黒山羊さんからお手紙(本人)がきた
「あ、ありがとうございます。2回目まで付き合ってもらっちゃって...」
「いえいえ、こちらこそ。まさかご本人を召喚できるとは」
精神的にもだいぶ落ち着いたところで、会話を交わす。
今、こうして抱っこしているこの子......シュブ=ニグラス。本当ならシュブ=ニグラス様と呼ばなければいけないような存在だが...
「さ、様は勘弁してください...!」
とまあ、このように仰せられるので。
あとやはりというかなんというか、心は読めるのね。こんなにも可愛らしい女の子の姿なのだが、さすがは外なる神さまといったところだろう。
「あ...読まない方が...いいですか...?」
「ああいや、そういうつもりじゃなくて」
別に心を読まれたくないわけじゃないし、むしろ読めることを活かして色々できそうだ。
「なので、別に僕は大丈夫ですよ」
『ワタシモダイジョオブデスヨ』
ショゴスも僕に続いて伝える。しかし、特に返答はない。
あるのは、ショゴスへの視線。
『エ、エエト?』
「...あなた、ここの世界の言葉は喋れないの?」
ん、そう言えばそうだね。
『ショゴスって日本語以外は喋れないの?』
『......ベンキョウシマス』
そして落ち込むショゴス。まあ勉強するって言ったし、そこに関しては任しても大丈夫だろう
ショゴスは超有能だ、一年もあれば喋れるようになるだろう。
って、こんなことしている場合じゃないわ。
『ショゴス、勉強する前に一仕事頼みたい』
『ハイ、ナンデショウ』
即座に立ち直るショゴス。やっぱ奉仕種族なんだなって思うけど、それが有能さにつながっているんだろうなあ。
『とりあえず、残りの壁も破壊したい。んなもんで、破壊できそうな場所を探しておいてくれ』
『リョウカイデス』
さて、とりあえずショゴスには伝えることは伝えたし。
抱いている彼女を一度床におろす。
シュブ=ニグラス...に対する、質問タイムだ。
「あー、シュブ=ニグラス...うう!」
「ふぇぇ!な、なんですかあ!!」
だあ!様をつけてはいけないのがわかっているのに、存在のグレードが違いすぎるせいで敬意を払ってしまう!大声を出してびっくりさせてしまったことは申し訳ない!
「え!?む、ムーだとこの姿ならみんな遊んでくれたよ...!?」
なんか色々と衝撃発言があったが、それどころではない!このままだと、心を読まれても大丈夫な理由の時に言ったことが嘘になってしまう!
どうする、どうすれば...
「ええと、ええとお...!」
考えている僕の目の前で、慌てふためく彼女。
その表情は綺麗な黒目にぐるぐるとした渦が描かれ、さらに涙を浮かべている。こんなことを考えるのは失礼かもしれないが、とてもかわいい...は!
「ふえ!?か、かわいい!?」
そうだ、あの手がある!無礼とか一回無視することになるけども、黒山羊さんなら大丈夫と信じるしかないか...!
この可愛らしい姿のシュブ=ニグラスに合うのは......
「...メェーちゃん」
「ひゃ、ひゃい!?」
ニックネーム。親しいもの同士で、呼びやすくなるような新しい名前。
それならば、僕は敬意を忘れ...そうだけど、少なくとも様をつけないだろう。
「僕は、今からあなたのことを<メェーちゃん>と呼びます!」
『...ネーミングセンスカイムデスネ』
ぐっ...的確な感想を、どうもありがとう。
「えっと...それでいいですか?」
しかし、思いつく限りの中で一番かわいい名前だと思ったのだ。
あと他の名前の候補と言ったら、シュブちゃんとか、ニグちゃんとかしかない。
それに!この名前の元であるメェーという鳴き声は、彼女がシュブ=ニグラスなのではないかという気づきを得た時の、いわば記念とも言える言葉!
つまり!このニックネームはその記念を忘れずに...ん?
なんだ?彼女が口を開けてぽけらんとしている。動かない焦点の先にいるのは、僕。
一体何が?僕の顔に何か......
「その名前は...はすたあが呼んでくれる...」
え"。
「ヨグの言ってたこと...本当かもしれない...!」
............よし、1分くらい前から今までにメェーちゃんが言ったことは全部忘れた。誰がなんと言おうと、僕は忘れたんだ。
なぜかはわからないが、絶対に覚えていちゃまずいような気がする。この記憶は、僕の体から永久追放だ。うん。
で、だ。
「メェーちゃん、あなたのことはメェーちゃんとよぶね!」
「え!う、うん。よろしくお願いしましゅ...噛んじゃった...」
よし、これでご本人から承諾は得た。
晴れて、僕はメェーちゃんと呼ぶことができるんだ!
