも冷たいです。矛盾してますが、神話生物なので出会ったら終わりです。氷になって北極と一体化するのが定番ですね。




