家に帰るまでが帰り道
平和って、いいですよね。
目を開ける。
するとそこは、あたり一面に広がる草原。
走る。
どこに向かうでもなく。
疲れたら、止まる。
そして、また走る。
繰り返して。
ついには、何もないところへ。
前は白、後ろも白、横も白、上も白、下も白。
だから、これ以上進めなくて......
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ばっ、とすごい速さで飛び起きて、周囲を確認する。
「おお、起きたあ」
目の前にマナさんがいて、マナさんに抱っこしてもらってるリーシャちゃん。そして後ろは...流れるような景色と、馬の背に乗って走る鎧をきた男の集団。
なるほど、いつの間にか僕は馬車に乗っているらしい。
また後ろの光景は王都に向かった時に見た光景に近いが、あの時とは比べ物にならないくらい速さが違う。
例えるなら、前回がとろ火で今回が強火といったところか。もはや景色などを無視しながら進んでいる。
「ようやく目覚めたか」
前の方からそう声が聞こえる。
前、つまりこの馬車の御者が乗る場所にいる鎧に覆われた大男がしゃべった、ということは...
つまり、父さんなのだろう。
「マナさん、父さん、おはよー」
「おはよお」
「うむ、おはよう」
それぞれと挨拶を交わす。実際、挨拶は大事。
...よく見てみると、御者台に座っているのは父さんだけだ。つまり、いまこの馬車を運転しているのは父さんということか。
とりあえず、立つと危ないから腕を使ってマナさんの横に移動する。
そして、そのままマナさんに寄りかかる。夢の中で走ってたせいか、すっごい疲れた。
「ふふ、色々と疲れたもんねえ」
そして寄りかかられても気にせず、なんなら頭を撫で始めたマナさん。
まあ、頭を撫でられたからといって何かあるわけではないけども。なんというか、嬉しさが頭の上にある手から滲み出ている。
うーん、平和だ。今までのことが嘘だったかのように見えるが、まあ事実は小説よりも奇なりというべきか。
少なくとも、母さんが死んだことには変わりなく。それでも前を向かなきゃならないのは、誰でもわかること。
.........よし、このままでは仕方ないし、今のうちにステータスでも確認しておこう。
まあ、どうせ何か増えているのだと思うけど。
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[名前] マリア
[性別] 女性 [年齢] 5
[職業] 召喚師(クトゥルフ神話)
HP 10/10 MP 20/20
ーステータスーーーーーー
筋力 11
体力 10
敏捷 11
知性 40
精神 193
魔力 52
ースキルーーーーー
言語 Lv7
召喚 (クトゥルフ神話) LV3 (1)
魔術 Lv5
応急処置 Lv1
(<魔王>の種[発芽前] Lv100 (MAX))
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ほら、やっぱりステータスが伸びている。特に精神値がめっちゃ大きい。
まあSAN値をゴリゴリ削ってきたから、って考えればこうなっていることにも説明はつくか。
えっと、確か魔術は内容を確認したんだよね。
となると...レベルが伸びた[召喚]から確認するか
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召喚 (クトゥルフ神話) 白金
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うん、文字化けの文字が少なくなったね。つまり、文字化けの数で説明文を考えることはできないと。
で、えっと[<魔王>の因子]が[<魔王>の種]になってるから、それも確認しないとね。
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<魔王>の種[発芽前] 白金
因子はついに種へと昇格した。だが、それは同時に<勇者>も因子が種へと昇格したことを意味する。
因子と同じようにほぼ全ての[鑑定]スキルでの確認が不可能。また、いつでも[思考加速]ができるようになる。
もしもこの種が発芽してしまえば、それはこの世界が終わりに向かうことを意味するだろう。
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おおー。
最後の一文だけ意味深だけど、それ以外はなんとなくわかるぞ。
つまるところ、すでに[<勇者>の因子]が[<勇者>の種]になっているからねー。ってことなのだろう。<魔王>と<勇者>の成長が同じなのは、<魔王>目線だとなかなか面白い。
それと、[思考加速]っていうこともできるようになると。説明文は...でないか、残念。
おそらくマナさんが矢で貫かれた時みたいなことになるんだと思うけど、どうなんだろ。
まあ今のところ何が起こるかわからないし、試すのはまた今度かな。もしかすると神経が焼き切れたとかありそうだしね。
...うん、とりあえず見終わったかな。えっと、あとやりたいことはあるかなあ、と。
あ、そういえば、
「ねえ、マナさん」
「ん、なあに?」
「なんでこのばしゃはすっごいはやいの?」
そう、この馬車はおそらくシウズ王国王都に向かっていると思われるけど、前に僕が乗った時はこんなに速くなかった。
だとすれば、この馬車が速い理由があるはずだ。
まあ暇潰しを兼ねているからね、聞いた理由は特にないんだけど。
「マリアちゃんは馬車に乗ったことがあるんだねえ」
とマナさん。馬車って結構珍しいのだろうか。
「マリアは北のコーリ村出身だからな。アンナ...母親と王都に来た時に乗ったみたいだ」
御者台で馬車を操縦している父さんがそう言う。みたいだ、ってことは来ていたことを知っているのか。
まあそりゃ母さんが急に来たって守護騎士団には伝わるか。しかも結構な速さで街中を走ってたし、下手したら不審者扱いされてるかもしれないな。
「北は魔獣が少ないからな、もちろん王都に近づくにつれて魔獣は多くなるが、それでもこのあたりと比べたら全く出ない」
お、魔獣って確か前回乗った馬車の御者のおじいさんが言ってた言葉だったよね。
でも知らない言葉なのは事実ですね。
「まじゅうって?」
という質問に答えたのはマナさんだった。
「魔獣...<魔力暴走獣>を略して魔獣なんだけどお、とってもたくさんいるんだよお」
「例えばこのように...な!」
相槌を打つかのように右手を振るう父さん。
次の瞬間、右手の中には一本の矢があった。
ただマナさんを貫いた矢とは違って、あまり長くない。それはまるで、小さい人間でも扱えるようなサイズだった。
「ちっ、また<ゴブリン>が出てきたか...ここら一帯の巣は全部潰したつもりだったが、まだ潰しきれてなかったか」
ペキッとその矢を片手で折りながら呟く父さん。絶対に僕じゃあ折れないよね、あれ。
あとゴブリンって?
