痛み。
痛々しい回です。ちょっと注意が必要かもしれません。
手を少しだけ動かしてみる。幸いなことに動かしている感覚はあるが、本当に指先だけである。つまるところ、手自体が動かない。
あーメェーちゃん、とりあえず外に出てもらってもいいかな?
腕の中でモゾモゾとメェーちゃんが動く。急にそれがなくなったかと思うと、強い振動が伝わってくる。
何かしたのだろうか、目を閉じている現状だと全くわからない。と、また振動。
2度、3度。4度振動がきた後、ぐっと腕を掴まれる。
そして、思いっきり引っ張られた。
無理矢理なもんで、火傷している肌に金貨か何かが擦れて痛い。
大体1分くらい引っ張られ、スッと不意に引っ張られる感覚が消えたと思うと、今度はゴツゴツとした床に叩きつけられる。
普通に痛い。おそらく金貨の山から引っ張り出してくれたものだと思われるが、もうちょっと優しくしてほしい。
あ、そのままメェーちゃんはショゴスを探してくれ。
そう思念した後、体が動くかどうか調べてみる。
指先は動く。これは変わらない。足は...動かない。火傷がひどいのかもしれないけど、それすらもわからないのが今の現状。
だって瞼も開かない。よって視界が確保できない状態なもんで、今自分がどういう状況下なのかもわからない。
何なら口も開かない。幸いなことに鼻が若干塞がれているが使えるので呼吸ができない状態ではない。最も、鼻の中も火傷しているからとんでもなく辛いが。
ただやっぱり呼吸しなかったのは正解だった。肺が火傷してたら、そもそも呼吸ができないからね。
...そういえばさっきから音も聞こえないけど、一体どういうことなのだろう。
ん、誰かが指先に触ったみたい。メェーちゃんだろうか、すまないけど今何が起こっているか何にもわからない状態なんだ。
具体的に説明するなら、味覚と触覚以外の感覚がない。言葉にすると、実は今の状況ってとても大変な状況なのかも。
しかしそんな状況でも冷静さだけは欠いてはいけない。動かなければ痛みは発生しないし、思考はここまでずっと清涼なままなのだから、パニクる理由がない。
不意に、振動が伝わってくる。現在左腕側が地面についている状態で右腕側からくる振動は、一定間隔で伝わってきて且つどんどん強くなっていく。
一体どういうことなのだろう、皮膚が火傷しているのは身体中から発せられる痛みで理解できるけど、音もなく振動が伝わっている理由がわからない。
振動によって火傷が痛いから早く終わってほしいと願うばかりだが、うーん。
この音は、おそらくメェーちゃんによるものだろう。一体なぜなのかはわからないが、地面と触れていない右腕側からきているからそもそも右腕自体を叩いている可能性が高い。
とか何とか考えていたら、急に振動が止まった。一体何が...
痛み。一言で言い表すなら、それに尽きる。
先ほどまでの火傷の痛みなど、笑止。まるで地獄で味わう責め苦のような辛さが、僕の意志など度外視して襲ってくる。
しかし声は出ない、物理的に開かないから、この辛さを分かち合うことはない。
それでもなお生きていた感覚の内が一つ、触覚が今自分の身に何が起こったかを説明する。現実を突きつける。
それは剥がされるような痛み、すなわち皮膚を剥いているということに他ならないのだと。
暗く、音もなく、匂いもなく、あるのは痛みと鉄の味。
外の状況はわからず、ただただ痛む腕が空気の感触を教えてくれる。
およそ半分、まだ半分。
永遠に続きそうなこの辛さを、なぜ僕は味わなければいけないのだろうか。
僕は、罰せられることなど何もしていない。少なくとも僕の記憶の中にはないし、マリアとしての人生の中で悪いことなど何一つ行わなかった。
ならば、僕は何をすべきなのか。
単純、ただただこの痛みに耐えるしかないのだろう。
この世に神はいない。僕の常識がそうなのだから、この世界にも神はいないだろう。
だから祈りは意味をなさず、自力で何とかしなきゃいけないんだ。
鼻から身体中の空気を入れ替えていく。一気に空気が喉を駆け抜け、同時に焼けた喉を切り裂いていく。
痛い。が、こうしているうちにも続く痛みより遥かにマシだ。
腕から力を抜く。痛みは強くなるが、力まないから血も出にくい...はず。
皮を剥いでるのだから出血は免れないし、何なら重すぎる傷だから治すとかそういう部類じゃないだろう。
ギリギリと痛みのラインが上にきて、ついに肩から外れて痛みが消える。
今のうちに深呼吸。露出していると思われる右腕が感じる空気は、およそ全身がそうなるのだと教えてくれる。
服は脱いで正解だったか、張り付いた状態だととんでもなく痛くて...関係ないな。
背中を押される。痛みで争うことのできない動きによって、うつ伏せの状態へ。
そして、容赦無く左腕に痛みが走る。