「やったー!」
目の前にいるメェーちゃんとガシッと両手で掴み、胸の前でギュッとする。
「ふぇ!?...え、えへへ...」
どうやらまんざらでもない様子。うーん、やはり照れているメェーちゃんもかわいいですなあ。
『オワリマシタヨ』
『お、お疲れさま。何かありそう?』
このタイミングで作業を終わらせるショゴス。やっぱ有能ですね、なんだかんだいってショゴスを使役する奴らの気持ちもわかるものね。
『ソウデスネ、コワセソウナノガイッカショナコトトカデショウカ』
『お、まじか』
一箇所だけか。全部の壁を壊してもらおうと思ったけど、それならば別にいいか。
『ソレト、ソノイッカショハホカノコベヤトクラベテハンキョウガオオキイキガシマス』
へー、反響が大きい。なるほど、奥に続いている可能性が高いわけだ。
よし、休憩もそろそろ終わりにするかね。
よっと立ち上がる。もちろん、メェーちゃんを抱えて。
.....そういえば、何かやっていたことを忘れている気がするけど。
まあいいか。
『どこの壁?』
『ココデス』
触手で示してくれた場所は、ちょうど小部屋の反対側。
最初に崩した壁を北とするならば、小部屋が西で新たに発見した壊せそうな壁が東に位置する。ちなみに、ベットの残骸は南東の位置だ。
あと、最初の壁の向こうには何もない。また壁があるだけみたいだった。
さて。
「メェーちゃん、そこのかべをこわしてくれ」
「う、うん」
ぴょん、と腕の中から飛び出すメェーちゃん。そのままてくてくと歩いて行き、壁の目の前にたどり着く。
そして急に拳を構えたかと思うと、
ドガーン!
と盛大に壁が吹っ飛んだ。
『ショゴス!先行して、何かあったら伝えて!』
『リョウカイデス!』
即座にショゴスに命令を下す。それを聞く前から、ショゴスは壁にできた穴を塞ぐように移動していた。
まじ有能。
と、先ほどまで床にいたメェーちゃんが飛び掛かってきた。
うおっ、危ない危ない。あともう少しでキャッチし損ねるところだったが、無事に抱っこに成功する。
そしてそのままなでなで。うーん、かわいい。
『ダイジョウブソウデス!』
お、そうかそうか。
壁の穴に向かう。小部屋の時と同じく、巻き上がった砂埃は多くないために足元に気をつけるだけで進める。
そこにあったのは、まあ小部屋ではなく。言うなれば、通路がそこにあった。
幅と高さは真後ろにある小部屋と同じだが、通路と言えるだけあって奥行きが広い。
それも尋常じゃなく、目を凝らしても先が見えないほど。
『ショゴス、そのまま先行して』
『ワカリマシタ』
ショゴスは大きい。最初の部屋で天井に届くくらいのサイズはあるから、小部屋と同じサイズともなるともうパンパンだ。隙間がないから前方がまるで見えないが、ショゴスのことだからなんとかしてくれるだろう。
まあ後方はその逆だが。
ちょくちょく確認はしているけども、まあ特には何も起こらなさそう。
このまま何も起こらない...わけないよねえ。
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「はっ、はっ、はっ」
全力疾走。ショゴスとメェーちゃんを<インベントリ>に入れた状態だから重りはないが、かれこれ5分は走っているんで体力の限界が近づいている。
なんならもう体力は消えている。しかし、身の危険が迫っているのだからしょうがない。
ゴロゴロゴロゴロ
という轟音は、まるで残り時間が近づいときのBGMのように僕を急かしてくる。
クソっ!こんな思いするんだったらショゴスに注意されたボタン押すんじゃなかった!
というかメェーちゃんのパンチで砕けないとか、あの岩なんなんだよ。
まあありがたいことにここは下り坂。岩のスピードは上がるが、僕のスピードも上がっていく。止まれはしないけど、止まったら死ぬだけなので問題なし。
走って、奔って、足は止まらない。たとえ痛みがひどくても...お。
遠い遠い通路の先にあるのは、光。松明とかないのにも関わらず通路は明るかったのだが、あの光はそれとはまた違う光のように見える。
もしあの光が出口ならば...
気合を入れなおす。もうぶっ倒れてもおかしくはないが、そんなことは関係ない。
ただただ走る。残りは、50mほど。
40m。肺の呼吸の荒れ方がひどくなる。
30m。酸素が足りないのか、目がチカチカしてくる。
20m。一歩一歩の足の痛みがわかるようになってくる。さっきまでは無視できていたはずなんだけどね。
10m。意識がふっとんで...
なく、そのまま走る。多分スキルのおかげかな。
そして、その光にたどり着く。
その光の先は............
最初の部屋と比べ物にならないほどの、あまりにもデカすぎる空間だった。
徐々に右へとそれながら減速。この状態でいきなり止まったら足が折れるからだ。
どんどん右にそれていくうちに、真後ろを岩が転がっていく。
あとは、壁に向かって歩く。
壁に着く。その瞬間、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。もっとも、意識は失わないが。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」
無理矢理深呼吸で呼吸を整えながら<インベントリ>を開く。
ーインベントリーーーーー
本
人形
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即座にどちらともタップ。眩い光が出て、気がつけばどちらとも出てきていた。
『ショゴス...ここの壁と床に擬態ってできる?』
そして即座に無茶振りをする。僕が知りうる限り、ショゴスは生き物にしか擬態ができないが。果たして...
広がり始めた本はすぐに僕が動ける最小限のスペースを確保、壁と自らで覆うように僕を隠したように見える。
あくまでも僕は囲われた側なもんで、外側からの視界がわからない。が、ショゴスが囲んでくれたということはつまりそういうことだろう。
『......イチオウデキタカト』
ほらね、やっぱショゴス有能だわ。
ちなみにショゴスが壁と地面に擬態できた理由はちゃんとあります。
その理由についてはまだお話できませんが。