緊急ミッション 〜ゴブリンを殲滅せよ〜
30分遅れ、申し訳ありません
ゴブリン。
一般的には邪悪な小人または妖精として伝わっていて、ファンタジー作品を読めば一度はほぼ必ず出てくると言っていいほど有名な奴らだ。
その有名度はクトゥルフ神話を知らなくてもミ=ゴやショゴス、クトゥルフを聞いたことがあるのと同じくらい。
でも、だ。あくまでもそれは本の中の世界であり、今こうやって馬車の幌...壁に開いた穴から見たそいつらは、瞬く間に僕の常識を塗り替えていく。
その顔は、まさに醜悪そのもので、長くて太い鼻に所々欠けている歯、緑色の肌を見てゴブリンだと気付かない者はいないだろう。
体も汚く、服と呼べるのか微妙なラインの布切れが股を覆っているくらいでしかない。だから、表面上は想像通りのゴブリンだった。
だが、強さが違う。僕が想像してたゴブリンは、いわゆるスライムのような最弱の存在。剣の振りは遅く、当たったとしてもそこまで痛くない。斬られたら死んでしまうし、魔法で焼かれもする。
ギィン!ギャン!ギョン!
鈍い音が鳴り響く戦場。その音の正体は、剣と剣がぶつかり合う音。
守護騎士団の剣はとても美しく、また騎士そのものの筋肉が鍛えられている。よって力強い剣の振りを行なっている。
ゴブリンたちの剣はとても醜くて所々かけている。なんなら刃が折れているものもあるのにも関わらず、体のサイズが違う相手を恐れることなく切り付けていく。まあ鎧があるから傷つかないんだけども、騎士たちはゴブリンの剣に対応できていないのだ。
その理由は、数。ゴブリンが持つ剣であるが故、サイズ自体が小さい。が、それを持つものが目の前に10や20いるわけだから、いくら守護騎士といえど対応が難しいのだ。
最も、1人を除いて。
「ぬうぅぅん!」
自らの体ほどある刃渡りを持つ大剣を片手で振り回す騎士団団長は、まとめて数十人のゴブリンたちをぶった斬っていく。まるで無双系のアクションゲームのようだが、そう例えられても何ら不思議ではない。
複数人、およそ5人のゴブリンが他方向から同時に切り掛かってこようと、、ただ一薙ぎ。
「甘いわあ!」
周りにいたゴブリンたちもまとめて斬られる。およそこの一薙ぎで20のゴブリンが死んだように見えるから、この団長がいかに強いかがわかる。
だからこそ、ゴブリンたちは先に倒したいのだろう。たとえ目の前で仲間がやられようとも、その後ろのゴブリンがやってくる。
が、その隙をついて他の騎士がゴブリンを切り伏せていく。1対1で騎士が負けるはずもなく、ただただ蹂躙されるのみであった。
まあつまるところ、だ。
ショゴスなんて要らない。それがゴブリン迎撃戦、いやゴブリン殲滅戦である。
...なんか、この世界の人間なら邪神レベルの神話生物でも殺せそう。いくら何でも強すぎでしょ、あれ。
これ、現実だよね。異世界ではあるけれどさ、流石に強すぎないか?
なんでこんな世界で<魔王>とか目指してるのかね、僕は。まあ異世界転生の条件だったわけだけど、今更ながら後悔しそうだぞ......
考え込む僕。それを見てマナさんが一言。
「大丈夫?ゴブリン達を見て気持ち悪くなったりしたあ?」
「え?あ、だ、だいじょうぶだよ、うん」
急だったもんで対応が遅れる。なかなか気の抜けた発言だけど、実際のところ大丈夫なのかと問われると、全然大丈夫じゃない。
一応聞いてみる。
「マナさん、ゴブリンってよわいの?」
「そうだねえ、紫級の魔獣だからねえ。弱い方だとは思うよお」
おん。紫ですか、そうですか。色の違いがまだよくわかっていない僕だけど、なるほど。紫級が弱いっていうのは伝わったぞ。
「あ、そっかあ。マリアちゃんはまだ<色別階級>について知らないよねえ」
よしよし、と頭を撫でてくれるマナさん。この流れは、もしかして。
「おしえてくれるの?」
「...知りたい?」
「うん!!」
食い気味の返事。色による序列があることは何となくわかってたけど、全く情報がなかった。あの教科書にもなかったし、母さんも教えてくれなかった。聞かなかったし、聞くタイミングもなかったのだ。
だけど、それについて今教えてくれるのであれば、僕はその恩を一生忘れない。
今までもマナさんとエリカさんは知りたいことを的確に教えてくれた。その<色別階級>について知れれば、あとは知りたいことはない。何かが起こらない限りは。
だから、恩。僕はここまでほぼ何もしていないから、この恩はいつか必ず返すことになる。
「本当は<学園>で教えてもらう内容なんだけどねえ。<色別階級>って言うのはねえ、合計10色の色...合わせて<カータ>って呼ぶんだけどお、その色を階級として定義したものなんだよお」
情報量。今聞いた文字列だけで情報量が違う。少なくとも、5歳児が学習できるレベルの勉強ではないような気がする。
「<カータ>はしたから<ブエ>が青、<ペウ>が紫、<ラダ>が赤、<オイ>が橙、<ウュゥ>が黄、<ジン>が緑、<コー>が銅、<シー>が銀、<ゴド>が金、<パム>が白金なんだあ」
マナさんの言葉を頭に焼き付けていく。だんだんと頭痛が強くなる感じがあるが、気にしない。
頭痛よりも、この世界のルールを知ることが大事だ。
「基本はこの10色でえ、それ以外にはならないのがほとんどなんだよねえ。例外的にい、王様とかが他の色を名乗る時もあるんだけどお、実際はそんなことないんだよね」
ブッ、と視界が吹っ飛ぶ。
思考が止まる。
キャパシティがオーバーのようで、もう思考ができない。
何も聞こえない。何も見えない。
頭が、痛い。
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「あちゃあ、耐えきれなかったか」
「耐えられると思ったんだけどなあ」
「まあ、まだ5歳児だからな。意地悪はほどほどにしてくれよ」
「わかっていますよお。そもそもお、私はやりたくてやったわけではないのでえ」
「へいへい、協力ありがとうございますっと。んじゃ、次もよろしく頼むわ」
「えー、私がですかあ?」
「大丈夫!ちゃんと許可を貰えば何とかなるさ」
「...それにしてもお、気絶しすぎじゃないですかあ?」
「まあ、5歳児だし。それに同年代と比べると精神に極振りしているようなやつだからな、少しの運動だけでも体力が消えるんだよ。おまけに知識欲旺盛ときた」
「そこまで言うんだったらあ、あなたがやればいいのではあ?」
「いやいや、俺がやったら何が起こるかわかったもんじゃないぞ。もしかすると、発狂して死ぬBADENDかもしれねえ」
「だからといってもお、なぜ私が<魔王>を育てるようなことをしなければ...」
「<魔王>...まああながち間違いじゃないが、それはそれで違うと思うぞ」
「?」
「<魔王>というよりかは、勇者だろ。うん」
「[<魔王>の種]を持っているのにですかあ?」
「そうそう、神様がわざわざ付けてくれたスキルを持ってしても。やっぱ異世界転生っつうことなんよ」
「...そういうものなのでしょうかあ」
「そういうものなのさ」
ちなみに色の名前はその色の英単語の最初と最後をくっつけて、それを適当に読んでみた感じです。たとえば、青>Blue>Be>ブエというふうにです