「それならあ、私知っているかもお」
マナさんが手を挙げてそう言う。
「む、どこにある」
「王都正門からエルへ21、ヌルへ19の場所だったはずですう」
「...近いな、あとワルに3進めば良さそうだ」
僕は無視されつつも話が進む。今理解できてないのって僕くらいだよね。
「すまないが、このまま<ゴブリン>どもの巣を潰してくる。マナはここでマリアとリーシャを守っていてくれないか」
「わかりましたあ。マリアちゃんは私のそばを離れないでねえ」
「は、はーい」
何やってるかさっぱりだけど、潰してくるってことは<ゴブリン>っていう魔獣と戦闘になって、それから僕たちを守るってことか。
いやー<ゴブリン>って、多分あのゴブリンでしょ?ショゴスなら大丈夫だと...
だめだ。味方に対する被害が甚大すぎるし、魔獣なんかと比べ物にならないほど不気味だからね、そのまま殺されちゃうかもしれないわ。
などと考えていると、突然。
父さんが、御者台の上で、立ち上がった。
「ゴブリンの襲撃だ!戦闘に備えろ!!」
一喝。ほとんど雑談とかしてないから雀はいないけど、鶴の一声と言うにはあまりにも大きさが違った。
その声はこの馬車の周りをまるで覆うかのように走る、およそ1個小隊の騎士に届き、その結果。
「「「「「はい!!!!!」」」」」
という、千声どころか万声がその場に響き渡った。
大きすぎだろ...
「見えてきたか」
と父さんが右を向きながら言う。危ないので、馬車に隠れるようにしながらチラッと外を覗く。
......それは、圧巻の光景。
まるで草原を埋め尽くすかのような数の、小人。
遠くて顔の造形まではわからないけど、肌は緑色なのがわかる。
その数、ざっと1000はいる。もしかするともっと多いかもしれない。
絨毯とも言い表せる、その軍隊がこちらに迫ってきているのが見えた。
「迎撃準備!」
と叫ぶ父さん。すると、馬車が止まった。
そしてそれがわかっていたかのように、他の馬も止まった。
そして、止まるや否や御者台から飛び降りる父さん。団長だからこそ先陣を切るとでも言うのだろうか
「ちょっとだけ怖いよねえ」
「うん」
マナさんの言葉に返答する。そりゃそうだ、あの大群を見てゾッとしない人はなかなかいないだろう。
...いや、まあ外に40人ほどいるんだけどね。
「そうだ、豆知識を教えてあげよおか?」
とマナさん。
「ゴブリンはあ、ものすごく繁殖能力が高くてねえ。ゴキブリみたいにじゃんじゃん増えるんだよお」
へえー、いわゆるファンタジー系によくあるタイプの......えっ?
続けてマナさんが喋るけど、
「あとエル、ヌル、ワル、それとさっき出てきていないセルは方角を表していてねえ。それぞれエルが東、ヌルが北、ワルが西、セルが...」
「南...でしょ?」
言い切る前に少し震えながら話す僕。それに対し、
「そうそう、マリアちゃんは頭がいいねえ」
といつも通りに話すマナさん。
...東西南北の頭文字が方角を表すのは聞いたタイミングでわかった。けど、だ。
ゴキブリは、まあもしかするとこの世界にいるかもしれない。だけど、方角に関しては現にエルワルセルヌルがある。
つまり、ひがし、にし、みなみにきたといった言葉はない。なのに、それをマナさんは言った。
マナさん...一体何者?
ハプニングって、いいですよね。