もう口の中はドロドロだが、それでも歯を食いしばる。
慣れ、なんてものは一切なく、暴力的なそれに耐え切る他ないのが辛い。
だが安堵すべきこともある。痛みがあるなら、すなわち生きているということになる。
つまり外は死後の世界とかではなく、さっきまでいた宝物庫もどきということでもあるのだ。
ベリベリという音とともに引き剥がされる皮は、だんだんと聴覚が戻っていることを意味している。
まだ右耳だけだが、それでも十分な吉報だろう。今の現状を踏まえれば、誰だってそう感じる。
腕はもげそうだが、なぜかもげない。きっとメェーちゃんができる限り優しく剥いているのだとわかるから、これもまたいいことだろう。
......あとは、特に何もないか。自分にとっていいことを考えていれば少しは痛みを我慢できる思ったのだが、さて。
と、ついに左側も終わった。痛みはひどいが、空気を感じられるだけいい。
あ、次は足をお願いします。
そう考えると、すぐに足から痛みが感じられる。ただし、今までとは違って両足同時。足を丸めていたからだろう、現に足は今まで動かせなかった。
しかしひん剥かれている今は足首、膝と続き、股関節が動くようになった。そしてそのまま背中に突入する痛みは、途切れることなく僕を襲う。
物理的に一生忘れることはないであろうこの痛みを、僕はどうすればいいのだろうか。
そして背中の痛みも無くなった。厳密にいえば剥がされる痛みよりも軽すぎる痛みは残っているが、ここまでくるともう痛くない。いや痛いし出血もしている状況だけど、さっきまでと比べたら無視できるレベルということなのだ。
「え、えっと...あと顔...だね」
メェーちゃんの声が聞こえてくる。これだけで心に余裕ができるが、なるほど。
やはりというか何というか、顔もなっているんですね。これは流石に覚悟を決めないといけないかもしれない。
おそらく、顔のやつは心が折れるかもしれない。今までの痛みとは比にならないだろうし、口と目が使えない現状を踏まえるとどこまで持っていかれるかわからん。
恐怖は痛みが忘れさせる。だがそれ以上の勇気が必要だし、何ならさらに強い生きる意志がいる。
...鼻呼吸だがまた息を整えて、と。
よし、メェーちゃん。僕が合図するから、そのタイミングで一気に引き剥がして。
僕に対する被害なんて考えず、思いっきりやってできる限り一瞬で終わらせてくれ。
「う、うん...」
若干不安げな声が聞こえたが、メェーちゃんならやってくれるだろう。
いくぞ。
3
2
1...
...こい!!
一瞬。だが途轍もない痛みが顔にやってくる。
「がばっ!」
その痛みに耐えきれず、口の中の液体が外に出る。
眼球が強制的に光を得る状況になったもんで、めちゃくちゃ眩しい。
がそんなこと考える余裕はない。今思考できる内容は痛みに関することだけだ。
というか何か考えていないと意識がぶっ飛ぶ。それくらい痛いが、ゆっくりと剥がされるよりマシだろう。
こういうのは継続的な痛みが一番辛い。それを我慢できるほど、僕の体は頑丈じゃないだろう。
何ならよくこの痛みを僕は耐えていられるな、一般人なら無理だろうからね。
ぐ、痛みが引かない。まあ顔の皮がなくなっているんだろうから、当然っちゃあ当然だが。
しかも目が急な光で使い物になってない。痛すぎて、目の前が真っ白になっているくらいしか視界に関しては変わっていないだろう。
と、とりあえず僕が痛みで動けないうちにショゴスを探し出してくれ。あいつはまだ生きているはずだからね、確証はないけども。
「わかった...!」
痛みが残る耳がタッタッタというかけ音が聞く。遠くに離れていっているから、ちゃんと探しにいってくれたのだろう。
この痛みを止めたいから、何としてでもショゴスは見つけてほしい。
まあ確証はないが。何せショゴスのことはまだ知らないことばかりだからね、もちろんメェーちゃんのこともだ。この痛みを分かち合うとまではいかないが、可能ならもっと仲良くなりたい。
ただ今はこの痛みを何とかしたい。何があろうと、まずは安全が最優先だ。
痛みを感じているなら、それは生きている証だろう。でもこのままだと出血多量で確実に死ぬことになるからね、まずは治す、いや直すか。
とにかく治療を行わなきゃ死ぬ。情けない死に方ではないが、痛みに負けて死ぬのはごめんなのよ。
タッタッタッ
という足音。近寄ってきているから、これはメェーちゃんのものだろう。
とりあえず顔の前まできたかな。痛みが前後感覚まで狂わすけど、幸い音は聞こえるからね。
多分盲目の人はこういう感じの世界を体験しているのだろうなあ...痛みはないだろうけど。
ちなみに皮膚を引っぺがされたことはありません。というか誰もないはずです......ないよね?